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第三章 02

 一限後の教室に戻る。道中、鼻歌を歌う月読はご機嫌のようだ。


 中に入ると、雪那と久々利の周りに人だかりができていた。いつものことだ。


 軽く呼吸して足を踏み出す。月読は先に進んで合流していた。すぐに会話に潜り込む様は相変わらずの陽キャっぷりだ。


 直毘の接近を察知した雪那が水を向ける。


「直毘、お前の料理がいかに美味か皆に伝えたところだ」


 ふふん、と雪那が胸を張る。ドヤるな。


「喧伝するな。別にただの家庭の味だ。家庭科の授業で作って微妙なのバレたら気まずいだろ」


「お前の料理が微妙だと? 何を言うか、そんなことあるまい。常に美味だ」


 折角下げたハードルを無駄に上げるな。興味もった奴がこっちを見てやがるんだよ。女子に作ってとか言われたら死ぬぞ。


「あー、あたしも料理得意! 肉じゃがとか鉄板よー」


 直毘への追求が始まる前に、月読が声を滑り込ませる。助かった。厄介ファンとか思って悪かった。


 久々利の目が少し直毘に向いたが、すぐに月読の話に乗る。


「俺の生命線だね。月読がいないと俺は餓死するよ」


 ひとまず流れ弾が飛んで来ることは無さそうだ。自分の席を気づかれないように引いて座る。月読がしれっとスカートを抑えて座る。後ろに回した右手がふらふらと何かを示している。何語だ。


 たぶん、女子からの視線をガードしてくれているのだろう。心の中で感謝しておく。ただ、月読が近いせいで身体は勝手に反応している。要すり合わせだ。


 会話は続いているが、直毘はスルーする。他へ回せるリソースがまだない。残り数分だ。問題ない。月読の右手がちょいちょいとなにかを要求している。キャラメルの催促と思っておこう。上着のポケットから取って彼女の手に投げておいた。


 うまくキャッチした月読の指がくいくいと動く。なんだ、意味が分からん。感謝だと読み解こう。


 予鈴が鳴る。生徒が自分の席へと戻っていく。月読も腰を浮かして立ち上がると、右隣りの席へ着く。


 唐突に教室の後ろのドアが開く。担任教師だ。直毘の姿を捉えると、なぜかほっとしたように軽く項垂れる。


「眞守、悪いが昼休み職員室に来てくれ。ちょっと頼みごとがあってな」


 唸りそうになったが、平均的な男子生徒の声で返事をしておく。


「なになにー? なんかやらかした?」


 月読が頬杖をついてにやついていた。絶対お前のせいだよ。


「常に品行方正の俺だ。なんかプリント運びとか、そんなだろ」


「なおびーが、品行、方正」


 単語区切りで月読が笑う。足までばたつかせる始末だ。むかつく。品行方正は間違いないはずだ。


 二限目の担当教師が来る。月読は腹を抱えたままだ。殴りたい。でも触れない。


 授業が始まり、仕方なく怒りを収める。


 授業中にちょくちょくこちらを見て煽る表情をしてきた。いつか頭をはたく。絶対だ。


 雪那の木刀はまずい。ハリセンでも作ろう。明日復讐してやる。


 月読におちょくられ、雪那の迷言を対処しつつ、ようやく昼休みになった。


 机に吊り下げたバッグから弁当袋を出す。今日の昼は久しぶりにどこかでひとりで食べよう。教師に何を依頼されるか分からないが、なるべく逃げよう。


「職員室行ってくるわ」


 ぼそっと疲労と共に吐き出して、直毘はのそのそと歩きだす。後ろから三者三様の声を投げつけられながら教室を出た。


 亜麻色髪の女子生徒が前方を歩いている。付近にはさすがに見慣れたクラスの男子生徒らの姿。


 男子生徒たちと女子生徒が楽し気にやり取りしている。男と女、というより、男同士の距離感に近い。内容はどうでもいいが、相変わらず天照朔あまてるさくの名が何回も耳に入る。とりあえず、なんでもいいからどいてほしい。時間がごりごりと削られていく。


 集団が食堂に続く廊下へ向かっていき、ようやく前方が空いた。全身をひきずる気分で進んで階段を上がり、職員室のドアを開けた。目的の教師は、近くの席でジャージ姿のまま腕を組んでいた。教師が直毘に気づき、立ち上がると廊下に出た。


「すまんな、隣の生徒指導室を使う。まー、説教じゃないから安心しろ」


 めんどくせえ。


 適当に頷いて教師の後に続いて生徒指導室に入る。手前の席を勧められて座る。教師は机を挟んで対面に腰を下ろした。


 教師が少しだけ身を乗り出す。


「宮柱からなにかされた、わけではないな?」


「……は?」


「お前らが仲良いのは知ってる。だがこういう学校だからな。男女ペアで授業に出ないって状況が発生したら確認してるんだ。実際過去不純異性交遊してたアホがいてなー」


「単にサボってただけですよ」


「それはそれで困るが、詮索はやめとくよ。君のことは親御さんから聞いている。あまり私と長く会話するのも嫌だろう」


「いや、別に先生は特に問題は――」


「歳か! まだ若手なんだがなー」


 がくん、と教師が項垂れる。妙齢の女性は歳の話題に敏感すぎる。


「まあ、問題ないならいい。では解散だ」


「いや、頼み事とは?」


「嘘も方便だよ。呼び出しをするのには頼み事が一番楽なんだよ」


「気が回りますね」


「教師なんて職業やってれば必然そうなるさ。君も神経張ってるだろ。よければここを使うといい。昼休みの時間を丸ごとおさえておいたからな。ひとりになれるぞ?」


 この人、良い人すぎだ。さすがにここまでされると感謝と感動を覚える。


「先生、カッコいいですね」


「そう思うのなら私の名前くらい覚えるんだな。いや、覚えなくていいんだが……」


「よく気づきましたね」


「肯定するな……。あと、笑うなよ? 佐藤千和々(さとうちわわ)だ」


 吹き出した。なんだよ、犬か。


「もういい、いっそ笑え。生まれてこのかた名前で笑われなかったことがない。ぼけっとしてたお前は気づいてないだろうが、初日じゃクラスで笑いものだ。お前だけだぞ、表情ひとつ変わってなかったのは」


「初日は雪那の面倒と月読の接触で死んでたんで」


 冬月か、と千和々……佐藤教師が額を抑える。


「負担をかけるが、君の相手にはあの子しかいなかった。逆もまた然りだ」


 予想していたことだ。男女で寮につっこむ学校が、組み合わせを考えないわけがない。


「ま、適度にうまくやってますよ」


「そうであれば幸いだ。ここは女子生徒へのカウンセリングは手厚いが、どうにも男子生徒への対処が甘いきらいがあってな」


「世の中そんなものでは?」


「学生がそう達観するな。私にとっては君も、他の生徒も守られるべき存在だ。なにかあれば言うといい。存外、大人ってのは頼りになるもんだ」


 思わず目を瞬かせる。言葉の意味が頭を貫通して記憶と衝突した。


 佐藤教師がひとつ笑って立ち上がる。


「なに、いまじゃなくてもいい。SOSは早めにあげてくれ」


 それだけ言って、佐藤教師は去っていった。


 静けさが戻る。一か月ぶりの落ち着いた空間。背もたれに寄り掛かって額に腕を置く。


「はっ、かっこよすぎだろあの人。やべえな」



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