第51話 回されたゲームでも
ウィンターオープン本戦を配信で見た翌日、三人は通常練習のために通話へ集まった。航平が、前週の予選アーカイブを開く。
REFRAMEのSAKUが残した言葉で映像を止めた。
『前の一人より、三人が戻る場所を取りました』
「戻る時間だと言ったの、俺です」
「行くと決めたのは私です」
「俺も行けるって言った」
遥真は画面を止めず、三人の部隊全滅表示まで再生した。
同じ予選はもうない。航平はアーカイブを閉じ、デルタフィールドのランク画面を開いた。現在の表示はダイヤモンドⅠだった。
「一つ、提案してもいいですか」
「何ですか」
「今シーズン、俺はマスターまで上がります」
航平が自分のプレイヤーバナーを開く。ランクバッジの枠には、まだ何もない。マスターのクラス表示は必要Pを越えた時点で出る。だが、マスターバッジは、ランクシーズン終了時点の最終クラスがマスターだった選手にだけ授与される。一度だけ数字を越えるのではなく、最終結果として一枚を得る必要があった。
「その次のシーズン、三人でグリムマスターを狙いませんか」
グリムマスターは、同じシーズンの上位五百人の称号だ。夕奈と遥真には到達経験があり、航平だけがまだマスターにも届いていない。
「会社から渡された大会でも、番組の企画でもありません。三人で決めた目標が、一つくらいあってもいいと思います」
「狙いましょう」
夕奈が答えると、遥真も言った。
「やる」
「ハルにとっては、戻るだけみたいな目標ですけど」
「三人では入ってない」
「では、その前に俺がマスターへ上がらないと話になりませんね」
三人は会社の活動予定、夕奈の提出日、遥真の授業を避けて、最初の練習日を決めた。
◇
数日後、開始予定時刻の四十分前になっても、夕奈は大学のグループ課題を閉じられずにいた。共同編集した資料の図表番号がずれ、直すたびに別のページの配置が動く。
開始時刻まで十分を切り、夕奈はNOVA-3のチャットを開いた。
『課題の修正が終わっていません。先に二人で回していてください』
遥真から返事が来た。
『課題が終わるまで回さない』
続いて航平が送る。
『開始を一時間ずらします。夕奈さんは提出を先に終わらせてください』
『すみません。できるだけ急ぎます』
『急いで間違えたら、もう一時間増えます。普通に終わらせてください』
夕奈は通知を閉じ、図表へ戻った。一時間後に課題を提出し、通話へ入る。
「遅くなりました」
「終わった?」
「終わりました。待たせてごめん」
「じゃあ行ける」
航平が二人の準備状況を確認する。
「では始めます。今シーズンの目標は、まず俺をマスターまで連れていってもらうことです」
「連れていくんじゃないです。三人で上がります」
航平が一瞬だけ黙る。
「……お願いします」
「準備できてる」
三つの準備完了が点き、マッチング開始の音が鳴った。
◇
それから数週間、三人は通常ランクと配信を重ねた。
航平のランク画面には、ダイヤモンドⅠと、累計15,689Pの表示が残っていた。
マスター到達条件の15,750Pまで、あと61P。一試合で届く距離だった。
ウィンターオープン予選では、REFRAMEと同じ37ptまで届いて落ちた。足りなかったのは、あと1キルだった。
結果画面を閉じたあとも、航平は別の試合でその一つを取り返そうとしていた。
数日前にも、同じところまで来た。航平は移動中の敵を削り、夕奈の離脱指示に従わず、残った。
普段の航平なら、残った物資と次の進路を確認していたはずだった。
だが、そのときは敵を追った。
自分の昇格だから、自分がキルを取る。認められない焦りで、一人だけ長く残った。
敵を倒し切れず、後ろから来た別部隊に挟まれた。航平を戻そうとした夕奈と遥真も巻き込まれ、三人で大きくPを失った。
試合後、二人は航平を責めなかった。
夕奈は、次は離脱条件をもっと早く共有すると言った。遥真は、また上げればいいとだけ返した。
二人が失敗を航平一人のものにしなかったことが、かえって痛かった。そこから数日かけて、航平は失ったPを戻した。そして今、再び同じ位置に立っている。
「あと、どれくらいですか」
夕奈に聞かれ、航平はランク画面を閉じた。
「61Pです。2位に入って、少し仕事をすれば届くと思います」
「少しでいいの?」
遥真が聞く。
「ハルさんが言うと、少しの基準が信用できないんですよ」
「その計算も、敵に会わなかった場合ですよね」
夕奈に言われ、航平は「思います」の部分だけ、自分でも聞き直すように口の中で繰り返した。
「キル、譲る?」
「いりません。今日は普通にやってください」
航平は笑って返した。以前なら、それで気持ちも軽くなった。今日はまだ、画面の端に61という数字が残っている。
配信開始の時刻になり、待機画面が三人のアバター表示に切り替わった。コメント欄には、航平の昇格を期待する言葉が流れている。
航平はすべてを読まなかった。期待に応えようとすれば、また自分の仕事ではないものを取りにいく。
「こんばんは、KOHEIです。今日は事故らず、できれば勝って、できれば胃を痛めずにいきます」
いつもの挨拶を口にする。夕奈と遥真も続き、三人はランクマッチへ入った。降下したのは、北部送電所だった。
同じ場所へ降りた部隊はいない。しかし、隣の整備区画には敵が一部隊入っている。
航平が拾えた武器はLancer-56とCAR。シールドは弱いままだったが、煙だけは二つ拾えた。夕奈はMP9一本、遥真もRaptor-5と弱いシールドだけ。所持欄を読み上げれば戦えないことはない。誰か一人が先に削られれば、立て直すものはほとんどなかった。
「長く漁ると、隣が来ます」
航平が報告した直後、整備区画側から銃声が響いた。
「もう来てる」
遥真が言う。
送電設備の間を、敵が三人で広がってくる。物資が揃っていないと見て、早めに仕掛けてきたらしい。
夕奈が変圧器の横から顔を出した。
「正面の一人、離れています。削れば止まるかもしれません」
「右からも見られます」
「一回だけ撃ちます」
夕奈のMP9が正面の敵を捉えた。シールドを半分近く削る。
しかし、右へ広がっていた二人の照準も、同時に夕奈へ向いた。
「夕奈さん、右も来ます」
航平が言い終える前に、複数の銃声が重なった。
夕奈のシールドが割れる。変圧器の陰へ戻るまでに体力も削られ、そのままダウン表示が出た。
「ごめん、右を見られてなかった」
夕奈は這いながら、設備の裏へ移動しようとする。
最初に削られた敵は味方の方へ戻っている。遥真は追えば倒せる位置にいた。
「一人、ロー。落とせる」
遥真のキャラクターが、変圧器の外側へ出ようとする。
航平は敵ではなく、夕奈の位置を見た。
倒せる一人。昇格に必要なP。数日前なら、その言葉を止められなかったかもしれない。
「追わないでください。夕奈さんを戻します」
遥真はすぐに進路を変えた。
「どこを止める?」
「正面をお願いします。右は煙で切ります」
航平は夕奈と右側の敵の間へスモークを投げた。
白い煙が広がり、敵の射線を覆う。遥真が正面へRaptor-5を撃ち、削られていた敵と残り二人を設備の裏へ押し返した。
航平は夕奈の位置へ滑り込んだ。
「起こします」
「右、まだ近いです」
「見えたら言ってください」
航平が起こす動作を始めると、煙の外から弾が通り、変圧器の角を削った。
「正面、二人。まだ出さない」
遥真が撃ち返す。その音に重なって、右から足音が近づいた。
「一人、煙の端に」
夕奈の声。航平の画面でも銃口が光り、ライトシールドが削れた。
動作を切れば、変圧器の反対側へ逃げられる。だが、夕奈はまだ地面に伏せている。
「ハル、右をお願いします」
遥真の射撃が一度止まった。航平は手を離さなかった。
次の銃声は右へ向いた。煙の端に出た敵の胸でシールドが光り、銃口が設備の裏へ引っ込む。その間に、正面の二人が顔を出した。
遥真が撃ち直す。変圧器に弾が当たる音を聞きながら、航平は起こす動作を最後まで続けた。
「起きました」
夕奈が立ち上がる。
「裏の排水路へ行きます。ハルも戻ってください」
「戻る」
航平は残っていたスモークを正面へ投げた。二つ目の煙が敵の進路を塞ぐ。
三人は敵を追わず、送電所の裏を通る排水路へ下りた。
角を二つ曲がり、敵の銃声が遠ざかってから足を止める。
「メディ一つ置きます」
航平はメディカルキットを夕奈へ渡した。
「航平さんの分は?」
「応急があります。さっきの敵に返してもらう予定はなくなったので、大事に使います」
夕奈は笑ったあと、メディカルキットを使った。遥真が後方を見ながら言う。
「追えば、一人は取れた」
「そうですね」
航平は否定しなかった。
「でも、夕奈さんを置いて取る一人ではなかったです」
口にしてから、航平は自分のランク表示を見た。昇格まで、あと61P。数字は変わっていない。
それでも、先ほどまでより画面の端に追われている感じはしなかった。
三人は排水路を抜け、エリアの北側へ回った。
ラウンド3の縮小が始まる頃、夕奈が正面の二階建てにピンを置く。次のエリアにも近く、屋上から南側を広く見られる建物だった。
「先に入りたいです。正面の部隊が東を見ている間に――」
航平は建物までの道と、三人の物資を見た。
夕奈はパックが一つ。フルシールドパックはない。遥真も回復が少なく、航平のスモークは使い切っている。
建物は強い。
だが入口で撃ち合えば、取ったあとに耐えられない。
「直接はやめませんか」
夕奈の言葉が止まった。航平は北側の低い防壁にピンを置く。
「今入ると、入口で勝っても回復が足りません。先に北の壁まで取ります。建物の部隊が東側と撃ち合ってから入った方がいいです」
普段なら、夕奈が決めた移動に必要な情報を足していた。今回は違う。航平自身が、別の進路を選んだ。
夕奈は建物と北の防壁を見比べた。
「北から入る間に、エリアが閉まりませんか」
「収縮まではまだあります。東の部隊も移動が必要です。建物とぶつかる可能性は高いです」
「必ずではない?」
「はい。東が俺たちを先に見つけたら、こっちへ来ます」
遥真が防壁の方を見る。
「北、敵いない」
夕奈は頷いた。
「分かりました。北から行きます」
三人は建物へ向かわず、地形の低い場所を通って防壁まで進んだ。
正面の部隊からは撃たれない。
しばらくすると、東側から銃声が始まった。北の防壁から見える二階窓で、一人のシールドが割れる。青い使用光が点き、その敵がフルシールドパックを使い始めた。残る二人は東の窓と外階段に射線を返した。
「二階、回復に入りました。最後まで巻くかは分かりません」
航平は使用動作を見てから数えた。東側から投げ物が窓へ入り、爆発音が建物内の銃声に重なる。
「今、行きたいです」
航平の声で三人が動いた。
ところが、東側の連射は爆発の直後に止まった。相手は詰めず、建物から距離を取っている。航平が想定した回復の窓は、三人が防壁を出たときにはもう閉じていた。階段上の敵が窓から銃口を戻す。
「見られました」
夕奈のシールドが五十削れる。遥真が階段へ撃ち返し、航平も一階の柱から顔を出させない弾を置いた。回復中だった敵は二階へ残ったが、もう一人が階段を下りてくる。
入口で倒し切る物資はない。夕奈は一階奥の物置へクラックチャージを撃ち、爆発を避けた敵が二階へ戻った隙に扉を閉めた。
NOVA-3は一階を取った。航平が数えた回復時間には間に合わなかった。それでも遥真が階段を止め、航平が柱を押さえた間に、夕奈が敵を戻して扉を閉めた。東側が追撃をやめ、建物側も二階を捨てなかったため、三人はそこへ踏みとどまれた。夕奈は最後のパックを使い、航平のLancer-56も一マガジンを失った。
一階を確認すると、壁際にScout-56が落ちていた。
「夕奈さん、二本目あります」
航平がピンを置く。
「取ります」
夕奈がMP9と組み合わせる。航平は近くの物資箱から、使用可能な遮断バリアを一つ回収した。
拾った分だけ使える遮断バリアが、航平の所持表示に一回分だけ加わった。航平は選択欄へ出し、また閉じた。煙を使い切ったあとでは、一度きりの壁が必要以上に大きく見えた。
ラウンド5。
残り四部隊。
次のエリアは建物の外へ外れ、南側の資材置き場へ寄っていた。
正面の低いコンテナには一部隊。右の高台にも一部隊。左の窪地に残った部隊は、先ほどから一人分しか銃声が聞こえていない。
正面の低いコンテナの陰にデスボックスが一つ生成され、その直後、対応するプレイヤーIDがキルログに流れた。
「正面の部隊、一人欠けています」
航平が言う。夕奈もすぐに確認する。
「正面を通れば、次の壁まで行けます。短く崩します」
「撃てる」
遥真はすでに窓際へ移動していた。
ただし、正面の敵を撃ったあとに外へ出れば、右の高台から射線が通る。
航平は建物の出口と、外に並んだコンクリートブロックを見た。スモークは、序盤に使い切っている。
航平は遮断バリアを出口の右側に置いた。高台からの射線が切れる。所持数はゼロになり、光が消えたあとに同じ道を戻る壁はもうない。
「ハル、一人落としたら戻ってください。右は俺が見ます」
「分かった」
「夕奈さんは残りを止めてください」
「行きます」
遥真が窓から撃った。
敵が振り向くより早く、Raptor-5の弾が一人を捉える。
「割った」
夕奈のScout-56が続いた。逃げ道に弾を置き、敵をコンテナの裏へ戻す。
遥真がもう一度だけ体を出した。
「ダウン」
「戻ってください」
航平は右の高台にLancer-56の射線を残した。中央に見える二人へ照準を置いたが、右端へ出た一人を見落とした。
最初の弾は航平の照準の外から来て、夕奈のシールドを割った。
「右端、更新されてます」
三十六発を使い切る前に、遥真が建物内へ戻った。
「戻った」
「バリア、もう消えます」
「外へ出ます。正面の一人は追いません」
三人はバリアの陰から走った。夕奈は回復できないまま、次のコンクリート壁へ入る。
高台の部隊は、光のバリアへは撃たなかった。銃口が、三人の向かうコンクリート壁の左右へ移る。バリアから足が出た瞬間、右端へ最初の弾が来た。
夕奈は予定していた右入りを捨て、まだ光が高台との間に残る中央へ滑り込む。遥真と航平も同じ狭い入口へ続いた。
航平が最後に壁へ入った直後、バリアの光が切れた。高台の弾が壁の左右と三人が渡った道を塞ぐ。先へは入れたが、右を見ていたという航平の報告は、移動を始めた時点でもう古かった。
正面の部隊に残った一人は、倒れた味方を起こせない。右の高台から撃たれ、部隊撃破の表示が流れた。
残り三部隊。
左の窪地にいた最後の一人が、エリアに追われて走り出す。航平はLancer-56をリロードし、その進路に照準を置いた。
敵の銃口が航平たちへ向き、弾を返しながら進路を変えた。
航平も撃ち返す。
派手な撃ち合いではなかった。壁へ戻られる前に、残ったシールドと体力を削り切る。
「一人、ダウン」
左の部隊も消える。
残り二部隊。
最後の敵部隊は、右の高台に三人生存で残っていた。
NOVA-3には回復が少ない。航平のバリアも消え、投げ物も残っていない。
航平が高台の擁壁へパルスセンサーを撃ち込んだ。右端から返った一発に本体を砕かれるまでの一波で、中央二人と右端一人を拾った。
「中央二人。右端、更新なし」
ここまでの戦績なら、2位でも昇格には届く。
夕奈が高台までの斜面を見る。
「左の小さい遮蔽をつなぎます。ハルが上を止めている間に、二人で距離を詰めます」
「行ける」
遥真が答える。
「航平さんは?」
昇格までの数字が、頭の片隅をよぎった。だが、勝つために残っている三人を、昇格を守るためだけに止めたくはなかった。
「行けます。ハルさんが撃ったあとに戻れる場所は、俺が見ます」
三人は最後の斜面へ出た。
遥真が高台の一人を割る。夕奈が左の遮蔽へ入り、航平もLancer-56で敵の顔を上げさせない。
一人をダウンさせたところで、反対側から敵の投げ物が落ちた。
航平のシールドが割れる。
夕奈も遮蔽の手前でダウンした。
「右、残り二人」
航平は撃ち返したが、回復する場所がない。遥真が一人を大きく削ったところで、別角度の敵に倒された。
最後に残った航平も、壁へ戻る前に撃ち抜かれた。
画面に敗北表示が出る。
部隊順位は2位。
航平は椅子に背中を預けた。悔しかった。
最後の敵を倒せなかったことを、ちゃんと悔しいと思えた。
その感情が落ち着くより先に、リザルト画面に切り替わる。今回の獲得は、参加コストを差し引いて+78P。必要だった61Pを上回り、累計15,689Pだった数字が15,767Pに変わった。
航平は最初、増えた数字を読み間違えた。2位の悔しさが残ったまま、夕奈の息を吸う音が先に聞こえる。
マスター到達条件の15,750Pを超えている。ダイヤモンドⅠの文字が光に包まれた。次に現れたのは、ディビジョンの数字がついていない新しい表示だった。
MASTER
変わったのは現在のクラス表示だけだった。プレイヤーバナーのランクバッジ欄は、まだ空いている。それでも、画面中央にはMASTERの六文字が残っていた。
コメント欄が一気に流れた。夕奈の声が先に届く。
「航平さん、上がりました」
「うん」
遥真も続ける。
「マスター」
画面を見れば分かることを、夕奈と遥真はわざわざ口にした。航平はいつもの軽口を探したが、すぐには出てこなかった。
クロスサイトの最終選考では、最後まで自分の名前が呼ばれなかった。今は夕奈と遥真が、頼まれてもいないのに「航平さん」「マスター」と口にした。
航平は配信を締め、三人だけの通話へ戻った。MASTERの表示は、そのまま画面に残している。
「このゲーム、最初は会社に回されただけだったんですけどね」
「もう違うでしょう」
夕奈が間を置かずに返した。
「はい。途中からは、俺がやりたくてやってました」
「おめでとう、航平さん」
「ありがとうございます」
遥真は結果画面を閉じずに言った。
「次はグリマス」
航平はようやく笑った。
「せめてスクリーンショットを撮るまでは、マスターでいさせてください」
航平は保存キーを押した。KOHEIの名前とMASTERの文字が、同じ一枚に収まった。




