第44話 数字にならない仕事
月次確認の日、会議室のモニターには三本の動画が並んでいた。
一番上は、NOVA3Radioで夕奈が自分の考えを話した場面。次は、遥真がRaptor-5で二人を続けて落とした場面。三本目は、一時間を超えるNOVA3Radioの全編だった。
机の活動記録では、航平がマッチIDと映像を照合した仕事は「ゲーム運営への情報共有協力」の一行にまとめられ、担当者の名前はなかった。
「今月、外から多く見られたのはこの二本です」
玲奈が夕奈と遥真の動画を示した。
「NOVA3Radioは、説明を終えたあとも視聴者が大きく減らず、最後のお便りまで聞いた人が増えています」
「二本とも俺もいるんですけど、表紙では見事に見切れてますね」
航平は冗談にした。遥真は動画ではなく、航平を見た。
「三本目」
「はい?」
「航平が戻した」
玲奈が再生位置を動かした。
映像の中で、夕奈が自分の考えを話し終えた。コメント欄には賛成と批判が同時に流れている。
航平が続いた。
『記録を取るために、わざと撃たれに行くのはもうやりません。そこは俺が一度間違えました』
誰かを追いかけて犯人扱いすることでもない、と話し、夕奈へ戻す。夕奈がこの件を終えると、次の画面には深夜でも買える夜食のお便りが出た。
『急に生活感が戻りましたね』
航平の声で笑うコメントが流れ、番組は次へ進んだ。再生を止めると、会議室には空調の音が戻った。
「ここは航平さんです」
夕奈が言った。
「映ってるのは三人です」
「声は航平」
「ハルまで押してきますね」
航平は笑ったが、動画を閉じようとはしなかった。
「この場面なら、早坂さんの仕事だと分かります」
玲奈が言う。
「KOHEIとして自分の失敗を話し、次のお便りへ戻していますから」
「じゃあ、コメントを見て、画面を切り替えて、誰にも分からないまま終わったときは?」
「気づく人は限られます」
玲奈は遠回しにしなかった。
「必要でも、見えない仕事はあります。ただ、早坂さんが自分まで見えなくする必要はありません」
航平はモニターに残った自分のアバターを見た。
「見えるところへ出たら、今より配信が長くなりますよ」
「短く戻すのが得意なんですよね」
夕奈が返す。
「本人に使うには難しい技術なんです」
「使えばいい」
遥真はそれだけ言った。航平は笑わず、停止した映像を少し巻き戻した。
「三好さん。これ、会社の外でも俺がやった仕事だって通じますか」
夕奈は航平を見る。航平がNOVA-3の外を口にしたのは初めてだった。
「この映像なら説明できます。KOHEIの声も残っています」
玲奈は答えた。
「でも、誰にも見えないところでコメントを拾ったことや、記録をまとめたことまでは、映像だけでは分かりません」
「ですよね」
航平は、再生画面の下に並ぶ三人の名前を見た。
「今はNOVA-3が続けば、それでいいです。でも、契約が終わったあとに『俺がやりました』と言っても、相手が見られるのは、この一時間と活動記録の一行だけです」
「契約を終えたいんですか」
夕奈の声が硬くなった。
「今すぐ辞めたいわけじゃないです。三人でやるのも嫌じゃない。ただ、ずっと同じとは限らないでしょう」
航平は軽く言おうとしたが、最後だけ声が落ちた。
「そのとき、俺の名前で残ってるものが、何もなかったら困るなと思っただけです」
遥真が映像のKOHEIを指した。
「残ってる」
「ハルと夕奈さんは知ってます。でも、俺が次に会う人は知らない」
「では、次の仕事で知ってもらえばいいです」
夕奈が言う。
「航平さんが作った次の配信で、航平さんが話してください」
「仕事を増やしながら解決するんですね」
「減らすと、また見えなくなります」
航平は返事の代わりに、次の合同配信の進行表を開いた。
◇
月次確認のあと、三人はそのまま次の合同配信を読み合わせた。
航平が作った進行には、冒頭の挨拶、夕奈の近況、遥真への質問、ランクへ入る時刻がある。航平自身の近況だけがなかった。
「本番のつもりでお願いします。夕奈さんから」
夕奈は待機画面に向かって挨拶した。
「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。大学の課題を提出したので、今日は安心してランクができます」
航平がすぐに聞く。
「直したいところは残ってませんか」
「あります。でも、提出後なので見ません」
「大学生活の知恵を覚えましたね。では、ハル。最近は?」
「Raptor-5」
「それは最近ではなく、ずっとです。ほかには?」
「ない」
「はい。HAL選手の近況は四秒で終了しました」
航平が次へ進めようとすると、夕奈が止めた。
「航平さんは?」
「俺は二人に聞く側です」
「今、聞かれています」
「進行表にありません」
「では、今決めます」
航平は玲奈を見る。助けは来なかった。
「最近の出来事なら、昨日の個人ランクで、自分だけ斜面を滑り落ちました」
遥真が言う。
「見た」
「どうして見てるんですか」
「途中から」
「落ちたところからじゃないですか」
「そこから」
夕奈は真面目に頷いた。
「それを話せばいいと思います」
「合同配信の最初に、自分だけ落ちた話をするんですか」
「航平さんの話です」
「採用理由が厳しいなあ」
読み合わせを進め、最後の挨拶まで来た。そこも担当は空いている。
「最後、誰が話しますか」
夕奈が尋ねると、遥真が先にマイクへ寄った。
「今日は終わり。お疲れ」
三秒だった。
航平がすぐに口を挟む。
「待ってください。三時間見た人を七文字で帰さないでください」
「短い方がいいんだろ」
「限度があります。次の配信予定に触れて、見に来てくれた礼を言って、それから――」
「今のを、航平さんが言ってください」
夕奈に返され、航平が止まる。
「……次も三人で勝ちに行きます。今日は見に来てくれて、ありがとうございました」
「それでいいです」
「長い」
遥真が言った。
「ハルより七秒長いだけです」
「もう一回」
「今度は十秒でお願いします」
「俺から?」
「三人の配信なので」
航平は笑い、読み合わせを冒頭からやり直した。




