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第45話 KOHEIの配信台本

挿絵(By みてみん)

翌朝、大学へ向かう電車で、夕奈は次回合同配信の進行表を開いた。


『NOVA-3合同配信 進行表・第六稿』


前夜の読み合わせで航平が言った終了挨拶は、最後に残っていた。


『次も三人で勝ちに行きます。今日は見に来てくれて、ありがとうございました』


夕奈の欄には、近況とNOVA3Radioについて聞かれた場合の返し方がある。遥真の欄には、最近使った武器と、返事が一語で終わったときの追加質問がある。


KOHEIの欄にも、終了挨拶はあった。


その前に並ぶのは、配信を始める時刻、ゲーム画面へ移る合図、コメントが速くなったときに二人へ話を戻すタイミングだった。


読み合わせで出た、斜面から一人だけ滑り落ちた話はない。


航平自身について話す箇所は、最後の一文まで空いていた。



配信前、三人と玲奈は音声をつないだ。批判コメントへの対応は配信側に任せ、三人は同じ説明を繰り返さない。それだけ確認すると、航平はすぐにゲームのロビーを開いた。


「航平さん」


「はい。音、変ですか」


「斜面から落ちた話は、しないんですか」


「一晩考えて不採用にしました」


「読み合わせでは採用でした」


「自分の事故を冒頭で再放送する配信者は、たぶん長生きできません」


遥真が言う。


「俺は見る」


「身内しか喜んでないじゃないですか」


夕奈は進行表のKOHEI欄を指した。


「では、別の話を入れてください」


「二人の近況が伸びたら、時間がなくなります」


「ハルは四秒でした」


「本番では伸ばしますよ」


「航平が聞けば」


遥真に言われ、航平は返事を止めた。


「夕奈さん」


少しして、航平が呼んだ。


「今日は、全部拾わなくていいです。話が広がりすぎたら俺が戻します」


「分かりました」


航平が自分の話を決めないまま、待機画面のカウントが三分を切った。



十九時。配信開始の表示とともに、コメント欄が動き出した。


『待ってた』


『今日は通常ランク?』


『三人配信助かる』


『NOVA3Radioの話する?』


夕奈は最初の挨拶をした。


「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。今日は三人で通常ランクへ入ります」


「HALです。お願いします」


「KOHEIです。十九時十五分にはランクへ入る予定です。三人が予定どおり進められるかも含めて見守ってください」


近況報告に入ると、航平は夕奈に質問を振り、夕奈が答え終えると遥真へ移った。


「ハルは最近、配信外で何を使ってるんですか」


「Raptor-5」


「理由は?」


「近距離で落とし切れるから」


「はい。今日のHAL選手は、四秒で会話が終わりました」


コメント欄に笑う反応が流れる。航平は自分の話をしないまま、次の告知へ進んだ。十五分が近づいた頃、一つのコメントが表示された。


『一般プレイヤーの味方をするなら、公式マークを外したら?』


夕奈は文字を読んだ。口を開きかける。


公式マークは自分たちの判断で外せるものではない。一般プレイヤーの味方だと言ったつもりもない。説明できることはいくつもあった。


航平が先に話した。進行表に書いた返答は使わなかった。


「公式マークは、俺たち三人の操作では外せません。そこだけ訂正します」


航平は予定より一分早くロビーを開いた。


「代わりに、今日はそのマークを狙ってくる人からも逃げずに勝ちに行きます。三人、準備は?」


『逃げないのは保証して』


『勝ちも保証して』


『急に始まった』


コメント欄の流れが変わる。


同じ文言の連投が数件続いたところで、表示速度が落ちた。配信担当から、対応済みを知らせる短い連絡が届く。


航平は返答を足さず、二人の準備を待った。


「できています」


「できてる」


「俺もできています。珍しく三人揃いましたね」


「いつも揃っています」


「開始時刻の話です。装備の話まで広げると、過去の傷が増えます」


夕奈は少し笑った。マッチが始まる。


序盤、NOVA-3は工業区画へ降りた。大きな被せはなく、三人分の武器とミディアムシールドを確保できた。


「北、二部隊。こっちには来てません」


航平が報告する。


「先に東へ移動できます」


「行きます。ハル、前をお願いします」


「分かった」


配信中の航平は、必要な情報を欠かさなかった。


敵の位置。銃声の距離。残っている回復。次に取れる建物。


ただ、それ以外をほとんど話さなかった。


夕奈が2倍サイトを見つけても、いつものように「ユウナセットの完成が早いですね」とは言わない。


遥真がRaptor-5で一人を短く倒しても、「会話より長く撃てましたね」とも言わなかった。


航平の言葉は、試合を進めるものだけになっていた。


中盤、エリアへ入る途中で一部隊とぶつかった。遥真が正面の一人をダウンさせると、敵のスモークが倒れた味方を隠した。白煙の奥で起こしの操作音が一度鳴り、すぐ途切れる。同時に、左右へ足音が一つずつ分かれた。


「起こしてません。右が先、左は二秒遅れます」


夕奈が煙へ照準を寄せる前に、航平の声が撃つ順番を反転させた。


「右から。ハル、左を出させないで」


夕奈が煙の右縁にクラックチャージを乗せた一発を入れる。小さな爆発に押され、右の敵が白煙の外へ出た。遥真が左の出口を撃ち続け、飛び出した敵を夕奈と航平が割り、そのままダウンさせる。最後の敵が本当に起こしに戻ったときには、白煙の手前を三人の射線が塞いでいた。起こしは一秒も進まず、最後の一人も逃がさなかった。


部隊撃破の表示が出たあと、夕奈は回復を始めた。


航平の呼吸が配信用マイクに入り、普段なら冗談が入る間を埋めた。


「航平さん、フルありますか」


「一本あります。夕奈さんが使ってください」


「航平さんも削れています」


「俺はパックで戻します。次、北から来る可能性があります」


航平はそれ以上、何も言わない。


夕奈はフルシールドパックを使いながら、左下にある航平の耐久を見た。


航平の耐久は夕奈より少ないままだった。一試合目を終えたあとも、必要な報告だけを続けた。


二試合目は三位、三試合目は七位。四、五試合目でも、航平の言葉は、時刻を伝えるものと試合を進めるものに限られた。配信開始から三時間近く、六試合目の最後に、NOVA-3は終盤の建物を守り切った。CHAMPIONの文字が出る。


「勝ちました」


「取れた」


夕奈と遥真の声が重なる。航平は少し遅れて言った。


「終了予定の四分前です。今日は配信まで勝てましたね」


いつもなら、そこから何か続ける。今日は進行表どおり、終了画面に切り替えた。


「本日の配信は以上です。見に来ていただき、ありがとうございました」


コメント欄に、勝利を喜ぶ言葉が並ぶ。


『チャンピオンおめでとう』


『今日ちゃんと通常ランクだった』


『HAL強かった』


『YUNAの最後の判断よかった』


その中に、一つだけ違う言葉が流れた。


『今日、KOHEI静かだったね』


航平も笑って答えた。


「今日は二人がよく喋ったので、俺は省エネです。来月の電気代に期待してください」


コメント欄に笑いが流れる。夕奈は、航平が三時間のあいだ、自分の近況を一つも話さなかったことに気づいた。



配信終了後、夕奈は航平を通話に引き留めた。


「航平さん」


「はい。今日の修正点なら、配信担当から来てます」


「その話ではありません」


「航平さん、今日、自分のことを何か話しましたか」


「俺は回せればいいので」


「よくないです」


夕奈がすぐに返すと、航平が黙った。


「配信は荒れませんでした。予定時刻にもランクへ入れたし、最後は勝てました。進行としては成功です」


「成功したから言っています」


夕奈は言葉を選び直す前に続けた。


「航平さんが黙っていたら、NOVA-3の配信じゃないです」


航平の返事が止まった。遥真も通話に残っていた。


「次は、三人の台本にして」


「全員が好き勝手に喋ったら、俺の胃が本当に終わりますよ」


航平は笑いながら言った。夕奈も遥真も返さなかった。


「俺が話すより、今は二人への質問が多いです」


「私が止まったとき、航平さんが話を戻してくれました。ハルが黙ったときも、質問してくれました」


航平は返事をしなかった。


「でも、航平さんが自分を消したら、誰が止めるんですか」


航平が何か返そうとした。


「今は、私が止めています。次は自分の話もしてください」


航平は笑えなかった。遥真が割って入る。


「一つでいい」


「何を話せばいいんですか」


「自分で決めればいい」


「急に難易度が上がりましたね」


「航平ならできる」


遥真は迷わず言った。航平は冗談を返そうとして、やめた。


「……分かりました。次は一つ、入れます」


「一つだけですか」


夕奈が聞く。


「最初から増やすと事故になります。配信運用は段階的に改善しましょう」


「では、段階的に二つにしてください」


「交渉が始まりましたね」


「三人の配信なので」


遥真が欠伸をした。航平はそれを指摘せず、「二つは多い」ともう一度だけ交渉した。



翌日の昼、夕奈は大学の食堂でスマートフォンを見ていた。


通知欄に、見覚えのある名前が表示される。天城ミオ。


大手個人配信者として活動するMIOの公式アカウントが、昨夜のNOVA-3配信に触れていた。


『昨日のNOVA-3、荒れそうな話をゲームに戻したKOHEIさんがうまかった。あの役できる人、配信者側からすると本当に助かる』


夕奈は文章を二度読んだ。ミオは社内の進行表を見ていない。公開されていた配信だけを見て、KOHEIの名前を書いた。


その夜、三人が練習用ロビーに揃ったところで、夕奈は投稿を読み上げた。


「読み上げなくても見ました」


航平が止める。


「褒められています」


「聞こえてます。音読すると威力が上がるんですか」


「航平、顔が見えないから」


遥真が言った。


「見ても同じですよ」


そこへ玲奈から、天城ミオとの共演依頼が届いた。依頼文の末尾には、短く付け加えられている。


『先日の配信で進行を戻した方とも、お話ししてみたいです』


航平はミオの投稿と、その一文を続けて読んだ。


「呼ばれたの、俺ですか。配信を戻す役ですか」


「投稿にはKOHEIさんとあります」


「依頼文は『戻した方』です」


「同じ人です」


夕奈は迷わなかった。


遥真が準備完了を押した。


「行けばいい」


「ハル、こういうときだけ決めるのが速いですね」


「航平は?」


航平は少し黙った。


「……受けたいです」


「では、その前に練習します」


夕奈も準備完了を押す。


「共演は面接じゃないですよ」


「でも、失敗はしたくないんですよね」


「一試合だけです」


「少ない」


遥真に返され、航平も準備完了を押した。




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