第35話 撃破イベント
翌日、品川の会議室では、撃破イベントの参加条件がすでに画面へ出ていた。夕奈が席に着く前から、遥真は一行目を読んでいる。
公式契約プレイヤーチームを撃破し、そのマッチでチャンピオンを獲得すること。
条件を満たした部隊には、イベント限定のプロフィールフレームと武器チャームが配布される。
「公式チームを倒すだけでは、報酬にはなりません」
三好玲奈が説明用の画面を切り替える。
「その試合で最後まで勝つ必要があります。意図的な敗北、物資の受け渡し、特定の参加者との協力は禁止です。配信を見て位置を追う行為も、通常どおり違反になります」
イベントの告知には、公式契約チームが参加する時間帯だけが大まかに示されている。同じ試合へ入れるかは、参加者のランクとマッチング次第だった。
公式マークを見つけた部隊は、普段より早く進行方向を変えて寄ってくる。
今回は、NOVA-3を倒す理由が、運営から用意されていた。
「会社から、盛り上げるために少し負けてくださいとは言われないんですね」
航平が尋ねると、玲奈はすぐに答えた。
「言いません。勝敗を操作すれば、イベントとして成立しません」
「安心しました。上手に負ける練習はしていないので」
「普通に負けることはあります」
「そこは安心させてください」
遥真は資料を見たまま言った。
「勝てばいい?」
「勝利を譲らず、参加者の挑戦を軽く扱わないでください。それが今回の仕事です」
夕奈はカイトの動画への返事を投稿せず、練習メモの一番上に「表示名を見て迷わない」と書いた。書いたあとで、自分が迷わなくなるとは思えず、二重線も引けなかった。
夕奈は試合画面を思い浮かべた。相手の表示名から目を離し、残り耐久と通る射線を見る。物資欄を確かめるところまで考えたとき、遥真がもう席を立った。
「終わり?」
「始まる前に全部決めると、試合で見なくなる」
夕奈はメモを閉じた。「表示名を見て迷わない」の一行だけが、表紙から少しはみ出した付箋に残った。
◇
イベント初日の配信は、開始前から普段より多くの視聴者が待っていた。コメント欄には、参加者からの宣言が並んでいる。
『NOVA-3を倒しに行きます』
『限定チャーム欲しい』
『HALを落とせたら報酬なくても満足』
『YUNAの判断を読んで勝つ』
最後の一文を見て、夕奈は少しだけ息を止めた。
狙われることより、自分の判断まで勝負の対象として見られていることの方が、今は重かった。
配信開始の表示が出る。
「こんゆな。NOVA-3のYUNAです。今日も一試合ずつ、ちゃんと勝ちにいきます」
いつもの挨拶を終え、夕奈は正面を見た。
「今日は公式契約プレイヤー撃破イベントです。私たちを倒して、その試合でチャンピオンを取った部隊には限定報酬が出ます」
コメントの流れが速くなる。
「手加減はしません。報酬を取りに来るなら、私たちも勝ちにいきます」
「倒したあとで恨まないでください」
航平が続ける。
「俺たちも倒されたら、かなり悔しがります。配信が終わる頃には、俺の胃か誰かの希望が削れている予定です」
遥真は短く言った。
「来てください」
遥真は低い声のまま、参加者一覧が埋まっていくのを見ていた。
◇
一試合目から、二部隊がNOVA-3の降下地点へ軌道を曲げた。
夕奈は着地直後に戦闘を始めず、三人の武器が揃うまで建物の中で待った。
先に入ってきた一部隊だけを倒し、残りは追わない。
デスボックスから取ったのも、弾とパックだけだった。
初動を抜けたあとも、公式マークを見た部隊が何度か進行方向を変えた。
夕奈たちは、寄ってくるすべての相手を倒すつもりはなかった。
勝てる相手を短く倒し、長引くなら離れる。狙われる理由が増えても、三人が作った基準は変わらなかった。
◇
二試合目は、ラウンド3で終わった。
エリアへ入るために近づいたのは、線路脇の二階建て倉庫だった。NOVA-3が過去の配信でも何度か使っている場所だ。
入口へ近づいた瞬間、航平のミディアムシールドが三方向から削られた。
「中、三人います。待たれてた」
航平が壁へ戻る。
遥真は二階窓の一人へ撃ち返した。
「右、落とせる」
その声に重なるように、夕奈の左側に弾が入った。倉庫の中だけではない。裏手の低い壁にも一人が展開している。遥真が二階を追えば、夕奈と航平が分断される。
「戻って」
「戻る」
遥真は削った相手を追わず、二人の位置まで下がった。しかし、相手はその退路まで見ていた。
夕奈たちが坂道にスモークを置くと、煙の外側へ投げ物が落ちる。右へ回れば二階の射線、左へ出れば低い壁の一人が待っていた。
「前、出られません」
煙の外から撃たれた一発が壁際で小さく爆ぜた。敵の戦術アビリティ、クラックチャージだった。
逃げるために体を動かしたところへ弾が重なり、航平がダウンする。
夕奈は起こせる位置を探したが、入口を二方向から見られていた。
「右も出る」
遥真の報告と銃声が重なる。
一人を大きく削った直後、別の敵が夕奈の背後へ回り込んだ。
シールドが割れ、体力がなくなる。
夕奈が倒れたあと、遥真も三方向から撃たれた。
部隊全滅の表示が出る。
配信を見たような不自然な追跡ではない。NOVA-3が使いやすい場所を先に取り、航平を削り、遥真を引き出して退路を塞いだ。
「俺が追うと思われてた」
遥真が観戦画面を見ながら言った。
「追わなかったですけど、それでも相手の方が早かったですね」
航平も敵の移動を目で追っている。
NOVA-3を倒した部隊は、三人のうち一人だけがデスボックスに一瞬触れ、全員がすぐに次のエリアへ向かっている。
航平は観戦画面を戻し、相手が倉庫へ入った時刻を拾おうとした。だが相手視点ではないため、いつNOVA-3の場所を決めたのかまでは分からない。
先頭に相手のプレイヤーネームを書き、自分の欄には「先に被弾」と残した。もう一度見て、「入口で止まった」も足す。どちらが先だったのか、航平の映像だけでは決められず、矢印を引く手が止まった。
夕奈はマイクへ向き直った。
「最初に入った時点で、相手の方が先を見ていました。完敗です」
悔しかった。相手は夕奈たちを研究し、勝つ準備をしてきた。
その部隊は残り六部隊まで進んだが、エリアへ入る途中で二部隊に挟まれた。
NOVA-3を倒しても、それだけでは報酬にならない。最後まで勝たなければならない。
「惜しかったですね」
夕奈が言うと、コメント欄に相手を称える言葉が流れた。
◇
初日の三試合目。
残り四部隊で、ラウンド5のエリアが表示された。
次の安全地帯は、湾岸処理施設の北側へ寄っている。
NOVA-3は低い管理棟の陰。正面の配管広場を越えた先では、一部隊が高い整備棟を取っていた。
夕奈が整備棟の壁へパルスセンサーを射出した。第一波が、中央に重なる二人と、そこから離れて外階段にいる一人をなぞる。中央の敵が本体を撃ち抜き、輪郭は消えた。
「高所三人。右の一人だけ離れて見えました」
航平が最初の索敵結果を読み上げる。
整備棟の中央に二人、外階段に一人。最初の索敵ではそう見えた。輪郭が消えたあとも同じ位置にいる保証はない。
夕奈の回復は多くなく、航平にはスモークが残っている。遥真は投げ物を使い切っていた。三人の所持欄を見れば攻める余裕があるようにも、次まで残すべきようにも見えた。
移動ウルトは使える。管理棟の裏から左へ大きく回る道もあった。
だが、次のエリアへ入るには広い通路を横切る必要がある。高所の部隊へ背中を向ければ、三人とも削られる。
相手がイベント参加者かどうかは分からない。自分たちの配信を見ているかどうかも分からない。分からないものを判断材料にはしない。
「右の一人を狙います。中央が動いていたら、屋根には上がりません」
「撃てる」
遥真の照準は、外階段の相手に合っていた。
けれど撃たずに確認する。
「投げ物、入る?」
「入れます。でも、屋根まで届くかは分かりません」
航平がスモークを構えた。
「撃って。逃げた先を私が割ります」
遥真のRaptor-5が先に火を噴いた。一発を肩口に受けた敵が、外階段の内側へ身を引く。
同時に航平のスモークが整備棟の中央へ飛ぶ。狙った窓枠に当たり、煙は屋根の端と室内へ半分ずつ広がった。残る二人の視界を完全には塞げない。
逃げ道は階段の一段下だけ。夕奈はScout-56を2倍サイトでのぞく。一発目、二発目。青いシールドが割れた。
「割った。ハル、まだ見える?」
遥真がコンカッション弾を当てた。外階段へ戻ろうとした敵の足が短く鈍る。続く一発は手すりへ当たり、敵が中央の煙を警戒して振り返ったところへ、次の弾が入った。
外階段の一人が、手すりの横でダウンした。
「ウルト、使います」
夕奈が移動ウルトを起動する。三人の足元に加速の光が走った。
管理棟の屋根から配管を越え、整備棟の右側へ一気に距離を詰める。無敵にはならず、三本の光が移動先を残す。ダウンさせた相手の位置までは行かず、外階段下の壁から屋根へ上がった。
「中央、一人は北です。もう一人、煙で消えました」
残った敵の一人は味方を起こしに戻らず、北へ下がった。もう一人は煙から姿を見せない。光の軌跡が消えた直後、右のタンク脇から弾が飛んできた。さっき消えた方なのか、北へ行った敵が回ったのか、夕奈には判別できない。
夕奈のミディアムシールドが割れる。
「フル入れます」
夕奈は屋根の傾斜へ伏せ、回復を始めた。
航平が右へスモークを使い、遥真が左から来る敵へ撃ち返す。
「左、一人半分。追えば落とせる」
フルの使用が完了し、夕奈のシールドが戻る。
屋根の下では、削られた敵が配管の陰へ下がっていた。遥真が降りれば追える。
だが、南から別の銃声が近づいている。
「追いません。最後の部隊が来ます」
「分かった」
遥真は屋根を降りず、夕奈の隣へ戻った。
別方向でキルログが更新される。
残り三部隊。
南から来る三人と、整備棟の周囲に散った二人。
航平のシールドが割れた。
「回復、ほとんどないです。煙も、もうありません」
「回復ウルト、屋根の傾斜に置きます」
航平が小型装置を屋根の陰に設置した。青い脈動が一度だけ入り、削れたシールドを少し戻す。装置は光を放ち、南からも位置が見えていた。
「使って。左は私が見ます」
航平が回復を始める。
夕奈は左の配管に照準を置いた。
南の三人を先に撃てば、高所の部隊の二人が自由になる。
目の前の二人を残せば、別部隊との戦闘中に背中を撃たれる。
「南はまだ撃ちません。目の前を減らしたいです」
言い切った直後、南の一発が夕奈の横を抜けた。向こうがNOVA-3を見ていないという前提は、もう使えない。
「右、俺が見られる」
遥真が言う。
「左を割れたら合わせます。航平さんは南を――いえ、近い方を声にしてください」
航平はパックの使用を中断し、南に視点を戻した。
「見ます。近づいたら止めます」
左の敵が、南から来る部隊へ顔を向ける。
夕奈は二発当てた。
「左、半分」
敵が引く。
追わずに右へ照準を振ると、遥真がタンク脇の相手を削っていた。
「右、割った」
「合わせます」
夕奈のSMGが遮蔽から出た敵の体力を削り切る。
ダウン表示。
「南、来ます。すぐです」
航平の声が速くなる。
南から飛んだ弾が回復装置を砕いた。二度目の脈動は来ない。
左の敵が、倒れた味方を起こそうとタンク側へ走った。夕奈には一瞬、南から来た敵に見えた。
「左――違う、さっきの一人が横切ります」
「見えた」
遥真の弾が先に入り、逃げた先へ夕奈が重ねる。夕奈の一発目は敵の背後を抜けた。
最後の一人が倒れ、部隊撃破の表示が出た。
「回復。デスボは――」
夕奈が言い終える前に、遥真が「来る」と遮った。夕奈はパックを使う。航平も残していた一つを使い切った。遥真はフルを腕へ当てたところで中断し、正面へ銃を上げた。
「正面二人。右下に一人」
航平が報告する。
最後の部隊は三人生存。
NOVA-3は高所を取っているが、回復を終えられていない。
「右が少し離れています。私が止めます」
右下の敵が、壁際から屋根へ上がろうとする。
夕奈の弾がシールドに入り、足が止まった。
「半分」
「右、落とす」
遥真が屋根端から撃ち下ろし、一人をダウンさせる。
正面の二人が、別々の階段から上がってきた。
「左、私が見ます」
「中央、止めます」
航平のLancer-56が中央の敵を屋根下へ押し戻す。
夕奈は左から上がった敵と撃ち合った。
互いのシールドが割れる。
「左、肉です」
「行ける」
遥真が右のダウンを確定させず、夕奈の側に照準を変えた。
横から入った弾で左の敵が倒れる。
残り一人。
中央の階段から、航平に弾が集中した。航平の体力が削られ、屋根の反対側へ滑り込む。
「中央、上がります」
「見える人から撃って」
夕奈はシールドが割れたまま、階段に照準を合わせた。
遥真が左。航平は伏せた位置から立ち上がりかけ、体力の少なさにもう一度しゃがむ。
最後の敵が屋根へ飛び出した。夕奈が先に撃つ。反動で数発が頭上へ抜け、敵の照準が夕奈へ向いた。遥真が横から重ねる。航平の弾は屋根の縁に二発当たり、三発目だけが敵へ届いた。
シールドが割れ、そのまま敵の体力がなくなる。
画面中央に文字が出た。
CHAMPION
夕奈は引き金から指を離した。
「勝ちました」
「勝った」
遥真の声が重なる。航平は長く息を吐いてから、笑った。
「俺の弾も、最後に届きました」
夕奈も笑い、三人の残り耐久を見比べた。コメント欄が一気に流れ始める。
『強い』
『あと少しだった』
『高所の二人、惜しかった』
『報酬遠すぎる』
『NOVA-3ナイス』
喜ぶ声と、挑戦者の敗北を惜しむ声が混ざっていた。
「最初の一人を落とせなければ、私たちが負けていました。南が来る順番が少し違っても、たぶん同じです」
夕奈は結果画面に並ぶ相手の表示名を、一つずつ確認した。
「強かったです。だから、こちらも本気で戦いました」
遥真が短く言う。
「強かった」
「次に同じ場所を取られたら、また苦しいですね」
航平も続けた。
「俺たちも毎回ぎりぎりです」
◇
イベント初日の速報は、配信を締める直前に共有された。
NOVA-3の参加時間帯では、三人を倒した部隊が一つ。
しかし、その部隊はチャンピオンを逃している。
限定報酬の獲得者は、まだ出ていなかった。夕奈は見に来てくれた人たちへ礼を伝え、三人で声を揃えた。
「おつNOVAでした」
終了画面に切り替わり、コメントの流れがゆっくりになる。モデレーターが連投や露骨な中傷を消しても、普通の感想までは消えない。配信終了間際に、一つのコメントが流れた。
『販促イベントなのに、本気すぎない?』




