第三十五話 天才対天才
クラディウスがゆっくりと姿を現した。
その姿を見た瞬間、エレン達は息をのむ。
そして、クラディウスの背後から、一人、また一人と天使が姿を現した。
ルシファー。
ウリエル。
ペリエル。
三人の天使達がクラディウスと共に、静かにエレン達の前へ並ぶ。
ウリエルが小さく笑みを浮かべる。
「ルシファー様、あれです。あの赤髪の人間。あの人間は私のですから、手を出さないで下さいね」
「わかった」
ルシファーは短く答えた。
その間にエレンは静かに詠唱を始める。
ルビアとレイコへ、天使の本当の姿を見るための魔法を掛けた。
詠唱が終わると同時に、クラディウスがゆっくりと口を開く。
「久しいな……エレン」
エレンも静かに応じた。
「そうね……三百年振りかしら」
互いに言葉は、それ以上続かない。
最上階は静寂に包まれた。
──やがて、クラディウスがゆっくりと口を開いた。
「エレン。そなたの周りにいる者達に、この者達がそれぞれ用があるみたいでな」
そう言うと、クラディウスは静かにルシファー達へ視線を向ける。
ルシファーは無言のままハニエルを見つめる。
ウリエルは楽しそうにルビアを見つめていた。
ペリエルは静かな眼差しでレイコを見据えている。
エレン達が言葉を返すよりも早く、クラディウスは詠唱を始めた。
瞬く間に巨大な魔法陣が展開される。
――転移魔法。
「っ!」
四人が反応する間もなく、眩い光が最上階を包み込んだ。
ルビアとウリエル。
レイコとペリエル。
ハニエルとルシファー。
三組は、それぞれ別々の空間へと転移させられる。
そして──エレンとクラディウスの姿もまた、天国塔の最上階から消えていた。
◆
レイコはゆっくりと辺りを見回した。
「ここは……」
辺りには何もない。
ただ、どこまでも真っ白な空間が広がっているだけだった。
少し離れた場所には、一緒に転移させられた天使が静かに立っている。
エレンの魔法によって、その本当の姿が見えていた。
その姿は、無数の目と翼を備えた巨大な車輪。
やがて、その天使が口を開く。
「ええ、ええ。私の名はペリエルと申します。以後、お見知りおきを」
「……レイコ・オリヴィエ」
名を名乗られたレイコは、静かに名乗り返した。
ペリエルは何度も頷く。
「ええ、ええ」
そして、興奮を抑えきれない様子で声を上げた。
「……あなたは! 素晴らしい! 人間の分際でクラディウス様の加護を破る魔法を! 作り出したのですねっ!!」
レイコはわずかに顔をしかめる。
実に騒がしい天使だった。
「ええ! ええ! 私は! 大変! 感服致しました!」
ペリエルの興奮は収まらない。
「是非! 是非あなたの脳を! 解剖してみたくなりました! ええ!!」
ペリエルは、ふと思い出したように声を上げた。
「そういえば、クラディウス様が考案した『人間狩り計画』の予行練習として、この間、街を天使達に襲わせましたが! あなたの横にいた人間が連れていたものにも! 大変! 興味を抱きまして!」
レイコは、その言葉で何を指しているのか理解した。
――魔導機ヴァルキュリア。
「なので! 私も! 作ってみました! 魔導機を!!」
その言葉に、レイコはわずかに目を見開く。
ペリエルは詠唱を始めた。
純白の魔法陣が足元に展開する。
やがて光が収束すると、そこにはペリエルによく似た姿をした魔導機が静かに立っていた。
レイコは、その姿を静かに見つめる。
「『人間狩り計画』の予行練習にて! 我らが座天使隊長、ラファエル様が命を落としてしまいまして!」
ペリエルの声は、さらに弾んでいく。
「そのラファエル様の死体を! 私が! 回収し! 生まれ変わらせたのです!!」
そこまで言うと、ペリエルは興奮しすぎたのか、一度深く息を吸い込んだ。
そして、大きく息を吐く。
「……失礼致しました」
レイコは、その間にペリエルが出現させた魔導機へ視線を向ける。
外見はペリエルとよく似ている。
レイコは静かに杖を構えた。
その様子を見たペリエルは、再び歓喜の声を上げる。
「私の! 実験に! 付き合って下さるのですねっ!!」
レイコは詠唱を終え、爆破魔法を放った。
一直線に飛翔した爆破魔法を、魔導機ラファエルの複数の目が捉える。
次の瞬間、レイコの爆破魔法は消失――
いや──分解された。
「まずは! 魔法の分解機能は! 証明されました!」
レイコは何も言わず、静かに杖を床へ置いた。
そして両腕を前へ突き出し、再び爆破魔法を放つ。
しかし、今度放たれた爆破魔法は、先程とは比べものにならないほどの威力だった。
ペリエルは、その魔法を見て再び興奮する。
「なんという威力! ええ! ええ! 素晴らしいっ! 本当に! 早く! あなたの脳を隅々まで解剖したい!!」
莫大な威力を秘めた爆破魔法へ、魔導機ラファエルの複数の目が向けられる。
次の瞬間──やはり、分解された。
「莫大な魔法も! 一瞬で分解! これも! 証明されました!」
レイコは、ペリエルの言葉など聞こえていないかのように、静かに次の魔法陣を展開した。
新たな魔法陣が、足元でゆっくりと回転を始める。
人間界の理論だけで再構築された、対天使用の魔法。
かつて天使達を恐怖へ陥れた、あの黒い炎が静かに姿を現した。
ペリエルは無数の目を大きく見開く。
「それです!! その魔法です!! 人間が! クラディウス様の加護を突破したという! 未知の術式!! ええ! ええ! 実に興味深い!!」
黒い炎が静かに宙へ浮かぶ。
次の瞬間、魔導機ラファエルの複数の目が、一斉にその黒い炎を捉えた。
――黒い炎は、音もなく崩れていく。
静かに、跡形もなく、分解された。
ペリエルは歓喜の声を上げる。
「成功です!! 未知の術式も! 問題なく分解出来ました!! これで! 未知の魔法への対応能力も! 証明されました!!」
ペリエルは満面の笑みを浮かべる。
「さて! 次の実験です! 魔導機に! ラファエル様の身体を使った理由を! ご説明しましょう!」
その間も、レイコは何も言わず、次々と魔法を放ち続ける。
炎。
氷。
雷。
風。
土。
放たれた魔法は、ことごとく魔導機ラファエルの複数の目に捉えられ、跡形もなく分解されていく。
「ラファエル様の身体を使った理由は! 魔導機と呼ばれるものが! 魔法を撃てたら! 最強ではないですか!」
ペリエルがそう言うと、魔導機ラファエルの前に純白の魔法陣が展開された。
「相手の魔法を分解し! こちらが命令しなくても! 自律して! 魔法を撃てれば!」
そこでペリエルは一度言葉を切る。
無数の目が見開かれ、その声は今までで最も大きく響いた。
「最強ではないですか!!」
◆
魔導機ラファエルの前に展開された白い魔法陣から、爆破魔法が放たれる。
レイコも爆破魔法を放つ。
だが、その爆破魔法は魔導機ラファエルの複数の目に捉えられ、分解されてしまった。
「……!」
レイコは一瞬だけ目を見開く。
次の瞬間には身体を横へ流し、魔導機ラファエルの放った爆破魔法を間一髪で回避した。
「そして!」
ペリエルの声が白い空間へ響く。
「私達! 天使九階級の上位天使だけが使える! 多数展開の魔法を! 私は! 魔導機でも! 使えるようにしてみました!」
その言葉と同時に、魔導機ラファエルの前へ複数の白い魔法陣が展開される。
次の瞬間──
炎。
氷。
雷。
風。
土。
様々な属性の魔法が、一斉にレイコへ襲い掛かった。
レイコは一瞬だけ目を見開く。
魔導機ラファエルは、放たれた魔法を分解する。
迎撃のために魔法を放っても意味はない。
さらに、複数の魔法が同時に迫る今、回避する余地もない。
レイコは魔法と接触する前に防御魔法を展開した。
だが、展開した防御魔法でも、その威力を完全に防ぎ切ることはできなかった。
轟音が響き渡る。
やがて魔導機ラファエルの一斉射撃が止む。
爆炎がゆっくりと晴れていく。
そこには、全身の至る所から血を流しながらも立ち続けるレイコの姿があった。
ペリエルは歓喜の声を上げる。
「素晴らしいっ! 今のを耐えたのですね! ですが!」
その間に、レイコは治癒魔法の詠唱を終える。
治癒魔法を発動しようとした、その瞬間──魔導機ラファエルの複数の目が、レイコを捉えた。
次の瞬間、治癒魔法は発動することなく、静かに分解される。
「そのような魔法も! 分解出来るようにしたんです!」
その言葉に、レイコは少しだけ目を見開く。
そして、静かに口を開いた。
「……馬鹿にしているの?」
ペリエルは首を傾げた。
「……どういう意味ですか?」
レイコは静かに口を開く。
「魔導機を作ったですって? 笑わせないで頂戴」
その声には、先程までの静けさとは違う冷たさがあった。
「あの子が作った魔導機は、こんなものじゃない──もっと、ずっと強かったわ」
レイコは真っ直ぐペリエルを見据える。
「さっきから一人でベラベラ、ベラベラ喋っているけれど、そんなもの、最強でも何でもない。あの子の魔導機の、足元にも及ばないわ」
そして、これまで一切感情を表に出さなかったレイコが、初めて怒気を滲ませる。
「あの子の最高傑作を――馬鹿にしないで」
◆
レイコの言葉を、ペリエルは理解できずにいた。
「……もう、完成しているわ」
レイコは不快感を隠そうともせず言い放つと、静かに詠唱を始める。
その足元に、新たな魔法陣が展開された。
ペリエルは肩をすくめるように言う。
「一体、何を言っているのかわかりませんが……無駄だと、わからないんですか? いくら魔法を撃っても! 分解されるだけですよ? 魔導機ですから! 未知の魔法を使っても分解し! 学習するんですよ? 魔導機ですから!」
レイコは何も答えない。
やがて詠唱が終わる。
しかし――
何も放たれない。
「……?」
ペリエルは疑問に思った。
もう魔法を分解したのかと思い、魔導機ラファエルへ視線を向ける。
その瞬間だった。
魔導機ラファエルの身体が、音もなく崩壊を始めた。
◆
ペリエルは目を見開いた。
「何をしたんですか!?」
初めて、その声に動揺が混じる。
魔導機ラファエルは完全に消滅し、その場には何も残っていなかった。
レイコは小さく息を吐く。
仕方がない、と言わんばかりに説明を始めた。
「…………対天使用の魔法を、粒子化して……接触した瞬間に発動するようにしただけよ」
ペリエルは無数の目を瞬かせる。
「……粒子化?」
そう呟いた、その時だった。
自身の身体が、静かに崩壊を始めていることに気付く。
レイコは淡々と言葉を続けた。
「……そもそも、どうして天使の身体を使ったのかしら? そんなの、私に殺してくださいと言っているようなものじゃない。それに――そんなもの、魔導機でも何でもないわ」
レイコはペリエルの研究を、真っ向から否定した。
崩壊していく身体の中で、ペリエルは静かに口を開く。
「……ええ……ええ。理論が、間違っていたのは……私でしたか」
その言葉を最後に、ペリエルは静かに消滅した。
辺りを包んでいた魔力も、次第に霧が晴れるように消えていく。
残された空間には、もう誰の声もなかった。
やがて、レイコの足元に白い転移魔法陣が展開される。
光が身体を包み込み、景色がゆっくりと歪んだ。
次の瞬間、レイコは天国塔の最上階へと帰還する。
静かに辺りを見回す。
まだ誰も戻ってきていない。
「……私が最初みたいね」
レイコは自分の身体へ視線を落とした。
戦闘で負った傷が、まだいくつも残っている。
右手を傷口へかざし、静かに治癒魔法を発動した。
淡い光が身体を包み、傷がゆっくりと塞がっていく。
「……これで大丈夫ね」
治癒を終えると、レイコは周囲を警戒しながら、その場で仲間達が戻ってくるの待った。




