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第二章 01

 入学式が終わり、体育館から新入生たちが教室へ帰っていく。男子は学ラン、女子はセーラー服だ。直毘は集団の最後尾をのんびり歩いていた。なぜか隣には雪那がいたが、気にすることをやめた。


 前方に見える生徒らは明らかにそわそわしていた。いくつか話している姿は見られたが、どれも男女一組だ。最初に寮で一緒になった者同士が多いのだろう。剝き出しの人間関係はこれから始まる。


 直毘としては密やかな生活を送りたい。雪那がいる時点で無理だ。昨日諦めた。


「直毘、今日の予定はオリエンテーションと聞いている。ちゃんと自己紹介は考えてきた。ちゃんとスマホを活用した。情報の裏どりも完璧だ」


 自己紹介にどんな裏どりがある。一体何を掴んだ。気になって仕方がない。


「そうか、さすがだな」


「私は常に成長している。間違いがあれば遠慮なく指摘してほしい」


 こんな直前で言わないでほしい。問題があっても直せる気がしない。


 とはいえ、初日は午前だけだ。数時間を流せればいい。あとのことは午後考える。


「それと直毘、何メートルならば許容できる?」


「……何の話だ?」


「お前の苦手の話だ。距離感を教えてほしい。必ず守ると誓おう」


 物理的に排除する気かこいつ……。


 待て、距離を伝えたらどうなる。手刀で落とすのか。いや、そうじゃない。教室なんて密室では一メートルですら怪しい。まずい。初日から警察沙汰になりかねない。


「待て、どう守るつもりだ?」


「無論、斬る」


 ……言い切りやがった。


「なんでそうなる」


「言い換えよう。気絶させる」


「させて、どうする?」


「蹴り飛ばそう」


 早速頭が痛くなってきた。距離で決めるのは駄目だ。こいつの蹴りだと、いつか死人が出る。


「合図を決めよう。俺が……そうだな、お前に特定のメッセージを送ったら、俺をその場から連れ出してくれ」


「む、そうか。その特定の文言とは?」


「単純に、助けて、とかでいいだろ」


「相分かった。いつでも送ってくれ。必ずお前を不安の場所から連れ出そう」


 言っていることはすごく恰好がいい。頼ることはないだろうが、心意気だけはありがたい。


「なにぃ? 面白そうな会話してるじゃん」


 女子の声が前方から届く。振り返った女子がポニーテールを揺らして直毘を見る。心拍数が上がる。ついでに雪那の警戒度も上がった。


「あたしは宮柱月読みばしらつくよ。クラス同じでしょ? よろしくー」


「あ、ああ、眞守直毘だ。よろしく頼む」


「硬いなぁ。緊張してるん?」


「人見知りでな。目下対策中なんだ」


「そっかそか、で、そっちの美人さんは?」


 む、と臨戦態勢を解いた雪那が名乗る。


「私は冬月雪那という。特技は古流剣術だ」


「えー、剣道してんの? 強かったりする?」


「対外試合はしたことがない。だが、師範は叩きのめした」


 わー、と月読が若干引いていた。大丈夫、想定内だ。


「剣道強いんだ?」


「正確には古流剣術だ。竹刀は使わない」


「え、怪我するんじゃない?」


「無論、手加減している」


 くつくつと月読が笑った。


「いいじゃん。面白い。教室に戻ったらまた話そうよ」


 そう言って、月読が戻っていく。そのさなか、直毘に意味深な視線を注いでいたことに気づく。嫌な予感がする。これが最近よくあたるのだ。


「どうだ直毘。私の自己紹介は正解だった」


 相手が良かった。クラスでやったら落第点に近い。


「師範を叩きのめした下りはやめておけ」


「なぜ?」


「普通女子高生は師範に勝てないんだよ」


「なるほど、武術の強さは人間関係に関与しないのだな。理解した」


 雪那の学習精度が上がっている。一昨日から教育した甲斐があった。なんで同級生を教育してんだよ。


 自分の心配をする暇がない。


 もうすぐ教室に着く。雪那の左手が腰へ向おうとして空をかく。刀持ってる想定で動くな。


 スライド式のドアを抜ける。教室内は喧騒と静寂の真ん中だった。至るところに女子生徒の姿が見える。視界を狭めて意識から無理やり締め出す。脂汗が背筋を伝う。月読がにこりと笑って軽く手を振る。


 湿度のある視線が怖い。軽く顎を引いて応える。席は奇跡的に最後尾だ。教室の一番最奥部が雪那。その右に直毘。その隣が月読だ。なんだこの配置は。世の中の悪意を感じる。


「隣だったんじゃん」


 月読がさり気なく呟く。


 直毘は一度息を止めてから、心を裏返した。


「そうだな。びっくりだ」


 月読が少し目を見開く。なにかを隠した視線が痛い。


「オリエンテーションなにやるんだろねー」


「去年は宝探しをしたらしいぞ?」


「えーなにそれ、校内で?」


「そう。立ち入り禁止区画に入る奴らが多くて失敗したってホームページに書いてあったよ」


「だよねー、ウケる」


 左から妙な視線を感じるがいまは無視する。月読に全神経を向ける。心理を読もうとするな。表層だけ受け止めて無難に返せ。声は裏返らないように朗らかに。中学二年の頃を思い出せ。あの頃は意図的に学んでできた。胃が痛いのは気のせいだ。


「にしても、急にキャラ変わるじゃん。ホントに人見知りなん?」


「超人見知りだ。見ろ俺の右手を。震えてるぞ」


「え、めっちゃ震えて……ない! なんでアメもってんの!」


 けらけらと月読が笑う。直毘が広げた手の平にはパッケージされたアメがある。


「オレンジ味だ。いるか?」


「いるー」


 アメを掴む月読の指が少しだけ触れる。悪寒が全身を貫く。頬がつりそうだが、自然な笑顔はキープだ。一度選択してしまった以上、このキャラで乗り切るしかない。咄嗟の判断だから、この先どこまでもつか分からない。もう賭けだ。


 早速口の中にアメを放った月読が、頬杖をついて直毘へ身体を向ける。クソ。さっさと来いよ教師。


「なんて呼んだらいい? なおびん? なおびー?」


「センスを磨いてからやりなおせ」


「ひっどー! あたしのことは月読でいいよーなおびん」


「待て、しれっと決めるなよ。眞守にしてくれ。おやびんみたいで恥ずかしいだろ」


「えー? うちらもう友達じゃん? なんであたしだけ苗字で呼ぶん?」


 距離の詰め方が急すぎる。精神が追い付かないが無理やり頭を回す。


「じゃあ直毘だ。なおびんだけは許さん」


「はーい。分かりましたー直毘」


 予鈴が鳴る。遅い。直後、教師が教室に入ってきた。まだ若い女性だった。担任まで女か。心がくじけそうになった。


 教師が軽く自己紹介する。声は耳の中には入らなかった。直毘は完全に消耗していた。腹に力を入れなければ机を睨んでいただろう。


 雪那の視線が痛い。どういうことか聞きたいのだろうが、いまはなにも触れないで欲しい。あと教師の話を聞け。前を向け。


「おいそこの冬月雪那。せめて最初くらいこっちを見て聞いてくれ」


「む? 失礼した。ちょうど右が今日の幸運な方角だったのだ」


「占いもほどほどにしろよ」


 そう言って、教師がプリントを配っていく。前の席の男子生徒から受け取った紙を机に置く。文字が目を滑る。


 五秒瞑目して体内が叫ぶ雑音を排除する。


「行き渡ったかー? 行き渡ったな。じゃあオリエンテーションを始める前に自己紹介でもしてもらおうか。一分やるから考えろー。ひとつ人生の先輩からアドバイスだ。ウケを狙うとドン引きされるぞ」


 何かを忘れている。非常に大事なことを頭から落とした気分だ。


 ふっ、と左から無駄に自信が籠った息が聞こえた。


 ……こいつだ。


 まさか、言うのかこいつ。師範をボコした話をするのか。いや、さっき忠告はした。雪那もそれを受け止めた。あのくだりがなければ問題ない。きっと。


 ちらりと左を見る。視線がぶつかる。雪那は口元を緩めて頷いた。なにひとつ安心できない。


 一分が終わる。自己紹介が始まる。席順で左前からだ。雪那の番が早すぎる。対処などできそうにない。彼女を信じるしかない。


 自己紹介がひとりひとり終わっていく。雪那の前の女子生徒が無難な紹介を終える。拍手の音。


 すっ、と音もなく雪那が立ち上がる。地面から伸びる大樹のようにまっすぐと立つ彼女が、口を開く。


「先刻紹介があったが、私の名は冬月雪那だ。趣味は剣術。家が道場で稽古の日々だった。如何せん稽古の毎日であったがゆえに常識に疎い。迷惑をかけるがよろしく頼む」


 口調が問題過ぎるが、内容は問題ない。いままでの雪那を考えれば常識的といって良い。成長を感じた。


 ぱちぱちと手を叩く音が響く。やり過ごした。一番の懸念が片付いた。


 こつん、と雪那が机を指で叩く。こっちに向かってドヤ顔をしていた。頬が緩みそうだった。


 やってきた自己紹介は適当に流した。月読の対応だけで精神が絞られたから、ここで調整しないと今日で死ぬ。


 月読も人並みだった。教師の先制攻撃が効いたのか、突飛な自己紹介をする生徒はいない。


 ふと、いましがた自己紹介を終えた女子生徒に目が引かれた。顔は見ない。ただ、何かが引っ掛かった。


 名前は天照朔あまてるさくだったか。


 覚えがない。忘れることにした。こちらから触れるつもりは毛頭ない。


「さて、受け持ちの生徒が恥をかかなくて安心したよ。じゃあオリエンテーションの時間だ。さっき渡したプリントを見ろー」


 生徒たちが顔を下ろす。直毘は細い息を出しながらプリントを右手で持って眺める。


「知ってる者もいるかもしれないが、去年ちょっとやらかしてな。多少マシな案になった」


 右の月読がくすくすと笑う。


「題材はNGワードゲームだ。若手って理由で私が案だしを迫られてな。検索で引っ掛かったページの一番上にあった内容だ」


 まぶたがぴくりと動く。


「察してると思うが、席順は寮のペアが横並びだ。とりあえず寮仲間同士、ふたりでやってみるとするか。それ用のカード配るぞー」


 教師が教卓に置かれたカードの束を持ち出す。直毘はプリントの裏に走り書きをし、雪那へ素早く滑り込ませる。


 視線を左に向ける。わずかに目を細めた雪那が、こくんと首肯した。プリントを表に戻した彼女が指を弾いてプリントが戻ってくる。


 内容は簡潔だ。疲れたから適当に会話させろ、だ。


 認める。雪那相手なら普通に接することができる。いまこの状況下では安全地帯だ。


 カードが回って来る。


 ルールは単純だ。このカードに単語を書き、それを隠した状態で相手に配る。受け取ったカードの中身を見ずに、額にかざす。受け取ったカードの中身を口にしたらNG。つまり負けだ。


 相手は雪那だ。いまさら親睦を深めるもなにもない。思考ゼロ、反射だけで場を持たせられる。


 結果は何でもよかった。だから直毘は適当に「料理」と書いて雪那へ渡した。受け取ったカードを見ずに額へ当てる。


 教師がひとつ手を鳴らす。


「用意はいいかー? それじゃ始めろー」


 室内に初めて喧騒が産声を上げる。


「直毘、今朝の茶は美味だった」


「そうだな」


「道中の桜を見たか? まこと、美しかった。風に散る花びらはやはり風流だ」


「桜は結構好きだ」


「そうか、直毘も和を尊ぶか。して、今日の昼はどうする? 適うことならばお前の料理を食べたいが、無理をしてほしくない」


 NGだがスルーだ。


「軽食でいいなら作るぞ。炒飯なら手間も掛からん」


「良いのか? ではそれで頼む。他の些事は私に任せろ」


「帰っても特にやることねえだろ」


「む? 確かにそうか。では帰って昼食を取ったら、私は外を走ってくるとしよう」


「スマホで時間潰したりしねえの?」


「あれは良いものであることは認めている。だが父から、あまり熱中しすぎるなと忠告を受けている。確かに、中毒性が高い」


「マジか、仕事したなお前の父親。剣術の動画は見つかったか?」


「あれは昨日の就寝前にいくつか確認した。他流の型を見られる機会などそう多くはない。実に有意義な動画だった」


「そりゃ良かった。一昨日から昨日にかけて色々叩き込んだ甲斐がある」


「直毘は最良の師であった。私は入口を抜けたのだろうか」


「さすがに進んでるだろ。入力速度はもう俺より早いしな。なんだよあの速度。なんで人が話す速度で打てるんだよ。おかしいだろ」


 雪那が悟った表情で虚空に目をやる。


「入寮日の夜、気づいたのだ。父へチャットで報告すれば、電話が来ることを避けられると。だから鍛錬した」


「さすがに父親に同情するわ」


「入寮日以降、二日連続で朝から服装について連絡が来るのだ。さすがに私も参る」


「いままでの素行を思い返せ」


「和装の何が悪い?」


「そうだな。悪くないな。いや、さすがに和装で外出たら浮くだろ」


「む? 地に足はついている。私は宙に浮かんだことはないぞ?」


「あー……説明はいつかする」


「なにか私が勘違いしているということか。相分かった。期待しよう」


「ちなみに俺のNGワードってなんだ?」


「桜だ」


「……負けてんな俺」


「私のNGワードとやらはなんなのだ?」


「料理だな」


「む、私も言った気がする」


「勝敗は?」


「相打ちとしよう」


 周囲はより騒がしさを増していく。ここだけが穏やかだった。


 右から高い笑い声が聞こえる。月読の相手はなかなかコミュニケーション能力が高そうだ。


 ぱちん、と一際大きな手の音が響く。生徒らの注目が教師に集まる。


「仲が良さそうでなによりだ。今度は前後の四人で同じことをしようか。四列五席だから、一番後ろの連中は空きスペースでも使って集まってやってくれ。じゃあまたカード配るぞー」


 膝から落ちていた左手が、意識すらしないうちに強く拳を握りしめていた。


「案ずるな。私に任せろ」


 雪那の囁きが心にすとんと落ちた。


 カードが流れてきて、場が始まる。少しの間を置いて、最後尾の生徒らが立ち上がる。直毘は半拍遅れで雪那の後に続いた。


 右回りに直毘、雪那、月読、男子の並びで集まる。


「それじゃ右回りでカード渡してこーよ」


 提案した月読がペアの男子へカードを向ける。男子のカードが直毘に渡る。全員がカードを額へかざした。


 NGワードは雪那が「料理」、月読は「桜」、男子は「趣味」だ。


 教室が静寂に沈む。見知った二人から四人へと対象が増えれば、当然誰だって最初は困惑する。だというのに、月読はリラックスでもしているように口元に笑みがあり、男子は爽やかなオーラを放っている。


「じゃあ、第二ゲーム開始しろー」


 教師の合図が火蓋を切る。


「改めて名乗ろう。私は冬月雪那だ」


 いいね、と続いたのは男子だ。


「俺は縁久々えにしくくり。金髪だけど不良じゃないから安心して。気負わず仲良くやっていこう」


 自身のキャラの持って行き方に悩むが、ここは滑り込ませる方が楽だ。


「眞守直毘。家事全般が得意だ」


「あれ、あたし最後? 宮柱月読みばしらつくよでーす。ギャルのつもりないけどよくそう言われまーす。あと家事はあたしも得意なんだよね、おそろっちだねー直毘」


 直毘が反応する間もなく、久々利が身を乗り出した。


「すごいな! 男なのに料理なんて今どきじゃないか。得意料理はなんだい?」


「えー、あたしもできるんですけどー」


「はは、月読は昨日作らなかったじゃないか」


 まあ待て、と雪那が言葉を差し込む。


「直毘の食事はとても美味だ」


 料理ではなく食事。ぎりぎりの奇跡的回避だ。


「一昨日は私の鍛錬に付き合わせてしまい作れなかったが、昨日作った朝食と昼食、夕食は筆舌にし難い至高の味だったと言わせてもらおう」


 月読が笑い、久々利が少しだけぽかんとした。


「寮に入ってすぐに剣道の稽古でもやってたん?」


「いや、私のスマホの鍛錬だ。直毘は私の……うむ、教師だ」


 師呼びを直前で堪えた。感動しそうだ。


「ん? 待ってくれ。ちょっと情報が多くないかな? 冬月さんは、え? スマホの鍛錬ってなんなんだい?」


 久々利が完全に混乱している。当然だ。直毘だって処理落ちしたのだ。冬月雪那を簡単に理解できると思うな。いまだって理解できてない。


「実はスマホを取得したのが大体一週間前だ。不要と断じていたのだが、父に無理やり渡されてな。電話と欠陥地図の役割しかないと思っていたのだが、直毘に教わったことで万能であることが分かった」


「欠陥地図ってなんなん? え? スマホ持ってなかったん?」


 月読も処理落ちした。ざまあみろ。


「地図は欠陥だ。結局未だに方向が分からない」


「待て、それはお前の方向感覚が致命的なだけだ。ずっと言ってるが、文明の利器にケチつけるな」


 まあ待て、と雪那がなぜか落ち着かせに来る。


「身内で争うべきではなかろう。これは勝負だ。勝ちに行くぞ直毘」


 なんでこいつはいきなり試合モードに入ってるんだ。


「やっぱふたり仲いいねー。相性ばっちし? みたいな感じだし」


「無論だ。二人三脚の競技があれば優勝間違いなしだという自負はある」


 身長差で一歩目から転ぶ未来しか浮かばない。


「ははは、これは強そうだ。ゲーム再開といこうか。冬月さん、結局眞守は何を作ったんだい?」


 久々利が明らかに雪那を狙い始めた。


「焼き魚とハンバーグとオムライスだな」


 雪那が口を開く前に直毘が答える。


「え? うそ、そんなに作ったの? マジで作れるんだー」


 月読の反応に、なぜか雪那がドヤ顔する。


「実は私も――」


「あー、あれだ。月読はなにが得意だ?」


 無理やり遮ったからか、雪那から睨まれる。お前絶対私も料理ができるって言おうとしただろうが。


 んー、と月読が人差し指を顎に添える。


「煮物とか結構得意なんだけどねー。味付け次第で苦手な野菜でも食べやすくなるし」


「ほう、それは食欲がそそられる。縁は同じ部屋なのだろう? これからの食生活は安泰だな」


 こいつ、回避能力が凄い。ドヤらなければ下手を打たないぞ。


「実は楽しみにしてるんだ。今日は夕食が出たりするのかな?」


「えー、せっかくだしみんなでご飯いこーよ」


 雪那の視線がこちらへ僅かに向く。ほんの少し直毘は首を振った。


「待たれよ。今夜は直毘が特別な料理をすると決まっている」


 あ……。


 ころころと月読の笑みが転がる。


「あー、ゆきなんNGじゃん!」


「これは俺たちの勝ちかな?」


 雪那が瞑目し、無言で天井を仰いだ。


「……敗北を認めよう。言い訳はするまい。さあ、介錯を頼む」


 膝を落とし、その場で雪那が正座をする。背筋がまっすぐな、綺麗な正座だった。


「君は武士なのかい……?」


「やっぱゆきなんウケる! 介錯なんてリアルで初めて聞いたー」


 なんとも居たたまれなくて直毘は雪那の肩を叩く。


「ゲームで介錯を求めるな。ゲームの結果で自害したら教室で大量の死体ができるぞ。午後にはニュースになって教師が捕まる」


「む? なに冗談だ。私なりのジョークというやつだ。面白かったか?」


 絶妙すぎて本気にしか見えない。


「冗談に見えねえよ。逆に怖いわ」


「ネットで得た情報を私なりに解釈したのだ。結果として介錯になった」


 裏取りの結果がこれか。本格的にスマホを取り上げたくなってきた。


 月読が吹き出した。


「なにこれ、完全に夫婦じゃん。まだ初日なのに仲良くなりすぎでしょ」


「む? 私と直毘は夫婦めおとではない。そうだな、対等という言葉が相応しいだろう」


 久々利が感心したように喉を鳴らした。


「すごいな。ここは男女関係が結構厳格だからね。同じ歳でそうした言葉が出てくるなんて驚いたよ」


 頭が痛い。変な噂が経つと面倒だ。


「いつまで座ってんだよ。ほれ、もう立て。介錯の時間は終わりだ」


 音もなく雪那が立ち上がる。無駄に作法がいい。


「直毘はゆきなんのことどう思ってんの?」


 無邪気な言葉が月読から投げられる。うんざりだ。表情を穏やかにする。


「応えづらい質問をしないでくれ。まあ、同級生だろ」


「あー、ごめごめ。ちょっち探りすぎちゃったね。あたしの悪いくせー。許してね」


 ぱん、と月読が胸の前で両手を合わせ、ぺろっと舌を出す。


 年頃の女の踏み込み方は直毘にとっては恐怖の根源にも近い。何度もされたらたまらない。


「はいはい、意味深な会話はなしだ。仲良くいこうじゃないか」


 久々利が場を和ませる。内心でほっとする。この男は割と付き合いやすいかもしれない。


 久々利が直毘を見て、さりげなくウィンクした。前言撤回だ。キザ野郎。今後は月読対策として盾になってもらおう。


 教師がぱたん、と机を叩く。注目を集めるやり方が雑だ。


「いい感じになってきたな。それじゃあ遊びはこの辺で終わりにして、残りは学校ルールを説明していく。昼も近いし、さくさく行くぞー」

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