第19話 手を抜くな
パーティーランク配信の開始前、夕奈は自分の画面からコメント欄を閉じた。
視聴者同士の会話は続き、モデレーターもいる。航平に勧められ、試合中だけ夕奈の画面から外すことにした。
『公式プレイヤーが一般相手にそこまでやる必要ある?』
前回の運営報告では、「活動内容への批判」に分類されていた。ウィンドウを閉じても、夕奈は一字も違えず思い出せた。
「ユウナさん、聞こえてます?」
航平の声で、夕奈はロビーへ意識を戻した。
「聞こえています」
「コメント欄は閉じました?」
「はい。今日は試合に集中します」
「俺の方では、必要なものだけ確認します」
入室音が鳴り、遥真がロビーへ入ってきた。
「入った」
「音、大丈夫ですか」
「大丈夫」
三好玲奈と配信スタッフの確認が終わり、待機画面が切り替わる。
三人はいつもの挨拶をした。夕奈は最後の文言を読み切ると、コメント欄のあった空白を見ないままマッチングを始めた。
一試合目、NOVA-3は南側の観測所へ降りた。
夕奈はMP9とScout-56を拾い、Scoutには2倍サイト、MP9には拡張マガジンをつける。自分が最も周囲を見やすく、判断を止めずに済む形だった。
遥真はAKとAuto-8。航平はLancer-56とCARを持った。
三人ともミディアムシールドまで揃い、パックとフルにも余裕がある。
「次のエリア、北東です」
航平がマップを確認する。
「保管区画を通れば、ラウンド2の縮小前に内側へ入れます」
「北に一部隊いますけど、離れていきます」
夕奈は2倍サイト越しに敵を見た。
左右の通路も視界に残る倍率が、夕奈には合っていた。
「戦わずに先へ入ります」
「了解」
「前見る」
三人は保管区画へ向かった。
配信遅延は四十五秒のままだった。前回のように、こちらと同じ方向へ二度続けて進路を変える部隊はいない。
「今日は静かですね」
航平が言った。
「静かな方が助かります」
「追いかけられないだけで、かなり普通のゲームに感じますね」
「勝てれば、どっちでもいい」
保管区画の出口へ近づいたとき、北側から銃声が聞こえた。
二部隊が短く撃ち合い、キルログにダウン表示が流れる。
「正面の給水塔、一部隊います」
航平が低い壁の向こうを確認した。
「三人。北の倉庫へ移動中です。右の一人だけ、かなり遅れてます」
夕奈はScout-56を構えた。
給水塔の足元を、一人の敵が走っている。残りの二人はすでに倉庫へ入り、壁一枚分以上の距離が開いていた。
「右、一人。味方から離れてる」
遥真も見つけていた。
「俺が配管まで出れば、戻る前に落とせる。カバーある?」
「あります。私が先に削ります」
迷うより先に、Scout-56の一発目が敵の背中へ入った。相手が振り向く前に二発目を当て、三発目で青いシールドが砕けた。
「割りました」
敵は給水塔の太い柱へ逃げ込んだ。
「ユウナ、行ける?」
遥真が聞いた。夕奈の口は動かなかった。
給水塔から逃げる一人を、公式マークの三人が追い切る。その部分だけが切り抜かれた映像を、夕奈は先に思い浮かべた。
「待ってください」
夕奈は言った。
「北の戦闘が近いです。ここでは仕掛けません。壁まで戻って」
通話が一瞬、静かになった。
「……分かった」
遥真は配管へ出ず、夕奈たちの位置へ戻った。
柱の向こうから、長い回復音が聞こえる。
五秒後、回復の完了音が鳴った。
「フル、通りました」
航平が言った。
夕奈が割った敵のシールドが、最大まで戻る。
北の倉庫から残りの二人も出てきた。孤立していた敵を迎えるように三人が広がり、今度は給水塔の周囲からNOVA-3を見ている。
一人が給水塔の裏に回復ウルトの装置を置いた。青い脈動が三人へ届く。装置は壊せるが、塔の裏へ回らなければ射線が通らない。待った時間で、相手は耐久だけでなく、崩れた形まで戻していた。
「向こう、戻ってきます」
倉庫二階の窓に一人。正面の壊れた車両に一人。残りが右の給水管へ回る。
「右、さっきの一人。シールド最大です」
「正面、俺を見てる」
遥真のAKが鳴る。
遥真は強い反動を押さえながら撃ち、車両の陰にいる敵を削った。
「八十。まだ割れてない」
「左の壁へ下がります。航平さん、スモークをお願いします」
「入れます。ただ、左にも一人回ってます」
航平が煙を投げた。白い幕が、給水塔と保管区画の間へ広がる。
煙の中へパルスセンサーが飛び込んだ。警告音。一度目の走査で、三人の輪郭が白い幕の内側に浮く。
「センサー、壊す」
遥真が本体を撃ち、二度目の走査を止めた。だが、一度目に見られた出口へ倉庫二階から弾が伸び、夕奈のミディアムシールドが削られる。
右へ回った敵も、煙の端へ射線を通してきた。
「右、近いです」
「左も来る。俺が止めます」
航平のLancer-56が長く鳴った。
低反動の弾が煙の出口へ流れ、敵を一度押し返す。だが、二階から撃たれた航平のシールドが割れた。
「航平さん、回復してください。私が右を見ます」
「フル入れます。五秒お願いします」
航平が車両の陰へ入る。
夕奈は右側へScoutを撃ち、遥真は正面をAKで止めた。
二秒。三秒。航平の近くで足音が鳴る。
「来ました。中断します」
回復音が止まった。
フルは消費されていない。だが、航平の割れたシールドも戻っていない。
航平はCARに持ち替え、車両の右から入ってきた敵へ撃ち返した。
「一人、五十。下がります」
「スモークの奥へ。そこでパック一個使ってください」
「了解」
三人は壁の裏へ下がった。
航平がパックを使い、シールドを二十五だけ戻す。
「左の出口、切られてます。正面も――」
遥真が一人のシールドを割った。
「一人割った。右へ出れば落とせる」
「待って、二階も見てます」
今度は、夕奈が迷っている時間はなかった。
「右を落とします。ハルさん、行って。航平さんは左を止めてください」
だが、敵はもう三人で動ける位置に戻っている。
遥真が右へ出た瞬間、倉庫二階と正面の二方向から弾が集まった。
「ハルさん、戻って」
「航平が先」
遥真は戻らず、航平へ向かっている敵を撃った。
AKで一人のシールドを割り、航平が下がるための射線を作る。
「航平、右へ走って」
「行きます」
航平が煙の切れ目へ出た。
戻したシールドは二十五だけだった。敵の弾が数発入り、青い光がすぐに砕ける。
「すみません、落ちます」
航平がダウンした。
夕奈はMP9に持ち替え、航平を追った敵へ撃ち込んだ。
拡張マガジンで増えた弾を最後まで当て、一人を割る。遥真のAKが重なり、敵が倒れた。
「一枚落とした」
残り二人は、倉庫二階と正面に分かれている。
夕奈が航平を起こそうとした瞬間、二階から弾が伸びた。起こす動作を中断し、車両の陰へ逃げる。
「右、来る」
「見えてます」
夕奈はMP9をリロードし、角から出た敵へ撃った。
半分ほど削る。だが、正面からもう一人が重なった。
遥真が先にダウンし、その直後に夕奈の画面も暗くなった。
敗北表示が画面中央へ広がる。
部隊順位、十一位。
順位による獲得は0Pだった。夕奈はコントローラーを握ったまま、何も言えなかった。
「向こうに立て直す時間を与えましたね」
配信へ向けて先に話したのは航平だった。
「俺も、フルを通せる場所まで下がれませんでした。次は退路を早めに取ります」
「最初の判断が遅れました」
夕奈はそれだけを言った。
北の部隊を警戒した。だから仕掛けなかった。
配信を見ている人には、そう聞こえたかもしれない。遥真は何も足さなかった。コメント欄を閉じていても、その沈黙だけは分かった。
三人は予定していた配信時間まで、あと二試合続けた。
大きく崩れはしなかった。だが続く二試合で、夕奈は航平が報告したばかりの北側を二度も聞き直した。遥真の返事は、そのたびに一語で終わった。
最後まで、チャンピオンは取れなかった。配信終了画面に切り替わる。
「お疲れさまでした。アーカイブ処理に入ります」
スタッフから終了確認が入り、番組モデレーターからも、今回の配信では制限対象になる投稿はなかったと報告された。
スタッフと玲奈が抜けても、遥真と航平は残った。誰も話さないまま、夕奈は最初の試合の録画を開いた。
「給水塔のところ」
遥真が言った。
「あそこ、行けたよね」
遥真の声量はいつもと変わらない。夕奈は録画の再生バーへ目を落とした。
「北で戦闘がありました。倒したあとに、別の部隊が来る可能性があったので」
「俺には見えなかった」
「見えていないだけかもしれません」
「どこに?」
遥真が聞いた。夕奈は答えられなかった。
「録画、戻します」
航平が静かに言った。
敵を割る少し前まで映像が戻る。
北の銃声は二度。キルログにはすぐに部隊撃破まで流れ、夕奈の2倍サイトの端には、北西へ離れる二人が小さく映っていた。三人目は給水塔の柱に隠れたまま、画面へ戻らない。
録画の音を聞き直しても、近づく足音はない。ただし航平が左を見直した三秒間、北側はどの視点にも入っていなかった。
「二人は離れてます。三人目は、分かりません」
航平は映像を止めた。
「俺は左を見ていました。ハルさんが右へ出たあと、戻れると思ってました。でも、北が完全に安全だったとは録画でも言えないです」
画面を少し進める。
柱の裏で、敵がフルを使い始めた。
「ユウナさんが止めてから五秒です。この間に向こうは最大まで戻って、二人と合流しました。確実に言えるのは、そこまでです」
あのとき、自分も行けると分かっていた。
「……前の配信で、コメントがありました」
喉が乾いていた。
「公式プレイヤーが一般の人を相手に、そこまでやる必要があるのかって。今日も倒し切ったら、また同じように見られる気がしました」
通話の向こうで、遥真の椅子が一度軋んだ。
「俺は、撃てる敵と出る場所を言った」
「はい」
「航平は後ろを見てた。見えない所があるなら、それを言えばよかった」
夕奈は何も返せなかった。
「それで、ユウナの返事を待った」
「コメントじゃなくて、試合を見て決めてほしい」
「ごめんなさい」
遥真は数秒、録画の停止画面を見た。
「北にいるかもしれないなら、そう言えばいい。でも、コメントで止めたのは違う」
「手を抜くつもりでは――」
言いかけて止めた。停止画面には、五秒で回復を終え、三人に戻った敵が映っている。
「明日なら、撃てたと思います」
「今日の話をしてる」
夕奈はコントローラーを机へ置いた。右のグリップがメモ用紙に乗り、紙が斜めにずれた。
「あのとき、敵より先にコメントを見ました」
謝る言葉は、そのあとに続かなかった。遥真も「分かった」とは言わなかった。
通話の空気は戻らないまま、遥真が退出した。夕奈は停止した録画を見続けた。
Scout-56の照準の先で、シールドを割られた敵が柱へ逃げ込んでいる。
数分後、NOVA-3のグループに航平からメッセージが届いた。
『話すなら、画面の前じゃない方がいいと思います。今から飯にしませんか』
続けて、西大井駅近くの店の位置情報が送られてくる。夕奈は『すみません。行きます』と打ち、最初の五文字を消した。
夕奈は位置情報を開いた。店名の下に「徒歩八分」と出ていた。
『行きます』
送信すると、すぐに航平から了解の印が返った。
遥真の既読もついた。
返事は、まだなかった。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
☆ゲームについての豆知識をご紹介☆
eスポーツチームの練習には、目的の異なるさまざまな方法があります。
**個人練習**では、自分の課題を整理し、キャラクター操作や状況判断、武器の扱いなどを一人で磨きます。
**エイム練習**は、照準の正確さ、反応速度、動く相手を追う力など、射撃に必要な基礎技術を重点的に鍛える練習です。
**ランクマッチ**では、実戦に近い環境でさまざまな相手と戦い、個人の判断力やチームでの連携を試します。ただし、即席の対戦相手や味方も含まれるため、大会と同じ状況になるとは限りません。
**スクリム**は、ほかのチームと行う練習試合です。本番を意識しながら、戦術、役割分担、情報共有、試合中の修正力などを確認します。
**録画分析**では、試合映像を見返し、良かった判断、失敗した場面、立ち位置、連携のずれなどを整理します。結果だけでなく、なぜその状況になったのかを確認することが重要です。
**反省会**では、選手同士で意見を共有し、次に直す課題や練習方針を決めます。コーチがいるチームでは、選手とは異なる視点から助言を受け、戦術や判断の改善につなげる場合もあります。
一つの練習だけを続けるのではなく、基礎技術、実戦経験、映像分析、話し合いを組み合わせることで、個人とチームの両方を成長させていきます。
※掲載内容は、一般的なチーム練習の一例です。練習方法やコーチの有無、それぞれの比重は、ゲームのルールやチーム方針によって異なります。
※本作では、内容をより分かりやすくお楽しみいただけるよう、解説や挿絵を随時追加しています。すでにお読みいただいた方にも、新たに加わったイラストをお楽しみいただけましたら幸いです。




