第21話 同じ修正を、もう一度
中華料理店で話した翌日、夕奈はパーティーランク配信の開始三十分前に通話へ入った。
航平はすでに通話にいたが、共有画面は黒いままだった。マイクの向こうで、紙袋がかすかに鳴った。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
前夜と同じ挨拶はできた。そこから先を、どちらも食事の続きにはしなかった。
「餃子、四つ残りましたよね」
航平が先に言った。
「覚えています」
「持ち帰りにしたんですが、冷蔵庫へ入れたままです」
「それ、今ここで話すことですか」
「昨日決めたことより、忘れにくかったので」
夕奈はスマートフォンのメモを開いた。昨夜打った「迷ったとき」だけが一行目に残り、その先は空白だった。
遥真の表示も通話にはあったが、マイクはミュートのままだった。
「ハルさん、聞こえてます?」
返事がない。航平が個別メッセージを送ると、数秒後にミュートが外れた。
「聞いてた」
「返事してください」
初回のラジオで話したのと同じやり取りになり、夕奈は笑いかけた。昨日の店で言えなかったことまで、笑って済ませるようで、口元だけが途中で止まる。
「撃てるときは、今日も言ってください」
夕奈が言う。
「うん」
「私は、止めるときに理由を言います。たぶん」
「たぶん?」
「言えなかったら、聞いてください」
遥真はすぐには返さなかった。
「昨日みたいに?」
「昨日より、試合の中のことを先に見ます」
約束ではなく願いに近かった。航平は役割を整理せず、配信用ソフトの時刻だけを確認した。
「餃子の話よりは覚えておきます」
夕奈は配信用ソフトを立ち上げた。
配信開始時刻になり、三人のアバターが同じ画面に並ぶ。挨拶を終えて、最初のランクマッチへ入った。
ラウンド2の縮小まで、残り一分。
NOVA-3は低い丘を越え、エリア内の車両整備所を目指していた。
三人の耐久と物資は足りている。航平も、近い銃声はないと伝えた。
丘の右下には、倉庫が二棟並んでいた。
その間を敵が一人で走った。
「右、一人。離れてる」
遥真が撃つ。
Raptor-5の連射が敵のミディアムシールドを削り、相手は倉庫の外壁へ滑り込んだ。
「七十。まだ撃てる」
「俺も届きます」
航平の声が続く。
夕奈もScout-56の2倍サイトをのぞいた。
敵が隠れた壁までは近い。夕奈が正面を押さえ、航平が左へ広がれば、遥真を一人で出さずに済む。
残り時間が一分を切ったのを見た途端、昨夜、リングに追われた画面が重なった。
「追いません。先に入ります」
遥真の射撃が止まった。
「落とせると思う」
「残り二人が倉庫にいます。長くしたくないです」
一拍置いて、遥真が答えた。
「了解」
三人は丘の北側へ走り出した。背後で回復音が止まった。
「後ろ、同じ道来てます」
航平が振り返る。
やがて三人分の足音が一つに重なった。次のエリアへ向かう道は、NOVA-3と同じ丘しかない。
追う三人の足元に、移動ウルトの光が走った。加速中の軌跡は隠せない。丘を越えてくることは見えたが、距離を詰められる速さまでは止められなかった。
移動ウルトの軌跡も、NOVA-3ではなく次のエリアへ向かっている。
後方から弾が飛んでくる。
遥真が振り返って撃ち返すが、走りながらでは相手を押し戻しきれない。
「右の岩まで行く」
「待って、正面いる」
航平の報告と同時に、車両整備所の二階から銃声が伸びた。
夕奈のシールドが大きく削られる。
整備所には、別の部隊が先に入っていた。
夕奈たちが外壁へ滑り込む頃には、背後の部隊も丘の上へ到着している。
前と後ろから射線が通った。
「正面にスモーク入れます」
航平が投げた煙が整備所の入口を隠す。
だが、その直後に背後から撃たれ、航平のシールドが割れた。
「後ろ二人、丘上――」
報告の途中で航平がダウンする。
夕奈は右へ出ようとしたが、煙の外側には二階窓から射線が残っていた。遥真が丘上の一人を割っても、整備所から詰めてくる敵までは止められない。
夕奈が倒れ、最後に残った遥真も二方向から撃たれた。
部隊順位は十五位だった。
「一人、落とせたと思う」
遥真は、全滅の表示が消える前に言った。
「落とせば追われなかった、とはまだ言えません」
航平が言う。敵の足元には移動ウルトが点灯していた。二人になっても、同じ道を先に走れたかもしれない。
「私が止めたせいですか」
夕奈が聞くと、遥真はすぐに答えた。
「止めたあと、向こうが来た」
「それは見れば分かります」
「じゃあ何を聞いたの」
夕奈は言葉に詰まった。正しかったか、怒っているか、次も待ってくれるか。三つを一度に聞こうとしていた。
「次は?」
遥真が聞く。
「次の敵は、今の敵と違います」
夕奈は答えた。逃げたような言葉だった。
二試合目。水路沿いを移動していると、後方から弾が飛んできた。
三人を撃ちながら距離を詰めてくる。
「後ろ、来てます。先頭だけ出すぎてる」
航平が報告する。
敵の一人が斜面を下り、味方二人より大きく前へ出ていた。
遥真が岩陰から照準を合わせる。
「右、一人。落とせる。撃ったあと岩まで戻れる」
「カバー、届きます。周りの銃声も遠いです」
航平の報告に、夕奈は周囲とエリアまでの距離を確認した。
三人のシールドは戻っている。
敵の一人は孤立している。
ただし、残り二人を追えば、水路の外へ出なければならない。
「先頭を落とします。残りは見てから離れます」
夕奈の2倍サイトに、斜面を戻る先頭の肩だけが残った。Scout-56の一発目が入り、二発目でシールドが割れる。
「割りました」
「合わせる」
遥真がコンカッション弾を先に当てた。威力の低い一発に、斜面を戻ろうとした敵の足が鈍る。続くRaptor-5の連射で、敵が水路の斜面に崩れた。
「左の二人、出る――いや、岩裏で止まりました」
航平が報告を訂正する。
夕奈はMP9に持ち替え、倒れた敵を助けに出ようとする二人へ短く弾を送った。
遥真が右側へ照準を残す間に、夕奈と航平が弾を重ね、ダウンした敵を確定する。
残り二人は岩陰から出てこない。
航平がデスボックスから5.56弾とパック二つだけを抜き、拡張マガジンを残した。夕奈は残った二人へ照準を向けたまま、水路の先へ下がる。
三人が移動を始めた直後、残った二人は追ってこなかった。
だが次の収縮で、同じ配色の二人が対岸の高所に現れた。水路を離れたあと、先回りできる斜面を通っていたらしい。航平が名前を確認できたのは、遥真が一人へ弾を当て、相手の表示が出てからだった。
二人を倒すためではなく、背中を見せずに曲がるためにスモークと攻撃ウルトを使った。NOVA-3はエリアへ入れたが、終盤に残った投げ物は一つだけだった。
二試合目は五位で終わった。対岸へ回った二人の姿は、終盤まで消えなかった。
待機画面に戻ると、航平が何も言わず水を飲んだ。遥真は対岸の二人の名前を見ている。夕奈は最初に落とした一人より、残った二人の方を長く覚えていた。
「さっきは撃ってよかったですか」
「最初の一人?」
「全部です」
航平が聞き返す。夕奈は説明できず、「もういいです」と言った。
「よくない」
遥真の声が入る。
夕奈が顔を上げると、遥真は続けた。
「聞いたのに、もういいって言うの」
配信中でなければ、夕奈は言い返していたかもしれない。コメント欄には試合の感想が流れ、三人の通話の間までは映らない。
「三試合目、入ります」
夕奈はマッチングを押した。修正の話をしないまま、次の試合が始まった。
三試合目。
ラウンド4で残り六部隊。
エリア外周の低い建物から、さっきまで見えていた銃口が消えていた。
NOVA-3は、そこを目指していた。
夕奈のシールドは半分。航平の回復はシールドパック一つと応急薬二つだけ。遥真はまだ戦えるが、三人で長い戦闘をする余裕はない。
建物の手前には高い岩場があり、その上を敵部隊が取っていた。
「上、一人見える」
遥真が岩の隙間から狙う。
「割れる。でも倒すなら登る必要がある。登ったら戻れない」
夕奈は高所の敵と建物までの道を見た。
耐久は少ない。位置も不利。
背後からはラウンド4のリングが迫っている。
倒し切る条件はない。
だが、何もせず走れば、高所から撃たれ続ける。
「攻撃ウルトを岩上にお願いします。倒すためじゃなく、下がらせます。詰めません」
「スモークは右でいいですか」
航平の声が少し重なった。
「右です。建物までの射線を切ってください」
「了解」
「予告、出す」
遥真が攻撃ウルトの範囲を岩上へ指定した。赤い予告表示が広がる。高所の敵は直撃を待たず、岩の裏へ下がった。
一拍遅れて連続爆発が岩上を走った。
航平がスモークを投げた。白い煙が高所と建物の間を遮る。
「今、移動します」
三人が同時に走る。
夕奈が先に建物の左側へ入り、航平が後ろの扉を確認する。遥真は高所を見ながら下がり、敵がもう一度顔を出した瞬間だけ撃ち返した。
三人が建物へ入り切ったところで、高所側から別の銃声が重なった。
航平が後方を確認する。
「さっきの部隊、斜面まで下りてます。別の部隊と当たったみたいです」
「こっちには来ますか」
「今は来ません。向こうを見てます」
「来ても、入口で三人で受けます」
夕奈は残弾の少ないScout-56を下ろし、入口へMP9を向けた。
「私は左の窓。ハルさんは正面。航平さんは後ろをお願いします」
「分かった」
「後ろ、見ます」
敵は来なかった。
高所から下りた部隊は別部隊との戦闘を続け、NOVA-3は三人生存のままラウンド5へ進んだ。
最後はエリア中央の建物を取っていた部隊に押し切られ、順位は三位だった。
そのあとも試合を重ね、配信開始から三時間を過ぎた。
配信を終え、三人で「おつNOVAでした」と挨拶をする。
「三試合目の高所、結局こっちには来なかった」
遥真が言った。
「別の部隊を見ていましたから」
航平が答えた。三人の社内連絡アプリがほぼ同時に鳴った。送信者は三好玲奈だった。
『国内公式スクリムへの参加が決定しました』
夕奈は添付された参加資料を開いた。
「来ましたね」
航平のマイクに、椅子を引く音が入った。
「公式スクリム」
遥真も参加一覧を開いたらしい。玲奈から二通目のメッセージが届く。
『一試合だけではなく、五試合を通した結果と、試合間の修正を見ます』
「AURAVEX、いる?」
「います。TIERAXもSONELIAも」
「五試合」
遥真が参加資料の文言を、独り言のように繰り返した。
「最初の三試合、どこから話します?」
「一試合目」
「私は三試合目から見たいです」
夕奈と遥真の声が重なった。
「俺は明日がいいです」
航平が言うと、今度は二人とも黙った。




