第41話 野放しにはしない
公開ランク配信の開始前、夕奈たちは配信運営と玲奈を交え、対応方針を確認した。
画面には待機中のYUNAが映っている。コメント欄はすでに動いていたが、通話の音声はまだ配信に乗っていない。
「相手の表示名は読み上げず、不自然な動きがあれば位置と時刻を伝えてください。ゲーム内ログは、運営側でも同時に確認します」
玲奈が画面を共有した。
「倒せそうなら?」
遥真が聞く。
「試合上、倒すべき相手なら戦って構いません。ただし、調査のために追ったり、意図的に攻撃を受けたりする必要はありません」
「俺は時刻と位置だけ、ですね」
航平が言う。
「敵は時計じゃない」
遥真が言う。
「分かってます。見てる途中で数字に逃げない、も追加しておきます」
航平は軽く返したが、机の端に置いたメモ用紙を裏返さなかった。
「三人で戻る」
「そこまで毎回確認されると、俺が一番信用ない人みたいですけどね」
「一回、遅れたから」
「事実をそのまま言うの、強いなあ」
夕奈は配信開始のボタンにカーソルを合わせた。
「始めます」
◇
配信三試合目。
NOVA-3はラウンド3の縮小前に、東部貨物線の管制区へ入った。
高架線路の下に二階建ての整備棟が並び、その中央を四車線の道路が通っている。次のエリアは北東へ寄っていた。中央の管制塔を取れれば、二方向の進路を見下ろせる。
夕奈は二階の窓から周囲を確認した。
道路の北側では一部隊が配送倉庫へ入っている。南東の低地からも銃声が聞こえた。まだ遠いが、移動が重なれば管制塔の周辺で戦闘になる。
「次、塔に入れます」
「北の部隊も狙ってる」
遥真が報告する。
「先に東の渡り廊下を取ります。正面から競争しません」
「了解。スモーク二つあります」
航平の声も落ち着いていた。
三人が整備棟を出ようとしたとき、画面右上のキルログに見覚えのある表示名が流れた。
先日の部隊にいたアカウントだった。
航平は名前を読み上げなかった。
「前の試合と同じアカウント、マッチ内にいます」
「位置は?」
「南東の銃声です。今一般部隊を一人落としました」
南東から管制塔へ向かうなら、低地を抜けて道路へ出る必要がある。NOVA-3と移動先が重なる可能性は高かった。
「塔へ行きます。先に場所を取ります」
三人は東側の渡り廊下へ向かった。
遥真が先頭を走り、夕奈が中央、航平が後方を見る。廊下へ入る直前、南東の銃声が止まった。
「部隊撃破、出ました」
その数秒後、低地から三人の敵が現れた。
敵は管制塔への近道を捨て、大きく西へ曲がり、NOVA-3が出てきた整備棟へ向かっている。
夕奈は西側の壁へパルスセンサーを射出した。短い作動音のあと、一度目の走査が三人の輪郭を拾う。先頭が中央、残り二人が左右。全員がこちらへ向いていた。
次の走査が来る前に、乾いた一発が鳴った。壁に貼りついたセンサーが砕け、表示が消える。
「センサー、壊されました。三人とも西です」
見つけられた側にも警告が出る戦術アビリティだ。射出された方向を見て本体を壊すことは、上位帯なら不自然ではない。夕奈たちが正当に得られたのは、壊されるまでの一瞬だけだった。
「こっちへ来てます」
「塔を捨ててる」
遥真が足を止めた。
北側の一般部隊は、すでに管制塔の一階へ入ろうとしている。だが、敵は塔を見ていない。
「まだ撃ちません。東へ抜けます」
夕奈は廊下の奥へ走り、途中の階段を下りた。そのまま東へ進めば、遮蔽の多い資材置き場へ入れる。
敵がこちらを見失ったなら、渡り廊下の出口を確認してから進路を決めるはずだった。
しかし敵の一人は、夕奈たちが階段を下りる前から東側の道路へ向きを変えていた。
索敵された警告は出ていない。パルスセンサーなら一瞬の輪郭、索敵ウルトなら一度の位置しか取れない。それでも敵の進路変更は、夕奈たちの現在位置へ途切れず追従していた。
「進路、先に変えてます」
航平が言い、録画用のマーカーを押した。時刻まで読み上げかけた口を閉じる。
敵は資材置き場の北側へ回り、NOVA-3が出るはずの通路へ向かっていた。この速度なら、三人より先に着く。
「見えてる」
遥真の声が低くなる。
このまま東の通路へ直進すれば、相手が先に射線を置ける出口へ出る。引き返せば管制塔の南側へ戻れるが、北の一般部隊まで戦闘に巻き込む。
夕奈は道路と資材列の位置を見直した。
中央の道路には遮蔽が少ない。北の管制塔、東の倉庫、西の整備棟から射線が通る。一方、資材置き場の南端には、東まで続くコンテナとコンクリート板の列があった。
現在位置を隠すことはできない。だが、敵が北側から先回りを続けるなら、三人より先に東口へ着くには中央道路を横切るしかない。同じ南側の遮蔽を後ろから使えば撃たれにくい代わりに、追いつけない。
「東へ抜けます。南の資材列をつないで進みます」
「相手には見えたままです」
航平が確認する。
「はい。塔へは戻らず、こちらへ出た敵だけ止めます」
「分かった」
「南口、スモーク入れます?」
「まだ使いません。道路まで隠したら、私たちも向こうを見失います」
三人はコンテナの陰をつなぎ、東へ走った。
敵は夕奈たちが東へ動くのと同時に向きを変え、北側から東口へ走った。最短ルートにも見えるが、管制塔の入口を取られ、他に通れる場所が減っただけかもしれない。
「三人とも来ます。道路へ出る」
航平の報告どおり、先頭が遮蔽の少ない車線へ踏み出した。残り二人も同じ車線へ続く。
北の管制塔から銃声が響く。
一般部隊が道路を渡る敵を撃ち、一人のシールドを割った。
「右、一人割れた。塔から」
遥真がコンカッション弾に切り替え、同じ敵に一発だけ当てた。威力の低い弾が、配送車へ逃げる足をわずかに鈍らせる。
そこへ通常弾を二発重ねる。敵は足を止めて撃ち返し、管制塔からも弾が届くと、配送車の陰へ折れた。体力まで削ったのが遥真なのか、管制塔からの弾なのか、表示が重なって判別できない。
「行けば落とせる」
遥真が東側の柵を越えれば、配送車の裏へ斜めから射線を通せる。
しかし、その先には残り二人がいる。
遥真が追えば落とせるかもしれないが、残る二人に夕奈たちとの合流路を切られる。
「行かないでください」
夕奈は答えた。
「そこに置いておきます。管制塔へ入れなければいいです」
遥真は柵へ寄りかけた足を止めた。
「分かった」
敵は回復するため配送車の陰から出られず、残り二人も遥真の射線を避けて道路の南側へ下がっていく。
「北の部隊、塔へ入りました」
航平が言う。
「俺たちは東へ抜けられます。収縮も近いです」
「東の倉庫まで行きます」
三人は資材置き場から離れた。背後から弾が飛んでくる。
敵は管制塔から撃たれているにもかかわらず、道路の端を走り、夕奈たちの背中に射線を通してきた。
「一発もらいました」
「パック、渡せます」
航平は走りながら、夕奈の進路へシールドパックを落とした。パックは資材の縁で跳ね、夕奈の足元から少し外れる。
夕奈は一度通り過ぎ、二歩だけ戻って拾った。その遅れで航平との間が開き、遥真が北口脇の低い壁へ先に入った。
「敵、道路中央。まだ来てます」
遥真は低い壁から、道路を渡る敵を止めた。管制塔から撃たれているのに、敵は回復せず、倉庫の西窓へ弾を返しながら距離を詰めてくる。
「東倉庫。まだ来てます」
航平は位置だけを言って、録画マーカーを押した。ゲーム内ログは配信運営も同時に見ている。それでも指が時刻表示の上で一度止まった。
「北口から出ます」
夕奈が告げるより早く、航平は倉庫の奥まで戻っていた。
三人が北口へ寄った直後、敵の弾が西側の窓に集中した。窓際には誰も残っていなかった。
三人は倉庫を出て、線路沿いの低い壁まで移動する。
航平がスモークを一つ入れ、敵からの射線を切った。
「今の、映像に残したかったな」
航平が小さく言った。
「でも、航平は残っています」
夕奈が返す。航平は一瞬、黙った。
「その言い方、ずるくないですか」
「事実です」
「夕奈さんまで、ハルみたいな言い方するようになりましたね」
「俺は悪くない」
短いやり取りの間にも、敵は道路を渡ってくる。
南から別の部隊の銃声が重なった。
「後ろ、道路です。二人――三人目も出た」
遥真が線路脇から射線を通す。
「手前を止める」
弾が敵の足元と遮蔽へ伸びた。
先頭の一人が削られ、道路中央で進めなくなる。後ろの二人も詰まり、別部隊からの射撃を受けた。
「右の部隊も撃ってます」
航平が言った。
「これ、合わせてるように見えませんか」
「見えるかもしれません。ハル、離れるまで止めてください」
夕奈が答える間も、遥真は撃ち続けた。
異常な敵の一人がダウンする。
遥真が倒した相手ではない。南側の部隊から撃たれた表示だった。
残り二人は、倒れた味方を起こしに戻らず、西の整備棟へ逃げ始める。
「追えば、二人とも見える」
遥真が報告した。
夕奈は敵の進路と次のエリアを見た。
追えば完全撃破まで届く可能性がある。だが、ラウンド3の境界はすぐそこまで来ていた。東へ進めば次のエリアへ先に入れるが、西へ戻れば物資を失った状態でまた道路を渡ることになる。
「追いません。北東へ入ります」
「了解」
遥真は一度だけ逃げる敵に照準を残し、それ以上は撃たなかった。
航平も時刻を追加せず、夕奈の後ろへ続く。三人は同じ方向へ走った。
◇
その後、キルログに同じ表示名は出なかった。
NOVA-3は北東の住宅区へ入り、ラウンド5まで三人生存で残った。
残り四部隊。
道路での戦闘を避けて遠回りしたため、物資には余裕がない。遥真がAKの弾数を開くと、予備は次の弾倉一つ分しかなかった。航平も最後のスモークを選択欄へ出し、使うかどうかを決められずに戻した。
「北の建物、二部隊やってます」
航平が報告する。
「東の高所に一部隊。俺たちを見てる」
遥真が言う。
北の戦闘が終わる前に低い倉庫へ入れれば、最後まで残れる。しかし東の高所から射線が通る。残ったスモークを使えば移動できるが、そのあとの戦闘では射線を切れない。
夕奈は判断に迷った。
「北へ――」
言った瞬間、東の高所から弾が飛んできた。
遥真のシールドが割れる。
「東、撃ってきた。二人見える」
航平が最後のスモークを投げた。白い煙が三人の前へ広がる。
「渡ります」
三人は倉庫へ走った。
だが、スモークの端を抜けたところで、北で撃ち合っていた一部隊が、三人生存のまま建物から出てきた。
「正面、三人」
夕奈がSMGを撃ち、一人を大きく削る。遥真も弾を合わせたが、装填していた分を撃ち切った。
「リロード」
最後の予備弾を装填する。
航平が右へ回った敵を止めようとした。もうスモークは残っていない。
夕奈のシールドが割れ、航平が先にダウンした。遥真は一人を倒したが、リロード直後に別角度から撃たれる。
最後まで立っていた夕奈も、倉庫の入口で体力を削り切られた。画面に敗北の表示が出る。四位。
「最後、私が遅かったです」
「俺、最後の前から弾が足りてなかった」
遥真が言う。
「スモーク、一本前で使わなくてもよかったですね。投げた本人が言うのも何ですけど」
航平も結果画面を見ていた。
最後にNOVA-3を倒したのは、エリアへ先に入り、夕奈たちの移動に合わせて出てきた部隊だった。最後の移動では、その部隊の判断が夕奈たちより早かった。
◇
数日後、デルタフィールド運営から告知が出た。
複数のアカウントに規約違反となる不正行為が確認され、利用停止措置を行ったという短い内容だった。
表示名も個別の行為も公開されていない。NOVA-3の名前もなかった。品川の会議室で告知を確認した航平は、最後まで画面をスクロールした。
「俺たちの資料も使われたんですか」
「個別の調査内容は回答できないそうです」
玲奈は告知画面を閉じた。
「一般プレイヤーからの報告や配信映像、ゲーム内の記録を合わせて判断した、とだけ聞いています」
「俺たちが報告した表示名は、全員分ですか」
「提出一覧との対応も非公開です。皆さんの疑いがすべて正しかった、という発表ではありません」
航平は告知をもう一度最後までスクロールした。自分が作った表も、途中で読み上げるのをやめた時刻も、表示名も載っていない。スクロールが最下部へ当たっても、指だけがもう一度下へ動いた。
遥真は告知ではなく航平の提出一覧を見た。
「消す?」
航平のカーソルが、削除ではなく閉じるボタンへ移った。
「まだ消せません。だから、外には出しません」
会議が終わっても、航平は提出用の資料ファイルを削除しなかった。名前だけを変え、記録用のフォルダに移した。
◇
その日の夜、NOVA-3は通常のランク配信を行った。
特別な企画はない。不正利用への対応を大きく取り上げることもなく、三人はいつもどおりマッチへ入り、勝つために話した。
一試合目は七位。二試合目は、夕奈が移動先を変えるのが遅れて十位だった。
三試合目では、航平が「左」と言った直後に夕奈が聞き返した。返事の二秒で左の部隊が道路を渡り、遥真の戻る道を取った。
NOVA-3は高架下で挟まれ、また負けた。敗北表示が出ると、夕奈は録画を二秒だけ戻した。
「今のは、私です」
航平は言い訳を足さず、遥真は次のロビーを開いた。
「夕奈さん、これ」
航平が一つのコメントを読み上げる。
『この前、同じマッチにいました。最後まで普通に遊べました』
航平は読み終えても、次のコメントへ移らなかった。夕奈はマイクへ少し近づいた。
「それなら、よかったです」
遥真が先に準備完了を押した。夕奈も続き、航平のアイコンが最後に点灯する。コメントはもう流れていたが、夕奈の口元は緩んだままだった。




