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天国塔  作者: 前田瑠希
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第三十七話 光


 ハニエルはゆっくりと周囲を見回した。


「ここは……」


 視界の果てまで、ただ白だけが広がっている。


 空も地平もない。


 世界そのものが塗り潰されたような、静寂だけが支配する空間。


 その先に、一人。


 静かに立つ影があった。


 背には三対六枚の翼。


 人の形をしている。


 だが、その身体は青黒い肉の塊のように歪み、天使とは思えない異形の姿を晒していた。


 天使軍総隊長、ルシファー。


 ハニエルは静かに弓を握る。


 ルシファーもまた、ゆっくりと腰の剣へ手を添えた。


 鞘から抜かれる刃が、白い空間に静かな音を響かせる。


 しばらく互いを見つめたまま、沈黙が続いた。


 やがて、ルシファーが口を開く。


「……なぜ、反逆した」


 静かな声だった。


 だが、その声音には、僅かな怒りが滲んでいる。


 責め立てるわけでも、声を荒らげるわけでもない。


 ただ、ハニエルがクラディウスに背いた理由を問いただすように、ルシファーは真っ直ぐ彼女を見据えていた。


 ハニエルは迷わず答える。


「友達が大切だからです」


 一切の躊躇もない。


 その一言だけだった。


 ルシファーは静かに目を閉じる。


「……そうか」


 短く答える。


 それ以上、何も言わない。


 ハニエルもまた静かに弓を構えた。


「私は、エレン達を守ります」


 ルシファーは剣を正眼に構える。


「私は、クラディウス様の命令を遂行する」


 二人の視線が交わる。


 どちらも、自分の信じるもののために立っている。


 だから、もう、言葉はいらなかった。


 静寂の世界で──二人は同時に地を蹴った。





 二人は白い空間を駆け上がるように飛翔した。


 翼が大きく羽ばたき、一瞬で高度を上げる。


 ハニエルは距離を取ると、弓を引き絞った。


「……」


 放たれた光の矢が一直線にルシファーへ迫る。


 だが、ルシファーは身体を僅かに傾けると、そのまま旋回するように空を舞い、光の矢を回避した。


 ハニエルは止まらない。


 二射。


 三射。


 四射。


 光の矢が連続して放たれ、白い空間を幾筋もの光が駆け抜ける。


 ルシファーは飛翔を続けながら、そのすべてを見切っていく。


 そして、剣を一閃。


 その瞬間、剣身が蛇のように伸び、遥か彼方にいたハニエルへ襲い掛かった。


 ハニエルは即座に弓を双剣へ変形させる。


 金属音が響く。


 伸びた剣を双剣で受け流し、その勢いのまま距離を離した。


 なおもルシファーの剣は伸縮を繰り返し、死角から容赦なく斬り掛かる。


 ハニエルは双剣を舞わせ、一撃、また一撃と受け流していく。


 剣戟を交わしながら、ハニエルは問い掛けた。


「……なぜ、人間の魂を食べることを疑問に思わないのですか?」


 ルシファーは伸びた剣を元の長さへ戻す。


 次の瞬間には、ハニエルの目の前へ踏み込んでいた。


 ギィンッ!!


 双剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。


 鍔迫り合いの中、ルシファーは静かに答えた。


「人間の魂は美味い。それだけだ」


 ハニエルはルシファーを真っ直ぐ見つめる。


「あなたは……人間を何だと思っているのですか?」


 互いに押し合いながら剣を弾く。


 再び空中で交差し、激しい剣戟が始まる。


 ルシファーは淡々と言った。


「家畜だ」


 その一言に、ハニエルは目を細める。


「……なぜ、そのような考えに?」


 ルシファーの剣は止まらない。


 一閃。


 また一閃。


 鋭い斬撃が休む間もなく襲い掛かる。


「我ら天使は、崇高なる存在だからだ」


 ハニエルは双剣で受け流しながら首を横に振る。


「……答えになっていません」


 ルシファーは何も言わない。


 ただ剣だけを振るう。


 その剣は速い。


 先読みで対応してなお、防ぎ切ることはできない。


 頬。


 肩。


 腕。


 脇腹。


 浅い傷が一つ、また一つと刻まれ、青い血が静かに宙へ散っていく。


 それでもハニエルは一歩も退かず、ルシファーの剣筋を見据え続けていた。





 激しい剣戟が白い空間へ響き渡る。


 双剣と剣が何度もぶつかり合い、火花が散る。


 刃が交差するたび、衝撃が周囲へ駆け抜けた。


 ハニエルは剣を受け流しながら、静かに問い掛ける。


「……考えを改める気はないのですか?」


 問いとは裏腹に、戦いは一瞬たりとも止まらない。


 ルシファーの剣は鋭く、ハニエルの双剣はそのすべてを受け流していく。


 金属音だけが絶え間なく鳴り響く。


 ルシファーは短く答えた。


「ない」


 その一言だけだった。


 次の瞬間、ルシファーの姿が一気に上空へ跳ね上がる。


 その速度は、ほとんど瞬間移動にも等しかった。


 ハニエルは咄嗟に見上げる。


 ルシファーは静かに詠唱を始めた。


 純白の魔法陣が、一つ。


 そして二つ。


 三つ。


 次々と展開され、白い空間を埋め尽くしていく。


 魔法陣の数は増え続ける。


 やがて、無数の魔法が一斉にハニエルへ向けられた。


 次の瞬間──


 炎。


 雷。


 氷。


 風。


 光弾。


 様々な魔法が雨のように降り注ぐ。


 ハニエルは翼を広げ、大空を駆ける。


 右へ。


 左へ。


 急降下。


 急上昇。


 縦横無尽に飛び回り、次々と魔法を回避していく。


 その最中、双剣が淡い光へと還った。


 右手には光の杖。


 左手には光の盾。


 七つ道具が、新たな姿を現す。


 ハニエルは飛翔したまま光の杖を静かに振るった。


 柔らかな光が全身を包み込む。


 頬。


 肩。


 腕。


 ルシファーとの戦いで刻まれた傷が、ゆっくりと塞がっていく。


 だが、治癒が終わると同時に、杖は再び姿を変えた。


 光の槍。


 右手に握られたその槍は、眩く輝いている。


 ハニエルは光の杖による治癒を多用しない。


 光の七つ道具は、それだけで膨大な魔力を消費する。


 治癒を繰り返せば、戦いの継続そのものが困難になる。


 だからこそ、必要な時だけ使う。


 その間も、ルシファーの魔法は途切れない。


 避け切れないルシファーの魔法が迫る。


 ハニエルは左手の光の盾を掲げた。


 轟音。


 ハニエルの光の盾とルシファーの魔法が激突し、眩い閃光が白い空間を染め上げた。


 ルシファーは再びハニエルへ斬りかかる。


 ルシファーの剣が唸りを上げる。


 ハニエルは左手の光の盾でその斬撃を受け止め、右手の光の槍で鋭く突き返した。


 金属音が響く。


 空中で何度も武器が激突し、二人は高速で飛翔しながら激しい攻防を繰り広げる。


 ルシファーは剣を振るいながら口を開いた。


「……私も一つ聞きたい」


 ハニエルは槍を繰り出しながら応じる。


「何でしょうか」


 ルシファーは光の槍を剣で弾く。


「その様々な武器は何だ?」


 ハニエルは一歩も引かない。


 盾で剣を受け流し、その反動を利用して再び槍を突き出す。


「導きです」


 ルシファーの表情は変わらない。


「……導き?」


 ハニエルは静かに答えた。


「……あなたには、言ってもわからないでしょう」


 その言葉とともに、光の槍が一際強く輝いた。


 放たれる突きは、一撃ごとに重さを増していく。


 ルシファーは剣で受け止める。


 ギィィンッ!!


 先ほどまでよりも遥かに重い衝撃が剣へ伝わる。


 もう一撃。


 さらにもう一撃。


 ハニエルの槍は、突きを重ねるたびに威力を増していった。


 それでもルシファーは冷静だった。


 受け流し、斬り返し、体勢を崩さぬまま、静かにハニエルを見据え続ける。


 二人の激しい空中戦は、なおも終わる気配を見せなかった。


(……もう、問を続けても意味はないのでしょうか)


 ハニエルはそう思いながら、ルシファーと向き合う。


 価値観は、どこまでも平行線だった。


 それでも戦いは終わらない。


 ルシファーの剣戟は速すぎる。


 光の槍が突き出される。


 盾が斬撃を受け止める。


 その一瞬の隙間を縫うように、ルシファーの剣が自在に伸縮し、予測不能な軌道で襲い掛かる。


 肩。


 脇腹。


 太腿。


 防ぎ切れなかった斬撃が、再びハニエルの身体へ浅い傷を刻んでいく。


 青い血が宙へ舞った。


 ルシファーは剣を振るいながら問い掛ける。


「貴様こそ、考えを改める気はないのか?」


 激しい剣戟の最中、その声だけは、どこまでも静かだった。


「一度、人間の魂を食べれば、クラディウス様の考えを理解できるはずだ」


 ハニエルは光の盾で斬撃を受け止め、そのまま光の槍を一直線に突き出す。


 ルシファーは身を捻って躱し、再び剣を振るう。


 ハニエルは迷いなく答えた。


「食べたくもないですし、理解もしたくないです」


 その瞳に、一切の揺らぎはなかった。


 ルシファーもまた、それ以上反論することはない。


 互いの信念は変わらない。


 だからこそ、二人は言葉ではなく、刃で語り続けた。





 ルシファーは静かにハニエルを見つめる。


「もう、問答は不要だ」


 その声に感情はない。


 ただ、会話を終えるという事実だけを告げていた。


「――《超加速》」


 一言だけ詠唱する。


 その瞬間──


「……!」


 ハニエルの視界から、ルシファーの姿が消えた。


 速い。


 先ほどまでとは比べ物にならない。


 目で追うことすらできない。


 次の瞬間、ハニエルの右肩へ鋭い痛みが走る。


 さらに背中。


 左腕。


 脇腹。


 斬撃が次々と刻まれていく。


 ハニエルは咄嗟に光の盾を構え、襲い来る攻撃を防ぎ続ける。


 だが、見えない。


 防いだ直後には、伸縮する剣が死角から襲い、再び浅い傷を刻む。


 青い血が白い空間へ散った。


 致命傷だけは避けられている。


 しかし、それだけだった。


 防戦一方。


 徐々に、確実に、ハニエルは劣勢へ追い込まれていく。


 光の盾が、辛うじて命を繋いでいた。


 だが、魔力が尽きれば、その瞬間に終わる。


(このままでは……)


 ハニエルの身体へ、次々と浅い傷が刻まれていく。


 光の盾で致命傷だけは防ぎ続ける。


 しかし、防ぐたびに魔力は確実に失われていた。


(……もう、改心させることは出来ないのでしょうか)


 伸縮する剣が盾を掠める。


 肩へ。


 脚へ。


 再び青い血が宙へ舞う。


(……もう、道を正すことは出来ないのでしょうか)


 ルシファーは止まらない。


 一切の迷いも、一切の躊躇もなく、ただ、ハニエルを斬り続ける。


(……もう、やるしかありません)


 ハニエルは静かに決意した。


「エレン……力を借ります」


 左腕の魔導具の腕輪へ手を添える。


 そこから取り出したのは、エレンが対クラディウス戦のために創造しておいた切り札の一つ。


 閃光弾。


 ハニエルは迷わず目を閉じる。


 そして、閃光弾をルシファーへ向けて放った。


 次の瞬間、凄まじい閃光が炸裂する。


 白い世界を塗り潰すほどの光が、一瞬ですべてを覆い尽くした。


「――ッ!」


 ルシファーの動きが止まる。


 その身体が、初めて大きく怯んだ。





 ハニエルは迷わない。


 左手に構えていた光の盾が、静かに輝きを増した。


 受け止め続けた無数の斬撃。


 防ぎ続けた数え切れない魔法。


 そのすべてによって蓄積された光が、盾の表面を満たしていく。


 やがて──その光が右手の光の槍へと流れ込んだ。


 眩い輝きを帯びた槍は、先ほどまでとは比べものにならないほどの光を放つ。


 ハニエルは翼を大きく羽ばたかせた。


 一気にルシファーとの距離を詰める。


 閃光弾の残光で、ルシファーの動きは僅かに鈍っていた。


 その一瞬を逃さない。


「――っ!」


 光の槍が一直線に突き出される。


 鋭い切っ先は、ルシファーの左側、中央の翼を深々と貫いた。


「――!」


 翼を貫かれた衝撃で、ルシファーの身体が大きく揺らぐ。


 ハニエルは槍を引き抜かない。


 そのまま翼へ突き刺した状態で、自らの体重を乗せる。


 二人の身体は、一気に白い空間を落下し始めた。


 そのまま二人は勢いよく落下する。


 轟音とともに、光の槍が白い空間の床へ深々と突き刺さった。


 ルシファーは左側中央の翼を床へ縫い付けられ、動きを止められる。


 ハニエルは着地と同時に光の槍から手を離した。


 右手に弓を呼び出す。


 そして、瞬時に双剣へと変化させた。


 迷うことなく、ルシファーの右腕へ飛び込む。


 狙うのは、剣を握る、その腕だけ。


 だが、ルシファーは拘束されたまま剣を伸ばした。


 鋭い刃が一直線に走る。


「っ……!」


 ハニエルの左脇腹が深く裂ける。


 青い鮮血が勢いよく飛び散った。


 それでも、ハニエルは止まらない。


「はぁっ!」


 双剣を振り下ろす。


 ザシュッ!!


 二本の剣が、ルシファーの右腕を深々と貫いた。


「……ぐっ!」


 右腕が床へ縫い付けられる。


 さらに、ハニエルは左手をかざした。


「――『光の鎖』」


 眩い光が収束し、一条の鎖となる。


 光の鎖は瞬く間にルシファーの左腕へ巻き付き、そのまま強く締め上げた。


 両腕を封じられたルシファーは、その場に拘束される。


 ハニエルは数歩後ろへ下がり、静かに息を整えた。


「……ぐっ! ……おっ!」


 右腕と翼を貫かれた激痛に、ルシファーは初めて苦痛の声を漏らす。


(……もう、光の杖を使うと、魔力が足りなくなる……)


 ハニエルは静かに息を吐く。


(だったら……!)


 磔のように拘束されたルシファーを、真っ直ぐ見つめる。


「あなたを止めます」


 その一言が、白い空間へ静かに響いた。


 次の瞬間──ハニエルの右側の空間が、眩く輝く。


 光の中から、ゆっくりと純白の大剣の柄が姿を現した。


 ハニエルはその柄を力強く握る。


 そして、静かに、大剣を引き抜き始める。


 刀身が光の中から姿を現すたび、抑えきれない力が周囲へ溢れ出した。


 ドォンッ!!


 目に見えない衝撃波が四方へ放たれる。


「っ……!」


 その衝撃は、ハニエル自身の身体さえ容赦なく切り裂いた。


 ブシュッ。


 ブシュッ。


 肩。


 腕。


 胸。


 脚。


 全身の至る所へ裂傷が刻まれ、青い鮮血が舞い上がる。


 強大すぎる力。


 純白の大剣は、その力を完全には抑え切れていなかった。


 それでも、ハニエルは一歩も退かない。


 鮮血を流しながらも、その瞳だけは真っ直ぐルシファーを見据えていた。


 身動きの取れないルシファーは、その大剣を見て初めて動揺を露わにする。


「なんだ……!? それはっ!!」


「あなたを止めることができる――力です」


 ハニエルは純白の大剣をさらに引き抜く。


 刀身が姿を現すたび、抑え切れない力が周囲へ溢れ出した。


 ドォンッ!!


 凄まじい衝撃波が白い空間を震わせる。


「っ……!」


 その衝撃は、再びハニエル自身を切り裂く。


 肩。


 胸。


 腕。


 脚。


 全身へ新たな裂傷が刻まれ、青い鮮血が次々と舞い上がる。


 それでも、ハニエルは柄を握る手を緩めない。


 一歩。


 また一歩。


 刀身は少しずつ光の中から姿を現していく。


 ルシファーの表情が初めて変わった。


「……!」


 この剣を、抜かせてはならない。


 本能がそう告げていた。


「――穿て」


 ルシファーは詠唱する。


 純白の魔法陣が幾重にも展開された。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 数え切れない魔法陣が白い空間を埋め尽くす。


 次の瞬間──


 炎。


 雷。


 氷。


 風。


 光弾。


 様々な魔法が一斉にハニエルへ降り注いだ。


 ドドドドドドッ!!


 無数の魔法がハニエルの身体を穿つ。


「……っ!」


 肩を貫かれ、腹部を裂かれ、脚を撃ち抜かれる。


 青い鮮血が次々と白い床へ飛び散った。


 それでも、ハニエルの両手は、大剣の柄から離れない。


 引き抜く。


 ただ、それだけを続ける。


「……やめろ」


 ルシファーが言う。


 その声は、これまでの冷静さとは違っていた。


 だが、ハニエルは応えない。


 静かに。


 力強く。


 最後まで柄を引き上げる。


 そして――


 純白の大剣が、ついに光の中からその全貌を現した。





 ルシファーは、目の前の純白の大剣から目を離せなかった。


(なんなんだ……!! その力は!!)


 生まれて初めて感じる圧力に、本能が警鐘を鳴らしている。


 ハニエルは静かに純白の大剣を振り上げた。


 傷だらけの身体。


 全身から青い鮮血を流しながらも、その瞳だけは少しも揺るがない。


「これで、終わりです」


 静かな声が白い空間へ響く。


 そして、ルシファーを真っ直ぐ見つめたまま続ける。


「私は、あなたを……救いたかった」


 その一言には、怒りも憎しみもなかった。


 ただ、届かなかった願いだけが込められていた。


 ハニエルは純白の大剣を振り下ろす。


 その瞬間――


 純白の光が解き放たれた。


 轟ッッッ!!


 大剣から放たれた莫大な光は、一瞬でルシファーを飲み込む。


 光は爆発となって白い空間全体へ広がり、凄まじい衝撃が四方八方へ駆け抜けた。


 あまりにも巨大な光が、視界のすべてを白く塗り潰す。


 そこにいたルシファーの姿は、完全に光の中へ消えていった。





「……はぁ、……はぁ」


 ハニエルは肩で息をする。


 全身を覆う傷から青い鮮血が流れ続けていた。


 手に握っていた純白の大剣を見つめる。


「……ありがとう」


 そう呟くと、大剣は静かに光となって霧散し、その力は再び光の中へと還っていった。


「……私も、人の事は言えませんね。無茶をし過ぎました」


 苦笑が漏れる。


 脳裏に浮かんだのは、一人の少女。


 エレン。


 次の瞬間、ハニエルの足元に純白の転移魔法陣が広がる。


 景色が光に包まれ――


 彼女は天国塔最上階へと帰還した。


「ハニエルちゃん!」


 レイコが駆け寄る。


「ハニエルさん!」


 ルビアもその後を追う。


 レイコはすぐに治癒魔法を展開し、柔らかな光がハニエルの全身を包み込んだ。


「ありがとうございます、レイコ」


 ハニエルは静かに礼を言う。


 だが、その視線はどこか遠くを見つめていた。


「エレン……」


 その小さな呟きには、友を案じる想いが込められていた。


 今、この瞬間も、最も過酷な戦いは、まだ終わっていない。


 友を信じながら、ハニエルは静かに、その帰りを待った。

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