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第43話 切られた言葉

挿絵(By みてみん)

金曜の夜、ネクスフィアプロモーションのビルを出ても、夕奈はカイトの配信を開かなかった。品川駅へ流れる人に混ざり、通知だけを残した。


通知のサムネイルには、NOVA3Radioで話しているYUNAの顔が大きく使われていた。


消そうとした指を止め、画面を伏せた。西大井までの短い電車でも、通知は消えなかった。


暗い窓には、乗客の肩越しに夕奈の顔が映っている。誰も、数十分前まで夕奈が何千人もの前で話していたことを知らない。


普通に遊んでいる人の試合が壊されるのを、見なかったことにはしたくない。


考えは変わっていない。だが、太い文字になった一文は、自分が口にしたときより強い調子に見えた。



自室へ戻ると、夕奈は鞄から大学の資料を取り出した。


提出期限は月曜の正午。今夜中に参考文献を整理しておけば、明日の練習後に本文を仕上げられる。


ノートパソコンを開き、途中まで書いた課題を表示した。同じ一文を三度読んでも、内容が頭に入ってこない。画面の右下には、カイトの配信開始を知らせる表示が残っていた。


夕奈は参考資料を一段落読んだ。気づけば、カーソルは配信の通知へ戻っていた。


「……一回だけ」


誰に言うでもなく呟き、配信を開く。


カイトはNOVA3Radioの映像を、夕奈が会社の文章から自分の言葉へ移る場面で止めていた。


『私たちは、勝つために戦っています。でも、それだけじゃありません』


映像は、その直後に切り替わった。


『普通に遊んでいる人の試合が壊されるのを、見なかったことにはしたくないです』


断定を避けた説明も入っている。言葉は作り変えられていない。ただ、長く残るのは一般プレイヤーを守ろうとするYUNAだった。


「記録を運営へ送ったことは間違っていないと思います。不自然な相手に試合を壊されたら、腹も立つでしょう」


カイトは続けた。


「ただ、運営と直接連絡できて、モデレーターもついていて、会社から活動を守られている公式側が、一般プレイヤーを守る側の顔をするのは違うんじゃないですか」


コメント欄が速くなる。


『公式だからできた対応だもんな』


『代表とは言ってない』


「代表とは言っていない。確かに、その通りです。でも、自分たちの動きを話すだけなら、『自分たちはこう動いた』で終わるはずです。一般プレイヤーの試合まで持ち出せば、立場を大きく見せていると受け取る人も出るでしょう」


視聴者数が六千人を超える頃、疑問として置かれた言葉が結論へ近づいた。


カイトは「違和感」と呼んでいたものを、「代表面」と言い換えた。


「誰かに選ばれた代表でもない。一般プレイヤーと同じ立場で遊んでいるわけでもない。それなのに、守る側の言葉だけを使うのは、代表面していると言われても仕方がないと思います」


夕奈の指が停止ボタンの上で止まった。


会社に守られ、運営へ直接記録を出せたことは事実だ。だが、配信の最初と今では言葉の強さが違う。


夕奈は配信を閉じ、課題へ戻った。スマートフォンが震える。


航平から、三人のチャットへ連絡が届いている。


『見ても返事しないでください。コメント欄も巡回しなくて大丈夫です』


続けて、遥真からも短く届く。


『見た?』


夕奈は迷ってから返した。


『見ました』


夕奈は課題へ戻り、参考資料の一文を選択したまま待った。選択範囲の青だけが画面に残る。やがて、遥真から届いた。


『言ってないことは、言われてない』


『はい』


『でも、全部同じ意味でもない』


遥真がこれだけ続けて文章を送ってくるのは珍しい。


『ハルは、どう思いましたか』


入力中の表示が一度消え、もう一度点いた。届いたのは一文だった。


『明日話す』


夕奈は画面を伏せた。課題は、ほとんど進まなかった。



翌朝にも、大学の講義はあった。


夕奈は寝不足のまま講義室へ入り、いつもの席へ向かう。相沢千紘は、すでに友人と話していた。


「公式が一般プレイヤーの代表みたいに話すの、ちょっと違う気がする」


聞こえてきた言葉に、夕奈の足が一瞬だけ遅くなる。


千紘の隣にいる学生は、スマートフォンで夕奈の発言部分だけを抜き出した動画を表示していた。


配信の声には身元を守るためのごく薄い加工が入り、教室ではスマートフォンの小さな音に周囲の話し声まで重なっているため、普段の夕奈の声と結びつけられるほど鮮明には聞こえなかった。


「会社も運営もついてる人が、普通のプレイヤーと同じ立場ではないでしょ」


「でも、代表になるとは言ってなくない?」


千紘が答える。


「自分たちがいた試合で、別の人も狙われてたから止めたって話でしょ」


「それなら、自分たちのことだけ話せばよくない?」


「一般の人が同じことを言っても届きにくいから、公式が言った意味はあると思うけど」


夕奈は席に着いた。目の前の二人に説明できても、動画を見た全員のところへは行けない。


「沢渡さん、おはよう」


千紘が夕奈に気づいた。


「おはよう」


「昨日のNOVA3Radio、見た?」


夕奈は鞄から資料を取り出しながら答えた。


「少しだけ」


「沢渡さんは、どう思った?」


夕奈は机の上の学生証へ目を落とした。ここではYUNAと名乗れない。答えられる範囲で、曖昧にしない言葉を選んだ。


「全部の人を代表するって意味には、私は聞こえなかったかな」


「だよね」


千紘は頷く。隣の学生は、納得しきっていない顔をした。


「でも、公式が言うと重くなるじゃん。それでも言った方がよかった?」


「重くなるからこそ、言ったことを次も守らないといけないんじゃないかな」


夕奈はそれ以上続けなかった。学生は考え、スマートフォンを机に置いた。


「次も同じことをするなら、まあ分かるかも」


「私は最初からそう言ってたけど」


千紘が言う。


「今のは後出しでしょ」


二人は別の話題へ移った。誤解は残ったままだった。



その日の夜、三人と玲奈は通常配信前の通話をつないだ。


航平の共有画面には、NOVA3Radio後の反応がまとめられている。


「批判だけではありません。同じマッチにいたという人から『NOVA-3が進路を止めたから最後まで試合ができた』という投稿があり、投稿映像とマッチ履歴も一致しています。話してくれてよかったという反応もあります」


「全部に答えたら終わりませんし、代表かどうかを投票で決める話でもないですから」


「投票で決まったら、航平さんが進行するんですか」


「俺は開票作業の担当に回されます。画面には映りません」


軽口を言ったあと、航平は言葉を切った。夕奈はその間が気になったが、今は聞かなかった。


「ハルの言葉も使われています。言わなければよかったと思いますか」


夕奈は、昨夜の遥真の言葉を思い出した。ちゃんと戦える場所じゃないと、勝っても意味がない。


「思わない」


遥真は画面から目をそらさなかった。


玲奈が共有画面を切り替えた。


「会社から、追加声明を出す案も用意しています」


夕奈の端末に短い文章が表示された。


『NOVA-3は、一般プレイヤー全体を代表する意図で発言したものではありません』


夕奈は一度読み、文書を閉じた。


「追加声明は出しません」


「分かりました。では、通常の活動に戻します」



配信が始まると、NOVA3Radioについて尋ねる言葉が流れた。


『代表発言について説明して』


『カイトの動画見た?』


『昨日の言葉よかった』


『公式が言うことじゃない』


モデレーターは同じ文の連投や中傷だけを止めている。批判そのものは残っていた。


夕奈は一つずつには答えなかった。


「こんゆな。今日は通常ランクです。三人で勝ちにいきます」


それだけ言って、マッチへ入る。


中盤、貨物倉庫で一部隊とぶつかった。相手が投げ物で入口を潰すと、夕奈は無理に越えず別の角度へ回る。遥真が正面を下げさせ、航平が退路を見ている間に撃つ順番を決めた。三人は短く部隊を倒し、物資を取りすぎずに離れた。夕奈はコメント欄を見なかった。


その試合は四位で終わった。終盤、別の二部隊に挟まれ、航平を起こす時間を作れなかった。


夕奈は悔しさの残る結果画面を閉じ、次のマッチ検索を始めた。


そこからさらに五試合を重ねた。この日は三時間の短い枠で、合計六試合を終えた。勝った試合も早く終わった試合も、増減Pとして同じ累計に加算された。夕奈は必要な報告と判断を止めず、コメントについては試合の外で扱った。



配信終了後、航平が先に通話を抜ける準備を始めた。


「明日の台本、今日のコメントを見て少し直して送ります。二人も寝てください」


「航平さんも寝てください」


「俺は人に言った分だけ寝ます」


「それだと少なくないですか」


「細かい計算は明日にしましょう。お疲れさまでした」


航平が通話から抜ける。画面に残った参加者は、夕奈と遥真の二人だけになった。いつもなら、どちらかがそのまま終了の挨拶をする。


「言ったこと、変えたい?」


夕奈は考えた。


批判を見なければよかったと思った瞬間はある。もっと誤解されにくい言い方があったのではないかとも考えた。


夕奈はあの試合の再生画面を思い浮かべ、首を横に振った。


「変えたくないです」


「じゃあ、それでいい」


カイトの動画も、違う受け取り方をする人も消えない。夕奈は通話終了のボタンを見た。押せば、今日の活動は終わる。


「ハルは、もう寝ますか」


「まだ」


「何かするんですか」


「少しだけ」


何をするのか、遥真は言わなかった。夕奈も詳しくは聞かなかった。


「私も課題があります」


「終わってないの」


「提出は月曜です。ハルは何をするんですか」


「射撃場。一マガジンだけ」


遥真の側でゲーム音が戻った。夕奈が参考資料を読み直しているあいだに、短い連射が二度続く。


「二マガジン目です」


「今のは確認」


「何のですか」


「一回目が、まぐれじゃないか」


「それなら三回目も必要になります」


遥真はしばらく黙った。銃声も止まる。


「夕奈、二行目」


夕奈は画面を見た。課題は一行目の途中で止まっていた。


「見えていませんよね」


「キーの音、止まってた」


「ハルの銃声を数えていたからです」


「じゃあ、撃たない」


「練習になりません」


遥真が短く笑った。夕奈は課題の続きへ戻り、今度は一行を最後まで書いた。


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