第26話 同じ勝ち筋
五試合目のカウントが、ゼロになった。
輸送機から見下ろす湾岸貨物区は、夕方の光を受けて薄く赤い。倉庫、コンテナ、高架道路。その外側を、リングの白い境界線がゆっくりと囲んでいる。
沢渡夕奈は降下先へ視点を向け、コントローラーを握り直した。公式スクリム、最後の一試合。
総合表のタブでは、AURAVEXの行がNOVA-3より上にあった。夕奈はそれを閉じ、降下距離の数字へ視線を戻した。
「降下、被りなしです」
航平が周囲を確認する。
「西に一部隊。向こうの倉庫へ流れました」
「見えてる」
遥真の返事が入る。
「整備施設へ降ります」
夕奈は降下地点を確定した。三人のキャラクターが、貨物区の外れへ向かう。切り上げる時刻は口にしなかった。前の四試合で、数字を言うたび別の意味に受け取られた。
能力構成は、夕奈がパルスセンサー、遥真がコンカッション弾、航平がクラックチャージ。ウルトはそれぞれ索敵、攻撃、回復を選んでいる。
夕奈が最初に拾ったのは、Scout-56だった。続いてSMGとライトシールド。弾とパックは最低限あるが、Scout-56につけたい2倍サイトが見つからない。
隣の建物には未確認の物資が残っている。2倍サイトがあるかもしれない。夕奈が入口へ体を向けたところで、航平の声が入った。
「ラウンド1、次は北東寄りです。今なら中央の道路を使えます。あと三十秒遅れると、別部隊と重なります」
夕奈は所持品を見る。Scout-56とSMGは装填済みで、予備の弾、パック、応急薬もある。
「移動します。2倍は捨てます」
「了解」
遥真も近くの物資箱から離れた。
「拡張マガジン、まだないけど行ける」
「俺もパック四つ。十分です」
三人は未開封の物資箱を背後に残し、建物を出た。
中央へ向かう道路には、まだ敵の姿がなかった。
NOVA-3は撃たれることなく渡り切り、ラウンド1の縮小が始まる前にエリア内の倉庫へ入った。
「一試合目より、二分近く早いですね」
航平が言う。
「喜ぶのは、ここを使えてからにします」
四試合目までなら、夕奈は次の移動をすぐ答えただろう。今は倉庫の中に三人が揃うのを待ち、遥真が西へ、航平が南へ向いたことを目で確かめた。
夕奈は倉庫の窓から外を見た。
「私は北と次の移動先を見ます。ハルは西の道路。航平さんは南と、東の出口を残してください」
「分かった」
「東、抜けられます。南が詰まったらそっちです」
三人は、呼ばれればすぐ戻れる距離を残して、それぞれの射線を取る位置に分かれた。
西の道路を、一部隊が横切った。
遥真の照準が、その先頭を捉える。
「撃てる。一人だけ離れてる」
夕奈も敵を見た。
先頭と残り二人の間には、車両一台分ほどの距離がある。夕奈と航平の射線も届く。
さらに北側から銃声が近づいていた。
夕奈は北の倉庫脇へパルスセンサーを射出した。一度目の走査で、道路へ近づく三つの輪郭が浮く。警告を受けた相手が本体を撃ち、二度目の走査は止まった。進路までは分からない。
「北の部隊、こっちへ寄ってます」
航平の報告が重なる。
「十秒くらいで道路が見える位置まで来ます」
遥真は敵を見たまま言い直した。
「今なら先頭は落とせる。残りを追ったら戻れない」
夕奈は先頭の敵と、北から来る部隊、東の出口を順に見た。
「一人だけ落とします。確定を取ったら、残りは追いません」
夕奈は言いながら、東の出口をもう一度見た。十秒という報告は、短い戦闘が予定どおり終わる場合の数字だった。
「乗せる」
夕奈がScout-56で撃った。
敵のシールドが削れ、敵は車両の陰へ駆け込む。
「コンカッション、入れる」
遥真の威力の低い一発が先に当たり、敵の足が短く鈍った。続く弾が、その逃げ道を先に塞いだ。
ダウン表示。
航平が残り二人に牽制を入れる。
「一人、起こしに戻ってます」
夕奈がダウンした敵を倒し切る。残り二人が戻る気配に、遥真は道路へ照準を残した。
残った二人が撃ち返してきたが、北側から別の銃声が伸びた。先ほど近づいていた部隊だ。
「5.56が一マガジンしかないです」
航平はデスボックスを一度だけ開いた。入っていたのは7.6弾とショットガン弾で、欲しい弾はない。閉じるまでの二秒で、北側の部隊が道路へ出た。
東の出口へ弾が通る。夕奈が決めていた道は、三人が戻る前に使えなくなった。
「南の搬入口、今なら一人しか見てません」
航平の声に、三人は倉庫の中を逆へ走った。遥真が北へ数発返す間に夕奈と航平が南へ出る。最後に続いた遥真のシールドが二十五削れた。
倉庫の背後で、残った二人と北側の部隊の戦闘が始まった。NOVA-3は予定していなかった南の高架下を通り、貨物区中央へ回る。
夕奈は走りながらミニマップを確認した。早く移動したことと、出口を予定どおり使えることは別だった。
ラウンド2。
NOVA-3は高架道路の下を通り、貨物区中央の二階建てへ入った。正面には二つの窓。裏口は一つ。屋上へ上がる階段もある。
「正面は私が見ます。次の移動は右のコンテナ列です」
「西、止める」
「裏口と階段、見てます。離れるなら裏から右です」
別部隊が屋上を取りに来たが、遥真が階段へ射線を通すと、無理には上がってこなかった。
「一人、割れる」
「倒しに出たら、裏口が空きます」
夕奈が答えると、遥真は階段を見たまま止まった。
「じゃあ、入らせないだけにする」
キルログにAVX-SATSUKI。AURAVEXが別部隊を一人、続けてもう一人落とした。五試合目でも残っている。
「AURAVEX、また二キルです。まだ試合に残っています」
航平も表示を確認したらしい。
夕奈は右のコンテナへ印を置いた。上の部隊が回復へ入る。遥真は割れると言った一人を階段へ戻すだけで、夕奈の印へ下がった。
遥真が最後に階段へ数発撃ち、敵を押し戻す。
「行ける」
航平がスモークを投げ、三人は裏口から右のコンテナ列へ移った。撃たれず、足を止めず、誰も遅れない。
残り部隊数が、七まで減る。
ラウンド4の縮小が始まる頃には、NOVA-3は湾岸貨物区の内側に残っていた。
夕方だった空は暗くなり、コンテナの影が長く伸びている。壊れた広告ドローンが高架下で火花を散らし、同じ企業ロゴを何度も点滅させていた。
一つのダウンを合図に、別方向の部隊まで撃ち始め、銃声が重なった。部隊撃破の表示が二つ続く。
キルログには、またAURAVEXの名前が出た。
「残り五部隊。AURAVEXもいます」
航平が言った。
「総合では、まだ向こうが上ですね」
「この試合は終わってない」
遥真の声は平らだった。夕奈はキルログに残るAURAVEXの名から視線を外した。
「はい。最後まで見ます」
NOVA-3は低い壁を使って前へ進んだ。
途中で交戦していた二部隊のうち、一方が壊滅する。生き残った部隊は消耗し、別方向へ退いた。
夕奈たちは追わず、回復と弾数を確認して次の場所へ入った。
残り四部隊。
ラウンド5。
リングが、湾岸貨物区の中央へ狭まっていく。
NOVA-3は壊れた配送車の手前まで進んだ。
そこで、右側の建物から射線が伸びた。
夕奈はすぐに壁へ戻る。
直後、キルログに名前が出た。
AVX-SATSUKI。
右の建物を取っているのは、AURAVEXだった。
さらに左では、RAVEN EDGEが別部隊を倒す。だが一人を失い、二人生存になっている。
残り三部隊。
NOVA-3。
AURAVEX。
RAVEN EDGE。
右の建物は、壁も屋根もある。だが二階の割れた窓には、AURAVEXの銃口が残っていた。入口へ寄れば、一階と二階の銃口が上下から重なる。
左のコンテナ列には、二人になったRAVEN EDGE。正面にあるのは、広告塗装の剥げた配送車だけだった。
「左、二人とも見てます。俺が止められるのは数秒です」
航平の報告を聞き、夕奈は左を見直さなかった。遥真は配送車の向こうに照準を置き、撃たずに待っている。
「配送車を取ります」
AURAVEXの一人が車体の向こうから半身を出した。遥真の照準はすでに合っている。それでも、銃声は鳴らない。
「撃てる。カバーあるか」
「ある。私が先に割る」
夕奈は車体の左から出た。敵の初弾でコントローラーが震える。Scout-56の照準も上へ跳ねたが、右スティックを押し戻し、二発目を胸元に残した。
青いシールドが砕ける。
「合わせる」
遥真の連射が、壁へ戻ろうとした敵を追い越した。最初のダウン表示が出る。
残る二人は、一階と二階へ分かれた。一階側が倒れた味方に触れ、窓側が配送車の左右へ弾を刻む。
「起こしに入りました。窓が守ってます」
「航平さん、入口を剥がしてください。ハルは一階。窓は私が割ります」
航平のクラックチャージが入口の内側で爆ぜた。起こしの音が切れ、一階側が奥へ逃げる。同時に、左から来た弾が配送車を叩き、航平のシールド表示を削った。
「左、前へ出ました。二秒なら作れます」
夕奈は返事の代わりに車体の右へ滑った。
窓の敵が待っていた。一発目で夕奈のシールドが削られ、二発目が画面を揺らす。Scout-56の小さい反動だけを親指で殺し、窓枠ではなく、その奥の肩に続けて入れた。
「窓、割りました」
遥真は一階の出口に弾を二度残してから、照準を上げた。窓の敵が倒れる。直後に銃声が途切れ、乾いたリロード音に変わった。
一階側は、その空白を使った。起こしへ戻らず、入口から夕奈へ走ってくる。
夕奈はScout-56を下ろし、SMGを抜いた。持ち替えの間に敵の弾が入り、残っていたシールドが消える。
敵の銃口は、リロード中の遥真ではなく夕奈へ向いている。
夕奈は配送車の角を一歩だけ回った。連射で照準が持ち上がるたび、胸元へ引き戻す。弾数表示が赤へ近づき、相手の体力が先に尽きた。
AURAVEXの三人目が崩れ、部隊撃破の表示が走った。
右の建物に三つのデスボックスが残る。夕奈は物資欄を一度も開かず、視点を左へ振った。
「デスボは見ません。配送車で迎えます」
「回復ウルト、置きます」
航平が車体の陰に小型装置を設置した。青い脈動が一度入る。夕奈もシールドパックを一つ使ったが、まだ最大には届かない。
回復を待ち切る前に、RAVEN EDGEの二人がコンテナ列から飛び出した。
航平が車体の左へ一瞬だけ出る。集中射撃で戻りかけたシールドを失い、体力にも弾が入った。
「先頭は車一台分前。もう一人は――」
報告が切れ、航平が配送車の脇でダウンした。左奥という最後の二文字は、通話に乗らなかった。
「前、削る」
遥真の弾が先頭に入り、敵の銃口が右へ向く。
夕奈はその横腹へSMGを撃ち込んだ。シールド表示は欠けたままだったが、敵の体力表示が先に消えた。
最後の一人は、夕奈が見ていた右ではなく車体の左から出た。削れたままの夕奈へ初弾が入り、画面が赤くなる。
遥真は先頭への射撃を切ったあと、航平が倒れた側へ照準を戻していた。短い連射が響き、最後の体力表示が消えた。
銃声より一拍遅れて、CHAMPIONの文字が画面を覆った。
「勝った」
夕奈の声が裏返った。
「勝った」
遥真も同じ言葉を言った。
「ナイスです。いや、ほんとに」
航平の声に、夕奈は背もたれへ倒れ込んだ。握ったままのコントローラーを胸の上へ引き寄せ、もう一度、画面の文字を見た。
勝利表示の向こうで、部隊HUDのKOHEIだけが赤いままだった。夕奈は反射で航平を起こそうとした。試合終了後の画面は何も受けつけなかった。
「胃だけ残りました。俺は倒れてますけど」
夕奈は吹き出して、起こすボタンから指を離した。
「待った分、取れた」
遥真が言った。
「はい。勝ちました。三人で」
リザルト画面が表示される。
一位、6キル。順位12ptとキル6ptで、獲得18pt。
三人の声が落ち着いてから、三好玲奈が通話へ入った。
「お疲れさまでした。最後、取りましたね」
「はい」
夕奈はリザルトを開いたまま返した。一位の表示を見ていると、最後に途切れた航平の声も戻ってきた。
「最後は、航平さんの報告を聞き切れませんでした」
「そこ、勝った画面で言います?」
航平が笑った。夕奈も笑いながら、「録画、あとで見せてください」と頼んだ。
玲奈が総合表を開いた。
「次は、五試合を通した結果を見ます」
夕奈は総合表のAURAVEXを見た。
「総合ではまだ向こうが上です」
「そうですね。五試合を通した安定性では、AURAVEXが上です」
画面の隅に通知が出た。公式スクリム参加者用のチャットだった。AURAVEXの紗月から、短いメッセージが届いている。
『最後、三人とも同じ場所を見てたね』
夕奈は声に出して読んだ。
「同じ場所じゃない」
遥真がすぐに言う。
「航平は左を見てた。ユウナは正面。俺は倒す相手」
「たぶん、そういう意味で書いたんじゃないと思いますよ」
航平が返すと、遥真は黙った。夕奈は声を立てて笑い、紗月の一行へ目を戻した。返事を考えるうちに、また口元がゆるんだ。




