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第三章 04

 体育は三クラス合同で行われる。一クラスは総勢二十名で男子生徒は十名。三十人をふたつに分けてそれぞれ種目を行う。


 今月から始まったそれに、直毘は切実な理由でテニスを選んだ。もう片方がサッカーだったからだ。体力への自信のなさと家事を考えれば必然この選択になる。


 テニスはコート数の関係で十名だ。なぜかジャンケンによる熾烈な争いがあったが、直毘は体力温存のために勝ち残った。久々利も同じだ。


 更衣室で着替えて、テニスコートまでの道のりをふらふらと歩く。


「聞き忘れてたんだけど、どうして直毘はテニスを?」


 隣にいる久々利が声を掛けてきた。


「決まってる。体力温存だ。今日は特売がある。スーパーで主婦たちと格闘するんだよ」


「こっちは月読が担当してるから、全然分からないな」


「そりゃ部活でバスケしてりゃそうなる。月読に感謝しとけ。家事はそこそこ大変だ」


「はは……週一で奢らされるよ」


「土日のどっちかくらい挑戦してみろ。そういう場でもあるだろ」


「直毘が教えてくれたりするかな?」


「なら来い。叩き込んでやる」


 約束だぞ、と久々利が笑う。


「そういえば直毘の寮にはまだ行ったことなかったな」


「大して変わらんだろ。寮って名のアパートみたいなもんだ」


「友達の家に行くんだ。ちょっと特別感ってあるだろう?」


「そんなもんかね」


 行ったことがないから知らない。


 テニスコートに着くと、既に生徒たちが集まっていた。やけに数が多い。ちらほらと背格好が小さい姿が見える。髪型も明らかに男ではない。


 ……選択ミスったな。


 女子生徒の視線が隣の久々利へちらちらと投げられている。できれば距離を取りたい。


 予鈴と共に佐藤教師が現れる。号令と共に整列し、距離を開けて柔軟体操が始まる。きゃいきゃいと高い声が鼓膜に突き刺さる。距離はある、大丈夫だ。


 佐藤教師が授業の概要を説明し、適当にペアをさっと作っていく。優秀な手際だ。学校でのペア作りは意外と生徒の負荷が高い。


 隣にいた久々利とペアになる。思い切りボールを打たれたら顔面に当たる自信しかない。


 ラケットを肩に乗せて久々利が近づいてくる。その背後からの視線がうっとうしい。


「直毘、テニスやったことある?」


「中学の頃、授業でやった程度だな。久々利は?」


「同じ感じ。素人だよ」


「お願いだから俺の顔面は狙うな。あと腕もやめてくれ。家事に支障が出る」


「俺をなんだと思ってるんだよ……」


「爽やかイケメンのずぼら野郎」


「月読め……!」


 教師の号令がかかり、テニスコートを狭く使ってのペア同士での打ち合いが始まる。ネットを挟んで久々利が対面に行き、げしげしとボールを地面でバウンドさせている。動きが妙に手馴れてるんだが。


 久々利が真上にボールを放る。待て、のっけからおかしい。


 すぱん、とすぐ横へ着弾したボールが、後方へ流れていく。直毘は動かなかった。


 くつくつと満足げに久々利が笑っている。復讐か。浅はかな奴め。


 とぼとぼとボールを拾いに行き、直毘は素人らしく下からラケットでボールを打ち上げる。なぜか全力で前へ走った久々利が気合の入ったラケット捌きを見せた。またしてもボールが後方へ飛んでいく。


 これを三回繰り返し、直毘はボールを持ったままネットへ向かう。久々利は爽やか笑顔で汗ひとつなかった。


「おい、お前喧嘩売ってんのか? 買うぞ?」


「悪い悪い。ちょっとボールを月読に見立ててたんだ。すっげー気分いい」


「月読にバラすぞこの野郎が。俺はバッティングセンターの機械じゃねえぞ」


「なあ、分かるだろ直毘。こう、溜まったストレスってあるだろ? いまが発散する機会なんだ」


「俺はそこまで雪那にストレス溜めてねえよ」


 うそだー、と久々利が笑い飛ばすも、直毘は表情を変えない。次第にイケメンの笑みが驚愕に変わっていく。


「え、マジ?」


「なにがどう不満なんだよ」


「みんな裏じゃ不満こぼしてるのに、直毘は……そうか」


 何かを決意した久々利が反転して元の位置へ戻る。左手をくいくいと動かし、ボールを求めている。こいつ、また連打するつもりか。


 しかたなく直毘もコートの端まで歩き、嫌々ボールを下からラケットで打つ。剛速球が返って来た。すかさず打ち返す。右腕に疲労がたまるが知るか。


 凄まじい打球が来る。気合でラケットを振る。怒りを宿したラリーが続く。周囲のざわめきが耳に届いたが無視だ。


 久々利は爽やかな表情でラケットを振りかぶっている。だが直毘には見える。下水に溜まったヘドロのようにどす黒い怒りだ。


 だが、こんなラリーを素人が続けられるはずもない。四往復したところで、直毘の体力が底をついた。というより、内に秘めた主夫が体力を温存せよと叫んだのだ。


 ぼすん、と妙に重い音をたてたボールが後ろへ飛んでいく。素人相手に本気出すなよ。


 だらだらとボールを拾いに行く。うしろがうるさいが知らん。疲れた。


 いつか仕返ししてやる、と心で誓って振り返ると、久々利に女子生徒が近づいていく姿を目が捉える。佐藤教師がすぐに注意を発し、女子生徒たちが引き返していく。なんだ、なにがあった。


 妙に強い視線を浴びている気がした。隣の男子生徒が、すごかったぞ、と声を掛けてきた。サンキュ、とそれっぽく返事をしておく。


 あとはもう適当に流す。さすがに久々利の返答ものっそりとしたボールだ。そう、それでいい。俺に体力を使わせるな。主夫を労われ。


 体力が底をつく前に佐藤教師が号令をかけた。最後の柔軟体操をして、授業が終わった。隣で伸びをする久々利は随分と気分が良さそうだ。


「あー、スッキリした。さすが直毘だね」


「……疲れた。次回は絶対にやめろ」


「直毘も少しは気分良かったんじゃないか? 結構注目されてたよ」


「やめてくれ。そういう視線は全部お前が拾ってくれ。俺はいい」


「了解、でも俺も得意ってわけじゃないから一緒に逃げよう」


 言ったそばからわたわたと女子生徒が集まってくる気配を感じた。直毘はすぐさま歩き出す。久々利は隣に来ない。どうやら捕まってしまったようだ。ざまあみろ。


「ねね、さっき凄かったね」


 胃がひっくり返ったかと思った。


 一秒で他所行きの人格を降ろす。横に並ぶ女子生徒へ目をやった。ツインテールの少女だ。何度か見かけた髪型だから、たぶんクラスの誰かだろう。変わらず顔は見れない。


「久々利が無駄にすごいだけだよ。仕方ないから必死に打ち返してたから疲れた」


「そうかな? 私下手だからあれだけラリー続けられるのって凄いって思っちゃうなー」


 両手をズボンのポケットにつっこみ、ぎりぎりと拳を握る。


「授業でやってれば慣れるよ。体育の先生も教え方うまいから。それと、早く更衣室行かないと次の授業に間に合わなくなる」


「あ、ホントだ。また話そうね」


 気配が去っていくと同時に、まこーと女子生徒が呼ぶ声がした。直毘は振り返りもせずに更衣室へ向かう。心臓が痛かった。



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