第29話 YUNAスキン
モニターの中で、YUNAが銃を構えていた。
白と青のジャケットには防護パーツが加わり、栗色の髪は後ろでまとめられている。それでも胸元のリボンには、最初に見たYUNAの面影が残っていた。
デルタフィールド用限定スキン。画面の端には商品名と販売予定日がある。沢渡夕奈は品川の会議室で、完成間近の姿を黙って見ていた。
「動作確認用です。細部はまだ修正できます」
三好玲奈がマウスを動かすと、画面のYUNAがゆっくり一回転した。
正面は、配信用アバターを戦闘向けに整えた姿だった。背中へ回ると、青いジャケットの中央だけが空いている。
「通常版のほかに、黒を基調にした色違いも用意します。通常版はYUNAの印象を優先し、色違いはゲーム内で使いやすい配色に寄せています」
「色違いまであるんですね」
「購入者が選べるようにします」
玲奈は販売ページの試作画面を表示した。
YUNA限定スキン。武器チャーム、応援エモート、NOVA-3のロゴを使ったプレイヤーバナー。三つの商品枠が試作ページに並んでいた。
「沢渡さん」
玲奈に呼ばれ、夕奈は画面から目を離した。
「気になる点はありますか」
「私が決めてもいいんですか」
「最終決定は商品担当ですが、本人確認のために来てもらっています。活動イメージと大きくずれている場合は修正します」
夕奈はスキンをもう一度回してもらった。
かわいさを残しながら、戦闘中にも浮かない。よくできているからこそ、口を挟む理由を見つけにくかった。
「問題がなければ、このまま進めます」
玲奈が確認する。夕奈は頷きかけて、背中側の画面を見た。
画面の背中には、青い装甲のあいだに空白がある。夕奈は購入特典欄のNOVA-3ロゴと見比べた。
「あの」
夕奈は画面の背中を指した。
「ここに、NOVA-3のロゴを入れられますか」
「背中に、ですか」
「はい。大きくなくていいです。三角形のロゴだけでも」
玲奈は画面を見た。
「YUNA単独の商品ですが、構いませんか」
夕奈は少し考えてから頷いた。
「単独の商品だから、入れたいです」
「このスキンが出るのは、三人で勝てたからだと思います。だから、背中にだけ入れてほしいです」
玲奈は商品担当への確認事項として入力した。
「デザイン上の問題がなければ、反映できると思います」
「ありがとうございます」
「背中だと、プレイ中の本人には見えませんが」
夕奈は、画面のYUNAを見た。そこにNOVA-3のロゴが入る。
「それでいいです」
◇
発売日の夜、NOVA-3公式チャンネルでは限定スキンの紹介配信が行われた。
ゲーム内の試着画面の横に三人のアバターが並び、コメントが途切れず流れていた。
「今日から、YUNA限定スキンが販売されます」
夕奈は進行表を見ながら紹介を始めた。
「通常版は白と青を基調にしたデザインです。配信で使っている衣装を、デルタフィールドの戦闘用に調整していただきました。黒を基調にした色違いもあります」
夕奈が試着画面を動かすと、栗色の髪と胸元のリボンが揺れた。
「動いたときの髪やリボンも、きれいに作っていただいています」
自分の髪を自分で褒めているように聞こえ、夕奈の声が少し硬くなる。航平がすぐに引き取った。
「本人が自分の髪の動きを紹介するという、かなり難しい仕事をしています。皆さん、温かく見守ってください」
「難しいんですよ」
「俺も自分の限定スキンが出たら、顔がいいとは言いづらいです」
「航平さんの場合は、まず出てから考えてください」
「急に現実を置かれました」
笑う絵文字が流れる。夕奈が背中側へ回すと、青いジャケットには白い三角形が三つ並んでいた。
「背中のロゴは、YUNA本人の希望です」
航平が説明する。
「チームへの思いを感じるか、監視用のマークに見えるかは、皆さんにお任せします」
「監視はしていません」
夕奈が返すと、遥真が画面を見たまま言った。
「見つけやすい」
「敵からもですか?」
「味方からも」
夕奈は背中のロゴを見た。それ以上は聞かなかった。
「限定チャームはこちらです。応援エモートでは、NOVA-3のロゴが出たあとに手を振ります。試合中に使う場合は、周囲を確認してください」
「敵だった場合は、撃つのをためらわないでくださいね」
航平が言った。
「発売日に、その注意を入れますか」
「大事な注意です」
夕奈は少し迷ってから答えた。
「敵だったら……試合なので、ちゃんと戦います」
夕奈は進行表の注意事項にチェックをつけ、次の商品へ移った。
コメント欄には、すでに購入報告が流れ始めている。
『通常版買いました』
『黒も買った』
『背中のロゴがいい』
『チャームのつもりが全部買ってた』
販売開始から、まだ十分も経っていない。
『初めてゲームのスキンを買いました』
夕奈は次の商品名を読みかけて止まった。
「航平さん、今のコメント、戻せますか」
「ログには残っています。あとで送ります」
次の商品画像は切り替わらなかった。
「初めての一つに、これを選んでくれてありがとうございます」
夕奈は名前を呼ぼうとしたが、流れていく画面の中に、もうその名前はなかった。
『AURAVEX戦を見て買いました』
「試合を見て選んでくれた方も、ありがとうございます」
航平が次の商品画像へ切り替えた。画面のYUNAが回り、背中のNOVA-3ロゴが正面を向いた。
「次は、背中を見てください」
◇
紹介配信の後半、三人は通常ランクへ入った。夕奈は発売されたばかりのYUNAスキンを装備している。
待機エリアへ入った瞬間、公式マークを見つけたプレイヤーが何人か集まってきた。その中には、白と青のYUNAスキンが一人、黒を基調にした色違いも一人いた。
「いましたね、YUNAさん」
航平が言う。
「二人います」
「発売日ですから。ありがたいことです」
白いYUNAが応援エモートを使った。
NOVA-3の三角形が浮かび、そのあとで手を振る。エモートの通知には、使用したプレイヤーの名前が短く表示された。
自分が動かしていないYUNAが、自分へ手を振っていた。夕奈も同じエモートを返した。
『同じ顔がいる』
『YUNAが三人』
『発売日に本人と会えるのすごい』
コメント欄が速く流れる。マッチが始まり、三人は南側の工業区へ降下した。
白いYUNAの部隊は南の建物群へ、黒いYUNAはさらに北側へ降りていった。夕奈は、二人が別々の屋根の陰へ消えるまで追った。
「武器、取れました」
航平の報告で、夕奈は周囲へ意識を戻した。
工業区を出た直後、NOVA-3は孤立していた一人を起点に、短時間で一部隊を倒した。
キルログには、公式マーク付きのYUNA、HAL、KOHEIの名前が流れる。銃声も周辺へ響いていた。
近くに別部隊がいないことを確認してから、三人は必要な弾と回復を整え、ラウンド2のエリア内にある二階建てへ移動した。
夕奈が南側の外壁へパルスセンサーを射出する。一度目の走査に三人の輪郭が浮いた。一人は二階建てへ近づき、残る二人は南へ離れ始めている。そのうち一人が振り返って装置を撃ち壊した。二度目の走査は来なかった。
航平が一階を確認し、遥真が屋上へ上がる。夕奈が次の移動先を確認しようとしたとき、一階の外から足音が聞こえた。一人分。
走り込んでくる足音ではない。建物の手前で速度を落とし、入口の外で止まった。
「下、一人です」
航平が声を落とす。
「味方は?」
「近くには見えません」
遥真が屋上から下を確認した。
「いる」
「撃てますか」
「撃てる」
遥真は撃たなかった。
夕奈は一階の窓から外を見る。白と青のジャケット。栗色の髪。
背中には、夕奈が入れてほしいと頼んだNOVA-3のロゴがある。
先ほどのキルログと銃声を追えば、この周辺までは来られる。
相手は武器を構えていなかった。
遮蔽の外に立ち、建物へ向かって応援エモートを使う。
三角形のロゴが浮かび、そのあとでYUNAが手を振った。夕奈は、エモートの通知に出たプレイヤーネームを二度読んだ。
「待機エリアで、最初に手を振っていた人です」
白いYUNAは、もう一度同じエモートを使った。
「これ、どうします?」
航平が尋ねた。
遥真の照準は相手に合っている。
銃声は、まだ鳴らない。
遠くで続いていた銃声が、一つ近づいた。




