第12話 武器がないまま
夕奈は廊下の奥へ走った。
背後でScout-56の乾いた銃声が鳴る。壁の白い塗装が弾け、すぐ横を弾が抜けた。
手元にあるのは、弾と武器のアタッチメントだけだった。
「東棟二階、敵一人。私は武器なし。北の管理室へ寄ります」
研究区画は、細い連絡通路とガラス張りの実験室がいくつもつながっている。降りる前は、入口を分ければ物資を取りやすい場所に見えた。
実際には三部隊が同時に入り、通路の一本一本を敵に塞がれていた。
「西棟一階。AKだけ拾った。敵二人」
遥真の声に続いて、重い銃声が短く響く。
「一人、割った」
「弾は?」
「7.6、一束だけ。もう半分ない」
一発の威力が高いAKでも、弾が尽きれば何もできない。夕奈の5.56弾も、5.56用拡張マガジンも使えなかった。2倍サイトだけなら渡せるが、いま別棟にいる遥真へ届ける道がない。
「航平さんは?」
「ライトシールドとパック二つだけです。武器、目の前で全部持っていかれました」
息が少し速い。
「東棟一階。ユウナさんの下に二人入ってます」
夕奈は階段へ向かいかけて、足を止めた。
下から二人。背後からはScoutを持った一人。北の管理室へ行くには、廊下の突き当たりにある連絡通路を渡るしかない。
「航平さん、下の二人を一度だけ東へ引けますか。私は上から北へ渡ります」
「やります。長くは持たないです」
「引きつけるだけで大丈夫です。戦わないでください」
「武器がないので、そこは得意です」
一階で扉が開く音がした。
航平が廊下を走り、別の部屋の自動扉をわざと作動させる。下にいた敵の足音が、夕奈のいる階段から遠ざかった。
「一人、俺についてきました。もう一人は階段下です」
夕奈は廊下へ出た。
背後の敵がScoutを撃つ。夕奈は実験室へ滑り込み、机を挟んで反対側の扉から抜けた。ガラス越しに敵の姿が見えても、こちらには撃つ手段がない。
「北の連絡通路に入ります。管理室まであと一部屋です」
「俺も北へ上がる」
遥真の銃声がまた響いた。
「さっき割った一人、回復に入った。今なら離れられる」
「航平さん、戻れますか」
「一人ついてきてます。北側の階段を使います」
三人の位置が、少しずつ管理室へ集まっていく。夕奈は連絡通路を渡り、北棟二階へ入った。正面の準備室にC56と5.56弾が落ちている。
拾えば戦える。手持ちの弾も、拾った武器のアタッチメントも、全部そこで役に立つ。
敵の姿は見えない。
夕奈が準備室へ踏み出す。
「ユウナ、入らない方がいい」
遥真の声が飛んできた。
「武器があります。拾えば、すぐ戦えます」
「向かいのガラスの奥に一人いる。出口を見てる」
夕奈は足を止めた。
暗い部屋の倒れた棚。その隙間に銃口がある。銃口の先は、床のC56と部屋の出口を結ぶ線上に置かれていた。
あと数歩で、手元の物が全部戦力になる。取れる。だが、戻れない。
「今は入らない方がいい」
遥真がもう一度言った。
「分かりました。管理室へ行きます」
夕奈が角を曲がった直後、背後で弾が壁を叩いた。
北側の管理室は、大きな操作卓と壁一面のモニターがある狭い部屋だった。入口は東西に一つずつ。南側には外へ出る非常口がある。
夕奈が入った直後、西の扉から遥真が滑り込んだ。
「敵、後ろに二人」
ライトシールドは半分近く削られている。AKの残弾は一桁だった。
続いて南側の階段から航平が入ってくる。
「俺の後ろ、一人。途中で別の足音も増えました」
「同じ部隊ですか」
「分かりません。研究区画、今かなり混ざってます」
航平は扉を閉め、床へシールドパックを二つ落とした。
「パック二つです。ハルさん、一つ使ってください。二秒半は見ます」
「航平は?」
「俺はまだ最大です。残りは一つ持ちます」
遥真はパックを一つ拾い、操作卓の陰へ入った。夕奈が東、航平が南の扉を見る。二秒半後、遥真のライトシールドは最大まで戻った。
夕奈の手持ちは5.56弾が二束と、2倍サイト、5.56用拡張マガジン。武器欄は二つとも空いていた。
アタッチメントだけなら三人の中で一番揃っているのに、敵を止める一発すら撃てない。
遥真がAKを床に置く。
「ユウナ、持つ?」
「私が持っている弾もマガジンも、AKには使えません。六発なら、ハルさんが使ってください」
同じ六発でも、遥真が撃つ方が止められる可能性は高い。
遥真はAKを拾い直した。
「分かった」
東の廊下から足音が近づく。西側でも、閉じた扉の向こうを誰かが走っている。南の外からも銃声が聞こえた。
三方向。
夕奈は東の廊下へパルスセンサーを射出した。一度目の走査で、扉の向こうに二人の輪郭が浮く。すぐに本体を撃たれ、二度目は来なかった。
人数が分かっても、押し返す一発にはならない。遥真のブレイクショットは、乗せる弾がなければ使えない。航平が選んだ回復ウルトも、着地してからまだ時間がたっておらず、充填は半分にも届いていなかった。
夕奈は非常口の小窓をのぞいた。外には細い避難通路があり、その先は研究区画の北側へ抜けている。
「南から出ます。航平さんが先に外を見てください。抜けられたら、私とハルさんも続きます」
「了解」
航平が非常口を半分開いた瞬間、外から弾が入った。
ライトシールドが半分以下まで削られる。
「外、二人います」
航平はすぐに扉を閉め、操作卓の陰へ戻った。パックを使えば二十五戻せる。だが、南の扉の前で二秒半止まる余裕はなかった。
南の逃げ道は、すでに見られている。
東の扉にも銃弾が当たった。西側では、誰かが扉を開けようとしている。
「東が先に開きます」
夕奈が言った。東に二人。西の足音も一人分ではなかった。
「東を押し返して、西から出ます。ハルさん、六発で止められますか」
「一人なら」
「航平さん、西の扉を開ける準備を」
「分かりました」
東の扉が開いた。遥真のAKが鳴る。
一発目と二発目が敵のシールドに入り、三発目で相手が下がる。四発目で青い光が割れた。
「割った」
「今、西――」
夕奈が言いかけた瞬間、西の扉も開いた。二人いる。
航平が扉の陰へ戻る。遥真は残りの弾を西へ撃ち、一人をわずかに下がらせた。
「弾切れ」
遥真が空になったAKを下ろした。
東の廊下では、割った敵の退いた角から回復音がする。その手前の部屋に、別のC56が落ちていた。
数歩走れば取れる。拾った瞬間、手持ちのアタッチメントをつけられる。二束ある5.56弾も使える。今度こそ、戦える。
「取ります」
夕奈は操作卓から出た。
「ユウナさん、取っても戻れない。もう引いて!」
航平の声が強く入る。夕奈は足を止めた。
西側から入った敵が、すでに操作卓の横まで来ている。南の非常口も外から開けられようとしていた。
武器を取ることはできる。だが、戻る場所がなくなる。
夕奈は反転し、操作卓の陰へ戻った。
直後、東の廊下を弾が横切った。一発が夕奈のライトシールドを半分以上削る。あと一歩進んでいれば、C56に触る前に倒されていた。
「すみません」
「謝るのはあとです。東、また来ます」
航平は最後のシールドパックを夕奈の前に落とした。自分のライトシールドは半分も残っていない。
「パック一つ。ユウナさんが使ってください」
「航平さんの方が削られてます」
「俺より、C56まで走る人に残します。二秒半は西を見ます」
「東は俺が見る」
遥真は弾のないAKを捨て、東の扉の横に立った。
夕奈は操作卓の陰でパックを使った。航平が西、遥真が東に立つ。二秒半後、シールドが二十五戻った。最大には届かない。それでも、もう一度だけ走れる。
「ハルさんまで素手になりましたね」
「航平もだろ」
「三人揃いましたけど、これは喜べないです」
夕奈は呼吸を整えた。
「東の一人が入ったら、三人で同じ相手を見ます。倒せなくても、そこから廊下へ出ます」
「了解」
「やる」
東の扉から敵が入った。
遥真が先に体をぶつけ、相手の照準をずらす。夕奈も横から殴り、航平が反対側から進路を塞いだ。
三人で一人へ向かった。
けれど、相手には武器がある。
至近距離の銃声が響き、遥真が先にダウンした。
「東、もう一人来ます」
航平が敵に体を当てながら伝える。
東から二人目、西からも敵が入る。南の非常口が開き、外にいた部隊の弾まで飛び込んできた。
航平が操作卓の陰で倒れる。
夕奈はもう武器へ走らず、倒れた二人のそばで目の前の敵へ体を向けた。
数秒後、敗北の表示が出る。
部隊順位、二十位。
リザルト画面には、三人の与えたダメージが並んだ。遥真が少し。夕奈と航平は、ほとんどない。夕奈はコントローラーから手を離した。
「私が最初のC56を取りに行こうとして、遅れました」
「でも、取ったら戻れなかった」
遥真が言った。
「最初から三人で管理室へ集まれば、一人は倒せた」
「一人倒して、そのあとどこへ出ますか」
遥真は、弾のなくなったAKを画面の中で見たまま答えなかった。航平が録画を開き、降下直後まで戻した。
「誰かが悪いって話にすると、次も武器が湧くのを祈るしかなくなります。変えられるところを探しましょう」
「次から、武器がない時の合流場所も降りる前に決めませんか」
航平が北側を指した。
「第一合流と第二合流を決める。片方を取られたら、迷わずもう片方へ行く」
「合流したあとの逃げ道も決めたいです」
「武器がない時ほど、集まる部屋と出る扉を先に決める。そこまでは試せますね」
遥真が録画を少し戻した。夕奈が最初の準備室へ向かい、足を止めた場面だった。
「ここ、ユウナが入ってたら落ちてた」
「止めてくれて、ありがとうございました」
「前にユウナが言ったから。取れても戻れないなら、同じだと思った」
「航平さんも、最後に止めてくれて助かりました」
「俺は、ユウナさんが武器を見つけた瞬間だけ、ハルさんと同じ速さになることを知りました」
「それ、褒めてないですよね」
「止める側の気持ちが分かったなら、半分は褒めてます」
夕奈は少し笑った。
遥真は合流地点を示す二つの印を見ていた。夕奈も、さっきの問いへの返事は求めなかった。
「もう一試合、試しますか」
夕奈が聞くと、航平が時刻を確認した。
「今日は活動時間、ここまでです。明日も品川なので、続けると全員寝不足になります」
負けたまま終わりたくなくても、勝つことだけが仕事ではない。夕奈は活動記録を終了した。
翌日の通知は、NOVA3Radio初回放送。金曜十九時、進行担当YUNA。
夕奈はコントローラーを机に置き、その手で進行表を開いた。一行目に指を置き、開始の挨拶を小さく読み上げた。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
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