第三章 05
二日後、授業が終わった昼休み。近頃どうも教室の空気が浮ついて見えた。内部の視線が飛び交っているように感じる。
月読が机を指先で叩く。
「たまには外いこー。今日天気いいしさ」
言いながら月読は弁当袋を持って歩きはじめていた。直毘も自分の分を持って後に続く。雪那は音もなく隣にいた。久々利は誰かに掴まっていた。知らん。
月読が鼻歌を歌いながら進んでいく。随分と機嫌が良さそうだ。昨日久々利からまた奢ってもらったのだろうか。
「直毘、昨日の人参の肉巻きが今日は入っているのだろう? 一日寝かせた味が実に楽しみだ」
「あ、ゆきなんそれ一個ちょーだい。あたしも手作りハンバーグを渡しましょう!」
「なんと! 契約は成立だ。月読のハンバーグを頂戴しよう」
雪那の表情が緩む。
「直毘、やはり私も料理を――」
「やめろ。頼む。やめろ」
「だが、私も女子として新たな料理のひとつくらいは――」
「大丈夫だ。料理以外の家事は完璧だ。だから料理は俺に任せろ」
「ならば役割を交代――」
「料理は俺の生きがいだ。奪ってくれるな」
むぅ、と雪那がむくれる。前を歩く月読がくすくすと笑っていた。既に一度料理をさせて後悔しているのだ。過ちは二度犯さない。絶対だ。
心で決意を新たにすると、校舎裏にたどり着く。影が差したあまり人気のない場所だ。月読と雪那がひとつのベンチに座り、直毘はその隣のベンチを陣取る。
「なおびー、告白とかされたことある?」
「あんま気分いい経験はねえな」
「なら警告。告られるよ」
月読が袋から弁当箱を取り出し、蓋を開いて続ける。
「裏で情報が回ってる。こーいうの気分悪いよねー」
「む、私はそれを知らないが」
「ゆきなん……チャットにいるけど見てないでしょ?」
「あのやたら通知が来るチャットのことか? ミュートという機能を覚えてな。うるさかったからそれを使っている」
色々雪那へツッコミたいが、それよりも目先の爆弾の対処が大事だ。
「なにがどうしてそうなった?」
「なおびー、女子からの自分の評価どうなってるか知ってる?」
「知らん」
「だよねー。正直に言うよ。すっごくいい。詳細はー……聞きたくないよね。りょーかい」
弁当箱を開く気力が一気にうせる。胃の底からため息が押し出された。
「なに、案ずるな。私が斬ろう」
「斬っちゃだめだから、ね? あとついてったらホントまずいことになるから!」
「なぜだ? 直毘にとって女は敵に等しい。そんな者から好意をぶつけられるのは、もはや刀を首に添えられるのと同じだ。対処せねばなるまい」
「分かってる、分かってるんだけどね? あたしもそうだし、ゆきなんだって立場ってもんがあるの。人の告白を横から潰してみなよ。クラスの女子全員が敵になるから。あと、それがなおびーに向く」
む、と雪那から発せられた威圧感が消える。
「前情報だけで助かる。覚悟をしておけるのはデカい」
「ん、ごめん、それくらいしかできそーにないや」
「別にいいさ。逆パターンは何回も聞いてきた。なんとかする」
「そかそか。後のフォローは入るから、安心してふっちゃって」
「何気に聞かれたらヤベえ台詞をこんなとこで言うなよ」
おかずに伸びていた月読の箸が止まる。
「うわー、やっちゃった。あたしも人のこと言えないわー」
「案ずるな。他に気配は感じない。あと人参の肉巻きは美味だ……」
「あ、それちょうだい。ほら、ハンバーグと交換しよ」
「よいとも」
月読が箸を動かす。直毘はぼんやりと日陰から空を見上げた。食欲はもうない。
む、と雪那が声を出すと臨戦態勢に入ろうとし、すぐに腰を落ち着かせる。
「久々利だ。そろそろ来る」
なんで分かるんだよ。
だっ、と爽やか金髪が現れる。肩で息をして月読を睨んでいた。
「なんで置いてくんだよ!」
「わー、すごいタイミングで来るなー。ジャストだよジャスト」
「なんの話なんだ!」
「久々利くんが知ると面倒なはなしー」
「こいつむかつくな」
にこやかに言って久々利が直毘の隣に座る。手に持っている弁当はそのむかつく月読が作ったものなのだが。
「久々利さー、その外面いいのやめたら?」
やめろ月読。それは俺にも結構痛い言葉だ。
「俺の性格にまで文句をつけるのやめようか」
「ああ、ごめごめ、そういうつもりじゃなくって。いまクラスじゃみんなの久々利って感じじゃん? 疲れない? 学校生活なんてある程度力抜かないともたんよ?」
「別に、これが俺の素だよ。無理してるつもりはないから」
「そっか、りょーかい」
「こっちとしては、世話焼き姉さんをやりすぎるのもどうかと思うよ」
「これは性格ですぅー。素で優しいんですぅー」
「どうだか。日々月読の紹介窓口になってる俺としては勘弁願いたいんだけど」
「へぇー、ならあたしも久々利の紹介窓口になってるんだよねー。いっぺんにセッティングしていい?」
ふたりの視線が宙でぶつかり、火花が散り始める。
ふいに閃く。今日はからいものを作ろう。こうしたインスピレーションは毎日の献立を作るのに役に立つ。
「雪那、今日の夕飯、麻婆豆腐でいいか?」
「無論だ」
一筋の逡巡もない返答を受け、直毘は頭の中で必要なものを洗い出す。
頭にこびりついた月読の言葉が離れない。まだ一ヶ月しか経ってないのにどうして告白なんて流れになる。人はそんなほいほい恋愛できるものなのか。
「いいかい? 月読、君は少し男子への接し方に気をつけた方がいい。目が合っただけで笑うとかやめるんだ。全部俺に相談が来るんだよ」
「なら久々利、あんたも女子を気安く名前で呼ぶのやめなって。それだけで簡単にコロっていくの。あげくはあたしの前に行列よ?」
「クラスの女子は十人だ。行列できるほどいないだろうに」
「他のクラスのことも言ってんの」
「大袈裟だね」
「あんたがね。大体、目が合って逸らしたら感じ悪いでしょーが」
「名前呼びを要求されたら答えるだろ」
「ああん?」
「あ?」
クソうるせぇ。しかも内容がどうでもよすぎる。行列できるとこだって見たことねえよ。お互い話を盛り過ぎだ。
うんうん、と雪那が深く頷いている。どっち目線だ。
「お互いの言い分、相分かった。私が仲裁役として、ふたりの時間を邪魔する悪辣共に天誅を下そう。さあ、背格好を教えてくれ」
いまは幕末の京都じゃねえよ。いたずらに力をふるうのは悪いこととか言ってただろうが。基準はどこだ。
月読と久々利の視線が雪那へ向かい、やがて互いへ戻って交錯。ふたりとも無理やり笑顔を作り始めた。
「ゆきなん、あたし、だいじょうぶ、これっぽっちも、怒ってない」
「俺も、特に、困って、ないな」
ふたりとも鼻息が荒いが、雪那の暴走を止めるために一時休戦したのだろう。
「む、そうか。ならば天誅は控えよう」
ぱくりと雪那がハンバーグを口に入れ、幸せの表情を浮かべた。




