第50話 同じ三十七点
――REFRAME/SAKU
――予選終了から四十分後
REFRAMEの練習室では電気ケトルが二度目の湯を沸かしていた。KEIは白湯を一口飲み、「粉、入れてない」と未開封の袋を見た。NAGIは笑いながら粉袋を渡し、自分のパンを半分だけちぎる。
SAKUは食べる前に、三人のデバイスケーブルを机の脚から外した。試合のたび絡むので、終われば巻き直す。勝っても負けても変わらない作業だった。
「八位」
KEIがもう一度言った。ようやく粉を溶かしたスープを両手で持ち、額を容器の縁につける。
「本戦、行ける」
声が震えた。NAGIは椅子を一回だけ強く回し、机へ膝をぶつけた。痛みに顔をしかめながらも笑っている。SAKUも、境界の上に三人の名前が残ったことが、ただ嬉しかった。
チームスタッフから届いた祝福のメッセージには、すでに本戦の集合時刻が添えられていた。三人は返信欄へ同じ言葉を一度ずつ打った。「ありがとうございます」。送信後、KEIだけがもう一度八位の行を指でなぞった。
REFRAMEとNOVA-3はいずれも三十七点だった。REFRAMEには第二試合の2位があり、NOVA-3の最高は4位。大会規定の最高順位差で八位と九位が決まった。RAZEONには一ポイント差で勝った。
NAGIが順位表を閉じるまで、誰も次の話を始めなかった。
SAKUは第五試合の全体マップを開いた。西階段に自分、東上段にNAGI、中央梯子から東へKEI。NOVA-3が戻る場所を三本の出口から塞いだ。
作戦は通った。だが、REFRAMEも5位、0キルで終わっている。
「最後、東を走ったRAZEONを落とし切れなかった」
KEIが先に言った。
「最後の一発が入って、完全撃破まで取れていれば、一キルで三十八。順位差に守られなくて済んだ。俺の失敗」
命中記録には、照準が敵の肩をわずかに追い越した軌跡が残っていた。KEIは感度のせいにせず、その一秒を自分の記録欄に切り出した。
「それだけじゃない」
NAGIがパンの残りを袋へ戻した。
「KEIが当てても、私たち、あそこから出られなかったよ」
「私も、中央を空けた」
SAKUは点検梯子に指を置いた。
「NOVA-3を東へ向けることだけ考えた。私たちが次に使う出口を、一つも残さなかった」
SAKUは本戦の案内を開いた。上位四チームが呼ばれる表彰の欄で、スクロールを止める。
「八位を取れたのは嬉しい。でも本戦でも出口を塞いで待ってたら、そこまで届かない」
KEIがスープを置き、SAKUの画面をのぞいた。
「一キル足して終わり、とは思ってないよ」
「だったら、次は私たちが上へ出よう」
NAGIが袋からパンを取り戻した。半分をSAKUの空いた手に乗せる。
「行く。食べてから、その入口を探す」
翌日、公式アーカイブが公開されると、三人は同じ机へ戻った。
NAGIがNOVA-3の選手別視点を重ねた。索敵ウルトで三人を見たあと、YUNAは西を選ぶ。HALは七秒で戻り、KOHEIは東の情報が消えたと正直に告げた。最後は三人とも倒れたが、誰も一人に敗因を預けなかった。
「また当たったら、同じ出口には来ないね」
NAGIが言う。
「来ない」
SAKUは答えた。
「追いすぎないから止められた。でも、次は戻り方そのものを変えてくる」
「同じ出口に来たら、また取れる?」
KEIに聞かれ、SAKUは予選で西を塞いでいた自分の位置へ指を置いた。
「私が残れば。ただ、上へ行く人数は減る」
「中央も取りたい。昨日逃したRAZEONも、次は落としたい」
「両方欲しいのは分かるけど、私を半分にはできないよ」
NAGIが二人の間へ椅子を寄せた。
SAKUは紙のダム図を机に置いた。西、東、中央。三つの出口に引いてあった赤線のうち、中央だけを消し、新しい矢印を放水路の底から上へ引く。
「本戦では、中央梯子を塞ぐ場所じゃなく、入る場所にもしたい」
NAGIは消された赤線を見てから、西側へもう一本引いた。
「中央に入れなかったとき、私はこっちへ戻る。全部を中央に賭けるのは嫌」
「西を残したら、SAKUが六秒もたないかもしれない」
「KEIが上がるまで私も中央にいる。それでも下から来たら、西へ戻るよ。三人で梯子の下に詰まりたくない」
SAKUは中央梯子の上へKEIの名前を書いた。中央へ入れなければ、予選の形で出口を塞ぐ。NAGIが戻る線も消さずに残す。
「まずKEIを上げる。私は西で六秒作る」
「出られたら当てる」
KEIが紙を自分の方へ引いた。自分の名前の隣に、上がり切ったところから見える敵の角度を書き足す。
三人は練習用カスタムへ戻った。一回目、KEIが梯子へ触れる前にNAGIが中央を離れた。二回目はSAKUが西側で先に削られ、KEIが上がる途中で引き返した。三回目は三人とも中央へ向いたが、今度は誰も西を見ていなかった。
終了時刻まで、三人揃って中央から抜けた録画は一本も残らなかった。KEIは最後の失敗だけもう一度見ようとしたが、NAGIが電気ケトルの電源を抜いた。
「明日、もう一回KEIが上がるところから」
「俺、今日一回も上で撃ててない」
「だから明日。西を捨てて三人で上がっても、後ろから撃たれるだけだよ」
SAKUはKEIの名前を赤く囲んだ。予選で取らせなかった場所から、自分たちの弾を届かせたかった。
翌週、本戦当日。SAKUは四つ折りにしたダム図をデバイスケースに入れた。待機画面でREFRAMEの準備完了が三つ点く。紙の折り目の内側には、下から上へ伸びる中央梯子とKEIの名前が赤く残っていた。
本戦第四試合。索敵警告が鳴ったとき、敵は予選と同じ西へ寄らなかった。中央下で投げ物が弾け、NAGIが一歩下がる。
「上、空いた。たぶん」
KEIが中央梯子に触れた。途中で敵の足音が真上を横切り、手を離しかける。
「待って、東にもいる」
NAGIの声と、SAKUの「上がって」が重なった。KEIは一度止まり、それでも梯子を上がった。西に残ったSAKUのシールドが削られる。買うはずだった時間が何秒残っているのか、もう誰も数えていなかった。
KEIが上へ出た瞬間、中央を守っていた敵が、別部隊の投げ物を避けて通路へ押し出された。NAGIが先に撃つ。SAKUも西を捨てて照準を戻した。KEIの最初の弾は壁に当たり、二発目が敵を止めた。
予選では三つの出口へ分かれていた弾が、今度は一人に集まった。
REFRAMEは、予選で塞いだ出口を自分たちの入口に変え、決勝エリアへ入った。西を捨てた背中には弾が二発届き、NAGIの回復は最後まで足りなかった。
総合5位で本戦を終えたあと、KEIが結果画面を見たまま言った。
「五位」
予選の夜に「八位」と言った声より低かった。NAGIも今度は椅子を回さなかった。
「中央、取れたのに一つ足りない」
NAGIが両膝に手を置いた。KEIは壁に当てた最初の一発を再生し、次の弾が敵へ届くところまで見た。
「今度は、上で撃てた」
「うん」
「次、最初から当てる」
SAKUは四つ折りの紙を開いた。中央梯子の上には、赤く囲んだKEIの名前がある。指で折り目を伸ばしてから、デバイスケースへしまった。
会場アナウンスが上位四チームを読み上げる。三人はデバイスを片づけ終えても席を立たず、四つ目の名前まで聞いた。
「次は、呼ばれる側」
NAGIが言った。SAKUが先に立ち、KEIは五位の表示を消してから続いた。




