第68話 国内予選、一日目
大会会場のNOVA-3用選手ブースで、夕奈はヘッドセットを押さえ、外の音が消える位置までイヤーカップをずらした。輸送機の下へ、二十チーム分の降下軌道が伸びていく。全員が事前登録した競技スキンで、頭上にプレイヤーIDは出ない。夕奈は近くを飛ぶ部隊の配色と識別帯を目で拾い、キルログと結びつけた。
待機中に遥真がピンを置いた右側には、航路が出たあと三部隊の軌道が重なった。遥真は自分で赤いピンを消す。夕奈はそこから離れた南側へ、黄色い印を動かした。
国内予選一試合目。
夕奈は周囲を見ながら、湾岸貨物区の南側にピンを置いた。大型倉庫から離れた整備施設で、中心部ほど物資は多くない。その代わり、同じ場所へ向かう部隊はいなかった。
「南の整備施設へ降ります。東に一部隊、西の倉庫に二部隊です」
「被りなし」
遥真が答える。
「初戦から荷物の奪い合いをしなくて済むのは助かります」
航平はそう言いながら、マイクの位置を二度直した。
三人は別々の建物で武器と回復を集めた。夕奈と航平はライトシールド、遥真だけがミディアム。回復も少なく、フルシールドパックは一つも出なかった。
「物資、少ないですね」
「隣へ行けばある」
遥真が東側を見る。隣の資材置き場には、一部隊が降りていた。建物が広く、物資箱の数も多い場所だ。しかし、降下から時間が経っている。敵もすでに武器を揃えているはずだった。夕奈はマップを開いた。最初のエリアは北寄りに出ている。今から東へ仕掛ければ、戦闘後の移動が遅れる。
「戦いません。北へ入ります」
「了解です」
航平が先に北へピンを置いた。遥真は東の資材置き場を照準で追っていたが、数秒後には夕奈たちの進路へ合流した。初戦から点数を追う展開にはしたくない。三人は収縮が始まる前に整備施設を離れた。
◇
ラウンド2の収縮前、NOVA-3は高架道路の下を移動していた。北へ進むほど、高架床、雨水側溝、低い排水路へ一段ずつ地面が下がる。先へ入るたび、来た道へ撃ち返しにくくなる地形だった。
正面の坂に白煙が残っている。その切れ目を、灰色の競技スキンが一人だけ横切り、壊れた車両の陰へ入った。
「坂、一人渡りました。後続は煙で見えません」
航平の報告を受け、夕奈はScout-56の照準を車両の端に置いた。
「出たら止めます」
引き金の遊びを消したところで、遥真が言った。
「待って。車内にも銃口」
割れた窓の奥で、もう一つの銃身が光る。さらに煙の右から、金属板を踏む足音が二歩続いた。
「訂正します。右にも足音。一人ではありません」
航平の声を聞き終える前に、夕奈は引き金から指を離した。見えた一人だけを、孤立した敵だと決めつけるところだった。
「撃ちません。排水路へ下ります」
三人は高架の柱を挟みながら低い排水路へ移った。白煙が薄れたとき、先ほどの選手に続いて二人が坂を渡っていくのが見えた。
その後も、建物で交戦音がすれば入口を変え、射線を受ける前に収縮内へ入った。キルログにはTIERAXやAURAVEXの名前と部隊撃破が流れたが、夕奈は目の前で確認できる進路だけを選んだ。
NOVA-3は発砲しないまま、残り十一部隊まで生き残った。だが、物資は降下直後からほとんど増えていない。夕奈と航平はライトシールドのまま。回復も少なく、投げ物は三人合わせて二つだけだった。
「次、北の建物へ入りたいです」
夕奈がマップにピンを置く。
「中、足音があります。センサー入れます」
航平が外壁へパルスセンサーを射出した。作動音のあと、一度目の走査が建物内の三人を一瞬だけ縁取る。敵側にも索敵警告が出たらしく、窓から撃たれたセンサーは二度目の走査を待たずに壊れた。
「西側の入口は見られています。南からなら入れますが、撃ち合いになります」
次のエリアは、その建物を中心に縮む可能性が高い。これまで戦闘を避けてきた分、強い場所はすでに他の部隊に取られている。
「南から入ります」
夕奈は決めた。
「ハルが入口を止めている間に、私と航平さんで壁まで行きます」
「撃つ」
「スモーク一つ使います」
三人が動いた。
遥真が建物の窓に射撃を入れ、敵の顔を下げさせる。航平が投げた拾得消耗品のスモーク弾が、道路を白く覆った。
夕奈は煙の中を走った。
だが、敵がいたのは建物だけではない。
東側の高所からも弾が飛んできた。
「右上、別部隊です」
航平の声と同時に、夕奈のライトシールドが割れる。
壁まで届いたものの、体力も削られた。
「応急使います」
夕奈が回復を始める。遥真も最後に移動しようとしたが、建物の敵が窓から出てきた。
「正面、詰めてくる」
「一度返してください。短く落とします」
敵の一人が入口から飛び出す。
遥真がシールドを割り、夕奈も回復を中断して撃った。
「一人ダウン」
「二人目、右です」
航平が二人目の進路に弾を置く。
逃げ場を失った敵が壁の前へ出た。夕奈と遥真の射撃が重なり、二つ目のダウン表示が出る。
「残り一人、建物内です」
追えば部隊を落とせる。
しかし東の高所から、また弾が届いた。
航平のシールドが割れる。
「追えません。裏へ下がります」
夕奈は建物とは反対側にピンを置いた。ダウンさせた二人を確定する余裕もない。三人は壁沿いに移動し、低い排水路へ滑り込んだ。排水路へ入った直後、キルログで先ほどの部隊が全滅した。別部隊に最後の一人を落とされたらしく、NOVA-3が取った二つのダウンもキルに変わる。2キル。
排水路を移動している間も、三人のインベントリの空きは埋まらなかった。残り八部隊になったところで、出口を別の部隊に塞がれる。回復が足りない。夕奈はシールドパックを使い切り、航平は応急薬を夕奈へ渡した。遥真が出口の敵を一人削ったが、前へ出れば高所から撃たれる。
「右からも来ます」
航平が言う。
別の部隊が排水路の上へ入っていた。正面と上から投げ物が落ちる。三人は出口へ出られないまま削られ、最後は同時に距離を詰められた。
部隊全滅。
画面に八位と表示される。八位、2キル。初戦は4ptで終わった。順位表には10pt以上のチームが並び、AURAVEXもTIERAXも上位にいた。
「次まで三分です」
航平が言う。夕奈は準備完了を押した。
「次は、取れる戦闘を避けません」
遥真は北側の進路へピンを置き直した。
「分かった」
◇
二試合目。三人は北西の研究区画へ降りた。近くに一部隊いるが、建物は分かれている。初動から無理に接触する必要はなかった。夕奈たちは武器を揃え、ラウンド1のうちに移動を始めた。今回は、物資も悪くない。夕奈はMP9とScout-56、ミディアムシールドとスモーク一つ。航平はLancer-56とCARを持ち、スモークが二つある。遥真はRaptor-5とAK-76を揃えていた。
「一試合目より、かなり戦えますね」
航平が言う。
「戦える相手なら行きます」
夕奈は答え、マップの中央寄りに攻撃ピンを置いた。一試合目には使わなかった色だった。
ラウンド3。三人は燃料タンクの外周を通っていた。正面の資材検査棟で、別部隊同士の戦闘が終わる。キルログに部隊撃破が表示された。
「勝った方は三人生存。REFRAMEです」
航平が灰色の競技スキンを追う。
「KEIが外、NAGIが入口、SAKUは二階窓」
識別帯まで見える距離だった。年明けのウィンターオープンで、NOVA-3の戻り先を塞いだ三人だ。
「装備は足りてます。右側を割って入ります」
夕奈が言うと、航平は一つ目のスモークを入口と外の資材車の間へ投げた。二階窓から右側への射線が白く消える。
遥真がRaptor-5でKEIのシールドを割った。夕奈は煙の縁を抜け、MP9で追う。細かな反動が右手を揺らし、残弾表示が8を示す。KEIは削れたまま入口へ退いた。
追撃の照準を合わせた瞬間、入口脇にいたNAGIの弾が夕奈に横から刺さった。
シールドが割れ、体力まで一気に削られる。
「私、倒れます」
言い終える前に、夕奈の視点が床へ落ちた。
「KEI、ダウン」
遥真が逃げ込む直前のKEIをAK-76で撃ち切る。だがNAGIが入口から前へ出て、倒れた夕奈までの線を押さえた。
「起こします。ハル、入口を止めてください」
航平は二つ目のスモークを夕奈の体に重ね、その中へ滑り込んだ。
「止める」
遥真は煙の外を横切る足音に合わせて、一発ずつ撃った。NAGIの足音が白煙へ入り、夕奈の倒れた位置へまっすぐ近づく。輪郭は見えない。足音だけが近づき、遥真は最後の一歩を待ってから撃った。
「NAGI、ダウン」
起こしの進行表示が満ちる。夕奈は立ち上がったが、体力はわずかしか戻っていない。応急薬に手を掛けたところで、東のU字防壁からScout-56の弾が飛び、壁の角を削った。
「SAKU、東の三本のU字防壁へ回ってます。出口を見られてます」
SAKUは倒れた二人へ寄らず、左手を上げて指定線を通した。検査棟へ戻る道路からU字防壁の開口部まで、赤い予告範囲が順番に灯る。
「SAKUの攻撃ウルトです。帰り道から焼かれます」
航平の声に、北の車両置き場から別の銃声が重なった。
「北も近いです。検査棟へ戻るなら今です」
二人を倒し、三人に戻れた。ここで建物内へ引けば、まだ立て直せる。
だが東の防壁にはSAKUが残り、REFRAMEを落とし切れば3キルになる。最初の爆発までには、まだ間に合った。
「東を開けます。三人で短く押します」
夕奈は自分のスモークを一つ目と二つ目の防壁の間へ投げた。これで三人のスモークはなくなった。
遥真が防壁の外側を撃ち、航平が内側へ回る。夕奈は応急薬を使えないまま、Scout-56の次弾にクラックチャージを乗せた。
着弾。U字の内側で爆圧が鳴り、SAKUが煙のない外側へ押し出される。
夕奈はすぐMP9に持ち替えた。弾倉を替える余裕はない。残っていた八発を撃ち切り、航平のCARと遥真のAK-76が同じ相手に重なった。
「ダウン。部隊撃破」
3キル。
表示と同時に、SAKUが指定した一発目が背後で弾けた。検査棟への直線が炎と爆圧で閉じる。二発目の予告はU字防壁の中央、三発目は外側の開口部だった。
北から来た部隊の弾が、まだ爆発していない開口部を抜いた。航平のシールドが割れる。
「三人、車両置き場です。戻り道も見られてます」
検査棟へ戻る道は攻撃ウルトで塞がれ、東へ出れば北の三人に見られる。夕奈は未回復で、航平の防具も割れている。
「スモーク、もうありません」
航平の報告の直後、二発目が防壁の内側で爆発した。警告を避けるため、三人は別々の開口部へ押し出された。
遥真が一人のシールドを割り返す。だが夕奈は一発受けただけでダウンし、起こしに寄った航平も続けて倒れた。最後に残った遥真は、三発目の爆発と二方向の射撃に挟まれ、防壁へ戻れなかった。
部隊全滅。
十三位、3キル、4pt。夕奈は数字より先に、遥真だけが点けた準備完了を見た。
「起こせた。でも、出る煙がなくなった」
遥真が言った。
「北の音も、そのときには聞こえてました」
航平は順位表を閉じず、北から届いた銃声の時刻を画面に残していた。夕奈は、聞こえなかったとは言えない。
「聞いていました」
聞いたうえで、SAKUを選んだ。
遥真の準備完了だけが先に点いた。夕奈は押せず、航平の表示も暗いままだった。次の開始まで二十秒を切ってから、夕奈、航平の順に確認音が鳴った。三つの音は重ならなかった。
◇
三試合目は、南東の採掘集落から始まった。初動の被りはない。三人は必要な装備を揃え、早めに北側へ移動した。ラウンド2、北へ抜ける鉱石搬送橋で一部隊と進路が重なった。敵は支柱の間へ、拾得消耗品の遮断バリアを展開した。正面の射線を十秒切り、その陰に三人が集まって橋を渡り始める。
「正面は俺が止める。バリアが消えたら撃つ」
遥真が橋の出口に照準を置く。
「下段の保守通路、右端へ出られます」
航平が示した階段は、搬送橋の床下へ続いていた。夕奈は敵のバリアではなく、その光が届いていない側面を見る。
「航平さん、下から一緒に。ハルは正面を残してください」
二人は金属階段を下りた。頭上を走る三人分の足音が、支柱を越えるたび右へ移る。夕奈は音の速さに合わせ、保守通路を並走した。
「三、二、一」
遥真が展開からの秒数を数える。
夕奈と航平が右端から上がったとき、敵の二人は光壁の側面を通り過ぎたところだった。夕奈のScout-56が後ろの一人を割る。航平のLancer-56が同じ相手を倒し、そのまま二人目の退路に弾を置いた。
十秒が経ち、遮断バリアが消える。
待っていた遥真のRaptor-5が正面から二人目を削り、夕奈が横から撃ち切った。
最後の一人は橋の北端から岩場へ退き、射線を切っている。
「追いません。二人を確定して、北へ抜けます」
近い銃声がないことを航平が確かめ、三人は二つのデスボから回復と弾だけを補充した。2キル。三人生存のまま、防具も整った。
ラウンド4。次のエリアは、浄水施設の北側へ寄っている。沈殿池を見下ろす二階建ての薬品管理棟は、次の収縮でも強い場所になる。西は沈殿池の縁、南は配管橋、東は搬入口に射線が通る。窓に人影はないが、室内までは外から見えない。航平が管理棟の外壁へパルスセンサーを射出した。二度の走査に反応はない。
「管理棟、空いてます」
「今なら先に取れます」
「入ります」
夕奈は即答した。三人が浄水施設へ向かう。その途中、南の配管橋へFROST ARCの青白い競技スキンが三人揃って上がった。夕奈たちが薬品管理棟へ向かう姿も、橋の上から見える角度だった。橋上の一人が発動動作に入る。直後、配管橋の付け根に赤い予告範囲が灯った。次の表示は管理棟前の通路、その次は正面入口へ続く。
「攻撃ウルトです。直線を順番に塞がれます」
航平が言う。
警告のあとを追って最初の爆発が走った。夕奈たちは配管の支柱まで戻される。二列目へ踏み込めば次の爆発を受け、止まれば入口までの時間を失う。
「西の沈殿池側なら、予告範囲を外れて動けます」
航平が別の進路にピンを置いた。夕奈はそれを、管理棟へ回り込むための線だと読んだ。
「西からなら、入口へ間に合いますか」
「入口じゃありません。管理棟を捨てて、沈殿池に残る案です」
そのとき、キルログにAURAVEXの名前が二つ続いた。試合前までのNOVA-3は総合8pt。強い場所まで譲れば、終盤に戦う入口も狭くなる。
「直線なら、最後の爆発のあとに入れます」
「夕奈さん、俺のピンは戻る方です」
遥真が橋上へ一発返した。
「どっち」
夕奈は管理棟へ続く最短の通路を見た。パルスセンサーが空を示したのは、二度目の走査が通った時点までだ。その後に東の搬入口へ近づいた部隊がいるかは分からない。
「直線で行きます」
三人は支柱の陰で身を低くした。遥真が橋上へ撃ち返し、FROST ARCの顔を下げさせる。攻撃ウルトは敵を倒さなかったが、NOVA-3の移動だけを止めた。
最後の赤い範囲が爆発する。
「終わりました。行きます」
夕奈が先に走り、航平と遥真が続いた。三人は爆発跡の間を抜け、正面入口へ急ぐ。
正面入口まで半分を切ったところで、二階の窓に黒緑の競技スキンが立った。別の二人も、入口と東の搬入口から夕奈たちへ照準を向ける。
建物防衛を得意とするVANTA ROOKだった。
「取られました。三人います」
航平が目視した人数を報告する。
正面から入れば、二階窓と二つの入口から挟まれる。ここから強行できる条件ではなかった。
「西の沈殿池へ行きます」
夕奈は管理棟を諦めた。西側にある沈殿池の縁は、次のエリアの端に入っている。胸までの高さしかなく、薬品管理棟の二階から内側が見える。三人が移動を始めると、背後の配管橋から銃声が響いた。先ほど進路を塞いだFROST ARCではない。青白い競技スキンとは別の三人が、配管橋から姿を見せた。
「後ろ、三人来ます」
「壁まで走ります。管理棟を止めてください」
遥真が二階へ撃つ。
夕奈と航平が先に壁へ入った。
しかし沈殿池の縁には、回復中の体を隠せる深さがない。薬品管理棟と南の配管橋の両方から射線が通る。
残り十部隊。
次の収縮が始まる。
「ここ、長く持ちません」
航平が言う。
「分かっています。北の濾過槽まで移ります」
夕奈は次の遮蔽にピンを置いた。
だが、円形濾過槽の基部へ向かう道も管理棟から見られている。拾得消耗品のスモーク弾を一つ投げ、三人で走った。夕奈が先に濾過槽へ着く。
航平も続いた。最後の遥真に、管理棟と配管橋の二方向から弾が集まる。
「ハル、右です」
「見えてる」
遥真は一人を削り返したが、シールドを割られた。
同じ頃、収縮の反対側で一部隊が消えた。
濾過槽へ滑り込む直前、体力まで削られてダウンする。
「ハル、起こします」
航平が遥真の位置へ入った。
夕奈は管理棟を撃ち、敵を窓から下がらせる。
起こす動作が進む。
あと少しというところで、配管橋側から投げ物が落ちた。
「切ってください」
夕奈が言う。航平は起こす動作を中断し、爆発を避けた。
その間に、VANTA ROOKも管理棟から外へ出てくる。
NOVA-3は、管理棟と配管橋の二方向から詰められる。
夕奈は一人のシールドを割ったが、遥真を起こす時間を作れない。
航平がダウンし、最後に残った夕奈も濾過槽の横で撃ち切られた。
画面に九位が出た。航平のピンは、管理棟ではなく沈殿池の縁にまだ残っていた。
「俺は、あそこで建物を捨てるつもりでした」
「入口へ回る案だと思いました」
「違うって言いました」
「はい」
リザルトは九位、2キル、4pt。夕奈が閉じると、一日目の途中順位が表示された。NOVA-3、12pt。TIERAXとAURAVEXは上位欄にいる。代表圏となる二位とは、すでに差があった。
「あと二試合です」
航平が言った。夕奈は準備完了を押さなかった。
「次は、もっと早く――」
言いかけて、止まる。早く入るのか。戦うのか。離れるのか。何を早くするつもりなのか、自分でも分からなかった。
遥真が夕奈の画面へ手を伸ばした。触れたのは順位表ではなく、端に残っていた航平の青いピンだった。
「これ、どこ」
「沈殿池です。俺は、ここへ戻すつもりでした」
「でも浅い」
「浅いです。安全だったとも言えません」
答えを一つにしてくれない航平へ、遥真は眉を寄せた。そのまま自分でマップを動かし、中央北の連絡橋を拡大する。橋上、階段、橋脚。三つの高さが一画面に入った。
「ここ、撃てる」
「高台からも撃たれますよ」
「それでも、さっきより見える」
夕奈は橋を安全だとは思わなかった。強い場所とも言い切れない。遥真がそこを選んだ理由は、順位でも退路でもなく、撃たれる方向を自分の目で数えられるからだった。
「航路が届けば、見ます」
夕奈が答えると、遥真はようやく準備完了を押した。航平は橋ではなく、その北側へ続く道路にピンを置いた。
三人の印は、同じ場所に重ならなかった。
◇
四試合目、NOVA-3はラウンド3で中央北の連絡橋を先に取った。橋下では二部隊が撃ち合い、背後の高台にも銃口が見える。夕奈が橋の中央へピンを置こうとしたとき、遥真の赤い印が階段上へ先に刺さった。
「ここから下は行かない」
三試合目までなら、遥真に言うはずだった言葉だった。夕奈は返事を一拍遅らせる。
「分かりました。私は橋脚側を見ます」
「高台は俺が見ます。ただ、車両が一台上がってきています。橋上も長くは持ちません」
航平は北の道路へ体を向けた。そこへ橋下から弾が飛び、遥真の足元を削る。遥真は高台ではなく、撃ってきた敵へ一発を返した。
「一人、割った」
デスボックスを見に出た敵へ夕奈も撃つ。ダウン表示が出た瞬間、夕奈のキャラクターは階段を二段下りていた。
「夕奈さん、今なら戻れます」
航平の声に、夕奈はスティックを逆へ倒した。あと一人まで見えたのに、足を止める。高台から飛んだ弾が、戻った夕奈のシールドを二十五削った。
「見えていました」
「俺もです。でも、車両の三人が降りました」
足音が橋床を鳴らす。危険が消えたから戻ったのではない。航平に止められなければ、また下まで行っていた。しかも、その航平はもう高台を見ていない。Lancer-56を持ち替え、橋へ上がる敵の足元へ自分から弾を置いていた。
橋下の別部隊が三人で階段へ向かう。航平が踊り場へパルスセンサーを刺した。第一波に三つの輪郭が縦に重なり、先頭がすぐ装置を壊す。
「二波目なし。先頭、あと一段――」
先頭の頭が出るより早く、二人目がブーストステップで手すりを越えた。
「横です」
航平の声が裏返る。遥真は階段を見たままだった。夕奈が振り向くより先に、航平のCARが近距離で鳴った。半分も当たらなかった連射が、それでも敵を一歩下げる。
「先頭は俺が見る」
遥真のRaptor-5が階段の一人を割った。夕奈は手すりを越えた敵へクラックチャージを当て、小爆発で橋の縁から離す。航平が弾倉を替えるあいだ、敵は夕奈へ向いた。夕奈のシールドが割れたところへ、航平の二つ目の弾倉が入る。
「こっち、ダウン」
階段でも遥真が一人を倒した。残った一人は下へ逃げようとしたが、高台の部隊からも撃たれ、進路を変えてまた階段へ上がってくる。三人の弾がそこで重なり、部隊撃破になった。最初の1キルと合わせて4キル。
「三人目を戻した高台、まだこっちを見てます」
航平は割れたシールドを戻しながら言った。
「次は私たちですね。回復したら左をお願いします」
夕奈は4キルの表示を見てから、階段へ照準を戻した。まだ取れる。さっき下りかけた二段を上から狙い、次の足音を待つ。
次の収縮では、別部隊の二人が階段へ入り、最後の一人だけが橋下へ戻った。遥真は三人目へ照準を送ったが、夕奈が「残って」と言う前に銃を下げた。二人を倒し、合計6キル。橋上は保ったものの、高台から来た車両の三人には、少しずつ左右を削られていった。
残り三部隊。橋は戻る場所だったはずなのに、最後には降り口を二方向から塞がれ、逃げられない場所になった。航平の煙は風に押されて階段の半分まで届かず、夕奈が先に倒れた。遥真は一人を割り返し、航平は橋脚へ下りようとして撃たれる。
三位、6キル。13pt。
数字が出たあとも、夕奈の左手は階段を上がる方へ倒れたままだった。
「13pt。……最後、降りるところまで欲しかったですね」
航平が言う。
「六人倒した。次は最後まで」
遥真は次の準備完了を押した。夕奈も数字をもう一度見た。航平の弾倉が空いたあと、自分が撃った敵が含まれている。左手を緩め、最後に塞がれた降り口へ印をつけてから、準備完了を押した。
◇
五試合目、夕奈が選んだのは建物の中ではなく、その裏手の低い斜面だった。窓と階段を守る必要はない。次の岩へは走れる。ただ、地面へ伏せると正面の建物が見えず、腰を上げると、二階窓からこちらの頭が見えてしまう。
「ここを使います。次は右の岩です」
「右、先客がいるかもしれません」
航平は断言しなかった。岩の裏で回復音を一度だけ拾っている。
「見えたら変えます」
「戻る場所、まだ決まってない?」
遥真に聞かれ、夕奈は右の岩と、建物の外壁へ二つピンを置いた。
「今は二つです」
「それ、決めたって言いますかね」
「一つにして間違えるよりはいいです」
終盤、建物内の二部隊がぶつかった。ダウン表示が二つ流れる。夕奈は斜面から腰を上げかけた。二階窓に影が戻り、弾が土を跳ねさせる。伏せ直す操作で、肘が机の縁に当たった。
「まだ出られません」
「右の岩、一人います」
航平が見つけたのは、部隊から離れて回復している一人だった。予定していた戻り先は、もう使えない。
「建物の出口と岩、どっちを撃つ」
遥真が聞く。夕奈はすぐに答えられなかった。建物から三人が別々の出口へ出る。岩の一人も、銃声を聞いて立ち上がった。
「岩を先に」
夕奈の指示と、遥真の初弾がほとんど重なった。岩の一人が割れ、外壁へ逃げる。そこへ建物から出た先頭が撃ち、ダウンを取った。NOVA-3のキルにはならない。
代わりに、撃った敵の背中が遥真へ向いた。
「今、建物」
遥真が一人を落とす。夕奈も同じ出口へ重ねた。二人目は航平の射線を避けて反対へ出たが、そこはさっき夕奈が予備に置いた外壁のピンだった。航平が自分から斜面を上がり、逃げ道へ弾を置く。
「俺、外壁を使います。二人は岩じゃなく、こっちへ」
夕奈は自分のピンを航平に上書きされてから動いた。最後の一人を遥真が倒し、3キル。三人が外壁へ寄った直後、右の岩から射撃が来る。航平のシールドが割れ、夕奈は振り向きながら煙を落とした。
残り二部隊。
最後の相手は高所にいた。右へ動こうとすると、攻撃ウルトの赤い予告範囲が岩から外壁まで並ぶ。
「出口を潰されました。左は射線が二本です」
最初の爆発が右を塞ぐ。夕奈は爆発跡を通るつもりだったが、二発目の予告がその足元へずれた。
「そこ、続きます」
「見えています。左へ」
航平に煙は残っていない。夕奈も自分の分を、さっき岩からの射線へ使っていた。遥真が左の一人を撃って下げ、三人は爆発の縁を走った。夕奈のシールドが割れ、航平は体力まで削られる。それでも最終収縮へ三つの生存表示が入った。
高所の三人は左右へ広がっていた。右からの連射で夕奈が倒れ、航平も岩陰へ寄ったところを反対から撃たれる。遥真は一人を割り返したが、起こす時間は作れない。収縮の白に背中を押され、最後まで高所へ撃った。
二位、3キル。12pt。
夕奈がヘッドセットを少し浮かせると、押し込められていた会場の歓声と空調の音が一度に入った。左手の付け根が痛い。航平は水を飲み損ねて顎へこぼし、遥真は空になった弾倉をまだ見ている。
「右の岩、戻る場所じゃなかった」
遥真が言った。
「途中から変わりました」
「聞いたのは航平からだった」
夕奈は航平を見た。航平は濡れた顎を袖で拭きながら、首を横へ振る。
「俺も最初から分かっていたわけじゃないです」
大会運営から、一日目の競技終了を告げる表示が入った。遥真が先にマウスから手を離し、航平はボトルのキャップを今度こそ閉めた。夕奈は痛む指を一本ずつ開いたが、ヘッドセットにはまだ触れなかった。




