第二章 04
ヤマダ電機で買い物を終えた雪那はほくほく顔だ。両手でビニール袋を持って時折にやついている。楽しんでくれたようで何よりだ。
久々利もワイヤレスイヤホンを新調したらしい。直毘はちらっと弟の機材類を見ただけで何も買わなかった。
「さて、ちょっと喫茶店でも寄ろうか。足も休ませたいし」
「む、パフェがあるなら行こうではないか」
雪那は乗り気だ。直毘も肯定で返す。
「じゃあ行こ……あ」
右から道に合流する形で歩いてきたポニーテールの少女が、三段アイスを舌でぺろりとする。少女の視線が久々利へ向き、隣の雪那、背後の直毘へ移る。口端を吊り上げた少女が猛烈な勢いで歩み寄ってきた。
「ちょいちょい、くくり~なにやってんの。あたしはハブ? ひどいな~」
「待った! 月読がさっさとどっか行ったから暇でふたりを誘ったんだ。他意はない!」
「へぇー? コーヒー一杯おごって?」
「もちろんだ。眞守と二人で出すよ」
俺を巻き込むんじゃねえよ。クソ。こいつも事故ったら俺を使う気か。
「む、月読。そんなアイスを食べて珈琲を飲んでは胃がびっくりするぞ?」
「だーいじょぶ。甘いものは別だから」
「そうか。ではパフェを食べにいこう。案内を頼む縁」
雪那と久々利が先頭を歩き、その後ろを直毘が行く。必然、月読が隣に来た。
「ねね、どこ行ってたの?」
物理的に距離を詰めてきた月読が耳元で囁く。直毘の身体が警報を鳴らす。無理やり裏返す。顔面に笑顔を貼り付けた。
「ヤマダ電機。スマホのアクセサリー関係を色々と買ってたんだ」
「ああ、ゆきなんアクセしてなさそーだしね。直毘はなんか買ったん?」
「家電を見てただけだよ。AI炊飯器が俺の中で熱い」
「さすが主夫! でもあたしのおすすめは圧力鍋。ちょー便利だから」
「煮物とか結構時短になるらしいな。俺も検討するか……?」
「あれ使うとめっちゃ味がいい感じになるんだー。ホント、料理作るなら絶対持ってた方がいいよ」
スマホを操作した月読が画面を見せてくる。近い。だが表示された圧力鍋の情報は自分のスマホにメモしておく。帰ったら調べる。学生が料理をするのに時短は重要だ。
「あ、もし買ったらそっちで料理させて。さすがに持ってこれなくてさー」
よし、絶対買わん。
「高くて買えないっての」
「それ偏見。安いのも全然あるんだよね」
「マジかよ……一万以内であるじゃんか」
「意外とお手軽価格でしょ? ぜーったい買った方がいいよ」
「ちなみにどのくらい時短になる?」
ふふん、と鼻を鳴らした月読がアイスを舐める。
「煮物なら三分の一は硬いよー」
「買うわ」
圧力鍋を買うことで自由時間が増える。しかも手ごろな価格と来た。これ以上の購入理由はない。
ぱくり、と二段目までアイスを食べきった月読が唇を舌で舐める。
「食事担当はやっぱ大変だよねー。ま、あたしは料理好きだからいいけど」
「俺はもう慣れた。習慣化すりゃ苦労もしないからな。まー、他の家事はやってもらえるから楽だ」
「いいなー。久々利とゆきなん交換しようよ。久々利って外面いいのに結構ずぼらなんだよねー」
警戒度が上がる。
「同居ペアを簡単に差し出すなよ。ここの趣旨思い出せ」
「つっこみがキレッキレー。あれ、なんだっけ? たしか……若者の恋愛離れを……忘れたー」
「学生手帳もらったろ? 読んどけ読んどけ。寝る前に読むとちょうどいい」
「それ絶対つまんないやつじゃん」
からからと月読が笑う。背筋に汗が流れる。喫茶店はまだか。
月読がアイスをばりばりと食べ終えた途端、前ふたりの歩みが止まった。視線を上げると、喫茶店の看板があった。軒先に置かれた看板にはチョークで今日の一押しが書かれている。パフェだった。タイミングが絶妙すぎる。
ぱっと雪那が振り返る。ドヤ顔していた。なぜだ。
「ちょうど席が空いてる。入ろうか」
久々利が店員を呼び、人数を伝える。店員の案内について四人席に着いた。直毘は対面を久々利、左隣を雪那で固めた。月読は対面左だ。これで消耗を防げる。
雪那が嬉々としてメニューをテーブル上で広げる。考えるまでもなくパフェだろう。
「眞守はなに頼む?」
「俺はいつもカフェオレ」
「砂糖あり?」
「無いと頭回らなくなる」
「理由が切実だなあ。俺はオレンジジュースにしよっかな。月読はコーヒーだったね。一番安い奴でいい?」
頬杖をついた月読が、ん、と吐息をもらす。
「一番高いコーヒーよろしくね?」
「あはは、いつか覚悟しろよこのやろー」
「あれ、急に料理のやり方忘れたかも。ごめん久々利。今日から毎日外食でいい?」
「……すみませんでした」
こいつ、盾になりそうにない。食を掴まれると人間はここまで脆くなるのか。
んふ、と月読が微笑む。
「あたしケーキ食べたいな~?」
「もちろん、頼んでくれ」
「ありがとー。いい同居人であたし運いいなー」
久々利が目配せしてくるが無視だ。俺を巻き込むな。足を蹴るな。
む、と何かを察知した雪那の右足が一瞬消えた。うげ、と久々利がうめき声をあげる。蹴りやがったか。
「え? なにか文句あるん?」
月読が久々利へにやにやと嫌らしい視線を向ける。彼は微妙に顔を引きつらせていた。
「ないない、まったくない。月読がペアで良かったって感動してたんだ」
駅前で逆ナンしていた女子が見たら失望するな。
「じゃあもう一声いける?」
「……遠慮くらい覚えようか」
「さすがにダメかー。ごめごめ、調子乗った」
ぺろっと舌を出す。あざとい女だ。
久々利が恨みがましい目を向けてくる。違う、俺じゃない。冤罪だ。文句はこの武士に言え。
「よし、私はこのフルーツパフェにしよう。案ずるな直毘、お前の分のチョコレートパフェも頼むとしよう」
「いらん」
「遠慮するな。残したら私に任せろ」
「だからいらん」
「なんだ、まるで私が両方食べたいみたいではないか」
「違わねえだろ……」
月読が吹き出す。腹を抱えて笑っていた。
「ゆきなん大食いじゃん。もう頼んじゃいなって」
「む、そうか? ならばふたつ頼もう。あくまで直毘の分だ。食べないのなら私が引き受けよう」
雪那が期待を込めた表情で見てくる。俺に許可を求めるな。
「好きにしてくれもう」
煌めく笑顔をたたえた雪那が店員を呼ぶ。
◇◆◇
夕焼けが落ちる道路をとぼとぼ歩く。手には両手に持つビニール袋にはずっしりと重みがあった。手が痛い。
数歩前を進む雪那は、電気屋で買った戦利品をかかげては肩を震わせている。高校生の日常の一幕はひとまず悪くは無かったらしい。
あれから結局、四人で喫茶店で夕方まで話していただけだ。特別なことはなにもしていない。きっと、高校生の日常の一幕。久々利と月読とはスーパーを出るとき別れた。彼は完全に荷物持ちになっていた。
雪那が振り返る。陽光に黒髪が眩く輪郭を映す。
「やはり重そうだ。持つぞ?」
「構わん。今日買ったものを大事にしとけ」
「そうか。次は私が持つと約束しよう」
「それは切実に頼む」
隣に並んだ雪那が顔を覗き込んでくる。大きな瞳には心配の色が浮かんでいた。
「疲労はないか? 予想外が重なったはずだ」
「正直だるい」
「なら今日は出前を取ろう。無理に家事をするな」
「悪いな。これからあんま作れんかもしれん」
「良い。お前の安寧の方が大事だ。今日は私も少し浮かれ過ぎた。お前を守ると言っておいてこの有様だ。すまない」
「お前がいなきゃ十回は胃痛でやられてた。感謝するのはこっちだ」
「そうであれば良かった。やはり私は常識に疎い。幾度も迷惑をかけるだろう」
「気にすんな。もうお互い様だろ」
「ああ、そうだな」
雪那が微笑む。心の強張りを溶かす、とても柔らかい笑顔だった。
「明日からが高校生活の本番だ。問題ないか?」
「大ありだ。予想できる立ち位置が詰んでる」
「人間関係の機微は私には分からない。なにかできることはあるか?」
そうだな、と直毘は息をひとつ出す。思考する回路が今日は焼き切れていた。
「隣にいてくれ。それでなんとかなるだろ」
「ああ、私はお前の隣に在る。案ずるな、必ず私がいる」
寮に着くと、数歩先に進んだ雪那が振り返る。
「同居人が直毘で良かったと心から思う」
「そか。俺も悪くないと思ってるよ」
春風がそよぐ。澄んだ空気が肌を撫で、梢をざわめかせた。




