第30話 応援と邪魔の境目
航平の問いに、夕奈はすぐには答えられなかった。
「左奥、銃声が近いです」
航平の声が、夕奈を試合へ引き戻した。
「相手の味方は?」
「見えてないです。ただ、ユウナさんのパルスセンサーでは、建物前の一人と南へ離れる二人まで。一度目のあとに本体を壊されてます」
航平がミニマップと足音を確認する。
「数秒前の輪郭なので、残り二人の現在地までは分かりません。味方から離れて来てる可能性があります。このまま敵同士で撃ち合わずに近くにいると、談合を疑われるかもしれません」
「放置もできないってこと?」
「はい。物資を置かれたり、別部隊を撃って俺たちを助けたりされたら、もっとまずいです」
画面の中のYUNAが、武器をしまったまま一度しゃがみ、また手を振った。夕奈の照準は入口の床に置かれたままだった。
配信画面の端では、コメントが流れ続けている。視聴者も目の前の相手に気づいているはずだった。
「右の丘、一人見えた」
遥真が言った。YUNAスキンの相手ではない。
さらに奥の高所で、別部隊の姿が一瞬だけ見えた。
「こっちを見てる?」
「まだ分からない。でも、外の一人は見えてる」
建物の前で立ち止まり、窓へ向かってエモートを続けているプレイヤーは、遠くからでも目立つ。
銃声が響いた。
窓が割れ、弾が室内の壁に突き刺さる。
「右の部隊です。位置、ばれました」
航平が窓から離れる。
外にいたYUNAスキンのプレイヤーも、撃たれて壁際へ走った。だが、建物から離れず、再びこちらを向く。
夕奈はコントローラーのトリガーへ人差し指を戻した。
黙っていれば、遥真が危険を処理するかもしれない。夕奈は照準を、画面の向こうのYUNAに合わせた。
「撃ちます」
「分かった」
夕奈が引き金を引く。
SMGの弾が、青と白のシールドを削った。
相手の反応は一拍遅れた。エモートを切り、慌てたように武器を構える。
「半分入れました」
「合わせる」
遥真の弾が別の角度から入った。
相手のシールドが割れる。
撃ち返された弾が窓枠に当たり、夕奈の横を抜けていった。
夕奈は残った弾を撃ち込む。
YUNAスキンのプレイヤーが、建物の壁際で崩れた。
ダウン表示が出る。
自分と同じ顔が地面に膝をつき、背中のNOVA-3のロゴが小さく揺れた。
「右、詰めてきます」
航平の声で、夕奈は照準を外した。
先ほど高所に見えた別部隊が、銃声の続いた直後から斜面を下ってくる。建物の正面と右側から、足音が重なった。
「正面二人。右にも一人います」
「正面、止める」
遥真が窓から短く撃つ。
一人のシールドを削ったが、敵は止まらない。投げ物が窓を越え、室内へ転がってきた。
「出ます。裏口から左へ」
夕奈が指示すると、航平がすぐにスモークを投げた。
建物の正面と右側に煙が広がり、敵の射線が切れる。
三人は裏口から外へ出た。夕奈は一度だけ、壁際を見た。
倒した相手は、まだダウン状態で這っている。味方の姿は見えない。戻ることはできなかった。
「ユウナさん、左です」
航平に呼ばれ、夕奈は前を向いた。
三人は低い壁を越え、エリア内の倉庫へ走る。背後で銃声が続いた。
夕奈はキルログを確認しなかった。
◇
NOVA-3は三人生存のままラウンド5まで残ったが、チャンピオンには届かなかった。
終盤のエリアは高台側へ寄り、NOVA-3は低い倉庫から移動しなければならなかった。
夕奈がスモークを使う位置を決め、航平が残りの回復を分け、遥真が高所の敵を削る。
それでも、先に場所を取っていた二部隊の射線を越えられない。
航平が最初にダウンした。
夕奈と遥真は一人を倒したが、別方向から撃たれ、四位で試合を終えた。
敗北画面が表示される。
普段なら、すぐに振り返りへ入る。だがコメント欄は、終盤ではなく途中の出来事について流れ続けていた。
『試合なんだから撃つでしょ』
『買って会いに来てくれた人を倒すのは冷たくない?』
『あれを放置したら談合になる』
モデレーターによって、同じ文章の連投や、相手のアカウントを特定しようとする投稿が消えていく。
『買って会いに来てくれた人を倒すのは冷たくない?』は、削除されずに残った。
夕奈は、消えていく投稿から目を上げた。
「先ほどの場面ですが――」
言いかけたところで、航平が声を入れた。
「一度、確認を挟みますか。相手がどういう意図だったかは、こちらには分かりませんから」
通話には玲奈も入っている。
「緊急の謝罪は必要ありません」
玲奈が言った。
「相手を特定できる話は避けてください。接近した理由も断定しないでください。ただし、NOVA-3の対応は通常の試合行為です」
「何も言わなくてもいいですか」
「定型の案内だけで終えることもできます」
玲奈は少し間を置いた。
「ですが、沢渡さん自身の判断として話すのであれば、止めません」
画面の端で、YUNAのアバターは笑ったまま、マイク入力に合わせて口だけを動かしていた。
夕奈は「試合なんだから」と「冷たくない?」を一度ずつ読み、マイクのミュートを外した。
「先ほど、YUNAスキンを使った方が、私たちの近くまで来てくれました」
コメントの流れが少し緩やかになる。
「どういうつもりで来たのかは、私には分かりません。でも、スキンを使ってくれていたことも、手を振ってくれたことも嬉しかったです」
「応援は嬉しいです。でも、試合に入ったら敵です。だから、ちゃんと戦います」
「戦わずに近くにいれば、ほかの部隊や、その人の味方にも影響します。私たちも、応援してくれる方だけを――」
夕奈は「特別にはできません」を飲み込んだ。応援してくれたから迷った自分が言えば、整いすぎる気がした。
「今日、私は迷いました。それでも撃ちました。そこまでは、私の判断として言えます」
遥真は、その一文より先を足さなかった。
「同じ試合にいるなら、同じ相手だから」
航平も続けた。
「見つけてもらえるのは嬉しいです。ただ、試合中に会えたときは、できれば武器を持って――」
「それを私たちからお願いしていいんでしょうか」
夕奈が聞くと、航平の言葉が止まった。相手がどんな遊び方をするかまで、公式側が決めることになる。
「……そこは、今は言い切れません」
コメント欄に新しい言葉が流れ始める。
『次は正面から勝負しに行く』
『武器を持たない遊び方もあるだろ』
『結局どうすればいいの』
賛成と反対のコメントが交互に流れた。夕奈はマイクから離れなかった。
「来てくれたことが嬉しかったのは、本当です。今日、私から話せるのはここまでです」
夕奈は、画面の向こうにあの青と白の姿を思い浮かべた。コメント欄の「結局どうすればいいの」は、流れたあとも履歴に残った。
◇
配信を締めたあとも、三人の通話は残っていた。終了画面の横で、YUNA、HAL、KOHEIの通話表示だけが点灯していた。
「撃ってよかったのかな」
航平はすぐには答えなかった。先に口を開いたのは、遥真だった。
「俺も、先に撃たなかった」
「私が決めると思った?」
「違う。顔を見た」
夕奈は返事を止めた。ゲームの中の顔は、自分がさっきまで紹介していたものと同じだった。
「俺も名前を確認しました。一秒くらいですけど」
航平が言う。
「武器を持って来てください、は余計だったかもしれません。途中で止めてもらって助かりました」
「止めたかったわけではありません。私も分からなくなっただけです」
「じゃあ、三人とも迷ったんですね」
誰も否定しなかった。
「もう応援してくれないかもしれません」
「分からない」
遥真の返事のあと、航平がマイクを外す音がした。三人とも、次のマッチは始めなかった。




