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東京ランクマッチ ー三人で挑むeスポーツ青春譚ー  作者: Aramaki_mai
第9章 終わると決まったチーム
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第63話 先に知らされた人

挿絵(By みてみん)

扉が閉まると、テストルームに残ったのは夕奈と玲奈だけになった。


正面のモニターには、アークラインの勝利画面ではなく、結成以来の活動記録が表示されていた。東京ゲームショウ、NOVA3Radio、公式スクリム、外部企画。今日より前の日付が並んでいる。


ついさっきまで、遥真と航平もそこにいた。二人の前で確認されたのは、今日の得点につながった判断と、最後に敵を一人見失った判断だった。


玲奈は二人の足音が聞こえなくなるまで待った。夕奈には、その待ち方だけで、二人に聞かせられない話だと分かった。


「まだ、決まった話ではありません」


夕奈は膝の上で手を重ねた。


「はい」


「アークラインの立ち上げから活動する人を、社内で選んでいます」


玲奈が結成以来の記録を指で送る。東京ゲームショウで言葉を失った日、NOVA3Radioで初めて台本から外れた日、三人で入った公式スクリム。夕奈には、一つずつ別の失敗や手触りがある。画面の上では、すべて同じ幅の行だった。


「その候補に、沢渡さんの名前があります。今日より前からです」


「候補」の二文字で、膝の上に重ねた手がずれた。


「私が、ですか」


聞き返すと、喜びが先に来た。胸の中が浮き、すぐに二つの空いた椅子へ引かれた。


「今日、勝ったからですか」


「それだけではありません」


玲奈は三戦目を小さく再生した。夕奈がコアを渡す。少しあとで、敵を一人見失う。


「今日のことも見ます。よかったことも、危なかったことも」


どちらがどれだけ重いのか、玲奈は言わなかった。夕奈はもう一度、閉じた扉へ顔を向けた。口元が緩んでいたことに気づき、慌てて戻す。


二人へ知らせたくて、夕奈の手が上着のポケットへ動いた。スマートフォンは入口で預けている。手元にあったとしても、送れる内容ではなかった。


「ハルと航平さんは」


玲奈の表情が止まった。


「それは、私からは言えません」


「二人には、いつ」


「まだ分かりません」


夕奈は膝の上で手を組み直した。


「では、今日、二人が聞いても」


「ご自身が候補だとは話さないでください」


理由を聞く前に、夕奈にも未確定という言葉が浮かんだ。候補から外れるかもしれない。他の誰かの名前も動いているかもしれない。分かるからこそ、納得したとは言えなかった。


「いつまでですか」


「私にも、まだ日付は出せません」


玲奈の返事はそこで途切れた。二人が会議室を出された理由を、当の二人へ説明できない。


「二人のことも、私だけが先に知っているんですか」


「二人の行き先は、何もお伝えしていません」


そこだけなら言える。夕奈は口の中で試した。では何を聞いたのか、と続いた瞬間に黙る自分まで見えた。


玲奈が一枚の書類を差し出した。話せないことを確認するための紙だった。契約を始めた日にも、同じ会社の会議室で本名を書いた。会社ロゴも署名欄の位置も、あの日とよく似ている。


「沢」の最初の一画だけが濃くなった。夕奈がペンを止めている間、玲奈は急かさなかった。夕奈は残りを続けて沢渡夕奈と記す。書き終えても、自分の名前が誰か別の人のものに見えた。


玲奈が紙を引き取る。


「喜んではいけない話ではありません」


夕奈は返事ができなかった。喜んだ直後に、その顔を二人へ隠さなければならない。



帰りのエレベーターで、夕奈は「二人の配置は聞いていません」と小さく口にした。会社の報告文のように聞こえた。「聞いたのは私の――」まで続けたところで到着音が鳴り、扉が開いた。


会社を出ると、遥真と航平の姿はもうなかった。三人のチャットには、航平から一件だけ届いていた。


『先に戻ります。夜は予定どおりで大丈夫です』


句点のあとには、武器の感触も役割交代の話も続いていなかった。


夕奈は返信欄を開いた。


『確認は終わりました』


そこまで打って、消す。


航平なら「何の確認ですか」と聞く。遥真は聞かないかもしれない。どちらの返事も想像できて、夕奈は入力欄を空に戻した。


夕奈は練習開始の時刻を入力した。


『分かりました。二十一時からお願いします』


遥真の既読が先につき、少し遅れて航平の既読も並んだ。返事は来なかった。



二十一時になると、三人はいつもの通話へ入った。


「こんばんは」


夕奈が言うと、航平が返す。


「こんばんは。今日は国内予選用の移動確認からやります。前に見つけた高架下の道、反対側から入る形も試します」


「分かりました」


「入れる」


遥真は返事のあと、すぐ準備完了を押した。夕奈は書類へ署名した右手を机の下で握った。マッチが始まる。


序盤は大きく崩れなかった。遥真が敵を削り、航平が周辺部隊の銃声を拾い、夕奈が戦うか離れるかを決める。


報告の合間に「候補」の二文字が浮かび、そのたび夕奈の右手に力が入った。


終盤、ラウンド4の収縮が始まった。


三人は低い倉庫の裏にいる。エリアに入るには、左の斜面を戻るか、正面の建物を抜けなければならない。


正面には敵がいる。左の建物には、航平が直前に撃ち込んだパルスセンサーの反応がなかった。二度の走査はもう終わっている。左は今なら空いているが、数秒後には別部隊の射線が通る。


先に左へ戻れば、収縮後も空いている建物へ入れる。センサーが示したのは数秒前の輪郭だけだと分かっていても、夕奈には、そう見えた。


「左へ戻ります」


夕奈はキャラクターを倉庫裏で止めたまま、説明を続けた。


「左なら今は射線を切れます。建物もまだ空いている可能性があって、右の部隊は正面を見ているので、ここで撃ち合うより――」


「行くんですか、待つんですか」


航平の声が割って入った。


「行きます。左へ――」


「建物、入られた」


遥真が言った。


センサーの二度目の走査が消えたあとで、別部隊が斜面から滑り込んでいた。


進路の先で、空いていた建物に別部隊が入る。夕奈が説明している間に、使える場所が一つ消えた。


「正面、来る」


遥真が敵に射線を通す。


一人を大きく削り、三人が戻る時間を作った。航平がスモークを置き、夕奈も倉庫の反対側へ下がる。しかし、入りたかった建物はもう使えない。


三人はエリアの端を移動しながら、左右の部隊から削られた。航平のシールドパックがなくなり、夕奈もフルシールドパックを一つ使う。遥真が一人を割っても、詰める余裕はなかった。


次の収縮が始まる前に、正面から来た部隊に止められた。


夕奈が先にダウンし、航平も起こせる位置まで戻れない。遥真が一人を落としたが、残り二人と横から撃つ部隊に挟まれ、NOVA-3は全滅した。


結果画面の「次へ」に、誰の選択も入らなかった。


「左、最初は空いてましたよね」


航平は結果画面を閉じずに言った。


「はい」


「じゃあ、どうして行かなかったんですか」


夕奈は答えようとした。北から射線が通る可能性、正面の部隊、センサーが消えた時刻。さっき口にした説明がもう一度並び、どれも今の問いへの答えにはならなかった。


「決めきれませんでした」


「今日、何かありました?」


航平が尋ねる。机の端の大学ノートには、提出前の課題名が残っている。「課題があります」と言えば、ここで終えられる。夕奈はノートから手を引いた。


「今日、会社から話がありました」


夕奈は言った。


「内容は、今は伝えられません」


航平の共有画面で、録画の再生カーソルだけが点滅した。


「アークラインのことですか」


夕奈は黙った。


「夕奈さんだけ、残されてましたよね」


「はい」


「俺たちの配置について、何か聞いたんですか」


「二人のことは聞いていません」が喉まで出た。次を問われるのが怖くて、夕奈はその一文も閉じた。


「詳しい話はできません」


航平は共有画面を移動確認用の表へ切り替えた。今日の日付の下に、空欄が並んでいる。


「分かりました」


航平はそこで一度、息を吸った。


「じゃあ、予定だけ作ります」


「航平さん」


「空いた欄を埋めるのは慣れているので」


「また、俺だけあとなんですか」


航平の声が途中で細くなり、言い直した。


「いや、違う。何を待ってるのかも分からないまま、俺が質問を作るんですか」


航平は机の上のシャープペンを拾い、芯を一度だけ出した。クロスサイトの選考から落ち、別タイトルの席をあとから示された話をした日には笑っていた。今日は笑わない。


「ハルにはTIERAXの話が来た。夕奈さんにも、今日なにか来た」


航平は空欄を指した。


「ここだけじゃないです。俺が空いてるのか、三人がもう空けられてるのか、それも分からない」


「私は、二人に黙って別の道へ行くと決めたわけではありません」


「でも、会社ではもう決まり始めてるんですよね」


夕奈はミュートキーの縁を爪で押した。点灯はさせない。航平は「俺たち」を二度とも強く発音した。


「俺たちの次が、俺たちのいないところで、もう――」


航平は最後まで言えず、机を一度押した。


「そういう話なのかを聞いてます」


「私は、二人の行き先を聞いていません」


「じゃあ、夕奈さん自身の話ですか」


夕奈の親指が、今度はミュートキーの中央へ触れた。押さないまま答えた。


「そこから先は、話せません」


航平は出した芯を指で戻し、何も書かなかった。


「俺たちのことを聞いてないって、最初に言えましたよね」


夕奈は握った指を解いた。


「……はい」


「それまで言えないことにしたのも、会社ですか」


「違います」


「今日は抜けます」


「航平さん」


「お疲れさまでした」


航平が通話を抜ける音がした。遥真は何も言わない。


「ハル」


夕奈は呼んだ。


「いる」


夕奈は、声を出さずに「嬉しかった」と口を動かした。指はミュートキーに触れたままで、マイクには何も入らなかった。


「今日は切ります」


「分かった」


夕奈は通話を切った。


遥真は航平へ個別の通話をかけた。一度目はつながらない。二度目で、KOHEIの表示が点いた。


「何ですか」


「明日、来る?」


「予定には入っています」


「予定じゃなくて、航平が」


航平は返事をしなかった。遥真は、自分がTIERAXの話をした夜には航平が期限を尋ねたことを思い出した。


「俺のときと同じじゃない」


「分かってます」


「分かってる声じゃない」


「なら、どういう声ならいいんですか」


遥真には答えられなかった。


「でも、明日は航平に来てほしい」


「それ、夕奈さんにも言いましたか」


「まだ」


「俺が先なんですか」


「今は」


航平が息を吐いた。


「順番、下手ですね」


「うん」


「明日は行きます。予定だからじゃなくて、二人に文句を言うために」


「分かった」


「それまで、勝手に三人の次を決めないでください」


「決めない」




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