第48話 年末オンライン企画
年末オンライン合同企画の当日、航平は配信開始より一時間早く、ネクスフィアプロモーションの収録用会議室へ入った。
モニターには、前半の座談会と後半の人狼ゲームをまとめた進行表が表示されている。出演者はデルタフィールド、クロスサイト、ほか二つのタイトルから十二人。画面の下には、それぞれのアバターとプレイヤーネームが並んでいた。
YUNA。HAL。KOHEI。少し離れた場所に、REN。昨日から何度見ても、名前の並びは変わらない。
航平はRENの最近の戦績を調べなかった。調べる必要がなかった。
クロスサイトの国内リーグで、どのチームが上位にいるか。RENが今季から守備側の指揮を任され、先月の公式戦でも相手の逆転を止めたこと。
全部知っていた。自宅の机には、最終選考で使った紙のノートもまだ捨てずにある。
デルタフィールドへ来てから、クロスサイトを起動する回数は減った。それでも公式大会の配信だけは、予定が重ならなければ見ていた。見逃した試合は、結果を知ったあとでアーカイブを開いた。
夕奈と遥真には話していない。
隠すほどではない。ただ、今も見ていると言えば諦めていないように聞こえ、諦めたと言えば大会を見る理由がなくなる。
「航平さん、音声確認始まります」
隣の席で、夕奈がイヤホンをつける。
「了解です。俺の過去まで拾わないよう、マイク感度は低めでお願いします」
「今日は音声だけ確認します」
「助かります」
夕奈は航平の冗談に、進行表から一度だけ目を上げた。何かを聞くことはなかった。
遥真は反対側で、接続先ごとの表示名を確認している。
「REN、まだ入ってない」
「開始四十五分前です。普通はまだです」
「航平は一時間前にいる」
「不安な人ほど早く来るんですよ」
言ってから、航平は自分の声が少し硬かったことに気づいた。そのとき、イヤホンに新しい接続音が入る。
『クロスサイト公式チーム、RENです。聞こえています』
航平は、その声と同じチームで戦った最終選考の試合を思い出した。
残り三十五秒。相手が中央を捨て、東側へ人数を寄せている。航平はミニマップを見て、守る場所を一つ変えるよう伝えた。
『東、二人来る。中央一人残して、残りは寄って』
RENは聞き返さずに動いた。正面の撃ち合いで一人を倒し、航平の報告どおりに回ってきた相手を止めた。
試合には勝った。採用されたのは、RENだった。
『NOVA-3、音声ください』
配信スタッフの声で、航平は目の前の進行表に意識を戻した。
「NOVA-3、KOHEIです。聞こえています」
「YUNAです。問題ありません」
「HAL。聞こえてます」
ほかの出演者も順番に声を出す。RENの確認が終わったあとも、個別通話ではなく全体通話にRENの声が流れたままだった。
『KOHEIって、早坂だよな』
航平の返事は一拍遅れた。
「そうです。久しぶりです」
『やっぱり。選考の最後、同じチームだった』
RENは間を置かず続けた。
『覚えてる。東に寄せるコール、分かりやすかった。あの試合、助かった』
航平は、手元の進行表から目を離した。
航平は進行表を裏返し、ペンも置いた。二年前、不採用メールを何度も開いた日の直前にあった試合だ。
「そっちこそ、正面を一人で止めてましたからね。寄る時間を作ったのはRENです」
『あれは撃ち合っただけ。どこへ行くか決めてもらった方が楽だった』
航平は進行表の余白へ返しの冗談を書きかけ、ペン先を止めた。
『今はデルタだよな。配信も試合も見かける』
「見てくれてるんですか」
『切り抜きでな。デルタへ行って正解だったな。NOVA-3、かなり見られてるだろ』
航平は笑おうとして、口元だけで止まった。進行表の次の質問まで目で追っても、返す言葉が見つからない。
「航平さん?」
夕奈が、マイクに乗らない声で呼んだ。航平は一度だけ息を吐く。
「正解だったかは、まだ分かりません」
RENのマイクからも、ほかの参加者からも返事が来なかった。航平は続けた。
「でも、今日はNOVA-3のKOHEIとして出ます」
RENのマイクは、次の音声確認へ譲られた。
『そうか。じゃあ、後半は敵だな』
「人狼で同じ陣営かもしれませんよ」
『そのときは、先に疑う』
「昔より性格が悪くなってませんか」
『公式チームで学んだ』
スタッフの笑い声が入り、止まっていた音声確認が進み始めた。航平は、少しだけ肩の力を抜いた。
◇
前半の座談会では、各タイトルの一年を振り返った。
デルタフィールドの話題では、夕奈が撃破イベントと不正対策のあとも通常ランクへ戻ったことを話し、遥真は今年一番印象に残った試合を短く答えた。
「KOHEIさんは、今年どんな一年でしたか」
進行役に振られ、航平は答える。
「二人が話す内容を事前に予想して、毎回少しずつ外す一年でした」
「航平さんが質問を変えるからです」
「予定どおりに答えてくれれば、俺も楽なんですけどね」
コメント欄では「毎回少しずつ外す」がそのまま引用され、夕奈の返答を先に予想する人まで現れた。
クロスサイトの話題になると、RENたちは今季の競技環境について話した。
攻撃側が中央を早く取る構成が増えたこと。防衛側は最初から広く守るより、相手の使用した索敵装備を見て人数を動かすようになったこと。
進行役が用語の意味を確認する前に、航平の中では盤面ができていた。
どこを空けるのか。誰が残るのか。残り時間が何秒なら、迂回を捨てて正面へ戻るのか。
補足しようとして、口を閉じる。
ここはクロスサイト経験者の自分を紹介する番組ではない。
「デルタフィールドでも、相手を見てから人数を動かす判断はあります」
代わりに、航平は夕奈へ話題を渡した。
「夕奈さんは、先に場所を取るときと、敵を見てから変えるときをどう分けていますか」
夕奈は少し驚いたあと、質問に答えた。航平は次の時間表示を見る。
座談会は予定より二分だけ早く進んでいる。クロスサイトの話題をもう一つ増やせる。
航平がRENへ次の質問を送ると、夕奈が横から一度だけこちらを見た。
クロスサイトの専門用語を、航平は一度も聞き返していない。
夕奈は気づいたようだった。それでも番組中には何も聞かなかった。
◇
短い休憩を挟み、後半の人狼ゲームが始まった。出演者の画面が切り替わり、それぞれに非公開の役職が配られる。航平は進行表の余白に、出演者の名前を書き始めた。
航平は、前半に発言の少なかった人、話を振られると笑った人、別の人へ話を渡した人を順にメモし、誰が誰へ話をつないだかを線で結んだ。
自分の役職表示を開く。画面中央に、赤い文字が浮かんだ。
人狼。
航平は、さっき引いた線を一本だけ消した。
「最初の発言はKOHEIさんからお願いします」
「はい。善良に整理します」
消しゴムのかすを払う前に、航平は一人目の名前を口にした。
「善良は、自分で言うものですか」
夕奈が聞く。
「番組上は、言った者勝ちです」
遥真は笑わなかった。進行役が議論を始める合図を出した。




