第46話 天城ミオ
配信開始まで、あと十二分。
ネクスフィアプロモーションの収録用会議室には、いつものNOVA3Radioとは違う待機画面が映っていた。
中央にあるのは、天城ミオのチャンネルロゴ。その両側に、MIO、YUNA、KOHEIのアバターが並んでいる。
今日の企画は、ゲーム配信者三人による対談だった。
『想定外のコメントやトラブルが起きたとき、配信をどう戻すか』
先日のNOVA-3合同配信で、航平は批判コメントへの説明を広げず、通常ランクに流れを戻した。その配信をミオが見たことが、今回の共演につながっている。
遥真は大学の予定と練習が重なり、出演しない。夕奈と航平は隣り合って座り、イヤホン越しにミオ側の音声確認を聞いていた。
『YUNAさん、声ください』
「はい。NOVA-3のYUNAです。本日はよろしくお願いします」
『問題ありません。KOHEIさんもお願いします』
「NOVA-3のKOHEIです。今日は配信を止めない話をするそうですが、開始前から緊張で止まりそうです」
『その程度なら、たぶん動きます』
ミオの返事に、スタッフの笑い声が重なった。
ただし、今日の進行表には航平の発言欄がある。夕奈はそこを確認してから、待機画面へ目を戻した。そのとき、イヤホンの奥で鋭い雑音が鳴った。
夕奈は反射的に片耳を外す。
『今の、私の方?』
ミオの声にも音割れが混じっていた。
『ミオさん側の入力だけです。予備に切り替えます』
スタッフが答える。数秒後、ミオの声が途切れた。
『五分で直る?』
戻ってきたミオの声には、まだ雑音が残っていた。
『確実とは言えません』
『じゃあ、十分遅らせる。待機画面を直して。私からも言う』
スタッフが予備機材へ切り替えるあいだに、ミオは開始が遅れることを自分の声で告知した。航平が小さく言う。
「速いですね」
「判断がですか」
「決めるまでがです。俺たちなら、まだ待ってます」
「待つのは悪いですか」
「悪くないです。ミオさんが速い」
告知した開始時刻が近づくころ、ミオの音声は正常に戻った。
『待たせてごめん。もう大丈夫』
「こちらは問題ありません」
夕奈が答えると、航平も続ける。
「開始前に今日の実例ができたので、企画としては得しました」
『そういうことにしてくれると助かる』
ミオは笑った。新しい開始時刻になると、待機画面が切り替わり、三人のアバターが配信画面に映った。
◇
「こんばんは。天城ミオです。開始が遅れてごめんなさい。音声機材が嫌な音を出し始めたので、直していました」
「待ってくれた人、ありがとう。今日はNOVA-3から、YUNAさんとKOHEIさんに来てもらっています」
「NOVA-3のYUNAです。よろしくお願いします」
「KOHEIです。開始前から、トラブル対応の教材を見せてもらいました」
「予定にはなかったけどね」
コメント欄には『開始前から教材』という文と、十分の遅延を責める文が同時に流れた。
遅延への不満も残っていたが、ミオは一つずつ拾わなかった。必要な説明と礼だけを伝え、すぐに企画へ入る。
前半では、三人が経験した配信トラブルについて話した。
ゲームが落ちる。音声が途切れる。予定していた企画が進まない。コメント欄が本来とは違う話題で埋まる。
ミオは夕奈に尋ねた。
「YUNAさんは、強い批判コメントが来たとき、どうしてる?」
以前の夕奈なら、正しい対応を探したかもしれない。
全部読んだ方が誠実なのか。説明すれば分かってもらえるのか。公式契約プレイヤーとして、黙っていてよいのか。
「全部に答えようとしないことを、最近覚えました」
「最初は答えてた?」
「答えようとしていました。読んだのに無視したと思われるのが怖かったので」
「それで、どうなった?」
「試合中の判断まで変わりました。嫌われない方を選ぼうとして、勝つための判断ができなくなりました」
コメント欄の流れが緩やかになった。夕奈は続ける。
「今は、必要なことは話します。でも、同じ説明を何度も求められても、全部に答えることはしません」
「答えないのも、自分で引いた線なら仕事だよ」
ミオはあっさり言った。
「その線を作るの、KOHEIさんも手伝ってるんだよね」
急に話を振られ、航平が背筋を伸ばした。
「チームで決めています」
「この前、コメントの話から試合に戻す流れを作ったのは誰?」
航平は一瞬、返事を止めた。夕奈は口を挟まなかった。
「俺です」
航平が答えた。
「じゃあ、それもKOHEIさんの仕事だね」
「チームの配信なので、誰がやったかは関係ないですよ。戻れればいいんです」
航平は笑っていた。ミオは顎に指を当て、その顔を一拍見た。
「配信中はそれでいいと思う。担当表を見せる番組じゃないし」
ミオは「配信中」にだけアクセントを置いた。
「でも、仕事を頼む人は、誰がやったか知りたいよ」
ミオは声を立てずに笑った。
「私、一人だと話を切れない日があるから。今日だって、放っておけば機材の話を引きずってた。戻せる人を探してたの」
航平の笑いが、わずかに止まった。
ミオの配信画面には、会社が作ったKOHEIのアバターが映っている。見つけられたのが自分なのか、その顔なのか、航平にはまだ切り分けられなかった。
コメント欄には、先日の進行や今日の受け答えを褒める言葉が流れている。
『KOHEIの戻し方うまかった』
『三人配信の進行ってKOHEIなの?』
『今日も聞きやすい』
「毎回、自分がやりましたって言うのも格好悪くないですか」
「毎回は言わなくていい。でも、聞かれたときまで隠さなくてもいいでしょ」
航平は進行表の端を指でなぞった。
「今日の配信、俺の営業番組だったんですね」
「依頼したのは私だから、営業されているのはこっちかもしれない」
ミオが返すと、コメント欄に笑いが戻った。航平も笑ったが、最初の一拍だけ遅れた。
◇
配信は、開始が遅れた分だけ終了も後ろへずれた。ミオは最後に待機への礼を伝え、NOVA-3のチャンネルを紹介した。
終了後、スタッフの確認が終わっても、ミオは通話に残っていた。
「お疲れさまでした」
夕奈が言った。
『二人ともありがとう。遅くなってごめんね』
「大学の課題よりは、終わる時刻が見えていたので大丈夫です」
『それは大学の課題の方が悪いね』
ミオは笑った。
『ところでKOHEIさん、今日、自分の近況は話した?』
「今日は、ほとんど俺の話だったと思いますけど」
『配信を戻した話でしょ。仕事じゃない方』
夕奈が横から言う。
「先日、斜面から一人だけ落ちています」
『それ、先に聞きたかった』
「夕奈さん、外へ出さなくていい情報まで拾わないでください」
ミオの笑い声が大きくなった。航平は少し待ち、今度は自分から尋ねた。
「ミオさんは、次に誰を呼ぶか、自分で決めるんですよね」
『決めるよ。今日の二人もそう』
「NOVA-3に依頼したんじゃなくて?」
『最初はね。でも、KOHEIさんにも来てほしいって書いた。そうしないと、YUNAさんだけ来るかもしれないから』
「一回、配信を見ただけでですか」
『一回見て、一緒に話したかったから。何回なら納得するの?』
航平は答えられなかった。
「個人の方が、そういうのは楽ですか」
『楽じゃない。でも、もう一回呼びたい人を決めるときに会議はしない』
ミオは即答した。
『今日のところは、二人ともまた呼びたい。次はKOHEIさんも近況を一つ持ってきて』
「宿題が増えましたね」
『斜面の続報でもいいよ』
「それまでには登ります」
◇
会議室を出る頃には、品川のビルも静かになっていた。夕奈と航平は玲奈に挨拶をし、並んで駅へ向かう。
遅い時間でも駅前には人が多かった。夕奈は隣を歩く航平を見る。
航平はスマートフォンで、配信後の反応を確認していた。今日の感想には、KOHEIの名前も並んでいる。
「嬉しくないんですか」
夕奈が尋ねた。
「嬉しいですよ」
航平は画面を閉じた。
「俺の名前だけ褒められるの、慣れてないので、扱いに困っています」
二人は改札を通り、西大井方面の電車に乗った。窓際に並んで立つ。電車が動き出すと、暗い窓に二人の姿が映った。
夕奈は迷ってから聞いた。
「独立したいんですか」
航平は窓の外を流れる灯りを見た。
「まだ分かりません」
「会社を辞めたいわけじゃないです。この三人でやるのも、嫌じゃないです。ただ、次に誰を呼ぶか自分で決めるのは、少し気になりました」
「航平さんなら、誰を呼びますか」
「今聞きます?」
「聞きました」
電車が西大井へ着き、二人はホームへ降りた。夕奈は階段でも、航平の半歩後ろを離れなかった。
「私は候補に入りますか」
「入らないとは言ってません」
「では、入りますか」
「夕奈さん、聞き方が面談みたいになってますよ」
「今は配信外です」
航平が階段の途中で振り返った。
「そういうときだけ、返しが速くなりましたね」
「答えは?」
「次の共演までに」
「期限を決めれば、逃げられませんね」
「その技、俺に使わないでもらえますか」




