第49話 読まれている側
画面中央の赤い文字が消えると、十二人の参加者が並ぶ通話画面へ戻った。役職は人狼。早坂航平はマイクの位置を直し、進行役が告げる最初の議論時間を確認した。まだ確かな情報はほとんどない。
クロスサイトのRENが、軽い調子で遥真へ話を振った。
「こういうとき、黙ってるやつから怪しく見えるんだよな。HAL、なんか話せよ」
久我遥真は少し考えた。
「まだ分からない」
「正直すぎるだろ」
参加者の笑い声が重なる。航平も笑いながら、話を引き取った。
「最初なので、今の段階で一人に決めなくてもいいと思います。発言が少ない人に順番に聞いて、返し方を見ませんか」
誰かを強く疑わず、全員が話せる形を作る。その中で、自分への疑いを薄くする。
航平は別タイトルの選手に質問を振り、返答を短くまとめた。さらに次の参加者へつなぎ、最初の投票で候補になりそうな名前を自然に絞っていく。
誰も航平を疑っていない。そう思ったところで、沢渡夕奈が口を開いた。
「航平さん、今日は自分の考えを説明しすぎていませんか」
航平は一瞬だけ言葉を止めた。
「人数が多いので、普段より丁寧にしているだけです」
「聞かれたことに答える前に、理由を全部つけています」
夕奈は笑わず、試合中に敵の位置や物資を確かめるときの調子で続けた。
航平は笑いを混ぜる。
「丁寧すぎて疑われるのは初めてですよ」
「普段は、必要なことを先に言います。今日は、自分がどう見えるかまで説明しています」
他の参加者も反応する。
「同じチームだと、そういうの分かるの?」
「KOHEI、確かに今日はよく喋るな」
航平は夕奈に聞き返した。
「どの発言からそう思ったんですか」
遥真が言う。
「今」
「今ですか」
「困ると、質問に質問で返す」
航平は別の候補を挙げようとした。
「夕奈さんとハルが同じ人狼で、チーム内のやり取りに見せている可能性も――」
「また流した」
遥真の指摘に、参加者たちが笑った。夕奈は笑わずに続ける。
「その可能性はあります。でも、航平さんがいつもと違うこととは別です」
「切り分けが早いですね」
「航平さんが、いつもしていることです」
航平も笑った。笑いながら、二人が自分の癖をいつから知っていたのか考えた。投票時間が来る。
航平は最後まで別の候補を挙げた。発言の矛盾も示し、投票を集める理由も作った。
夕奈の票は航平に入った。遥真も同じ名前を選んだ。二人が相談した形跡はなく、投票欄には別々にKOHEIと表示された。
ほかの参加者の票も重なり、画面に処刑対象が表示される。
KOHEI。
「最後に言い残すことはありますか」
進行役に聞かれ、航平は息を吐いた。
「次にこの三人で人狼をやるときは、先にチームを分けてください」
笑い声の中で、役職が公開された。人狼。驚きの声が一斉に上がる。
「本当に人狼じゃん」
「YUNA、よく分かったな」
「HALもほとんど喋ってないのに当ててるぞ」
RENが笑う。
「NOVA-3、普段から何を見てんだよ」
航平は夕奈と遥真のアイコンを見た。
「二人とも、俺のこと見すぎじゃないですか」
夕奈は迷わず答えた。
「チームなので」
遥真も続ける。
「見てる」
航平の次の返しは一拍遅れた。
「次は、もう少し分かりにくくします」
ようやくそう返すと、夕奈が言った。
「今の時点で、もう分かりやすいです」
「夕奈さん、勝ったあとだけ強くないですか」
「試合中も言っています」
遥真が短く笑った。人狼ゲームはその後も続いた。
航平は脱落者用の通話から、夕奈が情報を確かめ、遥真が必要なときだけ口を挟む様子を見ていた。自分がいなくても二人は話せる。自分が間に入ってきた時間が、二人の中にも残っていた。
番組終了後、出演者たちが挨拶を交わし、順番に通話を抜けていく。航平の個人メッセージに、RENから短い文が届いた。
『NOVA-3、いいチームだな』
航平は入力欄を開く。RENに認められなくても、今の居場所は消えない。
少し考え、
『今のところは』
と返した。RENからは、笑っている顔の記号が一つ届いた。三人だけの通話に戻ると、夕奈が先に聞いた。
「最後、言いすぎましたか」
「足りてた」
遥真が答える。航平は机の上の進行表を閉じた。
「人狼を落とした側が反省を始めるの、順番が逆じゃないですか」
◇
配信を終えて品川駅へ着くと、航平は先に改札内の売店へ入った。夕奈と遥真も続く。
遥真が冷蔵棚から水だけを取った。夕奈はその手元を見る。
「それだけですか」
「帰ってから食べる」
「今、買えるのに?」
遥真は水を棚へ戻さず、隣の鮭おにぎりも取った。
「これでいい?」
「私に聞かれても困ります」
一秒遅れて、夕奈と遥真が同時に黙った。遥真の口元がわずかに上がる。
「夕奈も、卵サンド」
「今日は自分で取ります」
夕奈が棚へ手を伸ばすと、遥真は先にレジへ向かった。航平は会計を終え、二人を待ちながら何も聞かなかった。
三人は仕事の話をしないまま、西大井へ向かう電車に乗った。
◇
年が明けて最初の国内公式大会は、デルタ・ウィンターオープンだった。二十チームがオンライン予選で五試合を戦い、総合上位八チームだけが翌週のオフライン本戦へ進む。敗者復活はない。NOVA-3にとって、国内公式スクリムではない大会で本戦進出を争うのは初めてだった。会社から参加案を渡されたとき、三人とも出ると答えた。
初戦、NOVA-3は4位。二試合目は6位。順位表の左側に残りながら、試合を重ねるほど、戻る場所へ先に弾が来るようになった。三試合目、遥真が一人を割った直後、西の通路へ退くと、通路に置かれていた射線を受け、航平のシールドが割れた。
「年末企画で、俺が人狼のときにやったことと似てます」
航平が言った。
「答える前の癖を待ってる?」
夕奈は人狼で航平を見抜いたときの言葉を、次の試合へ持ち込んだ。四試合目、西へピンを置いて二人に知らせ、自分もそちらの角から一度だけ体を出した。南へ下がる前に、相手の射線を西へ向けさせるつもりだった。
灰色の競技スキンは西へ向かなかった。代わりに、判断を一秒遅らせたNOVA-3の南出口へパルスセンサーが刺さった。航平が煙を入れる前に夕奈が削られ、三人は8位までしか伸ばせなかった。
「人狼と同じではないですね」
航平が自分から言った。
「人狼は、外しても撃たれない」
遥真はリザルトを閉じた。
相手が待っているのは、夕奈の小さな癖とは限らない。三人の武器、射線、エリアから見て、戻れる出口そのものを先に絞っている可能性がある。同じ相手だと確かめられたのは、共通の灰色い競技スキンと、試合後のキルログからだった。
REFRAME。録画分析と試合間の修正を強みにする純競技チーム。公開された選手カードには、桂木朔/SAKU、戸森凪/NAGI、白瀬景/KEIの三人が並んでいた。
予選最終試合を前に、順位表は境界で止まっていた。
7位 FROST ARC 35pt
8位 REFRAME 33pt
9位 NOVA-3 31pt
10位 RAZEON 27pt
REFRAMEには、すでに二試合目の2位があった。
「まずREFRAMEより3pt。2pt差で終えるなら、最高順位で確実に上回れるのはチャンピオンだけです。RAZEONのキルログも追います」
航平が言った。
「全部追える?」
遥真が聞く。
「追います、と言いたいですけど、戦闘中は無理です。見えたときだけ言います」
航平は順位表の三つの行を紙へ写しかけ、数字が増えるほど試合を見なくなる気がして、ペンを置いた。
「REFRAMEだけを見て戦闘を増やせば、後ろのRAZEONにも抜かれます」
「REFRAMEだけを追う必要はありません」
夕奈は順位表を閉じた。
「3pt差を作ります。2pt差に留まるなら、1位まで残ります」
準備時間が終わる。前の四試合で持っていたものは何も残らない。夕奈は索敵、遥真は突破、航平は移動を選んだ。いつもの役割に見える選択だったが、夕奈は確定ボタンを押す前に一度だけ索敵を外し、また戻した。相手が自分たちを読んでいるから選んだのか、読まれていると思う自分を安心させたいのか、区別できなかった。
◇
最終エリアは、カスケード・ダムへ寄った。上段には貯水湖沿いの堤頂路があり、その南側へ三本の巨大な放水路が落ちている。水のない中央放水路は深いコンクリートの溝だった。溝から堤頂路へ戻る道は、西の保守階段、東のタービン通路、中央の点検リフト脇にある梯子の三つしかない。
ラウンド4の収縮前。残り九部隊。NOVA-3は中央放水路の底にいた。西の保守階段がいちばん近く、東の通路は遠い。背後の南側タービンヤードでは、二部隊の銃声が続いている。水音のない溝では、その銃声だけが実際より近く響いた。
「南、戦闘終了」
航平がキルログを見る。RAZEONの部隊タグが三つ続き、相手側の部隊全滅表示が流れていた。銃声が止んだ。
「こっちまで、さっきの道ならすぐです」
正面の堤頂路には、灰色い競技スキンが一人だけ見えた。左腕の識別帯はSAKU。残り二人は、厚い水門制御壁の向こうにいるのか、別の出口へ広がっているのか、視認できない。NOVA-3はこの試合で3キルを持っていた。航平が追ってきたキルログに、REFRAMEの部隊タグはまだ一度も出ていない。このままREFRAMEと同じ順位帯で終えれば、3pt差を作れる。だが南からRAZEONが迫り、西はSAKUに塞がれている。東と中央のどちらに残る二人がいるかは、まだ分からない。生き残るには、出口を一つ開けなければならない。
「索敵ウルト、使います」
夕奈が発動する。青白い波がダムを横切り、索敵された警告が敵側にも届く。
表示されたのは三つ。
SAKUは西階段の上。残る二人は、東のタービン通路と中央梯子の上に一人ずついた。
「西、一人。東と中央にもいます。でも、今の位置だけです」
「西、割れる」
遥真がもう照準を置いている。
航平は残り時間を見る。南から来る部隊の足音はまだ聞こえない。
「西を短く触ります。落とせなくても戻ります」
夕奈は一拍だけ盤面を見た。索敵ウルトの表示はもう消えている。発動後に動いた三人の進路までは分からない。
「行きます。航平さん、中央と東を切ってください」
航平が中央梯子の上へ拾得消耗品のスモーク弾を投げ、東のタービン通路へ索敵ドローンを飛ばした。ドローンの視界に、索敵ウルトで東にいた一人の姿はない。少なくとも、索敵時の位置には見当たらない。
「東、見失いました」
遥真が西階段へ出る。SAKUの初弾を保守柵で受け、ブレイクショットを起動した。次の連射がSAKUのシールドを割る。
「割った。上がれる」
ブレイクステップで一段目まで詰める。SAKUは撃ち返さず、堤頂路の水門制御壁へ下がった。
「もう戻る時間です」
航平が数える。
夕奈のパルスセンサーが制御壁の裏に刺さる。一度目の走査に反応はない。二度目が走る前に、上段から一発が飛び、センサー本体を壊した。
弾は東上段から来た。
「東上、一人。西へ寄れます」
夕奈が報告した直後、西階段の上に攻撃ウルトの予告範囲が広がった。
灰色い競技スキンが、中央の点検路からこちらへ指定線を通している。識別帯までは見えない。
「戻って」
連続爆発が階段を上から削った。遥真はSAKUを追わず、放水路の底へ滑り降りる。夕奈も西壁の陰へ戻った。
いつもなら、ここで三人に戻れた。遥真もそう思って滑り降りた。その戻り先に二発目の予告範囲が出た。
中央放水路の底。航平が投げたスモークで中央梯子からの射線を切り、三人が合流するために残した場所だった。ただ、REFRAMEがNOVA-3の戻りを読んで指定したのか、溝の底なら誰が相手でも選ぶ範囲なのかは分からない。
「底を空けます。東へ」
夕奈の声と爆発が重なった。
西へ戻れば攻撃ウルト。中央梯子は、壊されたセンサーの向こうから射線が落ちている。東のタービン通路だけが、まだ開いていた。
南から、移動アビリティの作動音が響く。
「もう来ます」
航平が言う。直後、RAZEONの足音が放水路の入口でコンクリートに響いた。さっき想定した道を走ってきたわけではない。
「移動ウルトを使います。東まで三人で」
「使って」
移動加速が三人に入る。光の軌跡が、放水路の底から東通路へ伸びた。
航平が先に角へ入った瞬間、東上段から弾が落ちた。堤頂路の一人が、出口を見下ろしていた。
航平のシールドが割れる。
「上、一人。戻れない――東にも足音」
遥真が足を止め、Lancer-56で東上段を撃つ。そこにいた一人を遮蔽へ下げたが、移動加速の時間が切れた。背後からRAZEONの射撃が届き、夕奈のシールドも割れる。
「ハル、上を止めて。航平さん、先に通路へ」
「夕奈さんが先です」
「二人とも、行って」
声が重なる。航平は夕奈を追い越そうとして同じ場所にぶつかり、二人のキャラクターが一瞬だけ止まった。長く話せる距離ではなかった。
夕奈が東出口へ踏み込む。制御壁の裏からコンカッション弾が当たり、移動速度を奪われた。東側には、上段の射手とは別の一人も回っていた。
「東、二人。さっき上にいた人かは分かりません」
その報告までだった。別区画の部隊全滅表示が流れ、残存は七部隊に減った。
上段の射撃と背後のRAZEONが重なる。夕奈が最初にダウンし、航平が通路の角で続いた。遥真は二人の間へ攻撃ウルトを指定し、RAZEONを一度だけ下げる。予告範囲を避けた敵が左右へ割れ、その一人を削るが、確定までは取れない。
西階段へ戻る道は、すでにリングの外だった。
遥真のシールドが割れ、背後から伸びたRAZEONの最後の連射で部隊全滅表示が出る。キルログには、RAZEONの部隊タグが三つ続いた。
7位。3キル。6pt。NOVA-3の最終得点は37ptになった。続いてRAZEONも、堤頂路と別部隊の射線に挟まれて6位で全滅した。6キルと順位3ptで9ptを加え、総合36pt。境界には1pt届かなかった。
三人は選手通話に残ったまま、残り部隊の表示を見た。REFRAMEは三人生存。撃破を取りに来ず、堤頂路から二つの出口を見続けている。一度だけSAKUが西へ出かけ、味方の射線が届かず戻った。彼らも完璧に閉じたわけではない。それでも5位まで残り、部隊全滅表示が流れた。0キル。4pt。最終順位が確定する。
8位 REFRAME 37pt
9位 NOVA-3 37pt
一つのキル。あるいは、5位まで生き残ること。どちらかがあれば届いた。オフライン本戦の組み合わせ表が更新され、NOVA-3の名前は入らなかった。
「次、東に変えれば」
夕奈は言いかけて、止まった。
遥真が画面を見たまま言う。
「次はない」
夕奈はコントローラーから右手を離した。人差し指だけが曲がったままで、爪の先が掌に当たった。




