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第二章 03

 駅前のロータリーは結構な人で溢れていた。寮が点在しているから学生の数がとにかく多い。学生服姿の女子高生の声も点在していて、耳で受け取るのを身体が拒否していた。


 雪那が剣呑な表情で周囲に目を配っている。女子高生が近づこうものなら、袖を引かれて強制的に距離を取らされる。有能すぎる。


「ここは敵が多い。縁との待ち合わせは違う場所がよかったのではないか?」


「俺もそう思った。失敗した。縁を探してさっさと移動しよう」


 雪那を先頭に人ごみを進む。確実に女子高生がいない経路を見極めている。やがて、駅前の時計台に佇んでいる金髪が見えた。爽やか男の周囲には、同じ年代の少女らが何人か声を掛けている。金髪男が困った笑顔で言葉を返している。


 あれに突っ込むのか。帰りたい。切実に。


 袖を掴む雪那の手に力が籠る。


「縁よ、着いたぞ」


 武士が刀のように鋭利な声を放つ。すぐさま反応した久々利が、少女に断ってから近づいてくる。無駄に紳士だ。


「やあ、人が多いね。人酔いしてないかい?」


「私は問題ない。だが直毘は人混みが苦手だ。すぐに移動したい」


「おっけー、行こうか」


 人が少ない場所を選んで久々利が歩く。雪那が続き、袖を引かれる形で直毘が最後尾。


「ちょ、あれかっこよくない?」


「写真写真」


 耳が拾う女の声は全部無視だ。吐き気がする。


 ようやく人が滞留していた空間から抜け出す。久々利が速度を落とし、雪那の隣を歩く。


「眞守、大丈夫かい?」


「平気だ。すまんな、気を遣わせた」


「俺だって人ごみは苦手さ。この駅を舐めてたね。次の集合場所は別にしよう」


「だな」


 ふっ、と久々利が清々しく笑う。


「冬月さん、綺麗めな服装だね。よく似合ってるよ」


「む? 直毘が選んだ」


 言うな。折角擬態させた意味がないだろ。


「え? 眞守が?」


「私にはファッションセンスがないようだ。だから直毘に任せた。だが、これからはファッションも勉強していく所存だ」


 確かに口止めしていなかったが、そこまで公開するな。自身の情報を切り売りするな。


 久々利と目が合う。


「眞守……大変だったね」


「言うな」


「趣旨が分かった。モールにでも行こうか。色々見てまわろう」


「そうしてくれ」


 久々利と雪那が進んでいく。相変わらず直毘は袖を引かれたままだ。気分はコバンザメだ。いや、金魚のフンか。どちらにせよ気分は楽だ。


「なにか生活に足りないものとかあるかい?」


「特にない。だが、高校生として何が必要か分かっていない」


 んー、と久々利の視線が空を彷徨う。


「モバイルバッテリーとかは? スマホデビューしたんだ。電池が無くなると結構つらいんだよね」


「スマホの電池を延命させる機械か? 必須ならば買おう」


「あとスマホケースとか。なにかつけてる?」


「買ったままだ。特にケースなどつけていない」


「落として画面割れると泣けるからね。つけておいた方がいいよ」


「ならばそれも買おう」


「イヤホンは? あると音楽を聴いたり動画を見るとき便利だ」


「む? それは必要な気がする。今後動画を見ることは確定している」


 なかなかな出費額になりそうだ。しかし、久々利に任せたのは正解だった。直毘はそこまで頭を回せていなかった。


「予算は大丈夫そう?」


「なに、案ずるな。初期費用が掛かることは読んでいた。財布には十分な紙幣は入っている」


 くつくつと久々利が笑う。


「そっか。なら良かった。言葉選びが独特だよね。古風って言えばいいのかな」


「なに、昔から家で流れていた時代劇の影響やもしれん。父に矯正を何度かされたが、結局治らなかった。これは治した方がいいのか?」


「別にそのままでいいんじゃないかい? 敬語を知っていれば、そっちに切り替えて乗り切る方法もある」


 割と現実的な落としどころだ。賢いなこいつ。


「そうか。ならばこのままで行くとしよう。感謝する縁」


「構わないよ。いいキャラだと思うよ」


 裏側を知っている直毘からすれば簡単には頷けないが、まあいい。あとで何かあれば絶対に巻き込む。そして後悔しろ。


「眞守はなにか必要なものある?」


「俺の用は食材だ。基本雪那の買い物でいい」


「さすが料理ができる男、りょーかい」


 しばらく歩くと、モールが見える。人の流れに沿って中に入った。一階は女ものの服が多い。なぜだ。


 女子高校生の濃度が高くなった。雪那が袖を掴む指にぎりぎりと力が入る。服が伸びる。でも助かる。


 ふいに、雪那から妙な威圧感が発せられる。人の雰囲気に鈍い直毘ですら察せられるほどの圧力。殺意だ。


 隣を歩く久々利も一瞬身体をぴくつかせていた。目の前にいる女子高生の集団が蜘蛛の子を散らすように消え去った。殺意が消える。


 直毘は右手でポケットからスマホを取ってチャットを打ち込む。受信に気づいた雪那がそれを見ると、こくんと小さく首肯した。たぶん一連の流れを久々利は気づいていない。


 内容は単純。やりすぎだから抑えろ、だ。


 気遣いは嬉しいが、露骨にやると今後の雪那の生活が危ない。


「電気屋から行こうか。ちょうど二階にヤマダ電機があるんだ」


「文明の利器が集う場所か」


 雪那が明らかに期待している。少し歩みが弾んでいるから、背中からでも期待感が伝わってくる。


 エスカレータに乗り、二階にたどり着く。雪那の目がヤマダ電機を捉えた瞬間、ぴくん、と身体が震えた。


 店の前にはスマホが陳列されている。無駄に最新機種を持っている雪那には必要がないものだが、気になったのか。


 雪那が駆け出す。当然、袖を掴まれた直毘も巻き込まれる。


「ちょ、速い速い!」


 直毘の宣言に今度は雪那が急ブレーキをかける。思い切り彼女の身体にぶつかるが、びくともしない。どんな体幹だ。


「む? すまない。どうやら興奮していたようだ」


「見りゃ分かる。だが俺の袖を掴んだ状態で走るな。足速すぎて追いつけねえ」


「一定距離内であれば足捌き次第で縮地ができるが、短距離走では男子おのこに負ける」


 なんだ縮地って。


「屋内でその……とにかく無駄に走るな」


「相分かった。緩慢に動くことを徹底しよう」


 追いかけてきた久々利が追いつく。


「すごいな冬月さん。目の前から消えたからびっくりしたよ」


「ああ、すまない。昂って縮地を使ってしまった。謝罪しよう」


「え、漫画とかでしか見たことないんだけど。縮地ってホントにあるの?」


「ある。現に私が使っている」


 ぽんぽん使うなそんなもん。


 すげえ、と久々利が驚きと歓喜の混じった表情を浮かべている。なんだかんだこいつも男か。分かる。男は武道系に惹かれるものだ。


 でも頼むから目の前で実演するな。


「とりあえず、見るもんあるんだろ。行くか」


 右手をポケットに入れて直毘は店内に入る。弟関連の機材を見たい。


 そそ、と雪那が前に滑り込む。どうやら店内でも警戒モードは続けてくれるらしい。ただ、さっきから袖を掴まれている姿をちらちらと久々利に見られている。変な誤解を生まないことを祈る。


「聞いていいか?」


 背後から久々利の小さい声。


「……何をだ?」


「なんで手を繋いで――」


「袖な。袖」


「確かに……でもどうして?」


 答えづらい。逡巡している間に、雪那が首だけ振り返って答える。


「なに、私は極度の方向音痴らしい。こうして誰かに掴まっていなければ迷子になる」


 そうなのか、と追及をやめた久々利が、なんとも同情的な視線を投げてくる。やめろ。


「モバイルバッテリー、だったか。そこらにあるだろ。行くか」


 左手を少し振る。雪那が指を離した。胃が少し重かった。



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