第25話 三試合目と四試合目
三試合目。
NOVA-3は降下後の物資回収を切り上げた。早かったのか、また遅かったのか、夕奈は時刻を見なかった。Scout-56には2倍サイトがつき、近い相手へ持ち替える武器もある。航平は最後の箱を一度開き、何も取らずに閉じた。
「行きますか」
確認したのは航平だった。
「行きます」
遥真の返事を聞く前に、夕奈はマップを開いた。東では銃声が続き、キルログにはRAZEONとFORGE-Xが交互に流れている。弱った相手へ寄る道もある。
「東、まだやってる」
遥真が言った。
「南から入ります」
「撃ちに行かない?」
「行きません」
夕奈は言い切った。前の二試合で使った弾と時間が、まだ手の中に残っている気がした。先に建物を取りたいというより、三試合続けて同じ話をしたくなかった。
三人は銃声から離れ、次のエリアへ向かった。ラウンド2の縮小が始まる前に、三人はエリア南側の整備棟へ入った。
二階建ての低い建物だった。正面には大きな搬入口があり、東側には細い通路へ出る扉がある。裏手のサービス口からは、次の建物まで短い距離を壁伝いに移動できた。中央の強い建物ではないが、周囲を見渡せる窓と、次のエリアへ進む二つの道があった。
「取れましたね」
航平が言った。
「正面、二部隊います」
夕奈は二階の窓から北側の道路を見た。
「右の車両裏に一部隊。奥の倉庫にもいます」
「正面見る」
遥真が別の窓へ移動する。
「後ろは俺が見ます」
航平は一階へ下りた。
夕奈は右側から来る部隊と次のエリア候補を確認する。遥真は正面の敵を撃てる角度まで広がり、航平は背後を警戒した。
「正面、一人出る」
遥真のRaptor-5が火を噴いた。
道路を渡ろうとした敵のシールドが削れる。相手はすぐに車両の陰へ戻り、別の窓からNOVA-3へ弾を返してきた。
「六十入れた」
「その窓だけ止めてください」
「分かった」
夕奈は右の部隊に照準を戻す。
夕奈が次のエリア候補へ印を置こうとしたところで、航平の声が入った。
「後ろ、足音。近いです」
「一部隊?」
「たぶん三人。裏の壁まで来てる」
夕奈は一階へ下りた。裏手のサービス口は閉まっている。その向こうで、金属を踏む足音がした。
「裏、私も見ます」
「正面が出る」
遥真の声と銃声が重なる。
北側の部隊が、こちらの視線が減った直後に前へ出ていた。
「ハル、正面を止めてください」
「止める。戻る?」
夕奈はサービス口と東側の扉を交互に見た。裏の敵を押し返すべきか。東側から次の建物へ移るべきか。航平は裏手の階段下にいる。遥真は二階の北側。夕奈は一階中央。三人とも建物の中にいるのに、助け合うには遠かった。サービス口の外で、何かが床を転がる音がした。
「センサー、入る!」
扉の隙間から転がったパルスセンサーが作動する。一度目の走査で、一階中央の夕奈、階段下の航平、二階の遥真が別々の輪郭として浮いた。
夕奈が本体を撃ち、二度目の走査を止める。だが、敵には三人の距離まで伝わっていた。
続けて、別の敵がクラックチャージを乗せた一発を撃ち込み、サービス口の内側で爆ぜた。夕奈のシールドが削れ、航平はさらに深く下がる。
「東から出ます」
夕奈が言ったとき、東側の扉にも銃弾が刺さった。
いつの間にか、裏から来た部隊の一人が外周を回っていた。扉を開ければ、正面から撃たれる。
「東、使えません」
「上に来る」
遥真の声が近づく。
二階の窓から別の投げ物が入った。遥真が階段へ戻ろうとするが、正面の部隊から射線を通されている。
「ハル、下まで戻れますか」
「今は無理。正面に見られてる」
「裏、入ってきます」
航平が撃った。
Lancer-56の連射音が一階に響く。サービス口から入ろうとした敵のシールドを削るが、倒し切れない。相手は壁の外へ戻り、別の一人が窓から航平を撃った。
「一人割った。でも、こっちも割れました」
「パック使ってください。私が裏を――」
「正面二人、建物まで来る」
遥真の報告に、夕奈の指が止まりかけた。裏の部隊だけではない。遥真が止めていた正面の部隊も、NOVA-3が建物の中へ押し込まれたあと、近づいている。
「二階へ上がります。三人で――」
夕奈が言い切る前に、航平の体力が削り切られた。
「すみません、ダウン」
航平が倒れる。
裏手から敵が建物へ入った。
夕奈はSMGに持ち替え、一人を撃ち返した。シールドを割る。敵が階段の陰へ引く。
追えば落とせるかもしれない。だが航平を起こすには、サービス口と階段の両方を止めなければならない。
「下、行く」
遥真が二階から降りようとする。
その背中を、正面の窓から弾が追った。遥真のシールドが割れ、階段途中で足が止まる。
「降りられない」
夕奈は航平のそばへ寄ろうとした。サービス口から二人目が入る。
階段上からも銃声が落ちてくる。
建物の中にいたはずなのに、逃げる場所がどこにもなかった。
夕奈は一人をダウンさせ、確定まで取った。だが、その直後に横から撃たれた。画面が傾く。
遥真も二階で倒され、NOVA-3の部隊全滅表示が流れた。
リザルトは七位。1キルと順位3ptで、獲得は4pt。
試合終了後、夕奈は4ptの横へペンを置いた。全滅したときの三人は、二階、一階中央、サービス口にいた。線で結ぼうとしたが、最初の一本が壁を横切る。夕奈はそこで止めた。
「俺、最初から下にいた方がよかった?」
遥真が聞いた。
夕奈は答える前に、正面を止めていた遥真の声を思い出した。下にいれば航平のそばには立てた。正面の部隊は、もっと早く窓へ来たかもしれない。
「まだ分かりません」
航平は録画を開かなかった。
「俺は、下にいてほしかったです」
遥真がそちらを見る。
「最初から?」
「俺が撃たれたときには。最初から下にいたら、正面が来るので」
「いつ下りればよかった?」
航平は答えられず、水を飲んだ。夕奈は二人の位置を結びかけた線を指でこすった。インクが乾いていて、薄くもならない。
「私、二人を呼ぶのが遅かったです」
「呼ばれても、俺は降りられなかった」
「じゃあ、何を変えればいいんですか」
夕奈の声が大きくなった。公式配信には乗らない三人用の通話でも、スタッフには聞こえている。そう気づいてから声を下げた。
次の試合まで四分。役割を書き直す時間はあっても、二人の返事は出なかった。
順位表では、AURAVEXが三試合目も上位に残っていた。次のカウントが始まった。
◇
四試合目。
四試合目の待機画面で、航平のウルトだけが前の試合と変わっていた。回復ではなく、移動系になっている。
「変えるんですか」
夕奈が気づいたときには、選択の締切まで数秒だった。
「出口を残せなかったので。次は自分で作れる方にします」
「先に言ってください」
「言ったら、また三人で正解か話すでしょう」
航平がこんな言い方をするのは珍しかった。夕奈は回復がなくなる危険を言おうとしたが、カウントがゼロになる。
降下後、夕奈はScout-56とSMGを、遥真はRaptor-5を拾った。NOVA-3はラウンド1の終わりに、工業区の外周を移動していた。航平が回復を持っていないことを、夕奈はシールドが少し欠けるたびに思い出した。
右側には低いコンクリート壁が続き、その先に次のエリアへ入る細い道がある。左側には二階建ての倉庫が並び、窓の一部が割れていた。夕奈は先頭に立ち、次に入る壁を見ていた。
「右壁まで行きます。入ったら、私は正面。ハルは左の窓を止めてください。航平さん、後ろと戻る道をお願いします」
「了解」
「分かった」
そのとき、右前方の資材置き場から敵が一人走り出した。味方二人より先行し、遮蔽は低い資材箱だけだった。
「右、撃てる――」
遥真の声に、航平の報告が重なった。
「左の倉庫、別部隊来ます。三人――」
「何秒ですか」
夕奈が聞く。
「十五秒くらい。まだ窓には出てません」
遥真は敵に照準を合わせたまま、一度だけ言葉を切った。
「右、一人。撃てる。カバーあるか」
夕奈は周囲を見た。敵の残り二人は右奥、別部隊は左の倉庫内。倒したあと右壁へ抜ける道は残っている。
「あります」
十五秒という航平の数字を頭に残し、夕奈はScout-56のサイトをのぞいた。
「右壁へ抜けられる間だけ撃ちます」
「合わせる」
遥真が撃つより先に、夕奈は引き金を引いた。
Scout-56の弾が敵のシールドに入る。相手が振り向く。
「七十二。あと少し」
遥真のRaptor-5が続いた。
高い連射音が短く響き、敵が低い資材箱の横へ崩れる。
「ダウン」
敵の残り二人が、右奥の壁から顔を出した。
二人は、倒れた味方との間を詰めてくる。
「二人出る」
遥真はダウンした敵へ近づかず、残り二人が通る場所に射線を置いた。一人が壁から出て、弾を浴びて引き返す。
夕奈はScout-56で、もう一人が回り込む角度を見た。
航平が倒れた敵へ短く撃ち込み、完全撃破を確かめる。その勢いのままデスボックスの横を滑り、物資欄は開かなかった。
「左、窓に来た」
夕奈の視界の端で、倉庫の二階に敵影が出た。
十五秒。航平の報告どおりだった。
「離れます。右壁」
三人が同時に動く。
遥真が最後に一度だけ残った二人へ弾を送り、前へ出る動きを止める。航平はデスボックスの横を通り過ぎながら、左の倉庫へスモークを投げた。白い煙が窓と道路の間に広がる。夕奈は右壁へ到達した。続いて航平。最後に遥真が入る。
「全員います」
航平が確認する。
「シールドは?」
「七十五。パック使える」
「俺は最大」
「私も一枚使います。壁の先へ移動します」
夕奈はシールドパックを使った。二秒半。
その間に、後方で銃声が始まった。孤立した味方を失った二人と、左の倉庫から来た部隊が撃ち合っている。NOVA-3を追う余裕はない。夕奈はパックの使用を終え、右壁の先へ出た。
「次の建物、入れます。航平さん、出口は?」
「北側を残します。南は倉庫から見られます」
「ハル、南を止めてください。私は正面を見ます」
「了解」
三人は小さな管理棟へ入った。夕奈は正面と次の移動先、遥真は南の窓、航平は北の出口と戻る通路を見た。
敵の投げ物が一つ、残すと決めた北側の出口から入った。
「北、使え――」
爆発で航平の声が切れた。夕奈は最初の「北」だけを聞いて出口へ寄り、二発を受けて戻った。
「北は使えません。南しかないです。倉庫から見られます」
三人は南側へ寄った。決めていた出口は、最初の投げ物でなくなった。
夕奈は南の窓から次の低い壁を確認する。
「次、南壁です。ハル、撃って止められますか」
「止められる。二人見える」
「お願いします。撃っている間に渡ります」
遥真の射撃で敵が遮蔽へ下がる。
夕奈と航平が先に渡り、二人で射線を作る。遥真が最後に移動する。夕奈のシールドは、北側で受けた二発ぶん欠けたままだった。
ラウンド4の終盤でも、まだ九部隊が残っていた。窓を撃てば斜面から、斜面へ返せば車両裏から弾が来る。どの部隊も、削った相手を追うより、次の収縮で使う遮蔽物を守っていた。
収縮に押されて北側の壁から出た敵へ、三人の弾が集まった。倒れた敵の後ろから残る二人が撃ち返す。夕奈はデスボックスへ視点を振らず、その射撃が管理棟へ向いている間に出口を渡った。収縮が閉じる十数秒で、押し出された部隊同士の銃声が重なり、部隊撃破の表示が続いた。NOVA-3はラウンド5まで三人生存で残った。
残り五部隊。
初めて三人で潜ったランクでも、NOVA-3が落ちたときは残り五部隊だった。あの夜は、先に落ちた部隊の跡に、次の遮蔽へつなぐ道が残っていた。今は違う。強い建物にはAURAVEX共通の競技スキンが見え、北側の高所にはTIERAX共通の競技スキンが並んでいる。車両の向こうにも、低い壁の先にも、まだ誰かの銃口がある。NOVA-3はその隙間、低い壁と車両の間に残っていた。有利な場所ではない。使える出口と三人の位置は分かっている。
「正面、二人。こっち見てます」
夕奈が報告する。
右の車両裏で、一人のシールドが割れる光が見えた。
「右の車両、別部隊。一人、割れてる」
遥真が言う。
「後ろは来ません。次の移動、左しかないです」
航平が続けた。
北西で続いていた銃声が、急に止んだ。
キルログに部隊撃破の表示が流れる。
「北西、一部隊残ってます」
航平が言った。
「今すぐは来ませんが、戦闘が終わったなら寄ってくるかもしれません」
夕奈はマップの北西を一度だけ確認した。
今は見えない。だが、いないとは限らない。
ラウンドが縮み始める。
「右の割れた一人、落とす?」
遥真が聞く。夕奈は一瞬だけ迷った。
落とせればキルptになる。右の部隊も弱くなる。だが撃てば、正面の部隊がこちらへ詰める。次に進む左側の道も狭い。
「撃ちません。左へ動く準備をします」
「分かった」
遥真の銃口が、割れた敵から左の移動路へ戻った。
航平が左側にスモークを置き、移動ウルトを起動する。三人の足元に加速の光が走った。
三人は同じ壁を越えた。煙で正面の視界は切れても、白い幕から先へ伸びる光の軌跡までは消えない。
途中で正面の部隊に撃たれ、夕奈のシールドが割れる。遥真が振り返って射線を返し、敵を下がらせる。航平が次の遮蔽までの距離を伝える。
「あと一台。そこまで行けば切れます」
夕奈は走った。車両の陰へ滑り込む。遥真も入る。
航平が最後に続こうとした瞬間、北西から弾が伸びた。煙の外へ伸びた加速の光の先へ、戦闘を終えた部隊が射線を通してきた。
「右後ろ、来ました」
先ほど戦闘を終えた部隊が、外周から回り込んでいた。
航平のシールドが割れ、体力まで削られる。
「入れない。俺、右を止めます」
「戻れますか」
「今は無理です」
遥真が車両の右から体を出した。
「カバーする」
二人の射撃で敵が一度下がる。
航平がその間に走り、車両の陰へ入った。三人は揃った。
だが回復する時間は残っていない。左からも敵が近づく。右後方の部隊が投げ物を入れる。
「車両、持ちません」
航平の声。夕奈は正面を見た。
次の遮蔽までは遠い。三人で渡れる道はない。最後に残った位置が、ほかの部隊より弱かった。
「右を押し返します。一人落として、車両の向こうを取ります」
「行ける」
「スモーク、最後です。入れます」
航平が投げる。夕奈が先に出た。
「先頭、コンカッション入れる」
遥真の低い一発が、右後方から出た敵の足を鈍らせる。
右後方の敵へSMGを撃ち、一人のシールドを割る。遥真の弾が重なり、敵がダウンする。
「一人落とした」
残り二人が下がる。
三人は車両の向こうへ出た。
だが、その瞬間に左側の部隊から射線が通った。
航平が倒れる。
夕奈は振り向いて撃ち返すが、右の敵も立て直している。
遥真が一人を大きく削った。
「左、ロー」
夕奈はその敵を落とした。
直後、右側から撃たれる。残っていた体力が消える。
遥真も最後まで撃ち続けたが、二方向を一人では止められなかった。
観戦画面に切り替わる直前、右と左で一つずつ撃破表示が増えた。夕奈たちがダウンさせた二人を、収縮と別部隊の射線が起こさせなかった。
NOVA-3の四試合目は、四位で終わった。
4キル。順位ptを加え、獲得は9pt。これまでで一番高い。
「四位でした」
夕奈はリザルトの9ptを見て、椅子の背にもたれた。
「四位は、喜んでいい順位ですか」
航平が聞いた。
「今、喜んでます」
言ってから、夕奈は口元を手で押さえた。
「俺も」
遥真も答えた。三人ともリザルトを閉じず、しばらく点数を見ていた。
「最後の車両、左右から見られてた」
遥真が言う。
「入ったときは、少し持つと思いました」
夕奈は答えた。
「俺もです。入れたときは、回復まで通ると思いました」
リザルトの横では、AURAVEXがまだ上位にいる。NOVA-3は四試合目でptを伸ばしたが、総合では二桁順位。差は縮まっても、追いついてはいない。
玲奈が運営用の通話へ入った。
「四試合目、お疲れさまでした」
「お疲れさまです」
夕奈はリザルト画面を最小化した。
「公式配信では、NOVA-3は前の二試合より迷いが減った、と実況されています。解説からは、最後に残った車両が弱かったとも指摘されています」
「次が最後の試合です」
玲奈が言った。
「五試合の評価には、ここまでの四試合も含まれます」
三人は黙って聞いていた。
玲奈が運営用の通話から抜けた。
「次、勝てばいい」
遥真が言った。
「それは作戦じゃないですよ」
「知ってる」




