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第三章 01

 入学式から一か月。クラスの人間関係は大体できあがっていた。


 月読、久々利のふたりは上位カーストの筆頭だ。短い間で人間は簡単に格付けされるらしい。


 そんななか、雪那は意外にも生徒たちに好感をもって受け止められていた。月読が好意的に接していたのが大きい。直毘も結構苦労した。


「なおびー、一限目から体育とかだるーい。アメちゃんちょうだい」


「いつも俺がアメを常備してると思うな」


 日々ダル絡みしてくる月読へ、直毘は右手を差し出す。対策はばっちりだ。


「今度はキャラメルじゃん!」


 やりーい、と月読が直毘の手からキャラメルを掴む。指先が接触する。めまいがした。


「なおびーはやっぱ頭脳キャラだねー」


「なんだそのキャラ。家庭的って呼んでくれ」


「家庭的って言えば、圧力鍋買った?」


「バタバタしてて買ってないな……いつか買うか」


「あたしもう買ったー。ちょー便利」


「マジか。時短してぇ」


 直毘は天井を仰いで顔を覆う。疲れていた。


 直毘は雪那とのコンビとして、月読たちカーストトップと同じ立ち位置に収まった。必然、他の女子生徒との接触が増える。身体の反応、精神的な拒絶による疲労、すべてが全身を蝕んでいた。


 がら、と教室の扉が開く音。ちらりと見ると、雪那が足早に席に歩いてくるところだった。


「ゆきなんおはよー」


「月読、今日はよい朝だ。思わず体育館での素振りに力が入ってしまった」


「そっかー、剣道部にはいんないの?」


「どうも温く見えてしまう。私がいては迷惑になるだろう」


「ぶっ倒しちゃいなよー」


「いたずらに武力を誇示することは武道ではない。やめておこう」


「すごっ、カッコいいー」


 横に座る月読と後ろに立っている雪那の会話の応酬。直毘は口を挟まない。視線が移ろう。本格的に少し休むべきかもしれない。


「眞守くん、おはよー」


 前方から女子の声。身体の芯が崩れそうになった。仮面を被り直して前を向く。顔は見られない。


「おう、おはよ」


「朝から両手に花じゃん。にくいねー。どっちがタイプなの?」


 胸が軋んだ。やばい、口が開かない。曖昧に笑うのが限界だ。


「なおびーはあたしっしょ。ってわけでちょっと借りてくー。ゆきなん、センセ来たら言い訳しといてー」


「む、駆け落ちと言っておこう」


「あははー、ちょーっとだるいから保健室にいくだけ」


 月読に腕を引かれて直毘は教室を出る。怖気が腕から頭に到達。恐怖で頭が混乱しかける。されるがままになっていると、校舎裏のベンチに連れていかれた。


「ん、座りなよ」


「わりぃ」


 顔面を右手で抑えてベンチに座る。身体が強張る。震えが止まらない。


「それ、なに?」


「……疲れだ」


「嘘」


 空白。


「あんたさ、もしかしてあたしのことバカにしてる?」


「……ああ?」


「あたしさー、あんたとはちゃんと友達してるって思ってたんだよねー。でもさー、なーんかあたしに対する態度、ゆきなんとか久々利と違うじゃん? 気になってたんだよねー」


 なんだ。何の話だ。


「やっぱあたしの勘違いだった? 迷惑だった?」


「……なんでそうなる」


「じゃあなんであたしの顔一回も見てないん?」


 目を剥いた。


「胸も見ないじゃん? それは助かるんだけど。なんで?」


 両手で顔を覆った。逃げられない。月読の視線が熱い。応えられない。


 風が凪ぐ。


「……女が怖い」


「……ええ?」


 悲鳴染みた声だった。


「え、うそ。ゆきなんは?」


「あれは例外だ」


「た、タイム! ちょっと考える。あ、この距離だいじょぶ?」


「だい、じょうぶ」


 一歩引く気配を感じた。視界が狭まっていく。落ち着け。何も問題は無い。疲れただけだ。


 予鈴が鳴る。


「……一限、だぞ」


「どうせ体育だし、直毘を優先する」


「……噂、たつぞ」


「別にいいっしょ。あたしの男除けにもなるし、あんたの女除けにもなるしー」


「魔除けの札扱いかよ……」


 顔から両手を剥がす。月読の足元を見る。視線がどうしても上げられない。


「ちょい奥つめて。あたしも座る。端っこならいいっしょ?」


「あいよ」


 左端までずれると、月読が右端に座った。教室の距離感だった。


「理由って聞いていいん?」


「……いくつかある」


「んじゃ聞くー」


 疲労となにかが混じったため息が押し出される。


「実は俺には姉がいてな。結構ヤンキーっぽいんだわ」


「へえ、弟君いるって言ってたし、三人姉弟なんだ」


「昔、父親と母親は仕事でずっと帰って来なかった。家のことは姉がいるから大丈夫だろってことでな。まー、最初はうまくやってたんじゃねえかな」


 封じた記憶がこぼれていく。痛い、痛い記憶だ。


「いつだったかな。姉が中学に入った頃から、変わった。きっかけはもう思い出せねえ。姉が遊び歩くようになった。家での態度もどんどん悪くなってってな。小学生の真ん中くらいで、俺が家事を担当してた」


「そか」


「最初はパシりだった。夜コンビニ行ってこいとか、そんなレベルだ。まあ、いまからすりゃなんなんだって話だが。結構当時は面倒だった」


「うん」


「嫌がりゃ叩かれるし、甲高い声で叫ばれるしな。弟も気が弱くてな。守らなきゃならんかった。だから財布から金を抜かれても黙ってたし、料理が不味いって皿が跳んできても耐えた。別に平気だったんだ」


「……ん」


「でもな、伊豆乃がさあ……学校でひどいイジメにあってたみたいでな。あいつ、ホント可愛いんだよ。女みたいでさ。声もそうだし。だからからかわれてイジられて、精神的に参っちまって、家に引きこもるようになった。どうすりゃいいか俺には分からんかった」


「そっか」


「中学二年だ。もう、色々あって、ダメんなっちまった。家で倒れてな。たまたま帰ってきた母親がそこで家の有様に気づいた」


 あの後、マンションを即座に契約した母が、直毘と伊豆乃を退避させ、姉を再教育するために家に残った。こうして、歪なふたつの家が誕生した。


「まあ、こんなとこだ」


「……これ、誰かに話した?」


「話せるわけねぇだろ。重いわ」


「だよねー。ごめ、変なこと言った。きっついなーそれ」


「クーリングオフはなしだ。聞いてきたのはそっちだからな」


「わー、悪徳業者じゃん。なおびー詐欺師?」


「ひでえ言い草だ」


 あはは、と月読が笑う。


「で、その話を聞いたあたしは、なおびー的にはおっけーってわけ?」


「分かんね」


「ゆきなんが例外ってのは分かるかも。いい意味で女らしくないじゃん? 見た目も動きとか全然女らしいのに、精神的っていうの? そういうのが男っぽいんだよねー」


「そうか、そうか? 確かに、あいつに女を感じた記憶がねえ」


「だしょー? たぶん、あたしが相性最悪でしょ。あー! 最初の反応があれだったの、これが理由かー」


「覚えてんのかよ」


「忘れないし。あれ結構衝撃的だったんだよねー。いきなりノリが変わるし、でも妙に作り物染みててさー。めっちゃ楽しかったけど、そういうことかーってなる」


「悪かったよ。俺なりの処世術だ。ああしないと女子と話せねえんだ」


「でも、いまは素っしょ?」


「素だと割と乱暴口調なんだよ。ダメか?」


「こっちのがあたしの好み。あのなおびー、久々利とキャラ被りしてたし」


 それはないだろ。


「それはないだろ」


「あれ、本音駄々もれ中?」


「うっせ。あとうっせ。今日の料理の献立考えてたんだよ」


「あー、分かるー。あたしも家にいたときよく悩んでたなー。妹がいてさ。ちょーかわいいの。嫌いな野菜どう食べさせよーか結構工夫してたなー」


「ほー。だから圧力鍋か。まあ、かわいいはうちの弟も同じだ」


「えー、そこ張り合う? でもうちの方がぜーったいかわいいね」


「おいおい、俺の弟を舐めんなよ? 奇跡の結晶だぞ? 天使なんだが?」


 むっ、と睨んだ月読がスマホを操作して画面を突き付けてくる。満面の笑顔を向ける小学生の姿があった。確かに愛らしい。こうなればこちらも負けてはいられない。写真を表示させてスマホを突き出し返す。


「うっそ。え、なおびーの弟君? やば、天使じゃん」


「だろう。月読の妹もなかなかだ」


「ありがと、っていうか、なんかこの顔既視感あるんだけど。ん? もしかしてvTuberやってたりする?」


「なんで知ってんだよ」


「いやいや、顔そっくりじゃん! え、うっそ」


 月読がスマホを触り、画面を差し出す。そこには伊豆乃のアカウントが表示されている。


「……うちの弟のだなそれ」


「わー、推しが身近にいるとかちょー感動なんだけど!」


「絶対喋るなよ? 身バレするとやべえから」


 分かってますとも、と月読がスマホを仕舞う。


「弟君、お兄ちゃんのこと話してたよねー。あれなおびーのことだったんだー」


 ぐっ、と胃にダメージが入る。


「イラスト神だよねー。コメント読まれたこともあるんだー。妹もよく見てるんだよね」


「ガチ勢ってやつか?」


「もちもち。初期から追ってるし。あ、イラスト集買ったよ! あれもうマジ神ってる」


「ありがとよ。弟に言っとく。喜ぶだろうな」


「まじさー、露出ないのに妙にエロいんだよねー」


 ……なんだって?


 月読が慌てたように手をわさわさする。


「あ、違う違う! イラストの話! 弟君の描いたイラストね?」


 おい待て、そんな絵俺は知らねえ。


 疑問の視線を月読に注ぐ。彼女の額に玉の汗が浮かぶ。


「た、たぶん誤解してるその顔! 目、目が怖いよなおびー」


 月読が再びスマホを触って画面を押し付けてくる。伊豆乃のイラストが視界いっぱいに広がる。女性キャラクターのイラストだ。露出は特に見えない。エロさがよく分からない。


「エロくねえだろ。伊豆乃は未成年だぞ。そんな絵描かねえよ」


「表情とか、身体のラインとかさー。絶妙に色っぽいんだよねー。神絵だってこれ」


「あ?」


「ホント、目で人殺せるからそれ」


「人の目をディスるんじゃねえよ。まあ絵の良し悪しは分かんねえ。褒められたって受け取っとく。サンキュ」


「弟君のイラストちゃんと観なって。イラスト集はマスト!」


「たしか持ってきたな。帰ったら見るわ」


 やた、と月読が嬉しそうに笑う。


「夜通話していい? かんそー聞かせてよ!」


 熱が強い。こいつ厄介ファンじゃねえだろうな。


「弟の情報は出さんぞ」


「分かってるってー。推しとの距離感って大事だし」


「ならよし」


「うわー、飯綱いづなちゃんの話できるとかさいこーじゃん」


 こう聞くと、キャラ名がほとんど本名の伊豆乃と被っている。身バレしないことを願う。

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