第24話 二試合目、長すぎた戦闘
二試合目の輸送機へ乗っても、三人は一試合目の話を終えていなかった。
「早く出ればいい、とは思いません」
航平がもう一度言う。
「でも、遅かった」
遥真の返事に、夕奈は降下地点を選びながら口を挟んだ。
「二人とも、今は下を見てください」
会話を止めたつもりだった。自分だけが結論を持っているように聞こえたかもしれない。
夕奈はヘッドセットを耳へ押し直した。右側だけ、さっきより強く当たる。一試合目の最後に車両へ体を寄せたとき、自分まで画面の右へ傾いていたらしい。座り直しても、肩の高さが戻らない。
「採掘集落でいい?」
遥真が聞く。
夕奈は一度「はい」と答え、輸送機の後方に別の部隊がいるのを見て、降下の印を半棟ぶんずらした。
「どっち?」
「同じ集落です。南側から入ります」
「今の印、最初は北だった」
「見えた部隊を避けただけです」
説明すればするほど、判断を疑われたような気持ちになる。遥真は責めたわけではなく、降りる屋根を知りたかっただけかもしれない。
航平が二人の間へ入るように、南側の大きな倉庫へ別の印を置いた。
「俺はここにします。二人のどちらへも行けるので」
「私たち、そんなに離れてません」
「距離の話だけではないです」
三人は同時に飛び出したが、夕奈の軌道だけが最後まで小さく揺れた。
NOVA-3は南東の採掘集落へ降りた。周囲に被せてくる部隊はいない。夕奈は最初の建物でMP9を拾い、隣の倉庫でScout-56と2倍サイトを揃えた。
拡張マガジンも予備の回復も欲しかった。もう一棟だけ、と頭に浮かぶ。夕奈は開いていない物資箱へ背を向けた。
「出ます」
「俺、近い武器がない」
遥真が言う。
夕奈の足が止まりかけた。
「戦えますか」
「戦える。でも、入られたら弱い」
航平も、自分は煙を一つしか持っていないと伝えた。一試合目より早く出たい気持ちと、二人の足りない物が同時に聞こえる。
「途中で拾います」
夕奈は言った。二人の了解を待つ前に走り出し、少し遅れて足音がついてきた。
三人はラウンド1の縮小が始まる前に集落を離れた。
北西へ続く斜面を越えると、低いコンクリート建屋が二棟並ぶ浄水施設が見えた。敷地の外では、一人の敵が開いた物資箱を漁っている。残り二人は奥の建屋にいた。
一人だけ、味方から離れている。
夕奈たちは斜面の岩陰に三人とも入っていた。敵より高く、遮蔽もある。背後の銃声は遠い。短く落とせれば、次の移動に使う弾と回復も補充できる。
「外、一人。建物まで距離あります」
「撃てる」
遥真の照準は、すでに敵を捉えていた。
「航平さん、奥の二人を見られますか」
「窓と正面扉、見ます。今ならカバーが来るまで時間あります」
「外から落とします。ハル、お願いします」
夕奈がScout-56で先に撃った。
二発目で敵が振り向き、続く弾がシールドを割る。相手が建屋へ走り出したところへ、遥真のRaptor-5が伸びた。
「ダウン」
敵は正面扉の手前で崩れ、そのまま建物の中へ這っていく。
残り二人が窓と扉から撃ち返してきた。航平のランサーが窓を押さえ、敵を奥へ戻す。
「詰めます。三人で右側から」
夕奈は斜面を下りた。
人数は三対二。位置もシールドもNOVA-3が有利だった。敵が味方を起こす前に建屋へ圧をかけられる。
正面扉の前まで来ると、内側から銃弾が抜けてきた。夕奈は壁へ戻り、削られたシールドをパック一つで戻す。
「ダウンした人、扉の奥。起こしてます」
航平の報告が入った。
「戦術、切ります。止めます」
夕奈はクラックチャージを起動し、側面の窓へ次の一発を撃ち込んだ。小さな爆発で窓際の敵が奥へ下がる。遥真が正面扉へ回り、開いた瞬間にRaptor-5を撃った。
「一人、六十。奥へ引いた」
「起こすの、まだ続いてます」
航平が投げ物を扉の奥に入れた。爆発で一度は手を止めさせたが、ダウンした敵はさらに奥へ這い、もう一人が扉の前で射線を作っていた。
夕奈は窓からScout-56を撃つ。壁際に見えた肩に二発入れたが、倒し切れない。
「右の扉、開きます」
敵が反対側から顔を出した。航平がそちらへ照準を振る。
その隙に、正面側の敵が再びダウンした味方へ寄った。
「もう一回、起こしてる」
「窓、俺が見る」
遥真が窓の敵を押さえた。
だが、正面扉と右の扉まで一人では見られない。
夕奈が右へ回った瞬間、建物の奥でダウン表示が消えた。
敵は味方を起こしきった。
人数だけは、三対三に戻る。
起こされた敵の耐久は十分ではない。追えば、まだ倒せる可能性はあった。
ただし、そのために使った時間は戻らない。
夕奈は残弾表示を見た。クラックチャージは再使用まであと八秒。投げ物も二つ減っている。遥真の5.56弾も減り、航平は窓からの撃ち返しでパックを二つ使っていた。
北側から聞こえていた銃声が、先ほどより近い。
ラウンド2の縮小開始を知らせる表示が出た。
「北、近いです」
航平が言った。
銃声の方向を確認しながら続ける。
「一部隊、こっちへ寄ってます。あと三十秒くらいで施設まで来ます」
窓から敵が一瞬だけ体を出した。
遥真のRaptor-5が短く火を噴く。青い光が砕けた。
「一人、割った。行くなら今」
行けば倒せる。離れるなら、今しかない。二つの答えが、夕奈の中に同時に浮かんだ。
一人をダウンさせた。
敵に回復を使わせた。
こちらも弾と投げ物を使った。
途中でやめたら、最初の一分が全部無駄になる気がした。
割れた敵が窓の奥へ消える。
クラックチャージの表示が戻った。
「倒し切ります。右扉へクラック。ハルは窓から入ってください」
「了解」
「北が来たら、すぐ抜けます」
航平の返事には、わずかな間があった。
夕奈は右扉へ走り、クラックチャージを乗せた一発を扉の内側へ撃ち込んだ。小さな爆発に、入口を見ていた敵が奥へずれる。航平が正面へ射線を出し、残る敵を引きつけた。
遥真はブーストステップで窓枠を越えた。加速の出始めには撃てない。着地まで、夕奈と航平が敵を止め、遥真は動きが切れたところで割った一人へ距離を詰める。
建屋の中で銃声が重なる。
夕奈はMP9に持ち替え、最初に起こされた敵と至近距離で撃ち合った。二十発を撃ち切り、相手の残ったシールドと体力を削り切る。
リロードへ入ったところで別の敵から撃たれ、ミディアムシールドが半分以上消えた。
「右、一人ダウン。私、削られてます」
「奥、見る」
航平のCARが夕奈を撃った敵に入る。敵が遮蔽へ戻った隙に、夕奈は壁際へ下がった。
遥真のRaptor-5が建屋の奥へ続けて弾を送った。
「奥ダウン。最後、正面側」
残った敵が外へ逃げようとした。航平が扉を押さえ、夕奈はリロードを終えたMP9で横から合わせる。
部隊撃破の表示が出た。
最初の一発から、一分以上が過ぎていた。
「北、来ます。三人、斜面上」
航平の報告とほぼ同時に、建屋の壁に弾が当たった。物資を取る時間はなかった。
夕奈は壁際でフルシールドパックを使い始めた。最大まで戻すには五秒かかる。
残り三秒を切ったところで窓から弾が入り、床と壁に火花が散った。
「入ってくる。中断して」
夕奈は使用を止めた。
シールドは一つも戻らず、フルも消費されていない。
「右の壁までスモーク。三人で抜けます」
航平がスモークを一つ正面へ投げた。白い煙が入口を覆う。遥真がRaptor-5をリロードする。
クラックチャージも、遥真のブーストステップも、まだ再使用できない。攻めるために切った二つは、逃げる数秒には戻らなかった。
「5.56、残り少ない」
「私も渡せません。Scout分しかないです」
「行きます」
三人は煙の中から右へ出た。
敵は正面から無理に追わず、斜面の左右へ広がっていた。右壁へ向かうNOVA-3に、別角度から二本の射線が通る。
航平のシールドが割れた。
「右上、一人。左にもいます」
航平はランサーで右上を抑えたが、撃ち続ける間に左から体力を削られた。
「航平さん、下がって」
「壁まで――」
言い切る前に、航平がダウンした。
遥真が振り返り、右上の敵へ残った弾を撃つ。
「一人、ロー」
マガジンが空になった。
リロードへ入った遥真を、左から来た敵が撃つ。
夕奈はScout-56でその敵を止めようとした。二発は当たった。けれど、遥真が倒れる前に敵を止めるには、ダメージが足りなかった。
「ハル、下がれますか」
「無理」
遥真もダウンした。
夕奈は二人を起こせる場所を探した。
右壁までは、あと数歩だった。そこへ入れば一方向は切れる。だが、三人目の敵が壁の先へ回っている。
夕奈はMP9に持ち替えた。
最初の敵部隊を倒したときに使ったマガジンは、まだ満タンではない。
残った弾を撃ち切る前に、視界が暗くなった。
12位。
3キル、順位1pt。合計4pt。
一試合目より数字は良かった。
画面に残ったのは、部隊全滅の表示だった。
夕奈はコントローラーから手を離せなかった。
右の親指だけが、敵のいない画面に照準を押し続けている。力を抜こうとすると、関節の内側が遅れて痛んだ。指を一本ずつ開くと、手のひらに爪の跡が残っていた。
通話には、PCのファンと三人の呼吸だけが入っていた。航平もすぐには録画を開かず、遥真も次の試合の話をしなかった。
「勝ったのに」
「うん」
遥真が短く答えた。
航平は録画ファイルを一度開き、すぐに閉じた。
「俺も、倒し切ったときはそう思いました」
夕奈は手のひらを膝に伏せた。爪の跡は、画面から目を離しても消えなかった。
「目の前の部隊には、ですね」
航平は録画を開こうとして、また閉じた。画面の隅では公式配信が二試合目のハイライトへ切り替わった。
AURAVEXは移動中の部隊から一人をダウンさせ、別部隊が近づいた瞬間、残る二人を置いて次の建物へ移っている。ただ、最初から次の建物を空けていたのかは、短い映像には映っていなかった。
その下へ二試合終了時点の総合順位が重なった。AURAVEXは3位、NOVA-3は15位。目の前の一部隊を倒した三人は、順位表ではさらに遠くにいた。
「最初に出るの、早すぎましたか」
夕奈が聞く。
「俺は近い武器がなかった」
遥真が答えた。
「でも、最初の一人は倒せました」
「倒したあと、近い武器が欲しかった」
遥真は同じことを言っているのに、夕奈には責められているように聞こえた。
「俺は煙が一つでした」
航平も続ける。
「それでも出るって言われて、途中で拾えばいいと思いました。実際、拾う時間はなかったです」
「二人とも、出るときに止めなかったじゃないですか」
言った瞬間、通話が静かになった。
夕奈は手のひらを膝へ伏せた。爪の跡が皮膚の内側で熱を持っている。
「止めたら、また俺のせいで遅くなると思った」
遥真が言う。
「俺は、早く出ること自体には反対じゃなかったです」
航平の答えは、どちらにもつかなかった。
待機画面に三試合目まで三分と出る。
「次、途中で止めるかもしれません。最初に行くと言っていても」
「止めるなら早く言って」
遥真は録画ではなく、夕奈のアバターを見ていた。
「俺は、まだ速く行けば終わったと思ってる」
「私は、起こされた時点で離れたかったです」
「それ、今初めて聞いた」
「……言いませんでした」
夕奈は膝に伏せていた手を、コントローラーへ戻した。




