第16話 ユウナセット
着地した整備所の床で、MP9とScout-56が少し離れて並んでいた。間にはAKとショットガン。壁際の棚には、倍率の違うサイトが二つある。
「ユウナさん、AKもありますよ」
航平の声を聞きながら、夕奈は迷わずMP9を拾った。続けて、その隣に落ちていたScout-56を二つ目の武器枠に入れる。
初配信でも好きだと話した二本だ。昨夜、遥真が名前を出したせいで、拾うだけの動作に理由がついたように感じる。それが嫌で、夕奈は所持欄をすぐ閉じた。
「AKはハルさんにお願いします。私は、この二本で行きます」
「ショットガンもあるけど」
遥真がAuto-8を指した。
「今日は大丈夫です。こっちの方が好きなので」
「確かめないの?」
遥真が尋ねる。
「何をですか」
「昨日の」
夕奈は答えず、棚へ寄った。録画を見れば、同じ二本で二人を見直せた試合も、削った敵を追った試合もある。確かめ方から分からないのに、遥真は一回のマッチで答えが出ると思っているように聞こえた。
「サイト、2倍と3倍があります。どっちにします?」
航平が棚を示した。夕奈は2倍サイトを拾い、Scout-56につける。
「2倍にします」
「3倍の方が遠くは見える」
遥真が言った。
「3倍だと、近くへ戻すときに酔うんです」
「前は周りが見えるって言ってた」
「それもあります。理由は二つじゃ駄目ですか」
遥真は「駄目じゃない」と答え、AKを拾った。夕奈は言いすぎたと思ったが、謝ると昨日の話へ戻りそうで、そのままサイトをつけた。
SMG用の拡張マガジンもMP9につける。少ない弾で決め切る武器なのは変わらないが、あと数発の余裕ができた。
「分かった。AKもらう」
遥真はショットガンも拾った。
「こっち、Lancer-56ありました。今日は弾をばらまいて、二人に働いてもらいます」
航平が低反動のARを手に取る。
「航平さんも働いてください」
「働きますよ。撃破表示に名前が出にくいだけです」
画面の端では、パーティーランク配信のコメントが流れていた。
『YUNAまたMP9とScoutだ』
『その二本好きだな』
『HALのAKきた』
夕奈はコメントを追わず、周囲の音へ意識を向けた。
「北の管理棟、一部隊います」
北側を見ていた航平の声が入る。
二階建ての管理棟には、上階の窓に一人、正面の壊れた車の陰に一人が見えていた。残りの一人は建物の中にいるらしい。
夕奈は入口脇へパルスセンサーを射出した。作動音が響き、一度目の走査で一階奥に三つ目の輪郭が浮く。敵が本体を撃つ前に、誰がどこへ逃げられるかだけは分かった。
「ハルさん、右の資材置き場を取ってください。航平さん、南から別部隊が来たら教えてください。私は正面を止めます」
「右行く」
「後ろ見ます」
夕奈はScout-56を構え、窓枠から短く体を出した。
壊れた車の陰にいる敵が、移動を始めた遥真へ銃口を向ける。
一発目。
敵のシールドに弾が入る。
二発目を当てると、相手は車の陰へ引いた。倒す必要はない。遥真が右へ渡るまで、顔を出させなければいい。
「正面、私を見てます」
「右、取った」
遥真のAKが鳴った。
夕奈へ意識を向けていた敵の横から、重い弾が入る。強い反動を押さえ込んだ射撃が続き、青いシールドが割れた。
「一人割った」
「二階、下へ移動しました」
航平が敵の動きを伝える。
管理棟の正面にいた一人が建物へ逃げ込み、窓にいた敵も姿を消した。
右側の出口は遥真から見える。正面を押せば、敵は奥か裏口へ下がるしかない。
「ハルさん、正面を押してください。私は裏を見ます」
「分かった」
「南、まだ来てません。俺は二人の間に残ります」
夕奈はMP9に切り替え、管理棟の左側を回った。
遥真がAKを正面入口へ撃ち込む。航平のLancer-56も重なり、敵は入口から顔を出せない。
夕奈が裏口横の低い壁へ入った直後、正面の銃声が止まった。
裏口が開く。
敵が一人、外へ飛び出してきた。
夕奈は待っていた。
MP9の弾が一気に減る。敵のシールドが割れ、相手は壁の裏へ逃げようとした。
拡張マガジンがなければ、ここで撃ち切っていた。残弾表示には、まだ追い切れるだけの弾がある。
「裏、一人。割りました」
「そっち行く」
「来なくて大丈夫です。正面をお願いします」
夕奈は壁を回り、残った弾を撃ち込んだ。
ダウン表示が出る。
「一枚落としました」
「正面も一枚」
遥真の声と同時に、二つ目のダウン表示が重なった。
最後の敵が二階の窓から飛び降り、そのまま南へ走る。
「最後、南へ出ました」
航平が先に見つけた。
夕奈はScout-56に持ち替え、逃げる背中に一発入れる。敵が進路を右へ変えた。
「右へ行きました。ハルさんの正面です」
「見えた」
遥真のAKが敵を捉えた。
三つ目の体力表示が消え、管理棟の銃声が止まった。
「回復と弾だけ取って、北へ出ます」
夕奈がデスボックスを開いた直後、航平の声が低くなった。
「南、別部隊が来てます。銃声を聞いて寄ってきました」
管理棟には防具も投げ物も残っている。だが南入口の外には、もう次の部隊の足音があった。
「ここでは受けません。航平さん、入口を切ってください」
「スモーク入れます」
三人は管理棟の裏から離れた。
南から来た部隊が建物へ入る頃には、NOVA-3はもう次の区画へ移っていた。
『YUNAが削ってHALが横取るのいいな』
『近づいたらMP9に変わるの分かりやすい』
『KOHEIずっと次の部隊見てる』
移動中、夕奈は一度だけコメント欄を見た。
試合は終盤まで進んだ。
残り三部隊。
NOVA-3は道路沿いの倉庫へ入り、窓から正面を見ていた。
燃料タンクからこちらへ渡ろうとしている一部隊と、右上の高架から戦況を見下ろしている一部隊。高架の三人は下へ射線を通したまま、まだ撃っていない。夕奈には、下の二部隊が削り合うまで動かない構えに見えた。
「道路の部隊、渡り始めます」
航平が言った。
壊れた車へ向かう敵の一人が、味方よりわずかに遅れた。
夕奈はScout-56を構える。
2倍サイトの端に、高架の縁が残っていた。敵の一人が、道路側へ銃口を下げる。
一発目。二発目。
三発目でシールドが割れた。
「道路、一人割りました」
「落とす?」
遥真がすぐに聞いた。
遥真が長く体を出せば、高架から狙われる。
「まだです。上が動くまで待ちます」
遥真は割れた敵を照準に入れたまま、撃たなかった。
道路の部隊が車の陰へ入る。高架の敵も、まだ降りてこない。
動かなければ、こちらから動かすしかない。
「道路の左を撃ちます。ハルさんは右を見てください」
「分かった」
夕奈が車の左に弾を入れると、敵は反対側へ逃げた。
そこへ遥真のAKが重なる。
「一人ロー」
道路の部隊が高架へ撃ち返した。
高架の三人も、待つのをやめた。上から道路へ弾が降り始める。
二部隊の視線がNOVA-3から外れた。
「今です。ハルさん、正面。航平さん、左を切ってください」
「行く」
「高架からの射線、スモークで切ります」
白い煙が広がる。
遥真がブーストステップで道路へ飛び出す。加速の出始めには撃てないため、夕奈が割れた敵に一発加え、車の陰へ押し込んだ。遥真は加速が切れたところでAKを構える。
「手前、落とせます」
遥真のAKが重なり、ダウン表示が出る。
道路の残り二人は倉庫へ逃げ込んだ。
「追います。高架が降りたら教えてください」
「まだ上です」
遥真が正面から入る。夕奈はMP9に切り替え、左側の通路へ回った。
倉庫内で遥真が撃つ。逃げた敵の足音が、夕奈のいる裏口へ近づいた。
「一人、裏へ出ます」
航平の声とほぼ同時に扉が開く。
夕奈は待ち構えたまま撃った。
敵のシールドが割れる。
相手は扉を閉めようとしたが、夕奈は一歩だけ詰め、逃げる前に落とした。
「裏、ダウン」
「最後、正面落とした」
遥真が残った一人を倒す。
部隊撃破の表示が出た直後、高架から三人が次々と降りてきた。
倒した部隊のデスボックスを開く時間はない。三人は倉庫の入口へ向き直った。
「来ます。三人とも正面寄り」
航平の報告が飛ぶ。
先頭の一人が着地する前に撃った。弾が倉庫の入口を抜け、夕奈のシールドを半分近く削る。
「ユウナ、回復できる?」
最大まで戻す時間はない。夕奈が棚の陰へ入ると、航平が言った。
「回復ウルト、棚裏に置きます。壊されたら止まります」
航平が小型装置を棚の奥に設置した。青い脈動が倉庫内へ広がり、三人の耐久を段階的に戻し始める。装置から離れれば回復は届かない。
「なら、俺が先に見る」
遥真が倉庫の正面へ戻った。
「一人、左へ回ります。俺が止めます」
航平のLancer-56が長く鳴り、左から来た敵を壁の裏へ押し戻す。
最初の脈動で、夕奈のシールドが一段戻った。最大まで待てば入口を取られる。それでも、もう一度だけ体を出せる。
「右、割った」
遥真の声を聞き、夕奈はScout-56を構えて正面の敵に二発入れた。
相手が足を止める。
「もう一人は入口です。ハルさん、右へ行けます」
「行く」
遥真が入口を横切り、割れた敵へ詰める。
夕奈はもう一人を撃ち続け、倉庫内へ入らせない。
「右、落とした」
直後、正面の車の陰から飛んだ弾が遥真の背中へ入った。戻ろうとした足が壁の角に引っかかり、シールドのない体力が削られる。
「もう一人、入口じゃなかった。車の裏」
遥真がそう言ってダウンした。夕奈は訂正するより先にMP9へ持ち替えた。
「左、また来ます。弾が少ないです」
「航平さん、下がってください。交代します」
夕奈はMP9を構えたまま、航平が守っていた左へ入った。
敵が壁から飛び出す。
近づくまで待ち、短く撃つ。
シールドが割れた敵が倉庫内へ滑り込んだところへ、リロードを終えた航平の射撃が入った。
「左、落としました」
残り一人。
「最後、正面の車。ハルさんは起こせません」
「先に倒して」
「私が出します。航平さんは右を見てください」
夕奈はScout-56を構え、車の左側へ一発撃った。
敵は右へ出る。
航平の射撃が重なった。
最後の敵が倒れる。
画面中央に、勝利表示が広がった。
CHAMPION。
夕奈はコントローラーを握ったまま、勝利表示と、赤いままの遥真の表示を交互に見た。
「勝ちました」
自分の声が、少し遅れて耳に届く。
「勝ちましたね。俺の胃は無事ですけど、ハルさんは倒れてます」
航平が息を吐く。
「俺を起こさなくてよかった」
遥真が言った。
「……敵の位置を間違えました」
「でも、止まらなかった」
棚の奥では航平の回復装置が止まり、入口の外に遥真の加速の光が消えかけていた。夕奈はコメント欄へ目を向けた。
『またMP9とScoutだ』
『この二本ずっと持ってたな』
『もうユウナセットでいいだろ』
「ユウナセット?」
口に出すと、別のコメントが続いた。
『HALが最後ダウンしてるからセットだけでは勝ってない』
『中距離Scout、近距離MP9がYUNAの形か』
『一試合で正式名称にするの早い』
「ユウナセット、だそうです」
「今日は合ってた」
遥真が言った。
「途中で3倍、落ちてた。でも替えなかった」
「見てたんですか」
「位置を間違えたとこも」
夕奈は「そこは見なくていいです」と言いかけた。
「次も、見ていてください」
「見る」
『HALのお墨付きではないだろ』
『次も同じなら呼ぶ』
『HALセットは毎回武器違うから無理か』
「俺は何でも使うから」
遥真が真面目に答える。
「ハルさん、そこはたぶん冗談です」
航平が言った。夕奈は笑いながら、流れていくコメントを見た。
『YUNAの報告、最後は位置を外してた』
『2倍だったから戻せたのかな』
『次も同じ二本で見たい』
夕奈は「ユウナセット」を配信用のメモには写さなかった。最後の誤報の時刻を書く気にはなれず、ペンを置いた。勝った画面に、間違えた場所だけを針で留めるように思えた。
「次も入りますか?」
航平が聞いた。
「入ります」
夕奈の返事に間はなかった。
「次も、その二本?」
遥真が尋ねる。
「落ちていたら拾います。好きなので」
「分かった」
次の待機時間、夕奈は索敵ウルト、遥真は攻撃ウルト、航平は回復ウルトを選んだ。勝った試合と同じ構成になったのは、三人とも前の選択を変えなかったからだ。誰も、同じ勝ち方になるとは言わなかった。
次のマッチが始まった。
三人は外周の排水施設へ降りた。周囲に見える部隊はない。夕奈はScout-56を見つけたが、MP9は拾えず、代わりにCARを持った。
「さっきと同じにはなりませんでしたね」
航平が言う。
「毎回揃うものではないです」
「視聴者は、もうユウナセットって呼んでますけど」
「名前をつけるのが早いんです」
「勝った直後は、何にでも名前をつけたくなるんですよ」
航平の言葉を聞いて、夕奈はコメント欄を見た。『次もユウナセット』がすでに流れている。勝った理由を二本へ預ければ、次も同じ物を待つだけで済む。夕奈自身も、そうしたくなっているのかもしれなかった。
「拾えなければ、別の武器で勝ちます」
夕奈は北の通路に移動の印を置いた。
「ラウンド2は北から入ります。東の道路は開けすぎているので使いません」
三人が動き始めたとき、南にいた敵部隊が進路を変えた。
「一部隊、こっちへ来ます」
航平の声が低くなる。
「さっきまで南の集落を見てましたよね」
「見てた」
遥真が答える。
敵は物資の残っている中央施設へ向かわず、NOVA-3が選んだ北の通路へ走っている。
「先に通路を取られます。西へ変えます」
夕奈は印を置き直した。三人が向きを変える。
敵も止まり、数秒後、同じように西へ進路を変えた。
夕奈は画面の端に流れるコメントを見た。
『次もユウナセット見たい』
『今度はCARか』
夕奈はそのコメントを読み上げず、敵の進路へ視点を戻した。
「西もやめます。建物に戻って、一度待ちます」
三人は排水施設へ引き返した。
敵部隊も距離を保ったまま建物の外で止まり、三つある出口へ一人ずつ散った。




