第69話 代表圏外
五試合目の結果が確定しても、沢渡夕奈はすぐにヘッドセットを外せなかった。国内予選一日目、NOVA-3は6位。獲得ポイントは37ptだった。2位のAURAVEXは53pt。
日本代表になれるのは上位2チーム。差は16ptある。
「6位か」
遥真が言った。
遥真は順位表から目をそらさなかった。航平は五試合分のリザルトを開き、最初の三つに同じ「4」が並んでいるのを見たところで、詳細欄を閉じた。
「後半で戻しました。でも、足りてません」
会場の別室から、短い歓声が聞こえてくる。順位表の上位にいるチームか、最後の試合でチャンピオンを取ったチームだろう。
NOVA-3の部屋では、誰も声を上げなかった。事前収録で横一列だったロゴは、今pt順に上下へ離れ、NOVA-3は6位にある。仕組みを知っていても、自分たちの名前が代表圏外に置かれる重さまでは分からなかった。
「二日目があります」
夕奈は言った。
「ありますね」
航平が返す。
「五試合」
遥真も言う。誰も、まだ間に合うとは言わなかった。
一試合で16ptを埋める可能性はある。
だが、2位のAURAVEXも明日五試合を戦う。自分たちだけが得点を増やすわけではない。その現実を無視して、追いつけると言い切ることはできなかった。
画面上部に、大会運営からの案内が表示された。一日目の競技は終了。二日目の集合時刻と、選手用リプレイの公開予定が続く。
夕奈はようやくヘッドセットを外した。
耳の周りに残っていた圧迫感が消える。代わりに、会場の空調音や廊下を歩くスタッフの足音が入ってきた。
試合中は次の敵と移動しか見ていなかった。終わると、順位表だけが残った。
◇
玲奈は三人の部屋へ入ると、先に明日の予定を確認した。
「集合は8時40分です。機材確認が9時から、第一試合は11時開始予定です。今夜の個人配信はありません」
「助かります」
航平が答えた。
「公式アカウントからは、一日目6位という結果だけを告知します。選手コメントは、二日目終了後まで出しません」
玲奈は順位表へ目を向ける。
「本日の競技について、私から戦術面の評価はしません。必要なリプレイは、準備ができ次第共有されます」
玲奈は三人の戦術に触れず、使える部屋と時刻だけを示した。
「会場の確認室は、午後9時まで使用できます。ここで振り返る場合は申請を通しますが、宿泊先へ戻ることもできます」
夕奈は時刻を見た。予定より試合終了が遅れ、すでに午後7時を過ぎていた。明日の開始まで、時間は多くない。
「ここで見ます」
夕奈が答えた。遥真は弁当を脇へ寄せ、航平は二人を見てから玲奈へ言った。
「確認室をお願いします。ただ、全部の試合を最初から見る時間はありません。見る場所はこちらで決めます」
「承知しました。先に食事を取ってください」
「映像を見ながらでも食べられます」
「同時に進めないでください」
航平は何か返そうとしたが、玲奈の表情を見てやめた。
「分かりました。先に食べます」
玲奈は三人の返事を確認すると、部屋を出ていった。扉が閉じたあと、遥真が航平を見る。
「同時でも食べられる」
「玲奈さんに聞こえる距離で言わないでください」
「もう出た」
「戻ってきたら、俺まで怒られます」
夕奈の口元は緩んだが、用意された弁当を食べても、何を口に入れたのかほとんど覚えていなかった。
◇
確認室の机にリプレイ一覧を出しても、航平は五試合を順番には並べなかった。ホワイトボードへ書いたのは二つだけだった。
二試合目、13位、3キル。
四試合目、3位、6キル。
「どちらも撃ち合いには勝ってます」
「三キル取って、十三位」
遥真は先に悪い方を読んだ。
「そうです。だから、キル数の話だけにはしたくないです」
二試合目の映像を、夕奈はSAKUを倒したところで止めた。部隊撃破の表示の背後で、攻撃ウルトの一発目が弾けている。検査棟へ戻る道は、もう閉じていた。
「倒し切れば、東から出られると思っていました」
「俺も」
遥真が答えた。航平は再生を戻し、夕奈を起こした直後で止めた。SAKUの予告範囲が灯り、北からも銃声が入っている。
「俺は、ここで検査棟へ戻るなら今だと伝えました。でも、東へ行くと決まったら、そっちを撃つことしか考えてませんでした」
遥真が椅子に深く座り直す。
「でも、四試合目と五試合目はつながった」
「はい」
夕奈は第四試合の映像を開いた。橋下から上がってきた二人が倒れる。夕奈が停止を押すより先に、遥真が言った。
「そこじゃない」
遥真は三人目へ向けた銃を、撃たずに下げていた。夕奈はその手前へ映像を戻す。航平はさらに巻き戻し、車両の三人が降りたと報告した場面を出した。
「俺はここだと思います」
「私は、そのあとです」
夕奈は手すりを越えてきた敵へクラックチャージを当てた時刻を示した。
「それは、いつもやろうとしてる」
遥真の声に、わずかな硬さが混じった。夕奈は否定しなかった。
「やろうとはしています。でも、最初の三試合では続いていません」
「俺が追った場面もあった」
「私が、離れたあとを決めていなかった場面もあります」
夕奈が自分の失敗を口にしても、遥真は映像から目を離さなかった。航平が二試合目に戻し、三人がSAKUへ向かった場面を出す。
「ここは俺も遅いです。北が近いと分かっていたのに、一緒に東へ出ました。撃ち切ったあとに煙がないと伝えても、遅かったです」
「ハルは撃てています」
夕奈は遥真を見る。
「撃てた。でも、六位だった」
「分かっています」
「できたことから言われると、庇われてるみたいに聞こえる」
「庇っているつもりはありません」
「つもりの話じゃない」
航平は二人の間へ言葉を入れなかった。夕奈は順位表に視線を戻す。
「できていたつもりで、6位です」
誰も返さない。国内予選の順位表に、グリムマスターバッジの欄はなかった。
確認室の使用終了まで、あと30分になった。航平が総合上位チームのリプレイ一覧を開いた。
「最後に一つだけ見ます。どこにします?」
夕奈は順位表を見た。2位のAURAVEXは、NOVA-3より16pt上にいる。隣の席にいたチームが、今は代表圏内にいた。
その上には、TIERAXがいる。遥真が体験参加し、世界を目指すなら行きたいと思った純競技チーム。
TIERAXは今日の五試合で大きく順位を落とさず、毎試合得点を積み上げていた。
「TIERAXを見たい」
遥真が言った。
「見ましょう」
夕奈は答えた。航平が一試合目の映像を開く。再生が始まる。
TIERAXは敵を一人倒していた。
それなのに、三人のうち誰も倒した相手のデスボックスへ向かっていない。
次の収縮が始まる前から、すでに別の場所へ動き始めていた。
「私たちも、倒したあとを――」
「分かってる」
遥真が遮った。
「今日はできていませんでした」
「だから、明日やる」
「それだけではありません」
遥真は夕奈を見ず、敵が倒れる直前まで映像を戻した。TIERAXの三人は、キル表示が出るより先に次の場所へ向いている。
「ここ。倒す前に離れてる」
「待ってください」
航平がオブザーバー視点とKYOの個人視点を並べた。二つの再生時刻には、わずかなずれがある。
「キル表示が遅れて見えるだけかもしれません。あと、右から車両音が入ってます」
「聞こえたから離れた?」
夕奈が尋ねる。
「それも断定できません。KYOの弾、残り少ないです」
遥真は音量を上げ、もう一度同じ場面を流した。銃声の下にエンジン音はあったが、会場リプレイの音は複数視点が混ざっている。KYOが聞いた音かどうかまでは分からない。
「弾があっても離れたと思う」
「どうしてですか」
「次の場所を見てるから」
「見ているから離れたのか、離れることになったから見たのかは、映像だけでは同じです」
航平の返事に、遥真の指が巻き戻しキーから外れた。
夕奈は別の試合を開いた。TIERAXが二人を倒し、今度はTOMAだけがデスボックスに残っている。KYOと佐伯は先へ出たが、完全には離れず、TOMAが回復を抜くまで角を守っていた。
「毎回、置いていくわけでもないです」
「知ってる」
「では、何を明日やるんですか」
遥真は答えず、止まった画面のTOMAを見た。夕奈自身も言葉にできない。戻る場所を決める。倒したあとを見る。どちらも間違いではないが、今の二本から、明日のどの場面で使うかまでは出てこなかった。
「時間です。答えがないまま帰るの、かなり気持ち悪いですけど」
航平が言った。
「もう一本」
「見たら、たぶんもう二本になります」
確認室の照明が一段暗くなった。夕奈は次の試合を開こうとしていた手を止め、端末を閉じた。遥真はまだ座っていたが、航平が椅子を戻すと腰を上げた。廊下へ出たとき、弁当の油がまだ口に残っていることに夕奈は初めて気づいた。




