第39話 壁の向こうの照準
公開ランク配信を始めて四試合目、NOVA-3はラウンド3の縮小前に、旧浄水施設の管理棟へ入った。
二階建ての建物には、北側の正面入口と南側の搬入口がある。次のエリアは南東へ寄っていた。長く守る場所ではないが、回復と弾を整えてから移動するには使える。
夕奈は二階の窓から周囲を見た。北の道路には放置車両が並び、その先に低い倉庫が三棟ある。銃声は遠く、すぐ近くに部隊がいる気配はなかった。
「南、先に見ます」
「俺、北」
「一階まとめます。パック余ってる人います?」
夕奈が搬入口へ下りようとしたとき、画面右上のキルログに、見覚えのある表示名が流れた。
撃破イベント終了後の通常配信で、倉庫から進路を変えたNOVA-3を追ってきた部隊。その中にいたアカウントだった。
上位帯では、同じ時間帯にマッチングすれば、数試合後に同じ表示名を見ること自体は珍しくない。
航平も気づいた。
「同じ名前、います」
航平はコメント欄を隠した。
「断定はしません。普通に見ます」
同じ表示名だけで不正とは断定できない。人数、位置、射線、耐久、物資。判断に使うものは普段と変わらない。
遥真が北の窓から離れた。
「一部隊、道路の向こう。三人」
「こっちは撃ってません」
敵は倉庫の間を通り、管理棟へ近づいていた。ところが道路を渡る直前で向きを変え、管理棟だけを避けるように東側のフェンスへ回った。
夕奈たちは銃声を出していない。窓から長く顔も出していなかった。
航平は二階北側の窓枠へ移り、倉庫の間にいる敵の上半身だけを画面に残した。自分は動かず、建物内の二人と外の敵を同時に見る役に回る。
夕奈が南の搬入口へ寄ると、航平の画面に映る敵の一人も南側へ銃口を振る。遥真が代わって壁際を移動すると、外の銃口が、遮蔽の向こうにいる遥真をなぞるように横へ滑った。
「照準、ハルについてます」
航平が報告する。
遥真は壁の内側を右へ動き、足を止めた。外の照準も同じ位置で止まる。
「撃って確認できる」
遥真の照準は、敵が遮蔽から出る場所に合っていた。
撃てば一人の位置と装備は分かるが、正面へ出れば敵が待っている形になる。
「まだ出ないでください。正面へ行ったら、向こうの形です」
「分かった」
遥真は敵を照準に入れたまま、撃たなかった。
航平が画面端の録画タイマーへ目をやる。
「十八分四十二――」
「時刻はあとで拾えます。今は敵を見てください」
夕奈に止められ、航平は最後まで読み上げなかった。配信映像にはタイマーも敵の動きも残る。それでも航平の視線は、敵より画面端の数字へ何度も戻った。
夕奈は搬入口から外を確認した。
「十分です。ラウンド3縮小まで五十秒。南から抜けます」
北の道路を使えば敵の正面へ出る。南の斜面を下って排水路へ入れば、射線を切ったまま次のエリアへ近づける。
夕奈が扉を開け、斜面へ滑り出た。外へ出た瞬間にも弾は飛んでこない。敵から見えにくい角度だった。
「航平、戻ってください。南から出ます」
「あと一回だけ見れば――」
返事と足音が、夕奈の予想より半拍遅れた。航平は搬入口へ向かわず、一階東側の細い窓へ寄っている。
もう一度、敵の照準が壁越しについてくる場面を残すつもりなのだと、夕奈には見えた。ただ、航平自身がそれを確認のためだと思ったのか、さっき見た動きが偶然ではないと証明したかったのかまでは分からない。
「航平、出ないで」
航平のキャラクターが窓枠へ届く前に、外から銃声が走った。
最初の弾でシールドが大きく削れ、続く連射で割れる。航平はまだ敵を画面に入れていない。
「撃たれてる、東――」
報告が終わる前に体力が消え、航平は窓の下へ崩れた。
ダウン表示が出る。
敵は、航平が顔を出す場所に先に照準を置いていた。航平が残したかった映像は増えた。けれど、それが不正の証明になったのか、ただ読まれた失敗になったのかは、倒れた画面からは分からない。
「詰めてくる。東一、北二」
遥真が管理棟の角から撃ち返した。東の一人へ数発が入り、敵はシールドを削られたまま道路脇の車両へ下がる。北の二人は、正面入口へ渡る道路上に、まだ出ていた。
「撃てる。あいつは落とせる」
航平を撃った敵が、東のフェンス沿いを走っている。遥真の位置からなら背中が見える。追えば、一人は倒せるかもしれない。
だが、北側の二人も動いていた。遥真が東へ出れば、夕奈と航平のいる管理棟へ戻る道を切られる。
夕奈は斜面から引き返した。
「ハル、戻って。航平を起こします」
遥真の銃口が敵を追った。一発だけ撃ち、車両の後ろへ外す。
「……届かない」
二発目を撃つ代わりに投げ物へ切り替えた。東の窓へ投げたスモークは窓枠に当たり、室内側へ多く転がる。航平の体は隠れたが、外の敵から見える窓の端には薄い隙間が残った。
「正面見る。夕奈、行って」
夕奈は管理棟へ戻り、煙の中へ滑り込んだ。
航平は窓の下に倒れている。敵の弾が煙を抜け、壁と床を叩いた。姿が見えなくても、位置を予想して撃ち込んでいる。東の一人は車両の陰でフルシールドパックを使い始めた。
夕奈は航平の横へしゃがみ、起こし始めた。表示の進みより、煙の薄くなる方が早く見えた。
遥真が北の入口に弾を置く。詰めようとした敵が遮蔽へ戻る。
北から投げ物が入り、入口脇の階段で警告が点滅した。遥真は角を離れる。爆発が入口を塞ぎ、投げた側も煙と炎が消えるまでは同じ扉へ入れない。
警告音と同時に、東の一人が回復を中断し、窓へパルスセンサーを撃ち込んだ。一度目の走査が、起こしている夕奈と倒れた航平を短く縁取る。遥真が本体を撃って二度目は止めたが、最初の情報は消せない。敵は起こしを確認し、回復を終え切らないまま車両の陰から走り出した。
「右、起こし見られた。来る」
「まだ終わりません」
「止める」
遥真は入口の爆発が薄れた瞬間に東へ照準を振り、短く撃った。一発は煙へ消え、次の弾でシールドに当たる音がした。走ってきた敵は窓の外で止まる。北の二人も入口へ戻ったが、投げた炎がまだ自分たちの足元を塞いでいた。
煙が薄くなり始めた。夕奈は手を離さなかった。復帰の表示が出る。
航平を起こしきった。
「動けます」
「南へ。回復は排水路でします」
航平は起こされた直後の少ない体力のまま、床を蹴った。遥真が残っていたスモークを搬入口へ投げる。煙は斜面の途中で開き、管理棟との間が完全にはつながらない。夕奈が先に走り、航平は少ない体力のままその切れ目を渡った。遥真が最後に出たとき、背中へ一発受ける。
背後から弾が追ってきた。夕奈のシールドが二十五削れる。航平にも一発当たったが、倒れない。
三人は排水路へ飛び込み、低い壁の陰まで走った。
「追い、二人。上に残り一人」
「撃ち返しません。曲がって射線を切ります」
排水路は途中で右へ折れている。三人は二つの角を使い、敵から見えない位置まで下がった。
追ってきた足音は、最初の角で止まった。遠くで別の銃声が重なり、敵の一人がそちらへ照準を変えるのを遥真だけが見た。NOVA-3がうまく逃げ切ったから止まったのか、もっと近い獲物を選んだのかは分からない。
夕奈たちは管理棟を手放した。スモークも二つ使い、航平を戻すために遥真の弾も減っている。三人のアイコンは生存色のままだった。
◇
次の建物へ入るまで、誰も管理棟での判断には触れなかった。
夕奈は入口を閉め、窓の角度を確認した。遥真が二階を見る。航平は奥の部屋でメディカルキットを使い、そのあとフルシールドパックを巻いた。
戦闘中なら待てなかった回復を、安全な場所でようやく使えた。航平の手元では、メディカルキットを持つキャラクターの腕が小さく震えている。
「北、来てない」
夕奈は入口のロック表示から手を離した。
航平の回復バーが満ちた。起き上がるなり、航平は録画時刻を口にした。
「今の映像なら、さっきよりは確認してもらえます」
夕奈はすぐに返さなかった。次のエリアと移動路を確認し、敵が近くにいないことを確かめてから口を開く。
「映像を残すために、航平が倒される必要はありません」
航平は答えなかった。
配信中だった。視聴者も聞いている。夕奈は責める言葉を増やさなかったが、なかったことにもできなかった。
「撤退の指示は聞こえていましたよね」
「聞こえてました」
「なら、戻ってください」
航平のキャラクターが、その場でわずかに向きを変えた。
「もう一度動けば、さっきの追従と同じ条件で残せると思いました」
「その結果、倒されました」
「でも、映像は残りました」
遥真が二階から下りてきた。
「三人で残せばいい」
航平はすぐに返す。
「三人で壁際を歩いたら、普通に全滅しますよ」
「そうじゃない」
遥真は階段の途中で足を止めた。
「一人で残るなってこと」
航平は黙った。夕奈は返事を待ったが、航平が口にしたのは、また手順の話だった。
「次は、倒されない位置で――」
「次を作らないでください」
夕奈は遮った。
「相手がまた同じ動きをしたときに残る映像で十分です。航平さんが条件を作る話ではありません」
航平は「分かりました」と言わなかった。キャラクターを出口へ向けただけだった。
「移動します。東は使いません。南の岩場から先に入ります」
三人は建物を出た。
その後、見覚えのある部隊とは交戦しなかった。
物資を多く失ったNOVA-3は、終盤の戦闘で高所を取り切れず、六位で試合を終えた。チャンピオンには届かず、異常な敵を倒すこともできなかった。
管理棟から三人で離れたNOVA-3は、最後まで試合を続けた。配信終了の挨拶を終えると、航平はすぐに録画を開いた。
「該当箇所、切り出します。十八分台と、俺が倒れたところです。配信側の時計だと少しずれてるかもしれません」
玲奈の声が通話へ入る。
「今日は配信運営側で行います。早坂さんは休んでください」
「俺が見た方が早いです」
「速さより、今後も活動を続けられる状態を優先してください」
航平は少し黙った。
「分かりました」
玲奈は配信運営のスタッフへ録画確認を引き継ぎ、三人には共有画面だけを残した。
航平は切り出し用の操作権が消えた画面を一度クリックした。反応はない。口の奥で何かを噛み、手を膝に戻した。
切り出す範囲を確認するため、管理棟へ入る少し前から映像が再生される。
NOVA-3が南へ抜けた直後、遥真の画面の端に、東側へ向きを変える敵が一瞬だけ映っていた。
その先では銃声が始まっている。工業区の端で、公式マークのない部隊同士が戦っていた。
NOVA-3を見失い、近い銃声へ向かっただけかもしれない。キルログから人数差を読んだ可能性もある。
敵の足は、工業区へ着くまで一度も止まらなかった。
数秒後、見覚えのある表示名がキルログに出る。
最初の一人が灰色に変わり、別の表示名が間へ挟まった。そのあとで二人目、少し遅れて三人目が消える。誰が最初に撃ったかも、キルログだけではつながらない。
夕奈は停止ボタンを押した。航平だけが、その時刻を自分のダウンより先にメモへ移す。
「そっちからなんですね」
「俺たちより先に倒れた方からです。向こうの録画があるかは、分かりませんけど」
航平は自分たちの時刻を、二行目へずらした。




