第15話 課長の目
商品紹介配信から四日後、夕奈は同じ会議室で、自分たちの一か月を数字にされていた。
正面のモニターには、NOVA-3月次活動報告と表示されている。その下にはYUNA、HAL、KOHEIの名前が横に並び、配信時間、平均同時視聴者数、番組進行、ランク成績、終盤到達率といった項目が続いていた。
自分の視聴者数には慣れ始めても、三人分が同じ表に並ぶと、数字がそのまま会社から見たNOVA-3の姿になる。
「初月としては、全員が活動時間の基準を満たしています。無断での予定変更もありません」
三好玲奈が資料を確認しながら言った。
「個人配信、合同配信、NOVA3Radioについても、大きな進行上の問題はありませんでした」
会議室には、玲奈のほかにもう一人いた。前回の通知に記されていた契約チーム統括課長、及川雅人だった。
開始前に玲奈から紹介されると、及川は椅子から立って一礼した。淡い青の長袖シャツに濃紺のスラックスを合わせ、ネクタイのない襟元まできちんと整えている。立つと背は高いが、シャツの肩には少し余裕があった。短く整えた髪と目尻の下がった端正な顔立ちは、四十代の管理職という肩書きより柔らかく見えた。
顔合わせの日には会っていないが、遥真を公式契約プレイヤーとして誘った人物だと聞いている。及川は目尻を下げたまま、活動時間から終盤到達率まで一項目ずつ資料を追った。夕奈は自然と背筋を伸ばした。
「早坂さんから確認します」
モニターにKOHEIの欄が大きく表示された。
「配信では、二人の発言を拾いながら進行を戻せています。ゲーム中も、味方の位置や退路を継続して共有できています」
「告知を残り一分まで持ち越した回もありましたけどね」
航平が控えめに言う。
「その場で整理し、必要事項を時間内に伝えた点は評価しています。ただし、次回も同じ遅れ方をしてよいという意味ではありません」
「次は最初から間に合わせます」
及川は頷いた。
「支援役として必要なものはあります。今後は、自分が撃たなければならない場面でも遅れないようにしてください」
「分かりました」
次にHALの欄に切り替わった。
過去シーズンの順位と、今月の戦闘成績が表示される。
「久我さんは、火力面では現時点でも十分です。公式スクリムに参加する場合も、火力役として大きな問題はないと見ています」
「ありがとうございます」
「ただ、一人で二人を倒したあと、部隊として全滅した試合もあります。最近は事前報告が増えていますが、強さを三人の結果につなげてください」
遥真は少し間を置いて頷いた。
「はい」
遥真の表情は変わらない。及川は彼の強さを疑わず、その力が部隊の勝利へつながっているかを見ていた。
夕奈は、自分の名前が表示されるのを待った。胸の奥には期待があった。
初配信では、個人情報に近い質問を避けながら進行を終えた。NOVA3Radioでは、遅れた告知を三人で時間内に収めた。商品紹介では、言葉に詰まった遥真を、自分たちが実際に経験した試合に戻すことができた。
ゲームでも、以前より三人で動ける場面が増えている。モニターが切り替わった。
YUNA。
最初に表示されたのは、配信に関する評価だった。
「沢渡さんは、初配信から現在まで、視聴者数が安定して増えています」
及川が言った。
「答えるべきではない質問を無理に拾わず、番組では進行役も務めています。商品紹介でも、久我さんの実感を損なわない形で視聴者へ伝えられていました」
「ありがとうございます」
夕奈は答えた。
会社が用意したYUNAの顔だけでなく、自分がマイクの前でやったことも見られている。うれしかった。
「販促チームの出演者として、初月の評価は良好です」
「出演者として」が、胸の奥に引っかかった。
夕奈はモニターの下へ視線を移した。配信評価の隣に、競技評価の欄がある。そこには短く、こう書かれていた。
評価継続中。
終盤進出、三人生存でのエリア進入。記録は競技評価欄の横に並んでいる。その欄だけが「評価継続中」のままだった。
「何か確認したいことはありますか」
玲奈が三人を見た。航平は手元の資料に書き込み、遥真はモニターを見ている。夕奈は「競技評価」の欄へペン先を置いた。
「私の競技評価について、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「評価継続中というのは、何が足りないんでしょうか」
及川は一度、画面の数値を見直した。
「沢渡さんは、判断役として採用しています。戦闘を避けたことで順位が上がった試合もありますし、久我さんを止めたことで全滅を避けられた場面もあります」
「では、判断は評価されているんですか」
「期待はしています。ただ、競技評価として記録できる結果は、まだ足りません」
夕奈は反論できなかった。
遥真が過去にグリムリーパーへ入った事実は、誰が見ても変わらない。夕奈の判断は、うまくいった試合もあれば、迷って機会を逃した試合もある。
一度だけなら、偶然だったと言われても否定できない。
「何を見せれば、結果になりますか」
自分でも、声が少し硬くなったのが分かった。
「一度の好判断ではなく、沢渡さんがいるから成立する勝ち方を、繰り返してください」
及川は夕奈から目を逸らさなかった。
「判断で勝てたと、試合の結果と映像の両方で確認できる状態になれば、評価は変わります」
玲奈も、夕奈を庇う言葉は挟まなかった。
「今の評価は、これまでに出した結果です。これから変える余地があります」
夕奈はもう一度、モニターを見た。評価継続中。及川の説明は筋が通っていた。
夕奈は「評価継続中」の横に、何を繰り返す、と小さく書いた。すぐ上の出演評価には、良好、とある。
「分かりました」
月次報告が終わり、三人は会議室を出た。
航平は玲奈に呼び止められ、次回のNOVA3Radioの進行について確認することになった。夕奈と遥真は先にエレベーターへ向かう。
廊下には、ネクスフィアが扱うゲームのポスターが並んでいた。夕奈はしばらく黙って歩いた。遥真も、無理に話しかけてこなかった。
エレベーターの前で、夕奈は言った。自分の声に悔しさが混じった。
「ハルさんは、配信の仕事をしても、最初から選手として見てもらえるんですね」
「前の順位があるからです」
「でも、結果が残ってます」
「今の俺が、それに見合ってるかは別です」
遥真は慰めず、過去の順位と今月の失敗を同じ事実として話した。
「私は、何を繰り返せばいいんでしょう」
及川の要求は分かっても、「自分がいるから成立する勝ち方」の形は見えなかった。遥真はすぐに答えず、閉じたエレベーターの階数表示を見ていた。
「分からない」
「ハルさんにも分からないんですか」
「俺が決めたら、ユウナの勝ち方じゃない」
正しいようで、何も渡してくれない言葉だった。夕奈は悔しくなり、歩く速度を上げた。
「でも、速い時はある」
遥真が後ろから言う。
「何がですか」
「決めるのが。MP9とScoutの時」
夕奈は振り向いた。
「結局、武器の話じゃないですか」
「武器かは分からない。あの二本の時、ユウナは拾ったあと見ないから」
「何を?」
「ほかの武器。いつもは落ちてるの、全部見る」
言われて、夕奈は直近の録画を思い出した。Scoutで削ったあと、敵より二人を見直せた試合がある。同じ二本を持ちながら、削った敵を追って航平を見失った試合もあった。
「だったら、武器は関係ないかもしれません」
「そうかも」
「いま、私を励まそうとしてます?」
「違う。見たこと言った」
遥真は少し考えた。
「味方だから見る」
その一言だけ、及川の評価より近い場所から届いた。エレベーターの到着音が鳴り、扉が開く。
夕奈は乗り込んでからスマートフォンを出した。「MP9/Scout-56」と打ち、すぐに消した。武器名を書けば、次の試合でそればかり探す自分が想像できた。
代わりに「拾ったあと」と入力する。何を拾ったあとかが抜けていて、あとで見れば分からないメモだった。
「忘れる?」
「たぶん、これだと忘れます」
「なら書き直せば」
「今は書き直したくないです」
遥真は正面を向いたまま、「分かった」と答えた。扉が閉まり、鏡に二人が並ぶ。夕奈は自分の欄だけ評価継続中だったモニターを思い出し、スマートフォンを伏せた。
箱が下がり始めると、耳の奥が少しだけ詰まった。遥真が何か言ったが、最初の一音を聞き取れなかった。聞き返す前に、遥真はもう口を閉じていた。




