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第57話 同じ射線

挿絵(By みてみん)

――TIERAX/KYO


午前八時十二分、TIERAXの練習室で最初に鳴るのは、TOMAが紙コップへ氷を落とす音だった。佐伯が無糖の缶コーヒーを開け、KYOは売店の卵サンドの包装を破る。TOMAの紙コップがケーブルの内側へ寄ると、本人が見ないまま肘で元の場所へ押し戻した。


KYOは自分の席に座り、設定選択画面を開いた。登録欄には「KYO」と、その下に「HAL_trial」が残っている。久我遥真が体験参加で使った感度とキー配置だった。


引き出しには、前日に渡された契約更新書類が入っていた。契約期間の横に、先発を保証しないという一文がある。署名欄は空白のままだった。


マウスの滑りを確かめると、左だけわずかに重い。KYOは綿棒でソールの埃を取り、同じ距離を三度振った。数字を話すのは、それからだった。


昨夜の五試合総合ではTIERAXが一位だった。NOVA-3は二位。それでも第四試合で三人とも倒され、第五試合ではNOVA-3にチャンピオンを取られた。


第四試合、KYOは連絡橋の中央で最初に倒れた。


南側の二階窓からHALが一発外した。KYOは次も外れると思い、橋を走った。二発目でシールドを割られたときには、戻るより前へ抜ける方が近かった。


「窓を見誤った。六秒の声は聞こえてた」


KYOは自分の視点だけで録画を止めた。


「それだけか」


TOMAが全体マップを重ねる。五秒目までは東の階段が空いている。六秒目、別の敵が階段へ射線を置き、同じ時刻にHALが二発目を撃っていた。


倒れたKYOの印は、橋の中央に残った。攻撃ウルトで窓と階段を退かせた間に、佐伯がスモークを入れ、起こしに触る。TOMAは東へ回ったが、ブーストステップで建物の張り出しに肩を当て、二方向から撃たれて倒れた。攻撃ウルトが切れると、橋へグレネードが入った。佐伯も起こしを切った。


KYOが一秒欲張ったあとの時間を、二人が使わされていた。


「窓が外れても、六秒目には帰る先が変わってた」


「なら五秒で切る」


「早く戻れば、久我よりいい記録になるのか」


KYOはTOMAを見た。


「そんな話してない」


「さっきから隣の設定を見てる」


設定欄には、自分の名前と「HAL_trial」が並んでいた。KYOは録画を手前へ出し直した。


佐伯は総合一位の順位表を閉じた。


「五秒で切るなら、俺たちも一秒早く撃つ。お前だけ戻っても、橋は取れない」


「昨日、一位を取ったのは俺たちだ」


「その三人で、ここは全滅した」


KYOは橋の中央に残った自分の印を見た。


TOMAは分析表の「離脱」を六から五へ直さず、五秒で戻る欄と、敵の足を見て戻る欄を作った。KYOは自分の欄にだけ「窓を二発目まで見る」と入力した。


KYOは設定欄をもう一度出した。「HAL_trial」へ動きかけたカーソルを、自分の名前の上で止めた。


「久我、来ないんだな」


「今はな」


佐伯が答える。


KYOは椅子の高さ調整レバーへ手を伸ばした。体験参加の日から一段下がったままだった。元の位置へ戻しても、座面の感触までは戻らない。


あの日、分析席から自分の椅子を見るのは腹が立った。遥真が席を立つと、KYOは誰より先に記録を開き、どこで撃ち負け、どこで自分より速く戻ったのかを見た。


座られるのは嫌だった。もう一度来てほしいとも思った。


遥真の感度を真似る気はない。撃てる距離も、戻る角度も違う。ただ、同じ三人の中で何秒まで前にいられたかは比べられる。次に来たとき、自分の方が遅いままなのは嫌だった。


「来ないって聞いて、ほっとした」


KYOは引き出しの契約更新書類を見てから言った。


「だから次、来たときに取られる。今のままだと」


佐伯は慰めなかった。


「なら、取られない選手になれ」


「なる」


KYOは引き出しから更新書類を出した。先発を保証しない、という行をもう一度読み、署名欄に本名を書いた。


KYOは「HAL_trial」にカーソルを合わせた。削除確認が出る。数秒見たあと、「いいえ」を押した。


「消さないのか」


TOMAが敵役設定を読み込みながら聞いた。


「次に来たとき、前より速いか分からなくなる」


KYOは選択カーソルを自分の名前に戻し、「KYO」を起動した。


午前の練習試合が始まった。指定されたのは、昨夜と同じ幅の連絡橋だった。最初の接敵でKYOが前の柱へ出る。


「四秒」


TOMAの予告が来る。敵のシールドはあと少しで割れる。KYOは一発だけ当て、残りを追わなかった。


五秒目、後ろへ滑る。


敵は追ってこなかった。佐伯とTOMAの銃口は橋の中央に向けて揃ったが、その先に撃つ相手はいない。


「今のは早い」


TOMAが計測を止めた。


「敵の足が止まってた。六秒目でも戻れた」


KYOは残った弾数を見た。


「次は、敵が止まっているときだけ六秒目まで撃つ。動き出したら、弾が残っていても五秒で戻る」


「予告は四秒のままにする」


TOMAが計測をリセットした。次の敵役は、橋の中央で一度止まり、四秒目にまた走り出した。KYOは一発撃つつもりで指を動かし、途中で引き金から離した。


「今のは、どっちだ」


「戻る。撃とうとして遅れた」


KYOは答え、開始位置へ戻った。TOMAが今の時刻を記録する。見られていると分かると、マウスを握る力がまた強くなった。


「もう一回」


二回目の敵役は、最初から足を止めなかった。KYOは椅子を机へ引き寄せ、前の柱へ出た。


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