第47話 会社の外で食べる名前
天城ミオの投稿に気づいたのは、共演配信の翌朝だった。
『YUNAさんは言葉を選べる人。KOHEIさんは、配信中に人と時間を同時に見られる人でした』
添えられた画面には、MIO、YUNA、KOHEIのアバターが並んでいる。
航平は、文中の自分の名前を読み、もう一度そこへ目を戻した。
「今度は、俺の名前なんだな」
声に出すと、思ったより嬉しそうに聞こえた。航平は投稿を閉じず、そのまま夜の個人配信の告知を出した。
◇
「こんばんは、KOHEIです。ミオさんのところから来た方にも、今日はゲームで名前を覚えてもらいます」
普段よりコメント欄の流れが速かった。
『ミオさんの投稿から来ました』
『初見です』
『進行の人、ゲーム中はどんな感じ?』
「初見の方が多い日に限って撃てないと困りますね。進行役じゃないところも見ていってください」
航平はNOVA-3の二人を招待せず、一人でランクへ入った。部隊欄には、自動で組まれた二人のプレイヤーネームが並ぶ。
降下後、航平はLancer-56とCARを揃えた。味方の一人はマークスマン、もう一人は近距離武器を二つ持っている。ピンで弾と回復を分け、三人はラウンド2の収縮より先に河川設備区を出た。
中盤、正面の倉庫から銃声が続いた。左には低い斜面とコンクリート壁があり、次のエリアへ入るならそちらが近い。
配信には乗らない味方の声がした。
「右の倉庫、二人。奥は見えない」
航平はプッシュ・トゥ・トークのキーを押した。
「右は捨てます。左の斜面へ。先に入ってください。俺が最後を見ます」
一人が左にピンを返し、もう一人も進路を変えた。航平はキーから指を離し、視聴者へ状況を伝える。
「右に二人、奥は未確認です。倒しに行くより、三人で左を取ります」
直後、右の倉庫から弾が伸びた。先頭の味方のシールドが大きく削られる。航平は斜面の入口へスモークを投げ、もう一度キーを押した。
「その壁まで先に。回復は裏で。俺が右を止めます」
Lancer-56で倉庫の窓に弾を置く。敵を倒すためではなく、顔を出させないための射撃だった。二人が壁の裏へ入ったのを見てから、航平もスモークの端を抜ける。
「入りました」
味方の短い声が返る。
「助かりました。次の建物へ行きます」
コメント欄に一文が流れた。
『味方の声は配信には聞こえないんだ』
「はい。知らない人の声は、そのまま配信へ出していません」
説明しているあいだに、先頭の味方が次の建物へピンを置いた。もう一人は、左に落ちている回復へピンを返す。航平は後者を進路の提案だと思った。
「左を経由します」
先頭の一人だけが右へ走った。左へ寄った味方は回復を拾うと、慌てて右へ向きを変える。
「すみません、物資のピンでした。右へ合わせます」
訂正する間に敵の弾が右の入口へ伸びた。航平は二つ目のスモークを使い、離れた一人を戻した。
その試合は4位で終わった。最後の収縮でも、一人が右のコンテナに、もう一人が左の壁にピンを置く。航平は今度こそ聞き違えないよう両方の返事を待ち、移動先を決めるのが遅れた。敵の射線が二人の間を切った。
結果画面へ戻る。
『最初の左、何のピンだった?』
『説明してる間に味方が先に行ってた』
『ミオさんの言ってた進行、ゲームだと難しそう』
初見だと名乗った一人は、何も書かずに視聴者一覧から消えた。航平は二つの聞き違いを順に説明しかけ、やめた。
「次は、先に味方へ返します」
二試合目の検索を始めた。
◇
翌日の練習で、夕奈がロビーへ入って最初に言った。
「昨日の左は、回復のピンでしたね」
「見てたんですか」
「最初から見ました」
遥真も入ってくる。
「俺は途中から」
「身内の視聴だけ安定してますね」
「次は、先に味方へ返すんですよね」
夕奈に昨夜の言葉を返され、航平は準備完了を押した。
三人は工業区画の外れへ降りた。中盤、右の建物に一人だけ離れた敵が見える。
「右、一人です」
夕奈がピンを置く。遥真が射線を変えた。
「撃てる。航平、後ろは?」
航平は車両の陰へしゃがみ、索敵ドローンを上げた。背後の屋根を越えると、線路沿いを走る三人が映る。北の倉庫で撃ち合っていた部隊が、もう南へ向きを変えていた。
先頭の銃口がドローンへ上がる。一発目を外したところで進路にピンを置き、二発目で映像を失った。
通常の視界に戻った瞬間、キルログに同じ部隊タグの三つ目の撃破が流れた。
「後ろの部隊、戦闘終了。さっき見えた道なら十秒ちょっと。南へ抜ける分を引くと――」
「何秒?」
遥真に聞かれ、航平は頭の中で経路をなぞった。
「七秒くらいです。見えた道なら」
「二人、裏口から戻りました」
夕奈が報告する。
「足音、奥まで行った。入口は一人。バリア置いた」
航平がドローンを見ていた数秒で、離れていた二人も戻っていた。正面からバリアを撃てば、奥の二人に射線を揃える時間を与える。
「七秒を目安にします。倒せなくても南へ」
夕奈がクラックチャージを起動し、バリアではなく横の窓枠へ撃ち込んだ。爆発を避けた敵が、入口から奥の扉へ走る。
「もう半分です」
遥真は追わず、その出口に照準を置いた。敵の投げ物が転がり、夕奈が車両へ下がる。
「出ます」
奥の扉から敵が顔を出した。遥真の一発と夕奈の次弾が重なり、ダウン表示が出る。
航平は南の細い通路へスモークを置いた。
「確定は取りません。離れます」
三人が通路へ入る前に、線路側の部隊が建物の裏へ現れた。ドローンで見た道ではなく、移動アビリティで柵を越えている。
「もう来てる」
遥真のシールドが半分まで削られた。航平は二つ目のスモークを背後へ投げ、夕奈は細い通路ではなく、射線が切れる排水溝へ向きを変える。
三人は離れられたが、ダウンさせた相手の確定は取れず、遥真の回復もほとんど残らなかった。
「七秒、ありませんでした」
「見えた道しか数えてませんでした」
「七秒って聞いたから、最後の一発を待った」
遥真は責めなかった。航平は次のエリアへ置きかけたピンを消す。
「次から、見えた道だけだと先に――」
「次からではなく、今は?」
夕奈が聞く。
航平は残ったスモークと遥真の耐久を見直した。背後の部隊は排水溝の入口まで来ている。正面の高架下には、遮蔽が二つあった。
航平は高架下までの距離を見た。また時間へ直しかけ、やめる。言い方を変えても、柵の向こうが見えるようになるわけではない。
「俺には、今の敵がどこまで来てるか分かりません。夕奈さん、先を決めてください。ハルさん、俺が遅れたら戻るかどうかは、見て決めてください」
「戻ってください、じゃないんですか」
「戻ってほしいです。でも、俺のために二人とも挟まれるなら嫌です」
「行きます」
夕奈が飛び出し、遥真が続く。航平は排水溝の曲がり角に最後のスモークを投げた。白煙が曲がり角を覆っても、追う足音は止まらなかった。
白煙から敵が一人出た。遥真は走りながら半身だけ返し、ブレイクショットを起動して撃った。
「ハル、前!」
夕奈の声で遥真が向き直る。高架の柱陰にも別の敵がいた。夕奈がそちらを撃つ間、煙から出た一人が航平へ弾を入れる。シールドが割れ、航平の画面が赤くなった。
遥真は高架下へ入らず、一歩だけ戻った。今度は煙から来た敵を正面に捉えて撃つ。敵が遮蔽へ引いた間に、航平は走った。夕奈が置いたピンとは違う柱へ飛び込み、三人の位置が一度ばらける。
高架上から別部隊の銃声が落ちた。追っていた敵がそちらへ撃ち返し、NOVA-3への足音が止まる。三人が作った停止ではなかった。
「左の柱へ集まってください」
夕奈が呼び、航平が最後に滑り込んだ。
「三人います」
夕奈が数えた。
航平は割れたシールドを回復しながら言った。
「今回は、俺の名前も入れてください」
「KOHEI」
遥真がすぐに答えた。
「急に配信みたいに呼ばないでください」
高架の向こうで敵の足音が遠ざかり、三人は残った回復を分けた。航平は録画を戻そうとしなかった。今分かったのは秒数の代わりになる正解ではなく、見えていないと言ったあとでも二人が動いてくれたことだけだった。
◇
練習終了後、年末オンライン合同企画の出演者一覧が届いた。
航平はクロスサイトの欄にある名前を、夕奈より先に読んだ。
「REN」
「知り合いですか」
「知ってた人です」
遥真が一覧を見る。
「同じチーム?」
「一度だけ」
「勝った?」
「その試合は」
夕奈が聞く。
「それ以外は?」
「企画前に過去を全部掘らないでください」
「人狼なら、落とせばいい」
遥真が言った。
「競技の話を人狼へ持ち込まないでください」
「でも、航平さんが人狼なら私も落とします」
「始まる前から二票入ってるんですか」
「普段と違えば分かります」
「分かる」
遥真まで頷いた。
「RENより先に、味方を警戒する必要が出ましたね」
「嘘をつかなければ大丈夫です」
「人狼ゲームの前提を壊さないでください」




