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天国塔  作者: 前田瑠希
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第三十三話 黒龍


「じゃあ二人共。私は離れて見ているから」


 そう言うと、エレンは二人から少し離れた岩まで歩いていく。


 そして腕を組み、その岩へ静かに寄りかかった。


 そのあまりにも自然な行動に、ルビアとレイコは返事をする事すら忘れていた。


「…………」


「…………」


 二人はただ、目の前にいる巨大な黒龍を見上げる。


 黒龍もまた、黙って二人を見つめていた。


 やがて黒龍は、ゆっくりと視線を横へ向ける。


 その先にいたのは、岩へ寄りかかるエレンだった。


 黒龍の金色の右目が、僅かに見開かれる。


 だが、それもほんの一瞬。


 何事もなかったかのように視線をルビアとレイコへ戻した。


 その黒龍の左目は閉じられている。


 瞼には、上から下へ走る一本の深い傷跡が残っていた。





 黒龍はじっと二人を見下ろしていた。


 ルビアとレイコもまた、黒龍を見上げる。


 やがてルビアは静かに剣を抜き放つ。


 レイコも杖を構えた。


 その瞬間、黒龍は右目を細めた。


 そして――


「グオォォォォォォォォォォォッ!!」


 黒龍の咆哮が天地を震わせた。


 轟音は爆発のように空間中へ響き渡り、凄まじい衝撃波となって大地を駆け抜ける。


 周囲に転がっていた巨大な岩は次々と砕け散り、無数の破片が宙へ舞い上がった。


 地面は大きく揺れ、空を覆う黒い雲さえ震えるように波打つ。


 ルビアとレイコの髪や衣服は暴風に激しく煽られ、それでも二人は歯を食いしばり、一歩も退かなかった。


 黒龍はじっと二人を見下ろしていた。


 ルビアは剣を構えたまま、黒龍を見据える。


(最初から全力でいかないと……)


 相手は最後の試練を司る黒龍。


 一切の油断は許されない。


「行きます!」


 ルビアは地面を蹴り、一瞬で黒龍の懐へ飛び込んだ。


 全身へ魔力流を巡らせる。


「はあぁぁぁぁっ!!」


 渾身の一撃。


 ガギィィィィン!!


 鋭い金属音が空間へ響き渡る。


 だが──黒龍の鱗には傷一つ付いていなかった。


「っ!」


 黒龍は静かに前足を振るう。


 それだけだった。


 ルビアの身体は紙切れのように吹き飛び、巨大な岩へ激突する。


「ぐっ……!」


 痛みに顔を歪めながらも、ルビアはすぐに立ち上がった。


 再び剣を構え、黒龍へ駆け出す。


 何度弾き飛ばされても、何度叩き付けられても、その足は止まらなかった。


「ルビアちゃん!」


 レイコは杖を前へ突き出す。


 巨大な魔法陣が展開された。


「吹き飛びなさい!」


 轟音と共に爆発が黒龍を飲み込む。


 土煙が立ち込める。


 しかし──煙が晴れた先には、先程と何一つ変わらぬ姿で立つ黒龍がいた。


「……そう。やっぱり、この程度じゃ駄目なのね」


 レイコは静かに杖を地面へ置く。


 そして両手を前へかざした。


 幾重もの魔法陣が重なり合う。


 空間そのものが震え始めた。


「なら、本気でいくわ」


 炎。


 氷。


 雷。


 風。


 土。


 圧倒的な魔力が次々と黒龍へ襲い掛かる。


 爆音が響き続け、大地は砕け、巨大な岩は粉々に吹き飛ぶ。


 それでも、黒龍は一歩も動かなかった。


 その身体には、傷一つない。


「まだ!」


 レイコは魔法を撃ち続ける。


「まだです!」


 ルビアも再び黒龍へ斬り掛かった。


 勝てない。


 傷一つ付けられない。


 それでも二人は諦めなかった。


 黒龍はそんな二人を静かに見つめ続ける。


 長い沈黙の後──黒龍は僅かに頷いた。


 その瞬間、眩い光が二人を包み込む。


「え……?」


 ルビアとレイコの姿はゆっくりと光へ溶けるように消えていった。


 試練は終わった。


 ──勇気は示された。





 二人の姿はゆっくりと消え、水晶の外へと弾き出された。


 試練の空間には、エレンと黒龍だけが残る。


 エレンは寄りかかっていた岩から静かに背を離した。


 そして、ゆっくりと黒龍の前まで歩いていく。


「……認めるの、随分早かったじゃない」


 黒龍は何も答えない。


 ただ、その右目で静かにエレンを見下ろしていた。


 エレンは小さく笑う。


「……久しぶりね」



◇ ◇ ◇



 ──三百年の修行期間。


 シルヴィアから世界の成り立ちや天国塔について様々な話を聞いていた、ある日の事だった。


「そういえば……」


 シルヴィアがふと思い出したように口を開く。


「何?」


「エレンはクラディウスを倒した後、天国塔をどうするの?」


「……出来れば、塔は壊したいわね」


「そうなんだ」


 シルヴィアは少し考え込むように黙り込んだ。


「?」


 エレンは首を傾げる。


「第四の試練、覚えてる?」


「もちろん覚えてるわよ。あの黒龍、一体何なの? まさか龍がいるとは思わなかったわ。まあ、あの龍もシルヴィアが考えて、エリザベードが創ったんでしょうけど」


「うん、そうだよ」


 シルヴィアは穏やかに頷く。


「色々な生命を考えていた時にね、一度だけ試しに龍を創ってみたの……でも、龍はあまりにも強大な力を持ちすぎていた。 このまま増やしたら、他の生命を脅かす存在になると思ったから、一体だけでやめる事にしたんだ。 せっかく生まれてきた命だから、何か役目を与えられないかなって考えて……それで、天国塔の第四の試練を任せる事にしたの」


「……そうだったのね」


「うん」


 シルヴィアはエレンを見つめる。


「エレン、お願いがあるんだ」


「何かしら?」


「次に天国塔を登って、第四の試練まで辿り着いたら、龍に伝言をお願いしてもいい?」


「いいわよ……って、あの龍、言葉が分かるんだ」


「うん。言葉は分かるし、普通に喋るよ?」


「そうなの? 試練の時、一言も喋らなかったけど」


 シルヴィアはくすりと笑った。


「あの子、人見知りだからね」


「そうなんだ」


 エレンも思わず苦笑する。


「そういえば、あの龍に名前はあるの?」


「あるよ。ノワール」


「ノワール、ね」


 エレンはその名前を小さく繰り返した。


「シルヴィア。それで、伝言って何?」


 シルヴィアは優しく微笑み、ゆっくりと口を開いた。


「ノワールに伝えてほしいことはね……」



◇ ◇ ◇



 エレンは黒龍を見上げ、小さく微笑んだ。


「久しぶりね」


 一拍置いて、その名を呼ぶ。


「ノワール」


 ノワールと呼ばれた黒龍は、静かに右目を見開いた。


 その表情には、隠しきれない驚きが浮かんでいる。


「普通に喋れるのも知ってるわよ?」


 しばらくの沈黙。


 やがて、黒龍は静かに口を開いた。


「……久しいな」


 低く、重厚な声が静寂に響く。


「三百年ぶりか」


 ノワールは静かに続ける。


「……しかし」


 そう言うと、改めてエレンをまじまじと見つめた。


「……人間の寿命は三百年もないはずだ。どういう事だ?」


「人間をやめて天使になったの。その後、色々あって今は堕天使よ」


「……そうか」


 ノワールは静かに頷いた。


 そして、ふと思い出したように問い掛ける。


「汝、名は?」


「私?」


 エレンは少しだけ笑う。


「私の名前はエレン。エレン・クリエイドよ」


「エレンか……覚えた」


 ノワールは小さく頷く。


「それにしても……先の人間二人は何なのだ? 三百年前の汝ほどではないが、あの強さは何だ? 三百年で、人の強さはあそこまで変わるものなのか?」


 その問いに、エレンはどこか誇らしげに微笑んだ。


「強いでしょ。私の自慢の友達よ」


「友か……」


 ノワールはその言葉を静かに繰り返す。


「良いものだな……我に友など、おらぬが」


 エレンはそこで考えた。


 三百年以上もの間、ノワールは、ずっとこの場所で一人だった。


 友達など、出来るはずもない。


 そう思った瞬間だった。


 自然と言葉が口をついて出た。


「ノワール」


 ノワールは静かにエレンを見る。


「私と友達になりましょう」


 その言葉に、ノワールは右目を驚いたように見開いた。


「……我と?」


「ええ」


 迷いのない返事だった。


 しばらくの沈黙が流れる。


 やがてノワールは、どこか嬉しそうに口を開いた。


「……そうか。友か……」


 ゆっくりと、その言葉を噛み締めるように呟く。


「良いものだな」


 ノワールは改めてエレンを見つめた。


「……それにしても、三百年前にここへ来た時の汝は、刃のような人間だと思った」


 エレンは黙って耳を傾ける。


「誰も寄せ付けぬ、鋭い刃……そんな印象だった」


 一拍置き、ノワールは静かに続ける。


「それが、こうも……何というか、柔らかくなるものなのだな」


 エレンは小さく笑った。


「そうね。三百年前じゃ、考えられなかったわね……」


 そう答えた、その時だった。


 ノワールは静かに顔を近付ける。





 ノワールは静かにエレンを見つめる。


「三百年前の汝は強かった。我の身体に傷をつけるほどにな……」


 その言葉に、エレンの視線は自然とノワールの閉じられた左目へ向かった。


 三百年前、自分が剣でつけた傷。


 今もなお、その傷は消えていない。


「……怒ってる?」


 ノワールは静かに首を横へ振る。


「いや……あの時は驚いた。まさか、我の身体に傷をつけられる者がいるとは思っていなかったからな……」


 エレンはゆっくりとノワールへ歩み寄る。


 そして、その大きな顔の前まで来ると、閉じられた左目の傷へ、そっと手を伸ばした。


 優しく、その傷に触れる。


「……ごめんなさい」


 ノワールは静かに首を振った。


「気にするな。あの時、初めてここへ辿り着いた者が、我の予想を遥かに超えていた。 故に、我も少し本気を出してしまった。 だが汝は、それでも我へ立ち向かった──あの勇気は、本物だ」


 エレンは小さく微笑む。


「……ありがとう」


 その時だった。


 ノワールはふと目を細め、エレンの左腕へ視線を向ける。


「……汝。その左腕は、どうしたのだ?」


 エレンは目を見開いた。


 オリヴィエの御守(アミュレット)を身に付けている。


 普通なら、左腕の異常に気付く者はいないはずだった。


「……わかるの?」


 ノワールは静かに頷く。


「先程、汝は『今は堕天使』と言った。だが、その左腕は……」


 一拍置き、断言する。


「悪魔の左腕だ」


 エレンは息を呑んだ。


 ノワールは静かに続ける。


「我の目には、聖なる気も穢れた気も見える。巧妙に隠しておるようだが、我の目にははっきりと見えている」


 エレンは驚きを隠せないまま、小さく苦笑した。


「ちょっと無茶しちゃってね……色々あったのよ」


「……ふむ」


 ノワールは静かに頷き、少し考え込む。


 やがて何かを思い出したように口を開いた。


「汝、聞き忘れていた。なぜここへ来たのだ? 汝は三百年前、我に認められ既に先へ進む資格を持っているはずだ……それなのに、なぜ再び天国塔を登っている?」


 エレンは簡潔に答えた。


「クラディウスを殺す為」


「……なるほど」


 ノワールは静かに頷いた。


 それ以上、理由を尋ねる事はなかった。


 しばらく考え込んだ後、静かに口を開く。


「……その動かぬ左腕で戦うつもりなのか?」


 エレンは少し意外そうな表情を浮かべた。


(……理由は聞かないんだ)


 だが、その疑問を口にする事はなく、ノワールの問いに答える。


「仕方ないけどね。このまま戦うしかないのよ」


「……ふむ」


 ノワールは静かに頷く。


 そして、エレンを真っ直ぐ見つめた。


「我が、その左腕を動くようにしてやろうか?」


「えっ!?」


 エレンは目を見開いた。


 ノワールはゆっくりと頷く。


「友が困っておるのだ。なんとかしたいと思うのが、道理だろう?」


 その言葉に、エレンの胸が小さく高鳴った。


 つい先程、友達になったばかり。


 それなのに、まるで昔からの友であるかのように、自分を助けようとしてくれる。


 その優しさが、たまらなく嬉しかった。


「……具体的には、どうするの?」


 ノワールは静かに答える。


「汝の左腕を――」


 一拍置き、当然のように言い放つ。


「龍の左腕にする」





 エレンは、その言葉の意味を考えた。


 悪魔となった左腕を、龍の左腕にする。


 それは、悪魔の力を上書きするという事。


 つまり――


(龍は、天使や悪魔よりも上位の存在……)


 その事実に、エレンは静かに息を呑んだ。


 ノワールは静かに問い掛ける。


「……どうする?」


 エレンは迷わなかった。


 動かなくなった左腕を、元に戻せるかもしれない。


 それだけでも十分だった。


 何より、友であるノワールが自分の為に力を貸そうとしてくれている。


 その気持ちが、嬉しかった。


「お願いするわ」


 ノワールは静かに頷く。


「左腕を、我の右目の下へ」


 エレンは小さく頷くと、首元のアミュレットへ右手を伸ばした。


 オリヴィエの御守(アミュレット)は、身に着けた者の内側から放たれる力だけでなく、外側から入り込む力も完全に遮断する。


 このままでは、ノワールの力も受け入れることができない。


 エレンはオリヴィエの御守(アミュレット)を外した。


「っ……!」


 その瞬間、聖域の影響が再び左腕を襲う。


 力が抜け、左腕が動かなくなった。


 エレンは右手で左腕を掴む。


 そのまま持ち上げ、ノワールの右目の下へ差し出した。


「……これでいい?」


「うむ」


 ノワールは右目をゆっくりと閉じる。


 そして、何度か静かに瞬きをした。


 やがて、ノワールの右目から、一粒の涙が零れ落ちる。


 透明な雫は、静かにエレンの左腕へ触れた。


 その瞬間、温かな光が、エレンの左腕を優しく包み込んだ。


 やがて、左腕を包んでいた光が静かに消えていく。


 そして――


「……!」


 左腕が動いた。


 自由に指が動く。


 拳を握る。


 開く。


「本当に動く!」


 エレンは思わず声を上げた。


 その時だった。


「……?」


 違和感に気付く。


 左腕だけ、聖域にいる時の不快感が全くない。


 それどころか、左腕の奥底から、力強い何かが絶え間なく溢れ続けている。


 まるで、巨大な奔流が腕の中を流れているようだった。


 ノワールが静かに言う。


「龍の力を解放してみよ」


 エレンは頷く。


 左腕に宿る力を意識し、それを解き放つ。


 その瞬間、黒い光が左腕を包み込んだ。


 光が消えた時──そこにあったのは、人の腕ではなかった。


 黒い鱗に覆われ、鋭い爪を備えた──龍の左腕。


 エレンはその腕をゆっくりと眺める。


 そして、小さく笑った。


「……かっこいいじゃない」


 一瞬、静寂が流れる。


 やがてノワールは、小さく笑った。


「最初の感想が、それか」





 エレンは龍へと変わった左腕を見つめる。


「……ねえ、ノワール」


「なんだ?」


「左腕を、龍の左腕にできるなら……私の身体全部を龍の身体にすることもできるの?」


 ノワールは僅かに目を細めた。


「できぬ」


「そうなの?」


「龍の力は、あまりにも強大だ。本来ならば、普通の人間の身体では、その力に耐えることすらできぬ」


 ノワールはエレンの左腕へ視線を落とす。


「だが、汝ほどの強さがあれば、左腕一本だけならば我の力に耐えられる」


「……なるほど」


「故に、汝自身の全てを龍へ変えることはできぬ。全身を我の力で満たせば、いかに汝とて耐えられまい」


 エレンは少し残念そうに龍の左腕を眺める。


「……それは残念ね」


 エレンは龍の左腕を元の姿へ戻すと、ノワールへ向き直った。


「ありがとう、ノワール」


 ノワールは静かに頷いた。


「礼には及ばぬ」


 エレンはふと気になっていた事を口にする。


「そういえば、一つ聞いてもいい?」


「なんだ?」


「なんで私がクラディウスを殺したい理由を聞かないの?」


 ノワールは淡々と答えた。


「我はその者に興味がない。我はシルヴィア様の頼みで、ここにいるだけだ」


 エレンはその答えに苦笑した。


「そうなんだ」


 そして、何かを思い出したように口を開く。


「そうだ。シルヴィアから伝言があるわ」


 ノワールは目を見開いた。


「…………!! 汝、シルヴィア様と知り合いなのか!?」


「ええ」


 エレンは頷く。


「私はシルヴィアと友達よ」


「…………なんと!」


 ノワールは驚きを隠せなかった。


 エレンは続ける。


「伝言の前に、一つ伝えておくわ。 私はクラディウスを倒したら、天国塔を壊すつもりよ」


 ノワールは静かに頷く。


「そうか」


 エレンはノワールの反応を確認すると、改めて伝言を口にした。


「そのことをシルヴィアに伝えたらね、『じゃあ、ノワールに伝言。私の元へ帰ってきて良し!』……だそうよ」


 ノワールはしばらく黙っていた。


 そして、どこか安堵したような声で呟く。


「……我のことを、覚えていてくださったのだな」


 エレンは優しく微笑んだ。


「そのための詠唱もシルヴィアから教えてもらってるわ。直接シルヴィアの元へ転移できる魔法なんだって。ノワール専用の魔法らしいわ」





 ノワールは静かにエレンを見つめ、穏やかに口を開いた。


「再び汝に会えて、本当に良かった」


 その言葉に、エレンは少し照れたように笑う。


「私もよ」


 そして何かを言いかけるが、少しだけ口ごもった。


「……今度さ」


 ノワールは黙ってエレンの言葉を待つ。


 エレンは小さく笑い、言った。


「今度、一緒に空でも飛ばない?」


 一瞬の静寂。


 やがて、ノワールは嬉しそうに頷いた。


「……ふむ。我も、汝と空を共に飛びたいぞ」


 エレンは自然と笑みを浮かべる。


「約束よ」


「うむ」


 二人はしばらく見つめ合っていた。


 別れが惜しかった。


 だが、それぞれ進むべき道がある。


 エレンは静かに口を開く。


「……それじゃあ、ノワール。また会いましょう」


「うむ、また会おう」


 ノワールの返事を聞き、エレンはシルヴィアから教わった詠唱を静かに紡ぎ始めた。


 ノワールだけを、シルヴィアの元へ送り届ける魔法。


 詠唱が進むにつれ、ノワールの足元に黒い魔法陣が静かに浮かび上がる。


 同時に、試練の終わりを告げるように、ノワールもエレンを外へ送り返そうとしていた。


 ノワールは地獄にいるシルヴィアの元へ、エレンは水晶の外で待つ仲間の元へ、それぞれ転移が始まる。


 ノワールは最後までエレンを見つめ、エレンもまた、最後までノワールから目を逸らさなかった。


 互いへの感謝を胸に──再会を信じながら。

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