第34話 カイトの切り抜き
東京ゲームショウの翌日、三好玲奈から三人のチャットへ動画のリンクが届いた。
『内容を確認してください。三人で話すまでは、個人での反応や投稿を控えてください』
沢渡夕奈は大学から西大井へ戻ったばかりだった。
鞄を机の横に置く。ノートパソコンには、途中まで作った大学の課題資料が開いたままになっている。提出は二日後だったが、夕奈はその手前にブラウザを表示し、玲奈から送られたリンクを開いた。
昨日、幕張メッセのスタッフ用モニターで見たものから、配信タイトルは少し変わっていた。
『NOVA-3は競技チームか、販促キャラクターか』
再生回数は、すでにNOVA-3の普段の配信を大きく上回っている。冷蔵庫から出した水を一口飲み、夕奈は再生ボタンを押した。最初に映ったのは、東京ゲームショウの巨大画面だった。
YUNA、HAL、KOHEIのアバターが並び、客席から何台ものスマートフォンを向けられている。
司会者から次の企画説明を振られ、夕奈の言葉が止まる。ほんの数秒だった。昨日の夕奈には、息の仕方まで忘れるほど長く感じられた時間だった。
動画は、夕奈が再び話し始める直前で切り替わった。次に映ったのは、結成一年目のランク配信だった。
移動中の敵を遥真が大きく削っている。夕奈と航平のカバーも届き、近くに別部隊の銃声もない。
それでも、画面の中の夕奈は戦闘を止めた。
『追いません。先に入ります』
三人は背中を見せ、追ってきた敵と別部隊に挟まれて全滅する。
当時の夕奈は、前日の長すぎた戦闘を意識しすぎ、引くこと自体を正解にして、勝てる場面まで捨てた。
動画に残っているのは、その判断と敗北だった。
三つ目の映像では、YUNAスキンを使ったプレイヤーが、建物の外から手を振っていた。
青と白のジャケット。背中には、夕奈が入れてほしいと頼んだNOVA-3のロゴがある。
『撃ちます』
画面の中の夕奈が言う。
SMGの弾が、自分と同じ姿をした相手のシールドを削った。
『合わせる』
遥真の射撃が入り、相手がダウンする。
敵同士で戦わずに接近した状態を放置すれば、談合を疑われる可能性があった。さらに別部隊がこちらを見ていたことも、元の配信では確認できる。
動画の中でも、それには触れられていた。ただし、説明は短く、倒れるYUNAスキンの映像は長く残った。三つの場面が終わると、配信者のカイトが画面に戻った。
「映像はすべて、NOVA-3の公式配信から持ってきています。発言をつなぎ合わせたり、一つの場面の前後を逆転させたりはしていません」
夕奈は、停止ボタンへ伸ばしかけた指を止めた。映像そのものに、作られた嘘はない。別々の時期に起きた出来事を、この順番で並べたのがカイトだった。
「引いて負けた選手が、ファンには撃った。その選手が、今度は観客を前に止まっている」
カイトは夕奈を笑わず、弱いとも卑怯だとも言わない。
「もちろん、それぞれに理由はあります。限定スキンの相手を放置すれば、試合の公平性に関わる。東京ゲームショウでも、YUNAはこのあと自分で進行へ戻っています」
理由まで話しても、三つを続けて見た印象は変わらなかった。
「NOVA-3が何を優先するチームなのか、分かりにくいとは思いませんか」
画面に、NOVA-3の公式プロフィールが表示された。デルタフィールドの販促を担う公式契約チーム。国内公式スクリムでAURAVEXを破った、競技実績を持つ三人。
「競技チームなら、相手がファンでも一般プレイヤーでも、同じ試合に入った以上は本気で倒すべきです。一方で販促チームなら、見た人がゲームをやりたくなる場所を作ることも仕事になる」
コメント欄が速く流れる。
『ファンを倒すのは競技なら普通』
『販促なら、もう少し見せ方を考えた方がいい』
『客席が怖いのに配信者はできるの?』
夕奈は最後の一文で、再生画面から目を離した。
「弱いままだったら、こんな話にはなっていません。NOVA-3が勝てるチームになって、YUNAの判断が見られるようになったから、立場の矛盾も目立ち始めた」
夕奈は、水の入ったペットボトルを強く握っていた。
へこんだボトルは、指を離しても元に戻らなかった。
「どちらかを捨てろという話ではありません。ただ、両方をやるなら、両方から見られる。それは避けられないと思います」
カイトは流れるコメントの速さを一度見て、答えを決めないまま別の話へ移った。
動画を閉じても、サムネイルには大会衣装の三人と商品ロゴが同じ大きさで並んでいた。
夕奈は、どちらでもないとは言えなかった。どちらでもあるから、苦しかった。
◇
夜、三人と玲奈は通話をつないだ。
「率直な感想を聞かせてください」
玲奈に促され、夕奈は先に口を開いた。
「説明が足りません」
夕奈はヘッドセットのマイクを近づけた。
「最初の試合では、前日の長すぎた戦闘を意識しすぎて、引くこと自体を正解にしていました。でも、今はあの判断が正しかったとは思っていません。YUNAスキンの相手を撃ったのも、応援されたことが嫌だったからではありません」
話し始めると、止められなかった。
「東京ゲームショウでも、私は戻りました。止まった数秒だけでは、違う人に見えます」
「使われている映像自体は、全部合っています」
航平は笑わず、共有画面へ表を出した。
彼の画面には、使われた三場面の時刻と、その前後二分の発言が表になっていた。作成者欄だけが空白だった。
「前と後が短いだけです」
「それで意味が変わっています」
「はい。ただ、カイトは前後があることも話しています」
夕奈は唇を閉じた。
カイトは前後を隠していない。分かったうえで、あの題名をつけた。
航平は表の端を指で送った。
「便利ですね。誰かが切った映像へ、別の誰かが無記名で前後を足す」
航平は「無記名」を言った直後、三場面へ公式アーカイブのリンクを貼った。
「最初の場面は、今なら撃つ」
遥真が言った。
「でも、あのとき止めたのも本当だから」
「ずっと、あの判断をする人だと思われてもいいんですか」
「よくない」
遥真は迷わず答えた。
「でも、全部見せても、見たいところだけ見る人はいる」
「会社として、削除や訂正を求める内容ではありません」
玲奈が告げた。
「公開されている映像を使っており、事実と異なる断定もしていません。安全や個人情報に関わる内容でもありません」
「では、何も言わないんですか」
「投稿を禁止するとは言っていません」
「ただ、何のために答えるのかは決めてください。カイトさんを黙らせたいのか。動画を見た人へNOVA-3の考えを伝えたいのか。それとも、怒っていることを示したいのか」
夕奈は答えられなかった。違うと伝えたかった。しかし、映像の中の行動は、どれも夕奈自身が選んだものだった。
「怒ったまま書けば、その文章も一部分だけ使われます」
玲奈は続けた。
「出す場合は、三人で内容を確認します。今日は結論を出さなくても構いません」
通話が終わったあとも、夕奈は席を立てなかった。画面の隅には、大学の課題提出までの残り時間が表示されている。夕奈は課題資料を閉じず、その隣に新しい文章ファイルを開いた。
◇
『当時の判断は、今の私が選ぶ判断ではありません。』次に、YUNAスキンの相手を倒した場面について書いた。
『敵同士が戦わずに近くにいる状態を放置すれば、公平な試合ではなくなる可能性がありました。』
別部隊の射線や、相手の味方が見えていなかったことを足す。説明が増えるほど、試合を知らない人には分かりにくくなり、何を弁解しているのか自分でも見えなくなった。
東京ゲームショウについても書いた。『大勢の人に見られて、言葉を失いました。』『それでも、自分で進行へ戻りました。』夕奈はその一文を選択し、削除した。
止まったことを許してほしいのか。戻れたことを褒めてほしいのか。自分でも分からなかった。
文章は長くなり、削るたびに別の説明が必要になった。日付が変わる前、夕奈は完成していない文面を三人のチャットへ送った。
『まだ投稿しません。内容に間違いがないかだけ見てください』
航平から先に返事が届いた。
『間違いはありません。ただ、全部説明すると長いです』
しばらくして、遥真からも届いた。
『次の試合でやる』
夕奈は返信欄に「何を」と打った。送る前に、遥真から続きが届く。
『カイトがいても、いつも通り』
『それで伝わりますか』
返事はしばらく来なかった。夕奈が作りかけの文章へ戻ると、短い一文が増えた。
『俺はそっちを見る』
夕奈は下書きの三段落目を選択した。消去キーへ指を置いたまま、まだ押さなかった。
カイトの動画をもう一度開き、夕奈は再生位置を一番初めまで戻しかけた。その手を止めたところで、玲奈から新しい活動資料が届いた。
『公式契約プレイヤー撃破イベント 実施要項』
資料の上に、カイトの次の配信予定が重なった。
『NOVA-3は一般プレイヤー相手にも、本気で勝てるのか』
夕奈は下書きを投稿せずに保存した。三段落目は、選択したまま残っていた。
遥真から通話の着信が来た。出ると、挨拶より先にロビーへ招待される。
「一試合だけ」
「カイトさんの配信を見ましたか」
「見た。だから一試合」
理由を聞き返す前に、航平も入ってきた。
「俺、配信台本が一行も進んでないんですけど」
「私も課題があります」
「では、全員同じ条件ですね。何の安心にもなりませんけど」
遥真が準備完了を押した。夕奈はまだ押さず、画面の隣に残る下書きを見た。
「いつも通りって、どこまでですか」
返事の代わりに、遥真のマイクへ射撃場の発砲音が入った。夕奈がもう一度尋ねたときには、航平が「ハルさん、それ試合前に弾を使い切るやつです」と遮っていた。




