第45話 KOHEIの配信台本
翌朝、大学へ向かう電車で、夕奈は次回合同配信の進行表を開いた。
『NOVA-3合同配信 進行表・第六稿』
前夜の読み合わせで航平が言った終了挨拶は、最後に残っていた。
『次も三人で勝ちに行きます。今日は見に来てくれて、ありがとうございました』
夕奈の欄には、近況とNOVA3Radioについて聞かれた場合の返し方がある。遥真の欄には、最近使った武器と、返事が一語で終わったときの追加質問がある。
KOHEIの欄にも、終了挨拶はあった。
その前に並ぶのは、配信を始める時刻、ゲーム画面へ移る合図、コメントが速くなったときに二人へ話を戻すタイミングだった。
読み合わせで出た、斜面から一人だけ滑り落ちた話はない。
航平自身について話す箇所は、最後の一文まで空いていた。
◇
配信前、三人と玲奈は音声をつないだ。批判コメントへの対応は配信側に任せ、三人は同じ説明を繰り返さない。それだけ確認すると、航平はすぐにゲームのロビーを開いた。
「航平さん」
「はい。音、変ですか」
「斜面から落ちた話は、しないんですか」
「一晩考えて不採用にしました」
「読み合わせでは採用でした」
「自分の事故を冒頭で再放送する配信者は、たぶん長生きできません」
遥真が言う。
「俺は見る」
「身内しか喜んでないじゃないですか」
夕奈は進行表のKOHEI欄を指した。
「では、別の話を入れてください」
「二人の近況が伸びたら、時間がなくなります」
「ハルは四秒でした」
「本番では伸ばしますよ」
「航平が聞けば」
遥真に言われ、航平は返事を止めた。
「夕奈さん」
少しして、航平が呼んだ。
「今日は、全部拾わなくていいです。話が広がりすぎたら俺が戻します」
「分かりました」
航平が自分の話を決めないまま、待機画面のカウントが三分を切った。
◇
十九時。配信開始の表示とともに、コメント欄が動き出した。
『待ってた』
『今日は通常ランク?』
『三人配信助かる』
『NOVA3Radioの話する?』
夕奈は最初の挨拶をした。
「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。今日は三人で通常ランクへ入ります」
「HALです。お願いします」
「KOHEIです。十九時十五分にはランクへ入る予定です。三人が予定どおり進められるかも含めて見守ってください」
近況報告に入ると、航平は夕奈に質問を振り、夕奈が答え終えると遥真へ移った。
「ハルは最近、配信外で何を使ってるんですか」
「Raptor-5」
「理由は?」
「近距離で落とし切れるから」
「はい。今日のHAL選手は、四秒で会話が終わりました」
コメント欄に笑う反応が流れる。航平は自分の話をしないまま、次の告知へ進んだ。十五分が近づいた頃、一つのコメントが表示された。
『一般プレイヤーの味方をするなら、公式マークを外したら?』
夕奈は文字を読んだ。口を開きかける。
公式マークは自分たちの判断で外せるものではない。一般プレイヤーの味方だと言ったつもりもない。説明できることはいくつもあった。
航平が先に話した。進行表に書いた返答は使わなかった。
「公式マークは、俺たち三人の操作では外せません。そこだけ訂正します」
航平は予定より一分早くロビーを開いた。
「代わりに、今日はそのマークを狙ってくる人からも逃げずに勝ちに行きます。三人、準備は?」
『逃げないのは保証して』
『勝ちも保証して』
『急に始まった』
コメント欄の流れが変わる。
同じ文言の連投が数件続いたところで、表示速度が落ちた。配信担当から、対応済みを知らせる短い連絡が届く。
航平は返答を足さず、二人の準備を待った。
「できています」
「できてる」
「俺もできています。珍しく三人揃いましたね」
「いつも揃っています」
「開始時刻の話です。装備の話まで広げると、過去の傷が増えます」
夕奈は少し笑った。マッチが始まる。
序盤、NOVA-3は工業区画へ降りた。大きな被せはなく、三人分の武器とミディアムシールドを確保できた。
「北、二部隊。こっちには来てません」
航平が報告する。
「先に東へ移動できます」
「行きます。ハル、前をお願いします」
「分かった」
配信中の航平は、必要な情報を欠かさなかった。
敵の位置。銃声の距離。残っている回復。次に取れる建物。
ただ、それ以外をほとんど話さなかった。
夕奈が2倍サイトを見つけても、いつものように「ユウナセットの完成が早いですね」とは言わない。
遥真がRaptor-5で一人を短く倒しても、「会話より長く撃てましたね」とも言わなかった。
航平の言葉は、試合を進めるものだけになっていた。
中盤、エリアへ入る途中で一部隊とぶつかった。遥真が正面の一人をダウンさせると、敵のスモークが倒れた味方を隠した。白煙の奥で起こしの操作音が一度鳴り、すぐ途切れる。同時に、左右へ足音が一つずつ分かれた。
「起こしてません。右が先、左は二秒遅れます」
夕奈が煙へ照準を寄せる前に、航平の声が撃つ順番を反転させた。
「右から。ハル、左を出させないで」
夕奈が煙の右縁にクラックチャージを乗せた一発を入れる。小さな爆発に押され、右の敵が白煙の外へ出た。遥真が左の出口を撃ち続け、飛び出した敵を夕奈と航平が割り、そのままダウンさせる。最後の敵が本当に起こしに戻ったときには、白煙の手前を三人の射線が塞いでいた。起こしは一秒も進まず、最後の一人も逃がさなかった。
部隊撃破の表示が出たあと、夕奈は回復を始めた。
航平の呼吸が配信用マイクに入り、普段なら冗談が入る間を埋めた。
「航平さん、フルありますか」
「一本あります。夕奈さんが使ってください」
「航平さんも削れています」
「俺はパックで戻します。次、北から来る可能性があります」
航平はそれ以上、何も言わない。
夕奈はフルシールドパックを使いながら、左下にある航平の耐久を見た。
航平の耐久は夕奈より少ないままだった。一試合目を終えたあとも、必要な報告だけを続けた。
二試合目は三位、三試合目は七位。四、五試合目でも、航平の言葉は、時刻を伝えるものと試合を進めるものに限られた。配信開始から三時間近く、六試合目の最後に、NOVA-3は終盤の建物を守り切った。CHAMPIONの文字が出る。
「勝ちました」
「取れた」
夕奈と遥真の声が重なる。航平は少し遅れて言った。
「終了予定の四分前です。今日は配信まで勝てましたね」
いつもなら、そこから何か続ける。今日は進行表どおり、終了画面に切り替えた。
「本日の配信は以上です。見に来ていただき、ありがとうございました」
コメント欄に、勝利を喜ぶ言葉が並ぶ。
『チャンピオンおめでとう』
『今日ちゃんと通常ランクだった』
『HAL強かった』
『YUNAの最後の判断よかった』
その中に、一つだけ違う言葉が流れた。
『今日、KOHEI静かだったね』
航平も笑って答えた。
「今日は二人がよく喋ったので、俺は省エネです。来月の電気代に期待してください」
コメント欄に笑いが流れる。夕奈は、航平が三時間のあいだ、自分の近況を一つも話さなかったことに気づいた。
◇
配信終了後、夕奈は航平を通話に引き留めた。
「航平さん」
「はい。今日の修正点なら、配信担当から来てます」
「その話ではありません」
「航平さん、今日、自分のことを何か話しましたか」
「俺は回せればいいので」
「よくないです」
夕奈がすぐに返すと、航平が黙った。
「配信は荒れませんでした。予定時刻にもランクへ入れたし、最後は勝てました。進行としては成功です」
「成功したから言っています」
夕奈は言葉を選び直す前に続けた。
「航平さんが黙っていたら、NOVA-3の配信じゃないです」
航平の返事が止まった。遥真も通話に残っていた。
「次は、三人の台本にして」
「全員が好き勝手に喋ったら、俺の胃が本当に終わりますよ」
航平は笑いながら言った。夕奈も遥真も返さなかった。
「俺が話すより、今は二人への質問が多いです」
「私が止まったとき、航平さんが話を戻してくれました。ハルが黙ったときも、質問してくれました」
航平は返事をしなかった。
「でも、航平さんが自分を消したら、誰が止めるんですか」
航平が何か返そうとした。
「今は、私が止めています。次は自分の話もしてください」
航平は笑えなかった。遥真が割って入る。
「一つでいい」
「何を話せばいいんですか」
「自分で決めればいい」
「急に難易度が上がりましたね」
「航平ならできる」
遥真は迷わず言った。航平は冗談を返そうとして、やめた。
「……分かりました。次は一つ、入れます」
「一つだけですか」
夕奈が聞く。
「最初から増やすと事故になります。配信運用は段階的に改善しましょう」
「では、段階的に二つにしてください」
「交渉が始まりましたね」
「三人の配信なので」
遥真が欠伸をした。航平はそれを指摘せず、「二つは多い」ともう一度だけ交渉した。
◇
翌日の昼、夕奈は大学の食堂でスマートフォンを見ていた。
通知欄に、見覚えのある名前が表示される。天城ミオ。
大手個人配信者として活動するMIOの公式アカウントが、昨夜のNOVA-3配信に触れていた。
『昨日のNOVA-3、荒れそうな話をゲームに戻したKOHEIさんがうまかった。あの役できる人、配信者側からすると本当に助かる』
夕奈は文章を二度読んだ。ミオは社内の進行表を見ていない。公開されていた配信だけを見て、KOHEIの名前を書いた。
その夜、三人が練習用ロビーに揃ったところで、夕奈は投稿を読み上げた。
「読み上げなくても見ました」
航平が止める。
「褒められています」
「聞こえてます。音読すると威力が上がるんですか」
「航平、顔が見えないから」
遥真が言った。
「見ても同じですよ」
そこへ玲奈から、天城ミオとの共演依頼が届いた。依頼文の末尾には、短く付け加えられている。
『先日の配信で進行を戻した方とも、お話ししてみたいです』
航平はミオの投稿と、その一文を続けて読んだ。
「呼ばれたの、俺ですか。配信を戻す役ですか」
「投稿にはKOHEIさんとあります」
「依頼文は『戻した方』です」
「同じ人です」
夕奈は迷わなかった。
遥真が準備完了を押した。
「行けばいい」
「ハル、こういうときだけ決めるのが速いですね」
「航平は?」
航平は少し黙った。
「……受けたいです」
「では、その前に練習します」
夕奈も準備完了を押す。
「共演は面接じゃないですよ」
「でも、失敗はしたくないんですよね」
「一試合だけです」
「少ない」
遥真に返され、航平も準備完了を押した。




