第72話 SONELIAの応援席
第7試合の結果が確定しても、会場の大型モニターには管理棟への進入と、最後の敵を三方向から崩したNOVA-3の映像が残っていた。
「かなり映っていますね」
航平が手元の端末に届いた通知を見た。
「今は見ない方がいいと思います」
夕奈が言うと、航平はすぐに画面を閉じた。
「褒められた直後の俺たちが、一番信用できませんからね」
「俺たち?」
遥真が試合履歴から顔を上げる。
「ハルは褒められる前から前へ出るので、影響なしです」
「次は出ない」
「自分で心当たりがあるんですね」
第7試合の19ptでNOVA-3は総合67pt。TIERAXは82pt、AURAVEXは73pt。代表圏まで6pt、残り3試合だった。
夕奈はリザルト画面を閉じた。
「勝った判断は残します。でも、同じ形は追いません」
「使えるところも捨てる?」
遥真が尋ねる。
「場所も敵も変わります。次の条件を見ます」
航平は順位表を閉じた。
「物資がなければ逃げますし、場所が悪ければ5位でも持って帰る」
「1位を諦めるわけではありません」
夕奈は言った。
「取れるなら取ります。ただ、1位以外を失敗にはしません」
遥真は管理棟につけていた前試合のピンを消した。
「分かった」
◇
第8試合。
NOVA-3の近くには、1部隊が降下していた。
建物2つを挟んだ位置から、物資を集め終える前に足音と扉の開閉音が聞こえてくる。
夕奈はMP9を拾ったが、予備弾も回復も少ない。
隣の建物で、遥真のRaptor-5が短く鳴った。
「一人割った。2階へ戻った。残り二人も同じ建物」
回復する前に詰めれば、倒せる可能性はある。夕奈が階段へピンを置こうとしたとき、遥真の射撃が止まった。
「ハル?」
「上、二人。弾、七。出る」
遥真は相手を追わず、もう廊下を戻っていた。航平も回復を一つ拾っただけで東の扉を開ける。
夕奈は置きかけたピンを消し、二人のあとを追った。
「出るなら、先に言ってください」
「今言った」
「私が最後になってからです」
「二人とも、外で続けませんか」
航平の声は、すでに隣の建物から聞こえた。
キルログは動かなかった。三人は消耗を増やさず建物を離れたが、夕奈だけが数歩遅れた。
中盤、孤立した一人に三方向から弾を入れた。敵はブーストステップで右の壁へ加速し、撃ち返した。航平のシールドが割れる。
「右、渡します」
航平が遮蔽へ滑り、同じ角度を夕奈へ譲る。敵が航平を追って半身を出したところへ、夕奈のScout-56と左から回った遥真の射撃が交差した。ダウン。加速で距離を取った敵を、三人は射線を受け渡して逃がさなかった。
残る二人は、右の岩裏で回復ウルトを展開した。
「回復を待ったら、次の部隊も来ます」
「次の脈動までに、範囲から出します」
遥真が右、航平が左、夕奈が装置への戻り道を撃った。次の脈動前に一人を範囲外へ押し出して割り、航平が装置を砕く。戻る場所を失った二人を順に倒した。
最後に、岩場へ戻れる距離から、収縮に遅れた一人だけを落とした。4キル。残る二人までは追わない。
ラウンド4でも部隊数は減らなかった。NOVA-3は強い建物を奪わず、低い岩場で順位を残す。最後は左の部隊が攻撃ウルトで岩裏を順に焼き、右の部隊が爆発済みの出口に射線を置いた。予告を避けても次の弾が待っている。三人は別々の角度へ押し出され、5位で敗退した。
4キルと順位4pt。
獲得は8ptだった。
「5位、4キル。総合75ptです」
航平は第7試合の19ptの下に8ptと書き、数字の下を二度なぞった。
「悪くないです」
「次は、もう少し取りたい」
遥真が言う。
「私もです」
「二人とも欲が戻るのが早いですね。俺が慎重な人間で助かりました」
「航平さんも、5位で悔しそうです」
「声に出ていました?」
「かなり」
次の試合開始まで、残り5分。
大型モニターの順位表では、TIERAXが96ptまで伸ばしていた。AURAVEXは82pt。
NOVA-3との差は7pt。残り2試合だった。
◇
第9試合のロビーが開くと、航平は順位表の下側へ視線を移した。
「SONELIA、厳しいですね」
夕奈も名前を確認する。
残り2試合で代表圏に届くには、大きな得点が必要だった。上位チームの結果次第では、チャンピオンを取っても足りない。
輸送機の軌道上で、SONELIAの三本の線は前試合と同じ降下地点へ伸びた。端の安全な場所へ外れる線はない。
「最後まで、普通に来ますね」
航平が言った。
「私たちも、自分たちの試合をします」
降下の合図が出る。三人は南側の整備施設へ向かった。
序盤の物資回収中、キルログにSONELIAの名前が流れた。
1人。少し間を置いて、もう1人。
「戦っていますね」
航平が言う。
夕奈は返事をしたが、それ以上キルログを追わなかった。
同じマップにいても、SONELIAがどこで、どのように戦っているかは分からない。
ラウンド4。
NOVA-3は収縮中央寄りにある、低い管理棟へ入った。北側の高所には、AURAVEX共通の競技スキンが三つ見えた。
屋上から正確な射撃を通し、近づく部隊を何度も下げていた。
「上、AURAVEXです」
航平が窓の下へ身を伏せる。遥真が別の窓から高所を確認した。
「三人いる。誰も割れてない」
撃ち返せない距離ではない。
しかし、AURAVEXは高所の遮蔽を使え、三人の射線も重なっている。ここから戦えば、倒し切る前にこちらの物資がなくなる。
「触りません」
夕奈は南側の入口に照準を戻した。
「AURAVEXより先に、次の移動を見ます」
「上が降りたら言う」
遥真も撃ち合いを始めず、高所から降りる動きだけを見た。
その直後、管理棟の南側へ1部隊が近づいてきた。
敵はAURAVEXの高所を避け、この建物を通って次の収縮へ入ろうとしている。右端の一人だけが遅れて見えた。離れたのではない。高所から一発受け、低い壁へ滑り込んだためだった。
「正面、三人。右が――」
航平の言葉が終わる前に、遥真のRaptor-5が鳴った。右の敵が壁から出た瞬間と重なり、シールドが割れる。
「ハル、待って」
夕奈の制止は半拍遅かった。敵は建物へ逃げ込もうとし、夕奈も扉際で撃つ。ダウン表示が出た。
残る二人は味方を起こしに戻らなかった。一人が入口へ投げ物を入れ、もう一人は高所から見えない壁沿いを走る。爆発で航平が室内へ押し戻されたところへ、走ってきた一人が同じ入口から入った。
「近い、同じ部隊です」
航平のシールドが割れる。夕奈は倒れた敵ではなく、室内へ入った敵へ照準を移した。遥真の弾が外から背中へ入り、夕奈が正面から倒す。
最後の一人は建物を諦めて外へ出た。高所のAURAVEXが先に捉え、キルログにAURAVEXの名前が表示される。
NOVA-3が得たのは2キル。航平はシールドを失い、夕奈の「待って」は遥真の最初の銃声より後に音声ログへ残った。
高所から今度はデスボックスへ弾が落ちる。物資を開く余裕はなかった。夕奈は自分のシールドパックを一つ航平の足元へ落とし、三人とも窓から離れた。
ラウンド5が表示された。
次の収縮は西へ外れる。
高所にいるAURAVEXは、尾根沿いに移動できる。低い管理棟にいるNOVA-3は、正面と左にいる2部隊の間を抜けなければならない。
「正面、道路側に三人」
遥真が言う。
「左も動き始めています。待ったら、両方から見られます」
航平がマップに2本の線を引いた。
2部隊の間には、狭い資材通路が残っている。
安全ではない。
ただし、両方の部隊が互いの位置も警戒している今なら通れる。
「間を抜けます。正面は撃たず、左を下げてから走ります」
「左、俺が止める」
遥真が窓から射撃する。
航平が道路へスモークを投げた。
「4秒で広がります」
「行きます」
夕奈が先に建物を出た。
正面から弾が飛び、シールドを削られる。夕奈は足を止めず、資材通路へ入った。
航平が続く。
遥真は最後まで左を撃っていたが、二人が通路へ入るより先に射撃を切った。左の敵が一人、遮蔽を捨ててこちらへ走り始めている。
「後ろ、一人ついてる」
遥真は夕奈の返事を待たず、通路の外縁へ進路を折った。夕奈はHALの位置表示が横へずれたのを見て前進を止める。
左にいた部隊の一人が、遥真だけを追って通路へ入ってきた。味方二人との距離が開いている。
夕奈は通路の角に残り、追ってきた影へ先に一発入れた。航平はまだ正面を見ている。
その着弾で敵の銃口が夕奈へ向いたところを、振り返った遥真が割った。
「一人ダウン」
残り二人が味方を取り返そうと通路へ出た。
航平が右側の敵を撃ち、前進を止める。
「右、半分。左は夕奈さんを見ています」
「右から落とします」
夕奈の射撃が航平の弾と重なり、二人目が倒れた。
遥真は最後の一人を追いすぎず、退路側へ回る。
「戻る場所、切った」
最後の敵は通路の入口へ戻れない。
夕奈と航平に正面から撃たれ、横へ逃げたところを遥真が倒した。
部隊撃破。
3キルが加わり、NOVA-3は5キルになった。
「次、正面から来ます」
航平がすぐに言った。
道路側にいた部隊が、銃声を聞いて距離を詰めている。
「デスボは見ません。西へ抜けます」
三人は倒した敵の物資へ向かわず、通路の反対側へ走った。
西側の低い尾根へ出たところで、斜面を横切る敵と遥真が同時に撃った。
遥真のシールドが一目盛り減る。撃ち返した連射で相手のシールドが砕け、そのままダウン表示が出た。
「残り二人、下にいる」
追いついた味方が尾根の反対側から投げ物を上げる。赤い予告範囲が遥真の足元へ届いた。
「確定は――」
「置いて。こっちへ」
夕奈は西側のくぼみへ滑り降りた。遥真が最後に一発だけ倒れた敵へ撃ったが、岩に当たった。航平のスモークが尾根の上を隠し、三人は物資を取らずにくぼみを走る。
背後で収縮が尾根を越えた。倒れた敵を起こしに戻れなくなった二人も、NOVA-3とは反対へ下がっていく。
次の遮蔽へ着く前に、6つ目のキル表示が出た。
「正面、もう来てます」
残り5部隊。
NOVA-3は三人生存している。
しかし正面にはTIERAX共通の競技スキンが三つ入り、そのさらに高い場所にはAURAVEXが残っていた。
逃げられる場所が、収縮とともに消えていく。
「正面、TIERAX。三人います」
「左も二人見えます。待ったら、こっちが先に挟まれます」
航平が言う。夕奈は正面と左を見比べた。
どちらかを倒しても、もう一方から撃たれる。
隠れて順位が上がるのを待てる場所もなかった。
別方向で一部隊が落ち、順位ptが一段上がる。
「左を落とします。正面はハルが止めてください」
「分かった」
遥真がTIERAXへ弾を返す。夕奈と航平は左へ向いた。一人を割る。
だが、詰め切る前に高所からAURAVEXの射撃が通った。
航平のシールドが割れ、夕奈も体力を削られる。
「下がれません。ここで撃ちます」
航平の声に迷いはなかった。
夕奈は左の敵に照準を戻す。
一人を削る。遥真も正面を止めながら、二人の方へ戻ろうとした。
しかしTIERAXが射線を広げる。
遥真が先にダウンした。
夕奈と航平も左の部隊を倒し切れず、続けて撃たれる。
NOVA-3の敗退表示が出た。4位。
6キル。
順位5ptを加え、獲得は11pt。総合86ptだった。第7試合のチャンピオンから、8pt、11ptと得点をつないだ。
残りは1試合。
結果画面が閉じる直前、夕奈はキルログの履歴にSONELIAの名前を見つけた。
中盤で2キル。
そのあと、部隊全滅。
順位表を見れば、代表争いから外れたことが分かった。
◇
最終試合前の休憩に入ると、会場の大型モニターが公式配信に切り替わった。画面にはSONELIAの三人が並んでいる。試合を終えた直後の短いインタビューだった。
中央にいるRIOは配信のときより声が低く、語尾も伸ばさなかった。
『世界へ行きたかったですか』
RIOは笑ってごまかさなかった。膝の上では、右手だけが白くなるほどユニフォームの裾を強く握っていた。
「行きたかったです。今も、すごく悔しいです」
MAHOは唇を噛み、TSUMUGIは机上のリザルトを伏せた。RIOが息を吸っても言葉は出ない。MAHOは未開封の水を三人の中央に置いた。
三人分の沈黙が、配信にそのまま流れた。
握った裾に、もう一つ皺が増える。二度目に息を吸ったとき、RIOはようやく口を開いた。
「でも、最終試合も手は抜きません。私たちは行けなかったけど、最後まで勝ちに行きます」
画面の横を、SONELIAの視聴者から届いたコメントが流れていく。悔しい。最後も見る。
勝って終わろう。代表になったチームも応援する。RIOはその文字を見てから続けた。
「終わったら、一番近い応援席に残ります。日本代表になるチームを、最後まで見届けます」
航平は普段なら何か軽口を入れる場面で、何も言わなかった。大型モニターから目を離さず、SONELIAの三人が席に着くまで見ている。やがて、自分の端末を開いた。
航平が開いたのは、三人でまとめた最終試合用の移動経路だった。
「あの人たち、まだSONELIAの試合を終わらせてないんですね」
航平は画面を見たまま言い、移動経路の西側を拡大した。夕奈もそこへ椅子を寄せる。
「先の話は、最終戦が終わってからにします」
航平は二人へ画面を向けた。
「今は、2枠目です」
「はい」
遥真は大型モニターに残るSONELIAの三人を見た。
「最後は敵」
「本人たちも、そのつもりです」
航平が答えた。




