第37話 嫌われる理由まで選べない
昨夜、夕奈が進行表の余白に書いた文章は、翌朝には会社の回答案として整えられていた。
回答案には、撃破イベントへの感謝と、勝敗を操作せず公平に試合を行ったこと、寄せられた意見を受け止めることが並んでいた。誰も責めない正しい文章に、次の試合で自分が何をするのかだけが書かれていなかった。
「沢渡さん、音声確認をお願いします」
操作スタッフに呼ばれ、夕奈は顔を上げた。
「NOVA-3のYUNAです。本日はよろしくお願いします」
正面のモニターで、YUNAの口が夕奈の声に合わせて動いた。
今日の合同振り返り番組には、NOVA-3だけでなくSONELIAとAURAVEXも参加する。
画面には九人のアバターが並ぶ予定だが、撃破イベントについて主に話すのは三人だった。
NOVA-3から夕奈。SONELIAから神谷莉央、活動名はRIO。AURAVEXから紗月。
遥真と航平は、夕奈の左右に座っている。
航平は進行表に細かく印をつけていた。YUNA、RIO、紗月の発言欄には名前と時刻、自分の欄には「補足」だけ。遥真は回答案に一度だけ目を通すと、紹介映像の確認へ戻っている。
「ハルは、もう確認しなくていいんですか」
「俺が話すところ、短いから」
「短くても、言い方は確認した方がいいと思います」
「来た相手には勝つ、で合ってる?」
「内容ではなく、言い方の話です」
隣から航平が口を挟んだ。
「会社が一晩かけて整えた文章を、七文字まで圧縮しましたね」
「七文字?」
「そこは数えなくていいです」
夕奈は、握って折れた回答案の角を親指で何度か伸ばした。
「間もなく始めます」
照明が落ち、配信開始のカウントが進んだ。
◇
「こんばんは。撃破イベント合同振り返り番組へようこそ」
進行役の司会者が三チームを順番に紹介する。コメント欄には、番組開始直後から多くの言葉が流れていた。
『NOVA-3勝ちすぎ問題やるの?』
『SONELIAを倒した人たち、強かった』
『AURAVEXの話も聞きたい』
歓迎する言葉だけではない。今日はNOVA-3だけでなく、三チームの選択が同じ場所で問われていた。
最初に、限定報酬を獲得した部隊が紹介された。
SONELIAを倒し、そのままチャンピオンを取った三人。
AURAVEXを早い段階で落とし、終盤の戦闘を勝ち切った部隊。
ほかの公式契約チームを撃破し、最後まで生き残った参加者たち。
NOVA-3が参加した試合から、報酬獲得者は出ていない。その事実が表示されると、コメントの流れが速くなった。
『NOVA-3だけ難易度高すぎ』
『公式チームが強いのは普通でしょ』
『販促イベントなら取らせる試合も必要だったのでは』
夕奈は回答案の端に指を置いた。まだ、自分の番ではない。先に映されたのは、SONELIAが敗れた試合だった。
建物の二階を先に取った参加者の部隊が、階段と出口に三方向から射線を通している。SONELIAは一人を起こす場所さえ作れず、そのまま全滅した。
しかし相手は、そこで満足しなかった。早くエリアへ入り、最後の戦闘も勝ち切っている。
「負けたあと、すぐに相手の動きを紹介していましたね」
司会者が莉央に尋ねた。
「悔しかったですよ。二階にいると分かっていたのに入ったので、完全に私たちの失敗でした」
「でも、負けたから配信を終わらせたら、相手がどう勝ったのか残らないと思ったんです」
「SONELIAは、イベントの見せ方がうまいという反応もありました」
「その代わり、本気で悔しがっていないように見えたという意見もありました」
莉央はコメント欄を見た。
「相手を紹介すれば接待だと受け取る人がいる。悔しいと言えば、勝った人を祝っていないように受け取る人もいる。どう受け取るかまで、私たちには決められませんでした」
◇
続いて、AURAVEXの過去の企画映像が流れた。
一般参加者を攻撃する理由を、紗月が配信で説明している。
『相手の一人が味方から離れています。こちらは三人とも射線を通せるので、先に倒します』
専門用語は混じらず、初心者にも敵味方の位置関係が追える。
しかし、説明の途中で背後から足音が近づいていた。
紗月が最後まで話そうとした一拍の間に、AURAVEXの一人が撃たれる。そのまま二つの部隊に挟まれ、全滅した。
「説明に集中して、足音の報告が遅れました」
紗月は隠さず言った。
「試合後は三人で言い合いになりました。視聴者に伝えるために負けるのか、説明しなければ本気でやっていると伝わらないのか」
「そのときは、どうしたんですか」
「次から、試合中は必要な報告を優先しました。説明は、戦闘が終わってからにしました」
それだけ言って、紗月は夕奈のいる画面へ視線を向けた。
「莉央は、あのコメントを読んだあとも笑っていましたね」
「止めると、悔しいより先に泣きそうだったから」
莉央は自分の頬を指で押し上げ、すぐに手を下ろした。紗月はそちらを見たが、慰めるようには笑わなかった。
「私は、負けた配信でうまく笑えなかった」
「そのくせ、あとで無理に笑ったところだけ切られて『接待』って言われた。今でも腹が立つ」
進行役は次の質問カードへ伸ばした手を止め、紗月の続きを待った。
「だから私は、試合で何を見て、どう動いたのかだけは説明します。それ以上は、見た人が決めることです」
「私は、勝った人がすごかったと、そこまで言います」
莉央が言う。紗月は頷かなかった。
「そこは同じじゃない。私は、自分たちが見たものまでしか言えない」
莉央はコメント欄へ視線を戻した。
◇
「では、NOVA-3は今後、どう戦っていきますか」
司会者に名前を呼ばれ、夕奈は回答案へ目を落とした。
撃破イベントへご参加いただき、ありがとうございました。
最初の一文は、このまま読める。会社が守ろうとした線にも意味はある。夕奈は感謝の文だけを残し、回答案を裏返した。
「イベントに参加してくださった皆さん、ありがとうございました」
感謝だけは、迷わず伝えた。
「私たちを倒すために、降下地点や移動経路まで調べてきた部隊がいました。航平さんを起こして三人に戻れていなければ、負けていた試合もあります」
航平が少しだけ顔を上げた。
「それでも、NOVA-3が参加した試合から、限定報酬を取った部隊は出ませんでした」
言いにくい事実も隠さなかった。
「私たちは、次も勝ちにいきます」
コメント欄が動く。
『結局変えないの?』
『それでいい』
『続きがあるでしょ』
夕奈は流れる文字から目をそらさなかった。
「イベントだから負けることもしません。応援してくれる人だから戦わない、ということもしません」
「その代わり、勝ったことだけで終わらせません」
隣の二人を見る。遥真は続きを待っている。航平も、裏返された回答案ではなく夕奈を見ていた。
「相手がどう戦ったのか、私たちが何をされて苦しかったのかも伝えます。倒した部隊を、報酬を取りに来ただけの相手にはしたくありません」
「相手が、それを残してほしくない場合は?」
紗月の声が入った。進行表にはない問いだった。
「配信をしていない人の動きを公式チームが詳しく扱えば、望んでいない注目まで集まります。表示名を伏せても、同じ試合にいた人には分かることがある」
夕奈は、用意していない答えを探した。
「本人が嫌だと分かったときは、使いません」
「分からないときの話です」
紗月は引かなかった。司会者の手元で、次のコーナーまでの残り時間が赤く点滅する。
「私は、全部を紹介するとは言えません」
夕奈は言い直した。
「何を残すかは、その試合ごとに三人で考えます。今ここで、誰にでも同じ答えは出せません」
航平がマイクへ近づいた。
「説明しない方がいい場面を、俺たちはまだ判断できていません。戦闘中の報告より配信向けの説明を優先しない、というところまでです」
司会者が遥真を見る。
「HAL選手も、まだ決まっていない?」
「来た相手には勝つ」
遥真は正面のカメラへ顔を向けた。
「そのあと何を見せるかは、二人と同じとは限らない」
司会者は一度だけ進行スタッフを見た。イヤホンへ指示が入り、結論をまとめずに次のコーナーを告げた。
◇
番組が終わるまで、コメント欄の意見は割れたままだった。納得できないという意見も残ったが、夕奈は回答案を表へ戻さなかった。
「配信終了です。お疲れさまでした」
スタッフの声が入り、画面が待機表示に切り替わる。イヤホンを外すと、空調音が急に大きく聞こえた。夕奈は裏返した回答案を元に戻し、進行表と重ねた。
「勝つところまでは、分かりやすかった」
隣から遥真の声がした。
「用意されていた文章よりですか」
「うん」
「どこが?」
遥真は録画を止め、夕奈の方へ椅子を向けた。
「次の試合で、夕奈が何をするかは分かった」
「ハルも、同じことをするんですよ」
「分かってる」
「俺も同じ試合にいますからね」
航平が書類を鞄に入れながら言った。
「映りにくい役には慣れましたけど、いないことにはしないでください」
夕奈は航平を見る。
「しません。航平さんは、何を残したいですか」
航平はしまいかけた進行表を出し、紗月の問いが入った時刻の横へ何か書き始めた。
「何と書くんですか」
「『本人に聞けないとき』です。まず、そこから考えます」
夕奈が続きを尋ねる前に、スタッフが次の収録で部屋を使うと告げた。遥真は椅子を戻し、航平は書きかけの行を鞄へ入れた。
廊下へ出ても、夕奈の質問に答える者はいなかった。莉央は別のスタッフに呼ばれ、紗月は反対側のエレベーターへ乗った。
◇
撃破イベントが終わって三日後、NOVA-3は通常のランク配信へ戻った。
限定報酬はない。参加時間帯の告知もない。配信には、普段どおり遅延が設定されている。
公式マークを見つけた相手が追ってくる可能性はあるが、イベント中のように何部隊も進路を変えて集まる理由はなかった。
ラウンド2。
次のエリアは、湾岸物流区の北側へ寄っている。
NOVA-3は線路沿いを進み、エリア内にある二階建ての倉庫を目指していた。
「倉庫、扉が開いています」
航平が先に気づいた。
「足音ある」
遥真が二階窓へ照準を向ける。
赤い装甲を使った敵が一瞬だけ顔を出し、すぐに身を引いた。
正面と二階。さらに裏口にも気配がある。
すでに一部隊が待っている。
「入りません。西へ回ります」
夕奈は進路を変えた。
倉庫は強い位置だが、無理に奪う必要はない。西側の低い建物を経由すれば、エリアの端から次の場所へ入れる。
「線路下を通れます」
航平の提案で、三人は倉庫から射線が通らない側へ回った。
銃声は追ってこない。
敵が倉庫を守るつもりなら、それで終わるはずだった。
線路下を抜け、西側の事務棟へ近づく。遥真が足を止めた。
「いる」
二階窓から、先ほどと同じ赤い装甲が引っ込む。
その右側には、白いヘビーシールドを着た別の敵もいた。倉庫の裏口に見えていた相手と、キャラクターと武器の組み合わせが同じだった。
「さっきの部隊ですか」
「二人、同じ構成」
敵が先に倉庫を離れ、西側へ移動した可能性はある。
エリアを考えれば、不自然だと断定はできない。
「南へ変えます」
夕奈はもう一度進路を変えた。
今度は道路へ出ず、建物の裏にある狭い通路を使う。倉庫からも事務棟からも見えない道だった。
三人が通路へ入ってから、数秒後。航平が低い声で言った。
「今の進路変更、配信にはまだ出ていません」
「遅延より早い?」
「はい」
航平は別のモニターで配信時刻を確認した。視聴者の画面では、NOVA-3はまだ事務棟へ近づいている。現在の進路は映っていない。
夕奈は通路の出口へ近づかず、壁の内側で止まった。
遥真だけが十メートル手前のフェンスの切れ目に残り、出口の先にいる赤い装甲を斜め後ろから見ていた。敵から夕奈までは建物の壁が二枚ある。遥真は配電箱の端から視点を少しだけ出し、動かずに敵の上半身と銃口を画面に残している。
「赤、出口を見てる」
「私、壁の中で動きます」
夕奈が右へ二歩動く。
「銃口、右」
夕奈が止まる。
「止まった」
左へ戻ると、遥真の画面に映る銃口も同じ幅だけ戻った。
「今の、見えてないと追えない」
「まだ一回です。時刻は残します」
航平が録画キーを押したところで、リング収縮の警告が鳴った。出口の先では、赤い装甲がこちらへ照準を置いたまま動かない。
「ここ、出ないと」
「赤を下げる」
遥真がフェンスの切れ目から撃った。夕奈は最初の銃声に重ねて出口へ走った。




