第53話 そっちにいるには強すぎる
体験参加の日、久我遥真はTIERAXの練習席に座っていた。
前回見学したときと同じ三台のゲーミングPC。前衛のKYOが使っていた一台だけ、設定が遥真用に変えられている。KYOは後ろの分析席で画面を開き、今日は遥真の動きを記録する側へ回っていた。マウス感度とキー配置を確認し、ヘッドセットを着けると、隣に座った佐伯玲司の声が近くなった。
「最初の二試合は、普段の動きでいい。合わないところはこっちで言う」
「はい」
「遠慮して撃たないのはなしだ。撃つ前に必要な確認だけ入れろ」
遥真は頷いた。
練習相手は国内上位の競技チームだった。配信も商品紹介もコメントへの返事もなく、開始前には降下地点と最初の移動候補、戦闘を始める条件だけを確認した。
一試合目、TIERAXは南側の工業区へ降りた。
物資を拾い終える前から、隣の区画に入った部隊の足音が聞こえる。遥真がRaptor-5を持って建物の二階へ上がると、佐伯が正面の敵を確認した。
「右の通路、一枚。奥はまだ漁ってる」
TOMAが返す。
「西の屋根取る。別が来たら階段で戻れる」
「久我、正面見られるか」
「見られます。一人、撃てる」
照準の先で、敵が物資箱を開いていた。
以前の遥真なら、報告と同時に撃っていた。先に削れば、味方が合わせればいいと思っていた。
引き金に指をかけたまま、確認する。
「右のカバー、ありますか」
「ある。行け」
返事はすぐに来た。
それでも遥真は、西の屋根へ移った味方の位置をもう一度見た。その一瞬で、敵が顔を上げる。物資箱から手を離し、通路の奥へ滑り込んだ。
遥真の弾は二発だけ当たり、シールドを割り切れない。
「奥へ逃げた」
「答えは出てた」
「次は、返事が来たら撃て」
「了解」
NOVA-3では、夕奈が条件を揃え、航平が情報を埋める。TIERAXでは確認と決定が同じ速度で返り、答えのあとまで待てば遅れる。
敵部隊は工業区の奥へ引いた。三人は無理に追わず、隣の建物から出る通路を挟む。
数秒後、別の敵が一階の扉から顔を出した。
「下、一枚出る」
「見えてます。カバーは」
「ある」
今度は返事と同時に、遥真はブレイクショットを起動した。だが、最初の連射は扉の縁へ二発当たった。敵がさっきと同じ奥へ逃げると思い、照準を先へ置きすぎた。
敵は手前へ滑り、遥真の足元へ投げ物を落とす。
「久我、下がれ」
佐伯の声で一歩引く。爆発でシールドを削られた遥真の横からTOMAが撃ち、敵の進路を変えた。そこへ遥真の残った強化弾が入り、ようやくシールドが割れる。佐伯が逃げ道へ射線を通した。
「手前ダウン。奥、二枚出る」
「詰める。北が来たら階段へ戻る」
三人が同時に距離を詰めた。
倒れた一人は扉の内側へ這おうとしている。佐伯が奥の二人を止め、TOMAが右角を取る間に、遥真は通常弾の短い連射で手前の確定を取った。完全撃破の表示と同時に、扉脇へ一つだけデスボックスが出る。
奥から扉へ出た一人に、遥真が照準を移す。最初の敵を見すぎて切り替えが遅れ、佐伯の弾が先に入った。遥真が削り、佐伯がダウンを取る。最後の一人は投げ物を構えたまま通路の奥へ下がった。
「北、足音来る」
「戻る。最後は追わない」
三人は進路を反転した。横を取っていたTOMAは、戻り道にある最初のデスボの前で一瞬だけ止まり、すぐ階段へ向き直る。二人目はダウン状態のままで、デスボックスにはなっていない。
三人とも階段の内側へ戻った。遥真だけが一歩遅れ、北から来た弾で背中を削られる。直後、最後の敵の投げ物と、北から来た部隊の投げ物が、空になった通路で続けて爆発した。
戦闘を始めるのも、終わらせるのも速かった。けれど遥真が速くなったから成立した戦闘ではない。敵の進路はTOMAが変え、次の敵には佐伯が先に弾を入れた。戻るときには、自分だけが被弾した。
遥真は次の建物へ移りながら、最初に敵を逃がした一瞬と、今外した二発を続けて思い返した。答えのあと迷わないだけでは足りない。答えが返る場所では、外したときに誰が埋めるかまで最初から動いていた。
二試合目では、終盤に高所を持つ部隊とぶつかった。
遥真は一人を大きく削ったが、詰めれば別の部隊から背中を撃たれる位置だった。
「一人ロー。上がれば落とせる」
佐伯が周囲を見た。
「上がったあと戻れない。ここから止める」
「了解」
遥真は追わず、敵が回復する間だけ射線を維持した。その隙に味方が次の遮蔽へ移る。全員が入ったところで、佐伯が短く言った。
「撃つときも待つときも、答えのあと迷わないなら問題ない」
遥真の頭に、夕奈の「今」という声と、航平が残した退路が浮かぶ。
NOVA-3で覚えた待ち方は、この速度の中でも遅れにはならなかった。ただ、待つ場所が少し違った。
五試合の練習が終わったとき、TIERAXは三度、終盤まで三人生存で残っていた。遥真の撃破数は、同じ五試合を戦ったTOMAに大きく劣らなかった。一方で、返事を待ちすぎた場面が一つ、返事だけで飛び出した場面が二つ、記録に残った。
ヘッドセットを外すと、耳の奥に残っていた銃声が急に遠くなる。
分析席にいたKYOが立ち、遥真の横へ自分のマウスパッドを置いた。
「一試合目、返事のあとまで待ったところは遅い。二試合目、上を追わなかったところは俺でも待つ」
KYOは記録画面の一試合目と二試合目を、指先で順に示した。
「今日は返す。でも次に座るなら、俺から取れ」
遥真は立とうとして、まだマウスを握っていることに気づいた。KYOが机を指の背で二度叩く。
「そこ、俺の感度に戻す」
遥真はマウスから手を離し、椅子を引いた。KYOはすぐに席へ滑り込み、マウス感度を自分の数値に戻した。分析席へ戻るつもりはないらしい。
「取ります」
遥真が答えると、KYOは画面を見たまま、口元だけで笑った。
遥真は椅子の背からも手を離した。佐伯が記録画面を切り替える。
「最初は遅れた。次は早すぎた。最後まで、ちょうどいい場所は一つじゃなかった」
佐伯は一試合目と四試合目を並べた。
「それでも置いていかれず、言われた形だけにもならなかった。今日の速度についてこられるなら、十分やれる」
遥真は画面に残った自分の数字を見た。
「ただ、すぐ先発に入れるとは言わない。今いる選手より悪ければ外す」
「それでいいです」
「そう言えるなら、なおさら向いてる」
佐伯は壁のモニターに予定を表示した。午前の個人練習、午後のスクリム、録画確認。翌日も、その次の日も、競技のための予定が並んでいる。
その横に、遥真の現在の活動を簡単にまとめた欄があった。
週五日の配信。NOVA3Radio。商品紹介。イベント出演。公式契約プレイヤーとしての収録や打ち合わせ。
「NOVA-3がお前を強くしたのは分かってる」
佐伯は、競技以外の予定を指でなぞった。
「沢渡の判断も、早坂のつなぎも評価してる。お前一人で今の動きになったとは思ってない」
遥真は佐伯を見る。
「ただ、お前は今の活動だけに収まるには強すぎる」
佐伯は競技以外の予定欄を、もう一度指で叩いた。遥真はNOVA-3の欄から目を離した。
「すぐに返事はできません」
「分かってる。契約もあるし、二人に話す必要もある」
「はい」
「考えたうえで、競技を一番にしたいなら来い」
佐伯はそれ以上、引き止めなかった。帰りの電車で、遥真は三人のチャットを開いた。
夕奈からは、大学の課題が終わったので二十時から練習できると届いている。航平は新しい移動候補を三つ試したいと書いていた。
いつもと同じ予定だった。その中に、TIERAXの話を文字だけで入れる気にはなれなかった。夜、三人が通話をつないだあと、遥真はゲームを起動しなかった。
「始める前に、話がある」
夕奈の返事より先に、キーボードの音が止まった。
「何ですか」
「TIERAXから、加入の話をされた」
夕奈の部屋から、机に何かを置く小さな音が聞こえた。KOHEIのマイク表示が点き、消え、もう一度点いた。
「見学だけじゃなく、体験参加も行ったんですか」
「今日行った」
「どうでした」
「楽しかった」
「NOVA-3より?」
「判断が返るのは速かった。夕奈を待つより、撃てる時間が長かった」
通話の向こうで、夕奈がキーを一つ押す音がした。
「……そっか。すごいじゃん。TIERAXに誘われるなんて」
夕奈のマイクはそこで消灯した。遥真は用意していた最初の答えだけを返した。
「まだ決めてない」
遥真が言うと、夕奈のキーボードが止まった。
「そう」
「それだけ?」
遥真が聞くと、夕奈のマイク入力の輪が一度だけ広がった。返事の代わりに、息だけが入った。
航平は軽口を挟まず、期限だけを尋ねた。
「返事は、いつまでですか」
「急がなくていいと言われてる。話を進めるなら、会社同士で確認する」
「玲奈さんには」
「体験参加の前に伝えた」
「分かりました」
航平は「分かりました」でマイクを切り、練習用の録画フォルダを開いた。
その夜の練習は予定どおり行った。
夕奈は自分の準備完了を押すと、航平の表示が変わる前に言った。
「始めます」
「待ってください。俺、録画設定がまだです」
夕奈は準備完了を外した。
「……すみません」
夕奈が航平の表示を確認せずに進めるのを、遥真は初めて見た。
夕奈はいつもより早く判断を出し、航平は報告を途切れさせなかった。遥真も必要な確認を入れて撃った。
結果画面には三人分のキルと順位が並んだ。終了時刻を確認する航平の声だけが、いつもより短かった。
翌日の午後、玲奈から三人へ連絡が届いた。
『TIERAXより、全五試合のスクリム依頼が届いています。先方は、現在のNOVA-3との対戦を希望しています』
参加の可否を確認する短い文の下に、候補日が添えられている。通話をつなぐと、玲奈は佐伯の意向を説明した。
「久我さん個人の評価だけではなく、NOVA-3が純競技チームを相手にどこまで戦えるか確認したいとのことです。受ける義務はありません」
航平が返事をする前に、夕奈が言った。
「受けます」
夕奈の返事は、航平が息を吸うより先に出た。遥真は点灯した夕奈のアイコンを見たが、そこから次の言葉は出なかった。
「俺も受けます」
航平も続く。
「五試合なら、相手が何を見たいのかも途中で分かると思います」
玲奈は三人の意思を確認し、日程を確定した。
新しい対戦カードは、NOVA-3対TIERAX。
「五試合で負けたら、TIERAXへ行くんですか」
夕奈が尋ねた。日程を写していた遥真の手が止まる。
「結果だけでは決めない」
「では、何で決めるんですか」
「まだ分からない」
航平が何か言いかけたところで、玲奈から次の打ち合わせの着信が入り、会社側の通話だけが切れた。三人の回線は残っている。
「五試合の間は、どっちの選手ですか」
航平が聞いた。
「NOVA-3」
「なら、俺が見てる前でTIERAXの射線へ行かないでください」
「行かない」
「私も行かせません」
夕奈の答えだけが速かった。航平は息を吐く。
「そこは二人とも即答なんですね」




