第10話 公式マーク
公式契約プレイヤーのマークがついた翌夜、夕奈はランクマッチを始める前から、自分の名前を何度も見直していた。
YUNA。
その横に、小さな公式表示がある。
選考を通り、契約書に名前を書き、YUNAの顔で初配信にも出た。それよりも、名前の横の印が公式契約プレイヤーになった実感を与えた。
「ユウナさん、まだ見てます?」
通話から航平の声がした。
「見てません」
「今の間は、かなり見てた人の間でしたよ」
「航平さんも気にしてるじゃないですか」
「俺は確認です。何度見ても消えてないので、そろそろ信用しようかと」
ロビーには、三人の名前と公式表示が並んでいる。
遥真だけは何も言わず、武器の設定を確認していた。
「ハルさんは、うれしくないんですか」
夕奈が聞くと、遥真は少し考えてから答えた。
「うれしいです」
「そうは見えなかったので」
「見ても、強くなるわけじゃないから」
「正しいですけど、もう少し余韻を持ってもよくないですか」
航平が言うと、遥真は三人の名前を一度だけ見た。
「三人ともついてるのは、いいと思う」
夕奈は返事をする前に、少しだけ口元が緩んだ。
「じゃあ、入ります」
夕奈はマッチングを開始した。
最初のマッチでは、南西の修理区画へ降りた。近くに一部隊いたが、こちらへ寄ってくる様子はない。
「北の倉庫に一部隊。東へ流れてます」
航平が周囲を見ながら伝える。
「先に物資を取ります。向こうから来なければ戦いません」
「了解」
三人は武器と防具を整え、ラウンド2のエリアへ向かった。
途中、物流ターミナルから銃声が聞こえた。撃ち合っていた二部隊のうち、一部隊は北へ離れ、残った部隊では駐車場側の一人だけが味方から離れている。
「正面、孤立一枚。撃てる」
遥真の報告が入る。
次のエリアまでは遠くない。短く終わらせるなら、まだ間に合う。
「その一人から落とします。私が先に削ります」
「合わせる」
「東の丘に別パ。俺は後ろ見ます」
夕奈は壊れた車の陰から体を出し、マークスマンを撃った。
一発目が敵のシールドに入る。二発目で青い光が砕けた。
「割りました。ハルさん」
遥真の射撃が続き、敵が倒れる。
キルログにHALの名前が流れた。
その横には、公式契約プレイヤーのマークがついている。
ターミナルの残り二人も、三人で挟んで倒した。戦闘は長引かなかった。
「必要な分だけ取って、東へ行きます」
夕奈が回復を拾ったところで、航平の声が少し低くなった。
「丘の部隊、こっちへ下りてきます」
「銃声を聞いたんじゃないですか」
「それはある。でも、さっきまで北を見てたのに、キルログが出てから進路を変えました」
東の丘から戦闘を見ていた三人が、ターミナルへ向かって下りてくる。
姿勢にも迷いがない。
「戦えます」
遥真が言った。
夕奈も敵との距離を測った。物資は揃っている。正面から来るなら、迎え撃つことはできる。
ただ、先ほどの戦闘音は周囲へ響いている。ここへ来るのが丘の一部隊だけとは限らない。
ターミナルは開けていて、丘からの射線も長い。ここで受ければ勝てても漁る時間はなく、別の銃声が寄ってきた時に隠れる場所が足りなかった。
南の高架下なら屋根と柱で射線を切れる。次のエリアへも近づける。
「ここでは受けません。南の高架下へ移動します」
「分かった」
「南、今は空いてます」
航平が先に移動ルートへ入った。三人はターミナルを離れた。
丘の部隊は、残された物資には寄らなかった。NOVA-3が離れたのを見ると、そのまま追ってくる。
「本当に来てますね」
航平が後ろを確認する。
「近づいたら撃ち返します。でも、止まりません」
高架下を抜け、車両置き場へ入る。
追跡部隊がパルスセンサーを高架の柱へ射出した。警告音のあと、一度目の走査が三人の輪郭を赤く縁取る。煙も壁も、その瞬間の位置までは隠せない。
「センサー、壊す」
遥真が振り返って本体を撃った。二度目の走査は止まったが、相手にはNOVA-3が南へ抜けたことまで伝わっている。
背後から弾が伸びてきた。夕奈のシールドが削られる。
「まだ距離あります」
「一人、前に出てる」
遥真が振り返り、短く撃ち返した。
「七十入れた。詰めれば落とせる」
落とすためには、三人の足を止めて後ろへ体を向ける必要がある。前の安全はまだ確認できていない。
いま欲しいのは一人のダウンではなく、追ってくる部隊との距離だった。
「詰めません。整備路まで行きます」
「了解」
遥真は敵を追わず、すぐに二人の位置へ戻った。
公式マークがなければ、追ってくる敵もここまで深くは入らなかったかもしれない。
どちらも確かめようはない。
ただ、敵がエリアへ向かうより、NOVA-3を追うことを選んでいるのは明らかだった。
「前、別パいます」
航平が言った。
整備路の出口近くに、別の部隊がいた。こちらにはまだ気づいておらず、北側の建物を警戒している。
「右の壁沿いなら抜けられます」
「後ろは?」
「まだ来てます。こっちしか見てない」
夕奈は前後を見比べた。
後ろの部隊が整備路へ入る。前にいる部隊も、足音のする方へ振り返った。
整備路は広くない。中央で止まれば前後から撃たれるが、右の壁沿いなら片側の射線を切ったまま出口へ抜けられる。
後ろの部隊がNOVA-3だけを見続けるなら、前の部隊へ背中を向けることになる。
追ってきた部隊のすぐ近くには、こちらに背を向けた敵がいる。だが銃口はNOVA-3へ向いた。
弾が壁に当たり、火花が散る。
「本当に、俺らだけですね」
「キルログを見たんだと思う」
遥真が言った。
追ってきた一人が、味方より先に整備路へ入った。
「手前、割れる」
遥真が撃ち、敵のシールドを砕く。
夕奈も照準を向けた。
二人で撃てば落とせる。
三人で詰めれば、そのまま部隊を倒せるかもしれない。
だが、前にも別の部隊がいる。ラウンド2の縮小開始まで、残り三十秒。
ここで戦えば、追ってきた相手だけでは終わらない。倒した直後に前の部隊へ詰められれば、回復も物資回収も間に合わない。
右の壁沿いで抜ければ、追跡部隊と出口の部隊が先に撃ち合う。NOVA-3はその間にエリアへ入れる。
「倒せます。でも、今倒す相手じゃないです。先に入ります」
夕奈は言った。
遥真は割った敵をもう一度照準に入れた。あと少しで落とせる距離で、射撃を止めた。
「分かった」
「航平さん、後ろを切れますか」
「スモーク二つあります。一本は出口に残します」
「お願いします。右の壁沿いで抜けます」
航平が整備路の中央へスモークを投げた。
白い煙が広がり、追ってきた部隊からの射線を遮る。
三人は右の壁に沿って走った。
出口にいた部隊が煙の中へ撃ち始める。追ってきた敵も撃ち返し、整備路の中で銃声が重なった。
NOVA-3はその横を抜けた。背中へ弾が飛んできたが、誰も止まらない。
エリア内の丘へ入り、岩の裏まで走る。
夕奈が振り返ると、追ってきた部隊は整備路の出口で足を止められていた。前の部隊と撃ち合い、その背後からリングが迫っている。
しばらくして、キルログに追跡してきた三人の名前が続けて流れた。
「落ちましたね」
航平が回復しながら言った。
「追わなければ、普通に入れたと思いますけど」
試合はそのまま終盤まで続き、NOVA-3は二位で終わった。
リザルト画面を見ながら、夕奈は順位よりも、整備路まで追ってきた部隊のことを考えていた。
「一回名前が出ただけで、あそこまで来るんですね」
「公式を倒したって言いたかったんでしょうね」
航平が答える。
「気持ちは分からなくもないですけど、自分の試合まで捨てるとは思わなかった」
「次も来るかもしれない」
遥真が言った。
「嫌ですか」
夕奈が聞くと、遥真は少し考えた。
「撃ってくるなら倒したい。でも、さっきは入ってよかった」
その言葉に、夕奈は小さく息を吐いた。通話で入室音が鳴り、三好玲奈が入ってきた。
「一試合目、お疲れさまでした。先ほどの追跡については、終了後の報告に入れてください」
「玲奈さんも見てたんですか」
「活動開始直後ですので、運用確認として観戦していました。戦い方への指示はしませんが、通常と異なる接触は記録します」
航平が尋ねる。
「今のって、問題行為になります?」
「追っただけでは、規約違反とは言えません。配信もしていないので、ゴースティングでもありません」
「今は、公式を倒しても報酬はないですよね」
夕奈が確認すると、玲奈はすぐに答えた。
「ありません」
「じゃあ、どうして」
「話題にしたい人までは止められません」
玲奈の声は冷静だった。
「公式表示は信用の証明です。ただし、注目されることも含めて公式です」
夕奈は、自分の名前の横にある印を見た。昨日は、選ばれた証明にしか見えなかった。
「信用と、狙われることが同じ印なんですね」
「同じ場所に表示されます」
玲奈は否定しなかった。
「次の試合も通常どおり参加してください。接触が続くようなら、終了後に状況を整理します」
「分かりました」
玲奈が通話から抜け、ロビーに三人だけが残った。
「もう一試合、行きますか」
航平が聞く。
「行きます」
「やる」
夕奈はマッチングを開始した。
二試合目の輸送機は、マップを南から北へ横切っていた。
夕奈は東の資材置き場にピンを刺す。広い建物が三つあり、一部隊と被っても三人分の武器を確保しやすい場所だった。
「ここへ降ります」
三人が輸送機から飛び出す。
夕奈は周囲を見た。
「後ろ、一部隊来ます」
航平の報告と同時に、一つの部隊がNOVA-3の後方から近づいてきた。
一部隊なら、まだ対応できる。
夕奈が資材置き場の北側へ角度を調整したとき、さらに遠くを飛んでいた別の部隊が、大きく進路を変えた。
「もう一部隊、こっちへ曲がりました」
航平の声が硬くなる。
二部隊が、NOVA-3の降下地点へ集まってくる。
遥真が地上の建物を見た。
「先に降りれば、一人は取れる」
夕奈は、まだ誰の手にも渡っていない武器の位置と、三人の距離を見た。
地上へ着く前から、三つの部隊の間隔が急速に狭まっていく。
まだ、誰も武器を持っていない。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
eスポーツに関わる人々は、プロ選手だけではありません。
ランクマッチやオンライン大会を楽しむカジュアル競技層、学生大会や地域大会へ参加するアマチュア層、小規模チームに所属しながら大会や配信活動を続けるセミプロ層、チームとの契約を結び競技活動を中心に行うプロ選手など、さまざまな立場の人がいます。
また、競技を支えるストリーマー、実況、解説、運営スタッフなども、eスポーツを形づくる大切な存在です。
競技ジャンルには、FPS・TPS、MOBA、格闘ゲーム、スポーツゲーム、カード・戦略ゲーム、レースゲーム、モバイル競技などがあります。求められる技術やチーム構成、大会形式は、競技タイトルによって異なります。
なお、eスポーツ競技者の具体的な人口については、プロ選手だけを数えるのか、オンライン大会やランクマッチへの参加者まで含めるのかによって大きく変わります。また、地域、競技タイトル、調査方法によっても数値が異なるため、今回のイラストでは正確な人数を掲載していません。具体的な人口をご紹介できず、申し訳ありません。
※掲載内容は、eスポーツ競技者と関連分野の一般的な構成を、分かりやすくまとめたイメージです。




