第36話 勝ちすぎる販促チーム
撃破イベント二日目。配信開始まで、あと三分。
夕奈は昨日のアーカイブを閉じ、接続確認の画面へ戻った。勝利した試合を開いたはずなのに、見ていたのは途中で置いてきたデスボックスと、遥真を呼び戻す声が遅れた場面だった。同じ場所を三度止め、どれが今日の役に立つのか分からないまま再生を閉じた。
「夕奈さん、接続大丈夫ですか」
ヘッドセットから航平の声が入る。
「大丈夫です」
「声が少し遠いですけど、機材じゃなくて本人の問題ですか」
「昨日のコメントを見ていました」
航平はコメントの内容へ触れず、ゲーム音、アバター、遅延、コメント欄の低速モードを順番に確認していく。
「ハルは?」
「いる」
「今日は、昨日より狙われると思います?」
「多分」
「予想ではなく、覚悟の確認になっていますね」
夕奈のカーソルは、配信開始ボタンの上で止まっていた。
昨日NOVA-3を倒した部隊は、チャンピオンを逃した。今日も降下地点と移動経路を調べた人たちが来る。手を抜く理由は見つからないまま、配信開始の表示が出た。
「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。今日も一試合ずつ、ちゃんと勝ちにいきます」
挨拶を言い終えると、「勝ちにいく」だけが一拍遅れてヘッドセットへ返ってきた。
◇
二日目の三試合目、その終盤。残り五部隊。ラウンド5のエリアは、湾岸排水区の北側へ寄っていた。
NOVA-3は低いコンクリート壁と排水管の間に入り、正面と右側の射線を切っている。
次のエリアへ入るには、遮蔽物の少ない通路を渡らなければならない。
「北の建物、一部隊。左奥でも戦闘中です」
航平が報告する。
「右、来る」
遥真の声と同時に銃声が重なった。
排水管の上から、航平へ弾が降る。
ミディアムシールドが一気に割れた。
「右上、一人。下にもいます」
航平が壁の内側へ戻ろうとしたところへ、投げ物が入る。
爆発で体力まで削られ、航平のキャラクターが倒れた。
「ダウンしました」
敵はすぐには詰めず、航平まで通る射線を残していた。起こしに出れば撃たれる形だ。
「手前二人。奥に一人」
遥真が短く撃ち返した。
「右上、半分」
航平までの距離は近い。けれど今すぐ起こしに行けば、排水管の上と正面から撃たれる。
助けるか、置いていくか。その二つを考えた時点で、航平がすでに荷物のように見えてしまい、夕奈は自分に腹が立った。敵が残した射線は見える。射線の奥にいる人数までは分からない。
「まだ起こせません。右上を止めます」
「撃てる」
「お願いします」
夕奈はマークスマンのサイトをのぞいた。
排水管の上にいた敵が、ダウンした航平に照準を合わせる。このまま確定されれば、二対三になる。
夕奈が先に撃った。
一発目がシールドに入る。
敵の照準が夕奈へ向く。
二発、三発。
「割った」
「合わせる」
遥真の弾が横から入り、敵が排水管を降りる前にダウン表示が出た。
「正面二人、来ます」
航平は倒れたまま足音を聞いている。
「一人は壁の右。もう一人は、たぶん排水路です。倒れてると音が近く聞こえます」
「ハル、右を止めて。私は航平さんを起こします」
「分かった」
夕奈は航平の周囲へスモークを投げた。缶は排水管へ当たり、航平より少し手前で煙を開く。隠したかった場所との間に、薄い切れ目が残った。
煙越しに弾が飛んでくる。シールドを削られたが、まだ割れていない。
航平の隣へしゃがみ、復帰動作を始める。
煙の上で、小型ローターの音が鳴った。敵の索敵ドローンが白煙へ入り、赤いレンズが夕奈と航平を捉えた。
「ドローン、上」
遥真が小型機を撃ち落とす。視界を奪っても、その直前に見られた位置へ足音が真っすぐ近づいてきた。
「排水路、近いです」
「まだです」
煙の中へ敵の影が入った。
動作を止めれば、航平は戻れない。続ければ、夕奈が先に撃たれる。どちらが正しいか考える時間はなく、夕奈は復帰キーを押した指を離せなかった。
「来ます」
「見えてる」
遥真の射撃が煙の外から入った。
敵の足が、一瞬だけ止まる。
その間に復帰動作が完了した。航平が起き上がる。
「起きました。パックは――」
航平は回復を選びかけ、煙の切れ目に敵影が出たため武器へ戻した。
「左、一人です」
夕奈は航平の前へ出た。
煙から飛び出した敵へSMGを撃つ。相手も撃ち返し、夕奈のシールドが割れた。
「割りました。肉です」
「落とします」
航平は回復できないまま、ランサーを撃った。
敵が壁へ戻る前に体力を削り切り、二人目のダウン表示が出る。
右側では、遥真が最後の一人を排水管の裏へ追い込んでいた。
「一人です」
「三人で――ハル、待って」
夕奈はパックでシールドを二十五だけ戻した。航平の体力も、まだ半分ほどしかない。夕奈が人数表示の三対一を確認したときには、遥真が右の排水管へ半歩出ていた。
夕奈は左へ回ろうとしたが、壁際の水たまりで敵の足音を一度失った。航平は正面に残り、遥真が右から撃つ。決めた三方向というより、さっきいた場所からそれぞれ動いた結果だった。
敵は遥真の側へ逃げると見せ、急に航平へ撃った。シールドのない航平の体力が、さらに削られる。
その横から遥真の弾が入る。夕奈の照準は一瞬遅れ、敵が倒れたあとで引き金を離した。
部隊撃破の表示が出る。
「倒しました」
航平が息を吐いた。
「俺を餌にした作戦としては、よく釣れましたね」
「途中までは、置いていく方も考えました」
夕奈が言うと、航平の返事が止まった。
「でも、戻った」
遥真が代わりに言った。
「起こしてもらったので、今回はそういうことにしておきます。次も戻れるとは思わないでください」
冗談の形だったが、夕奈はすぐ笑えなかった。
三人はデスボックスから弾と回復だけを取り、北の建物へ移動した。
その試合で、NOVA-3はチャンピオンを取った。
◇
夕奈が勝利を告げるより早く、コメント欄には別の言葉が流れた。
『報酬を取らせる気ないじゃん』
『公式チームが一般プレイヤーを潰す企画なの?』
個人への中傷ではない。モデレーターも消さなかった。
「俺を助けて三人で勝った試合も、外から見れば一般プレイヤーを潰した結果だけなんですね」
航平の記録用メモには、夕奈がすぐ起こさなかった場面と、遥真が煙へ撃った場面が残っていた。自分が起きたあとの欄は空いている。そこへ「回復をやめた」と書き、少ししてから消した。
夕奈は返事を探した。
「撃たなかったら、相手にも失礼だと思う」
遥真は、そのまま続けた。
「倒しに来たのに、こっちが勝たないようにしたら、勝負にならない」
「はい」
夕奈は説明を入力しかけ、コメント欄ごと閉じた。
「次、行ける?」
遥真が尋ねる。航平は空いたままの自分の記録欄を埋めてから答えた。
「行けます。胃も、まだ公式基準内です」
夕奈はコメント欄を隠し、待機画面のボタンへ手を伸ばした。
「少し休憩を入れます」
配信画面を待機表示に切り替える。音を切ったあとも、コメント欄は流れ続けていた。
◇
開催中、NOVA-3は何度も狙われた。初動で三部隊に囲まれた試合も、終盤の高所から動けなかった試合も、普通に負けた。NOVA-3を倒した部隊は、そのどの試合でもチャンピオンまで届かなかった。
終盤には『限定報酬を阻み続ける公式チーム』という切り抜きが伸びた。そこには追い詰められた時間より、挑戦者が倒れる瞬間が長く並んでいた。
◇
イベント四日目の夜、夕奈はSONELIAの配信アーカイブを開いた。画面の中では、神谷莉央がSONELIAの敗北した試合を振り返っていた。
『ここ、相手の人が先に建物を取るのが早かったです。私たちは一階から入ったところを全部見られていました』
その部隊は、SONELIAを倒したあとも生き残り、最後にチャンピオンを取っていた。莉央が最初にどこまで相手を見抜いていたのかは、編集されたアーカイブだけでは分からない。
画面には、限定報酬を獲得した三人のプレイヤーネームが表示される。
『おめでとうございます。悔しいですけど、最後まで勝ったのは本当にすごいです』
莉央は明るく言い、悔しさも隠さず、相手が勝った時間を配信の中に残した。夕奈には、その両方を同じ声で言えることが少し羨ましかった。
別の試合では参加者を容赦なく倒したSONELIAへ、コメント欄はNOVA-3と反対の言葉を投げていた。
『NOVA-3と比べると本気に見えない』
『接待みたいに見える』
夕奈は再生を止めた。相手を倒す場面にも「接待」が流れている。再生バーを戻しかけたが、聞き直しても莉央がどう受け止めたかまでは分からない。夕奈は画面を閉じた。
◇
イベント最終日の配信後、三人は品川の会議室に集まった。玲奈から届いた速報では、SONELIAやAURAVEXを破って勝ち切った部隊を含め、複数の限定報酬獲得者が出ている。
「NOVA-3が参加した試合からは、報酬獲得者が出ませんでした」
玲奈が事実だけを伝える。航平が椅子の背に体を預けた。
「さらに勝ちすぎた印象が強くなりますね」
「そう受け取っている人はいます」
玲奈は否定しなかった。
「会社は、私たちに負けてほしかったんですか」
夕奈が尋ねる。
「いいえ」
玲奈はすぐに答えた。
「勝敗を調整するイベントではありません。NOVA-3が規定に反した記録もありません」
「では、問題はない?」
遥真が聞く。
「競技上の問題はありません。ただし、販促企画としてどう受け取られたかは、別に確認する必要があります」
玲奈は次の予定を共有した。
「イベント終了後、NOVA-3、SONELIA、AURAVEXの三チームで合同振り返り配信を行います」
進行表の仮案には、イベント結果、報酬獲得者、各チームの印象に残った試合が並ぶ。最後に一つ、空欄の大きい項目があった。
『公式契約チームが、本気で勝つことについて』
「この項目、何を話しますか」
航平が尋ねる。
「三チームで確認します。今日は空欄のまま共有します」
玲奈はタブレットを航平へ返した。
「俺は、勝ちたい」
遥真が言った。
「本番でそれだけ言ったら、質問が三倍に増えそうですね」
航平は笑わず、空欄の左端をペン先で示した。夕奈も何か書こうとしたが、一文字目を決められない。
玲奈が資料を回収するとき、夕奈は自分の一枚だけ残してもらった。空欄へ何も書けないまま、両手で挟んで会議室を出た。




