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第20話 冷めた餃子

挿絵(By みてみん)

西大井駅の近くにある中華料理店は、夕奈が思っていたより狭かった。


四人掛けのテーブルが五つと、壁際にカウンター席が並んでいる。入口の横では古い冷蔵ケースが低い音を立て、厨房から油と香辛料の匂いが流れてきた。


店の奥に遥真を見つけた瞬間、夕奈の手が鞄の紐を握った。通話を切られる直前と同じ息苦しさが戻る。


航平は遥真の向かいに座り、メニューを広げていた。


「ユウナさん、こっちです」


「お待たせしました」


「俺たちも今来たところです。ハルさんだけ五分前から水を飲んでましたけど」


「それは、今来たところではないですよね」


「俺の中では誤差です」


航平が隣の椅子を引いた。夕奈はそこに座った。正面が遥真になる。遥真は一度だけ夕奈を見た。


「こんばんは」


「……こんばんは」


同じマンションを出て、同じ駅前の店に来ただけなのに、会社で初めて顔を合わせた日より遠く感じた。


航平がメニューを三人の中央に置く。


「先に頼みませんか。空腹のまま話すと、普通の意見まで全部けんかに聞こえるので」


「航平さんは何にするんですか」


「炒飯と餃子です。反省会で胃が削れる前に、補強しておきます」


「それだけ食べたら、別の理由で胃が削れません?」


「そこは食べ終わった俺に任せます」


夕奈はメニューを開いた。文字は読めるのに、注文を決めるまで妙に時間がかかった。


「私は、五目麺にします」


「俺、炒飯」


遥真が言った。


「では炒飯が二人ですね。間違えて俺の分まで食べないでください」


「食べない」


「即答できるくらい、俺の炒飯に興味がないんですね」


航平が店員を呼び、三人分の料理と餃子を注文した。注文を終えると、テーブルに沈黙が戻った。


隣の席の話し声と、厨房で鍋を振る音が響いている。夕奈は水へ手を伸ばしたが、グラスの縁に触れただけで戻した。


最初に話すべきなのは、自分だった。判断を曲げたのも、通話で本当の理由を言わなかったのも自分だ。


「さっきは、ごめんなさい」


夕奈は正面の遥真を見た。


「北に別の部隊がいるかもしれないとは思いました。でも、あのとき止めたのは……」


遥真は何も挟まず、夕奈の言葉を待っていた。


「勝てる場面だと分かっていました。ハルさんが出ても、航平さんと二人でカバーできました。それでも、行ってくださいと言えませんでした」


録画の中で、敵が回復していく五秒間が浮かぶ。


「本気で勝ったら、嫌われるかもしれないと思ったんです」


夕奈は水のグラスに指を添えた。結露が指先を濡らしたが、持ち上げることはできなかった。


「一般の人を三人で追い切るところだけ見られたら、またやりすぎだと言われるかもしれない。販促チームなのに、楽しませるより勝つことばかり考えていると思われるかもしれない。それが怖くなりました」


航平がメニューを閉じ、テーブルの端に寄せた。


メニューの角が、テーブルの縁に当たって少し折れた。航平は直さなかった。


「正直、さっきは腹が立ちました」


夕奈は航平を見る。


「俺は後ろを見て、戻る道も言いました。ハルさんも待った。それでも、画面の外の一言で全部変わった」


航平は折れた角を親指で押さえた。


「嫌われたくないのは分かります。俺たちは配信も仕事ですから。でも、あの試合で判断の基準にされたら、俺とハルさんは合わせられません」


「はい」


「昨日は詰めて、今日は引く。その違いが敵の位置じゃなくて、コメントにあるなら、次に何を信じればいいか分からなくなるので」


夕奈は椅子に座り直した。


「俺は、まだ手を抜いたと思ってる」


遥真が言った。夕奈は顔を上げた。


「でも、実際に私は――」


「負けてもいいと思ってたわけじゃないのは、今分かった。そこは違った」


遥真は水を一口飲み、グラスを置いた。


「俺は、勝つ気がなくなったのかと思った」


「違います」


夕奈はすぐに答えた。


「勝ちたかったです。だから、勝ったあとが怖くなりました。選手として認められたいのに、勝ったことで嫌われたら、何を目指して配信しているのか分からなくなりそうで」


遥真は少し考えてから、夕奈を見た。


「俺は、ユウナを判断役だと思ってる」


「ユウナの判断で勝った試合があるから。俺が見つけた敵を、そのまま撃つより、ユウナが決めた場所で倒す方が三人で勝てる」


夕奈は「ありがとうございます」と言いかけ、やめた。今ここで受け取る言葉ではなかった。


「でも、俺が撃てると言ったら、いつでも行けって意味じゃない」


遥真は続けた。


「敵の位置と、俺が出る場所は言う。戻れるかも伝える。三人で成立しないなら止めてほしい」


「止めても、怒りませんか」


遥真はすぐに答えなかった。テーブルの水滴を、グラスの底で一度だけ押し広げた。


「分からない。でも、理由が試合の中にあるなら待つ」


「分かりました」


「俺も、勝手には出ない」


「そこは前からお願いします」


航平が言うと、遥真は少しだけ視線を落とした。


「気をつけてる」


「以前よりは助かってます。ただ、俺の救助回数が減ったとはまだ言い切れません」


「航平は敵を見てて」


「味方が倒れなければ、もっと長く敵を見られます」


夕奈が笑いかけたところで、店員が料理を運んできた。


二人分の炒飯と五目麺。それから、大きな皿に並んだ餃子。湯気がテーブルの上に広がり、夕奈の視界が一瞬だけ白く曇った。


「食べながらにしますか」


航平が箸を取る。


「先に話し始めたのは航平さんですよ」


「ここまで長くなるとは思ってませんでした。餃子にはあとで謝ります」


夕奈は五目麺に箸を入れたが、まだ話は終わっていなかった。


「次の試合でも、また怖くなるかもしれません」


夕奈は正直に言った。


「一度話しただけで、何も気にならなくなるとは思えません」


航平は餃子へ伸ばしかけた箸を、皿の手前で止めた。


「じゃあ、言ってください」


「でも、試合中に一人で抱えないでください。迷ったら、敵の位置でもコメントのことでも、何に迷っているのか言ってください」


「コメントのことまで通話で言うんですか」


「試合中には聞きたくない」


遥真が先に答えた。


「敵の話なのか、コメントの話なのか分からなくなる」


「でも、言わなければさっきと同じです」


航平の声から、さっきまでの冗談が消えた。


「俺は後ろを見て、戻れるつもりで報告しました。その報告よりコメントが優先されたことを知らないまま、次も待つんですか」


遥真は炒飯の山の、まだ箸を入れていない側を見た。


「『待って』でいい」


「さっきも、そう言われて待ちました」


「では、『コメントが気になっています』と――」


自分で口にして、夕奈は止まった。撃ち合いの途中で言えば、遥真が嫌がる理由も分かる。


「今ここで言い方だけ決めても、次にそのまま言えるか分かりません」


航平は返事をせず、テーブルの端に残っていたメニューの折れを親指で押した。


夕奈は遥真を見た。


「配信で何か言われたら、試合が終わったあとに三人で考えてもいいですか」


遥真は炒飯に箸を入れたまま、数秒黙った。


「それならいい。それと、俺も話す」


航平の箸が止まった。


「ハルさんが、自分から配信で話すと言いました?」


「必要なら話す。長くは無理だけど」


「短くてもいいので、何を見ていたかは言ってください。あとは俺とユウナさんがつなぎます」


「分かった」


「勝てるなら……勝ちます。離れる理由が試合の中にあるなら、離れます」


夕奈は箸袋の端を折りかけ、指を止めた。


「次は待つ。でも、理由が分からないままなら、また言う」


遥真が言った。


「はい」


「後ろは見ます。ただ、止めた理由まで想像する役にはなれません」


航平は、そこでようやく餃子を一つ取った。


「あと、二人がまた通話だけでけんかを終わらせようとしたら、次も飯へ連れてきます」


「毎回ですか」


「俺の食費が持つ間は」


「割り勘ですよ」


「チームの問題なのに、支払いだけ個人戦なんですね」


ようやく三人が餃子へ箸を伸ばした。話している間に、湯気はほとんど消えていた。航平が一つ口に入れ、少し残念そうに皿を見る。


「餃子には間に合いませんでしたね」


「次は食べながら話しましょう」


夕奈も餃子を取った。


皮は少し冷めていた。中には温かさが残っている。夕奈は一口目を飲み込む前に、味を確かめるようにもう一度噛んだ。


二つ目へ箸を伸ばすと、遥真の箸と皿の上で触れた。遥真が先に引いた。


「ユウナ、どうぞ」


「……ありがとうございます」


夕奈は餃子を小皿へ取り、遥真は炒飯へ箸を戻した。大皿には、冷めた餃子が四つ残った。


スマートフォンのメモには、「迷ったとき」とだけ打った。続く言葉を入れないまま、夕奈は画面を伏せた。


挿絵(By みてみん)

本作をお読みいただき、ありがとうございます。

オンラインゲームや配信では、すべての参加者が公平に、安心して楽しめる環境を守ることが大切です。


今回のイラストでは、ゲーム内や配信中に問題となる不正行為や迷惑行為についてまとめました。

本来であれば、このような行為を紹介する必要のない環境が望ましいものです。不正行為について注意喚起をしなければならないことは残念ですが、内容を正しく知ることが、被害の予防や早期の通報、安全なゲーム環境を守ることにつながると思いまとめました。


ゴースティングとは、配信画面など本来は対戦中に得られない情報を利用し、相手の位置や行動を不公平に知る行為です。


チートとは、不正なツールや改造などを利用して、ゲーム本来のルールを壊す行為です。対戦の公平性を大きく損ない、アカウント停止などの処分につながる場合があります。


スナイプとは、特定の配信者やプレイヤーと同じ試合へ意図的に入り、執拗に狙ったり、進行を妨げたりする迷惑行為を指します。


これらの行為は、対戦相手だけでなく、配信者、視聴者、大会やゲームコミュニティ全体の楽しさと信頼を損ないます。不審な行為を見かけた場合は、直接争わず、ゲーム内の通報機能や運営窓口を利用しましょう。


※掲載内容は、安全なゲーム環境を守るための一般的な注意喚起です。用語の定義や禁止範囲、対応方法は、ゲームや大会の規約によって異なります。

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