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『青の姫君の森暮らし 〜化け物と恐れられた公爵令嬢は、今日も畑を耕します〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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12/12

第12話 青の姫君、森へ招く準備をする



 リオ豆が芽を出した。


 その知らせは、朝一番の村から届いた。


 伝えに来たのは、もちろんリオ本人だった。


 私はその時、森の畑で青豆一号の周りの土を軽くほぐしていた。


 青豆一号は双葉をしっかり開き、昨日より少しだけ茎が太くなっている。


 まだ小さい。


 けれど、もう土の中に隠れていた頃とは違う。


 風を受け、光を浴び、外の世界に向かって立っている。


 私はその姿を見ながら、昨夜の日記に書いた言葉を思い出していた。


 私が選んだこと。


 森で暮らすこと。


 村へ行くこと。


 友達を信じること。


 先生を続けること。


 そういうものを、少しずつ自分で選べるようになってきた。


 そのことを考えていると、結界の外から勢いのある足音が近づいてきた。


 聞き間違えるはずがない。


 リオだ。


「フローラー!」


 森に声が響く。


 私は顔を上げた。


 すぐ後ろからミナの声も聞こえる。


「リオ兄さん! 朝から走らないでって言ったでしょう!」


「だって出たんだぞ! リオ豆が!」


「だからって森で叫ばない!」


「嬉しいから仕方ない!」


 いつものやり取り。


 けれど今日のリオの声は、いつもより弾んでいた。


 私は畑の外へ出て、二人を迎えた。


 リオは息を切らしていた。


 ミナも少し頬を赤くしている。


「おはようございます」


「おはよう! フローラ、出た!」


「リオ豆ですね」


「そう! 出た! 俺、待てた!」


 胸を張るリオ。


 その表情があまりにも誇らしそうで、私は少し笑った。


「おめでとうございます」


「ありがとう!」


「待つことも育てること、できましたね」


「できた!」


 リオは本当に嬉しそうだった。


 ミナは少し呆れながらも、優しい目で兄を見ている。


「朝から村中に知らせて回りそうだったので、先にフローラのところへ連れてきました」


「なるほど」


「違うぞ。俺がフローラに一番に知らせたかったんだ」


 リオが少し真面目な顔で言った。


「先生だからな」


 先生。


 その言葉に、胸が温かくなる。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 私がそう言うと、リオは一瞬照れたように視線を逸らした。


「そ、そうか」


 ミナが小さく笑う。


「リオ兄さん、褒められると弱いですね」


「弱くない」


「顔が赤いです」


「走ったからだ!」


 リオは慌てて言い返した。


 私は青豆一号を二人に見せた。


 リオはしゃがみ込み、自分の豆と比べるようにじっと見る。


「青豆一号、強そうになってきたな」


「まだ小さいですが、順調です」


「リオ豆もすぐ追いつく」


「それはどうでしょう」


「追いつく!」


 真剣に言うので、私は少し考えた。


「では、観察しましょう。成長の違いを見るのも勉強です」


「おう!」


 リオはやる気に満ちていた。


 豆が芽を出しただけで、こんなにも嬉しそうになる。


 それが不思議で、少し羨ましくて、そして嬉しかった。


 私は以前なら、発芽をただの成長段階として記録していただろう。


 今も記録はする。


 でも、そこに誰かの喜びが混ざると、芽はただの植物ではなくなる。


 リオ豆。


 青豆一号。


 ニコ豆。


 マメタ。


 それぞれに名前があり、待っている人がいる。


 畑とは、こんなに賑やかなものだったのだろうか。


 森で一人で畑を耕していた頃には知らなかった。


 ミナが籠を持ち直しながら言った。


「それで、フローラ。今日は村長さんから伝言もあります」


「伝言ですか」


「はい。子供たちの森見学の件です」


 森見学。


 私は少し背筋を伸ばした。


 前回、子供たちが青豆一号を見たいと言った。


 その時は、大人と相談してからと答えた。


 つまり、その相談の結果が出たのだろう。


「村長さんとガルド叔父さん、バルドさんで話して、人数を絞ってなら可能だろうって」


「人数を」


「はい。最初は子供六人まで。付き添いにガルド叔父さん、バルドさん、私とリオ兄さん。村長さんは村に残ります」


「六人」


 私はすぐに頭の中で計算を始めた。


 子供六人。


 付き添い四人。


 合計十人。


 私を含めれば十一人。


 庭の広さ。


 椅子の数。


 お茶の量。


 危険区域。


 薬草園の柵。


 井戸周辺の安全確保。


 結界の通行許可。


 森の道中の危険。


 青豆一号周辺の踏み荒らし対策。


 果樹の枝。


 小鳥。


 魔法陣を見せるかどうか。


 考えることが多い。


 多い。


 とても多い。


 私は少し黙った。


 リオが不安そうに覗き込む。


「嫌か?」


 嫌。


 私は胸に聞いてみた。


 怖い。


 不安。


 準備が必要。


 でも、嫌ではない。


「嫌ではありません」


 私は答えた。


「少し緊張しています。でも、来てもらえるのは嬉しいです」


 ミナがほっとしたように微笑んだ。


「よかった」


「いつですか」


「明後日を予定しています。ただ、フローラが大丈夫なら」


 明後日。


 準備期間は二日。


 十分だろうか。


 いや、十分にするしかない。


 私は頷いた。


「大丈夫です。準備します」


 ミナが少しだけ目を細めた。


「準備しすぎないでくださいね」


「……はい」


 即答できなかった。


 リオが笑う。


「今、間があった」


「ありました」


「フローラ、また教材七枚作りそう」


「今回は見学なので、教材は三枚までにします」


「作るんだ」


 リオが笑う。


 ミナも苦笑した。


「三枚までなら、ほどほど……かな?」


「はい。ほどほどです」


 私は自信を持って答えた。


 たぶん。


 三枚なら。


 その日は、二人が帰った後、私は森の家全体を見回した。


 ここへ子供たちが来る。


 エマ。


 ニコ。


 トト。


 ルル。


 サム。


 リーナ。


 最初の見学はその六人だろう。


 彼らがこの庭に立つ。


 青豆一号を見る。


 薬草園を覗く。


 果樹を見る。


 井戸の水を見て驚くかもしれない。


 小鳥を追いかけようとして止められるかもしれない。


 リオはたぶん一緒になって動こうとして、ミナに止められる。


 バルドさんは畑を見て何か言う。


 ガルドさんは周囲を警戒する。


 私は、皆を迎える。


 迎える。


 その言葉が胸に残った。


 これまで私は、招かれる側だった。


 村へ行き、見てもらい、受け入れてもらった。


 ミナの家で温かいミルクをもらった。


 村の広場で食事をもらった。


 子供たちに声をかけられた。


 でも今度は、私の家へ来る。


 私が迎える側になる。


 それは少し怖い。


 けれど、同じくらい嬉しい。


 森に捨てられた時、この家に誰かを招く日が来るなんて思わなかった。


 そもそも、生きるだけで精一杯だった。


 でも今、この家は誰かを迎えられる場所になっている。


 私は胸元の客人札に触れた。


「……準備しないと」


 まず、危険区域の確認。


 私は薬草園へ向かった。


 薬草園には、触っても問題ないものと、扱いに注意が必要なものがある。


 毒草は別の柵の中に移してあるが、念のため結界を薄く張る。


 子供が手を伸ばしても、ふわりと弾かれる程度のもの。


 強すぎると驚かせる。


 弱すぎると意味がない。


 調整が難しい。


 私は何度か試し、指先で触れて確認した。


「これなら大丈夫でしょう」


 次に井戸。


 井戸の周りは石で囲っているが、子供が覗き込みすぎると危ない。


 柵を追加する。


 ただし、見学なので中が見えるように。


 水を汲む体験は、今回はしない方がいい。


 リオがやりたがりそうだが、却下。


 川の罠は見せない。


 自動で魚が処理されるところを子供に見せるのは、教育上どうなのか判断が難しい。


 そもそも魔法が目立ちすぎる。


 貯蔵庫も見せない。


 空間拡張は村外の人に知られると厄介だ。


 家の中は、居間と台所だけ。


 作業室と書斎は閉める。


 寝室は当然見せない。


 畑は見せる。


 青豆一号は見せる。


 果樹も見せる。


 花壇も。


 お茶は庭で出す。


 焼き菓子は多めに。


 ただし食べすぎないよう一人二枚。


 リオは三枚まで。


 いや、リオだけ増やすと子供たちが不公平に感じるかもしれない。


 なら全員二枚、予備を別に用意。


 頭の中で計画が増えていく。


 私は途中で立ち止まった。


「ほどほど」


 声に出す。


 深呼吸。


 これは見学であって、王国式の茶会ではない。


 完璧でなくていい。


 子供たちは森の家を見に来る。


 青豆一号を見る。


 それだけで充分なのかもしれない。


 私は木板を三枚だけ作ることにした。


 一枚目、森の家での約束。


 一、勝手に走らない。


 二、薬草に触らない。


 三、井戸に近づきすぎない。


 四、青豆一号を踏まない。


 五、分からないものは聞く。


 二枚目、青豆一号の観察。


 三枚目、森の畑と村の畑の違い。


 これだけ。


 これだけにする。


 私は心に決めた。


 決めたのだが、夕方には「お茶会の手順」を書いた四枚目ができかけていた。


 途中で気づき、木板を裏返した。


「これは不要」


 危なかった。


 ミナに見つかったら、きっと静かに笑われる。


 翌日、私は準備をしながら村へは行かなかった。


 リオがリオ豆の報告に来たかったらしいが、ミナが止めたと夕方に伝言鳥で知らせてくれた。


 準備の邪魔になるから、という理由だった。


 私は少し申し訳なく思いながらも、助かった。


 実際、やることは多かった。


 庭の草を刈り、歩く道を整える。


 畑の周りに低い紐を張る。


 青豆一号の前に小さな札を立てる。


 薬草園の柵を直す。


 椅子代わりの丸太を磨く。


 子供用の小さなカップを作る。


 作りすぎないよう、数は人数分と予備二つ。


 焼き菓子を焼く。


 今回は蜂蜜入りの薄焼き菓子。


 甘さ控えめ。


 リオには物足りないかもしれないが、子供たちにはちょうどいい。


 昼過ぎ、バルドさんが一人で様子を見に来た。


 森の道から現れた彼は、庭を見るなり目を細めた。


「……やってるな」


「ほどほどにしています」


「どこがだ」


 即答だった。


 私は少しだけ視線を逸らした。


「子供たちが安全に見学できるように」


「まあ、悪くはねえ」


 バルドさんは畑の周りの紐を見て頷いた。


「踏ませない工夫はいい。薬草園の柵も悪くねえ。井戸の柵も必要だ」


「はい」


「ただ、菓子の数は多いな」


「予備です」


「予備が多い」


「リオが食べる可能性を考慮しました」


 バルドさんは少し黙り、それから頷いた。


「それは必要だな」


 認められた。


 私は少し安心した。


 バルドさんは青豆一号の前にしゃがんだ。


「こいつが青豆一号か」


「はい」


「いい芽だ」


「ありがとうございます」


「村の豆とは少し葉の色が違うな」


「森の土と魔力環境が違うからかもしれません。村で育てる時は調整が必要です」


「今度それも見る」


「はい」


 畑の話をしていると、私の緊張は少し落ち着いた。


 バルドさんは余計なことをあまり言わない。


 けれど必要なことは言ってくれる。


 その距離感が心地よかった。


 帰り際、バルドさんはぼそりと言った。


「嬢ちゃん」


「はい」


「明日、子供たちは騒ぐぞ」


「はい」


「予定通りにはいかねえ」


「……はい」


「それでも、たぶん楽しい」


 私は少し目を瞬いた。


 バルドさんはそっぽを向いたまま続けた。


「畑も子供も、思い通りには育たねえ。でも、そこが面白い」


 私は青豆一号を見た。


 少し曲がりながらも、光へ向かって伸びている。


「はい」


 私は頷いた。


「覚えておきます」


 そして、森見学の日が来た。


 朝から私は早く目が覚めた。


 寝不足ではない。


 むしろ、しっかり眠れた。


 けれど体が自然に起きた。


 私は家の中を確認し、台所で薬草茶を淹れる準備をした。


 焼き菓子を布で包む。


 カップを並べる。


 椅子を確認する。


 水も用意する。


 何度も何度も確認して、途中で自分に言い聞かせた。


「ほどほど」


 外へ出ると、森はよく晴れていた。


 木々の間から朝日が差し込み、畑の葉が明るく光っている。


 青豆一号も元気だ。


 今日は良い日になる。


 そう思いたかった。


 昼前、結界に大勢の気配が触れた。


 十人。


 予定通り。


 子供六人。


 リオ、ミナ、ガルドさん、バルドさん。


 森の道から、賑やかな声が近づいてくる。


「走らない!」


「分かってる!」


「トト、ルル、枝を拾わない!」


「拾ってない!」


「拾おうとしてただろ!」


「エマ、前見て歩け」


「だって鳥がいた!」


 声だけで状況が分かる。


 私は玄関の前に立った。


 心臓が少し速い。


 けれど、昨日までの準備が私を支えてくれる。


 やがて木々の間から、最初にリオが現れた。


 その後ろに子供たち。


 エマ、ニコ、トト、ルル、サム、リーナ。


 ミナが子供たちの間にいて、ガルドさんが後方を守り、バルドさんが少し離れて歩いている。


 子供たちは森の家を見るなり、目を輝かせた。


「ここ!?」


「フローラ先生の家!」


「畑ある!」


「花も!」


「井戸!」


「走らない!」


 最後の声はミナだった。


 私は少し笑いそうになりながら、前へ出た。


「みんな、ようこそ。今日は来てくれてありがとうございます」


 子供たちが一斉に声を上げた。


「お邪魔します!」


 また少しずれている。


 でも、元気だ。


 私は木板を一枚持った。


「最初に、森の家での約束を確認します」


 エマが手を上げる。


「勝手に走らない!」


「はい」


 ニコも手を上げる。


「薬草に触らない!」


「はい」


 サムが真面目に言う。


「井戸に近づきすぎない」


「はい」


 トトとルルが一緒に言う。


「青豆一号を踏まない!」


「とても大事です」


 リーナが小さく続ける。


「分からないものは聞く……」


「はい。完璧です」


 子供たちは嬉しそうに顔を見合わせた。


 リオが感心したように言う。


「俺より覚えてるな」


「リオ兄さんも覚えてください」


 ミナの声は容赦ない。


 見学はまず畑から始まった。


 子供たちは紐の外側に並び、青豆一号を見つめた。


「これが青豆一号……!」


 エマが感動したように言う。


「マメタよりちょっと大きい」


 トトが覗き込む。


「葉っぱ、色が濃い?」


 サムが真剣に見る。


「村の豆と違う」


 私は頷いた。


「森の土で育っているので、少し違いが出ています。葉の色、茎の太さ、土の湿り具合を見てください」


 子供たちはしゃがみ、じっと観察する。


 誰も触らない。


 ちゃんと約束を守っている。


 私は胸が温かくなった。


 ニコが小さく言う。


「青豆一号、強そう」


「はい。順調です」


「ニコ豆も頑張る」


「きっと」


 次に、森の畑全体を見せた。


 トマト。


 豆。


 芋。


 薬草の隣に植えた虫除け草。


 果樹。


 花壇。


 バルドさんが時々補足してくれる。


「村の畑と違って、ここは森の腐葉土が多い。だから土が軽い」


 サムが質問する。


「じゃあ村も森の土を入れればいい?」


 バルドさんが頷く。


「少しならな。入れすぎると村の土が驚く」


「土が驚く?」


 子供たちが笑う。


 バルドさんは真面目な顔のまま言う。


「急に変えすぎるなってことだ」


 私は頷いた。


「畑も、急に変わると疲れます。少しずつ試すことが大事です」


 子供たちは頷いた。


 畑の次は薬草園。


 ここは少し緊張した。


 私は柵の前で足を止める。


「ここは薬草園です。触っていいものもありますが、今日は見るだけにします」


「どうして?」


 ルルが聞く。


「似ている草があるからです。間違えると危ないものもあります」


「見るだけ!」


 エマが自分に言い聞かせるように言った。


 私は少し笑った。


「はい。見るだけです」


 薬草園では、香りの違いを体験してもらうため、私が摘んだ安全な葉を一枚ずつ渡した。


 子供たちは匂いを嗅いで反応する。


「すーっとする!」


「苦そう」


「これ、お茶の匂い!」


「リーナ、顔すごい」


「だって変な匂い……」


 賑やかだ。


 でも、誰も勝手に触らない。


 ちゃんと学んでいる。


 それが嬉しい。


 井戸の見学では、リオが水を汲みたがった。


 案の定だった。


「俺、やっていい?」


「今日は見学だけです」


「ちょっとだけ」


「今日は見学だけです」


「フローラ、言い方がミナみたいになってる」


「ミナに学びました」


 ミナが少し笑った。


「良い学びです」


 リオは諦めた。


 子供たちは井戸を覗き込みたがったが、柵のおかげで安全な距離を保てた。


 ガルドさんが後ろに立ってくれているのも心強い。


 最後に、庭の木陰でお茶にした。


 丸太椅子に子供たちが座る。


 大人たちは立ったり、端に腰掛けたり。


 私はカップに薬草茶を注いだ。


 薄めで、子供でも飲みやすい配合。


 焼き菓子は一人二枚。


 リオが三枚目に手を伸ばしかけ、ミナに見つかった。


「リオ兄さん」


「まだ触ってない」


「触る前に止めました」


「厳しい」


 子供たちが笑った。


 お茶を飲んだエマが目を輝かせる。


「甘くないけど、おいしい」


 リーナも小さく頷く。


「落ち着く味……」


 ニコは焼き菓子を大事そうに少しずつ食べている。


 トトとルルは一枚目をすぐ食べ、二枚目をどう残すかで悩んでいた。


 私はその様子を見て、胸の中が柔らかくなるのを感じた。


 森の家に子供たちがいる。


 笑い声がある。


 焼き菓子の匂いがある。


 お茶の湯気がある。


 ここは、捨てられた場所だった。


 誰も来ないはずの場所だった。


 けれど今、こんなにも賑やかだ。


 エマが突然言った。


「フローラ先生の家、好き」


 私は固まった。


「好き、ですか」


「うん。なんか、森なのにあったかい」


 ニコも頷く。


「青豆一号いるし」


 トトが言う。


「お菓子あるし」


 ルルも続ける。


「花きれいだし」


 サムが真面目に言う。


「畑がちゃんとしてる」


 リーナが小さく言う。


「また来たい……」


 言葉が一つずつ胸に入ってくる。


 好き。


 温かい。


 また来たい。


 私の家を、そう言ってくれる。


 どう返せばいいか分からなかった。


 喉の奥が少し詰まる。


 私は両手でカップを持ち、ゆっくり息を吸った。


「ありがとうございます」


 声が少し揺れた。


「私も、みんなが来てくれて嬉しいです」


 子供たちが笑った。


 リオが少し得意げに頷いている。


 ミナは優しく私を見ていた。


 バルドさんはそっぽを向いているが、口元が少し緩んでいる。


 ガルドさんは静かに周囲を見守っていた。


 その時間は、私にとって宝物のようだった。


 見学が終わり、子供たちが帰る時間になった。


 皆、名残惜しそうにしている。


「青豆一号、また見る!」


「次は果物できる?」


「薬草茶、また飲みたい」


「今度は水汲みしたい」


「それは大人と相談です」


 私は一人ずつ見送った。


 帰り際、リーナが小さな布の栞をもう一枚くれた。


「今度は、フローラ先生の家の花の色で作ったの」


 淡い青い糸で小さな花が縫われていた。


 少し曲がっている。


 でも、とても丁寧だった。


「ありがとうございます。大切にします」


 リーナは嬉しそうに笑った。


 子供たちと大人たちが森の道へ戻っていく。


 リオとミナは最後まで残った。


「どうだった?」


 リオが聞く。


 私は庭を見回した。


 少し乱れた椅子。


 空になったカップ。


 焼き菓子の欠片。


 踏まれないよう守られた畑。


 揺れる青豆一号。


 胸の中に、疲れと温かさが一緒にあった。


「疲れました」


「うん」


「でも、とても楽しかったです」


 リオが笑う。


「よかった」


 ミナも頷いた。


「フローラ、迎えるの上手でした」


「そうでしょうか」


「はい。みんな安心していました」


 安心。


 私の家で。


 私が迎えて。


 誰かが安心してくれた。


 それが、こんなに嬉しいものだとは知らなかった。


「また、来てもらってもいいですか」


 私が尋ねると、リオは当然のように言った。


「いいに決まってるだろ」


 ミナも笑った。


「きっと、みんな来たがります」


「では、次も準備します」


「ほどほどに」


「……はい」


 三人で少し笑った。


 夜。


 片付けを終えた私は、日記帳を開いた。


 今日、子供たちが森の家へ来た。


 青豆一号を見た。


 薬草園を見た。


 井戸を見た。


 お茶を飲んだ。


 みんな約束を守ってくれた。


 エマが、この家が好きだと言った。


 リーナが花の栞をくれた。


 私は、迎える側になった。


 とても疲れた。


 でも、とても嬉しかった。


 私はペンを止めた。


 窓の外を見る。


 森は静かだ。


 昼間の賑やかさが嘘のように、夜の空気が家を包んでいる。


 けれど、今日の静けさは寂しくない。


 子供たちの声が、まだ庭に残っている気がした。


 私は最後に書いた。


 捨てられた場所だった森の家が、誰かに「また来たい」と言ってもらえる場所になった。


 私はこの家を、もっと好きになった。


 日記帳を閉じる。


 机の上には、村の客人札。


 白い石。


 リーナの栞。


 ミナと作ったジャム。


 そして今日もらった青い花の栞。


 大切なものが増えていく。


 私は暖炉の火を見つめながら、小さく呟いた。


「次は、果樹も見せられるかしら」


 また準備が増えそうだ。


 でも、今度こそほどほどに。


 そう思いながら、私は静かに笑った。

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