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天国塔  作者: 前田瑠希
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第三十一話 解き放たれる力


 ヴァルキュリアの身体で、次々と爆発が巻き起こる。


 爆炎が弾け、身体の一部が吹き飛ぶ。


 だが、傷ついた箇所はすぐさま蠢き、瞬く間に元の形へと修復されていく。


 それでも、ヴァルキュリアは、クロエの前から一歩も退かない。


「ヴァルキュリア!」


 クロエの叫びに応えるように、紅い瞳が強く輝いた。


 二十本の剣が一斉に唸りを上げる。


 ルビアが踏み込む。


 振るわれた剣を数本の剣で受け止めると、残る剣が四方八方からルビアへ襲い掛かった。


「っ!」


 ルビアは迫る剣を次々と弾きながら、咄嗟に後方へ跳ぶ。


 その瞬間、入れ替わるようにエレンが踏み込んだ。


「はぁっ!」


 黒い剣を振り下ろす。


 だが、ヴァルキュリアは身体の一部を瞬時に変形させ、その一撃を受け止めた。


 ――ガァンッ!!


「くっ……!」


 衝撃。


 エレンの身体が弾き飛ばされる。


 空中で身体を捻り、床へ着地する。


 そして――


 ドォンッ!!


 再び爆発。


 ヴァルキュリアの身体が大きく揺れる。


 吹き飛んだ箇所が、すぐさま修復を始める。


「……何をしたの?」


 クロエは、信じられないものを見るようにレイコを見つめた。


 ヴァルキュリアは魔法を分解している。


 それは間違いない。


 なのに、姉の魔法だけは――届いている。


「……どうして」


 クロエには理解できなかった。


 レイコは静かに答える。


「ヴァルキュリアが消滅……いえ、分解しているのは、魔法そのものよ」


「……何?」


「炎も、雷も、氷も……魔法によって生み出される現象でしょう?」


 クロエは黙ってレイコを見つめる。


「だから、現象が起きるよりも先に魔法を分解してしまえば、その現象は起こらない」


「……」


「でも、私が今使っている魔法は違うわ」


「違う……?」


「ええ」


 レイコは小さく頷いた。


「私は魔法を、目に見えないほど小さな粒子として、あらかじめ空間に散らしているの」


 クロエの眉が僅かに動く。


「その粒子が対象に触れた瞬間、術式が起動する」


 爆発。


 衝撃波。


 岩槍。


 放電。


 氷槍。


「そのどれもが、触れた瞬間に発生するようにしたわ」


「……!」


「ヴァルキュリアが魔法を認識して、分解する頃には……」


 レイコはヴァルキュリアを見つめる。


「もう、現象は起きている」


 クロエが目を見開く。


「そんな……」


「だから、間に合わないのよ」


 クロエは目を見開いた。


 ヴァルキュリアを見る。


 傷ついた身体は、今も絶えず修復を続けている。


 だが──もう、姉の魔法を完全に防ぐことはできない。


「……」


 クロエは杖を強く握り締めた。


 その様子を見つめながら、レイコは静かに杖を下ろす。


「……もう、やめましょう」


「……は?」


「これ以上、戦う必要はないわ」


 クロエの眉が僅かに動く。


「何よ、それ……」


「私はあなたを倒しに来たわけじゃないもの」


「……」


 レイコは杖を下ろしたまま、クロエを真っ直ぐ見つめる。


「あなたを止めたい。でも……傷つけたいわけじゃない」


 そして、ほんの少しだけ、表情を和らげた。


「だって、あなたは私の妹だもの」


「……っ」


 クロエの胸の奥が、小さく疼いた。


 聞きたくない。


 そんな言葉。


「今さら……」


 クロエの手が震える。


「今さら、家族みたいなこと言わないでよ……」


「……クロエ」


「ふざけるなっ!!」


 叫び声が大広間へ響き渡った。


 クロエはレイコを睨みつける。


「今さら家族ですって!?」


 抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出す。


「そんな言葉を、あんたが口にするな!!」


 レイコは何も言わない。


「私のことを何も知らないくせに! 私が何をしてきたのかも! どれだけ苦しんだのかも! どれだけ辛かったのかも!」


 声が震える。


「何も知らないくせに……!」


 クロエは胸元を強く掴んだ。


「今さら姉みたいな顔して、分かったようなこと言わないでよ!!」


「……」


 レイコは、それでも言い返さなかった。


 否定もしない。


 ただ、クロエを見ている。


 今度こそ、妹が何を思っているのか。


 その言葉を聞くために。


 クロエは荒く息を吐く。


「私は……」


 言葉が詰まる。


「私はずっと……!」


 その瞬間、胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「……っ」


 クロエは僅かに顔を歪める。


 心臓を掴まれたような痛み。


 それを振り払うように、拳を強く握り締めた。


 そんなはずがない。


 今さら、姉の言葉なんかで――


 今さら、あんな言葉で、心が揺らぐはずがない。


「……クロエ」


 レイコが静かに名前を呼ぶ。


「あなたの言う通りよ」


「……何?」


「私は、あなたのことを知らない」


 クロエが顔を上げる。


「あなたが何をしてきたのかも、何があったのかも……私は知らないわ」


「だったら――」


「だから、聞かせて」


「……っ」


「今度はちゃんと聞くから」


 レイコは一歩も退かない。


「あなたが何を思っていたのか」


「何が辛かったのか」


「どうして、愛を無くしたいと思うほど苦しんだのか」


 クロエの瞳が揺れる。


「私は……あなたのことを知りたい」


「……」


「今まで知らなかったからこそ、今度はちゃんと知りたいの」


 クロエは何も答えない。


 胸の奥が、また疼く。


「……やめて」


「……クロエ」


「もう遅いのよ……」


 静かな声だった。


 先ほどまでの怒りとは違う。


 どこか、諦めきったような声。


「今さらそんなこと言われたって……」


 クロエはゆっくりと首を横へ振る。


「私は、もう止まれない」


「そんなこと――」


「もう……」


 クロエはヴァルキュリアへ視線を向ける。


「この世界から、愛を無くすしかないのよ……」


 その言葉を最後に、クロエはレイコから目を逸らした。


「……」


 そして、ヴァルキュリアを見る。


 傷ついた身体は、今も修復を続けている。


 だが──


(……駄目)


 姉の新しい魔法。


 ヴァルキュリアは、それに対応できていない。


 修復はできる。


 防ぐこともできる。


 それでも、未知の現象が次々と発生する以上、学習が追いつかない。


(このままじゃ……負ける)


 クロエは唇を噛む。


 まだ、一つだけ方法がある。


 だが――


「……」


 クロエの手が僅かに震えた。


 本当は、使いたくなかった。


 一度使えば──もう、元には戻れない。


 それでも、ここで負ければ、全てが終わる。


 自分が苦しんできたことも。


 愛を無くそうと決めたことも。


 ここまで来たことも。


 全部。


「……ヴァルキュリア」


 クロエは、その名を小さく呼んだ。


 傍らに立つヴァルキュリアの紅い瞳が、クロエを見る。


「……ごめんね」


 誰にも聞こえないほど、小さな声だった。


 そして、クロエは静かに杖を掲げる。


「あなたの力を、全て解き放つ。だから……全部、私にちょうだい」


 次の瞬間、聞いたこともない言葉が、クロエの口から紡がれ始めた。


 床が赤く染まる。


 巨大な魔法陣が、クロエとヴァルキュリアを中心にゆっくりと広がっていく。


 その色は、深紅。


 宝石のような美しさなどない。


 どろりと粘つく、血のような赤。


「この魔法は……!」


 エレンの表情が変わった。


 レイコも、すぐに気付く。


「……クロエ」


 その声に、先ほどまでの穏やかさはなかった。


「それを使ったら……」


 だが、クロエは詠唱を止めない。


 巨大な魔法陣が脈打つ。


 ドクン。


 ドクン。


 まるで、一つの巨大な心臓のように。


「エレンさん、あれは……?」


 ルビアが尋ねる。


 ハニエルも魔法陣を警戒しながらエレンを見る。


「何をしようとしているのですか?」


 エレンは魔法陣から目を離さない。


「……禁術よ」


 そして、短く、その名を告げる。


「――融合」


 再び巨大な魔法陣が、脈打つ。


 ドクン。


 ドクン。


 その鼓動に呼応するように、クロエの足元から赤黒い筋が伸び始めた。


「……っ」


 一本。


 また一本。


 生き物の血管のように床を這い、ヴァルキュリアの脚へ絡みついていく。


 そして――装甲の隙間へ潜り込んだ。


 ヴァルキュリアの身体が僅かに震える。


「クロエ!」


 レイコが叫ぶ。


「やめなさい! それ以上続けたら――!」


「……もう遅いわ」


 クロエは詠唱を止めない。


 すると今度は、ヴァルキュリアの身体から赤黒い筋が溢れ出した。


 それらは真っ直ぐクロエへ伸びる。


 腕へ。


 脚へ。


 背中へ。


「ぐっ……!」


 クロエが苦痛に顔を歪めた。


 皮膚の上を這っていた赤黒い筋が、そのまま身体の中へ沈んでいく。


 次の瞬間、クロエの右腕が、不自然に膨れ上がった。


「っ……あぁぁぁぁっ!!」


 肉が歪む。


 骨格が軋む。


 その表面へ、ヴァルキュリアと同じ装甲が浮かび上がっていく。


 貼り付いたのではない。


 クロエ自身の身体が、変わっている。


「そんな……」


 ルビアが息を呑む。


 変化は止まらない。


 ヴァルキュリアの身体が、少しずつ崩れていく。


 腕が形を失う。


 肩が沈む。


 装甲が赤黒い液体のように溶け、クロエの身体へ流れ込んでいく。


 そして流れ込む度に、クロエの身体もまた、人間の形から遠ざかっていった。


「クロエ……!」


 レイコは杖を握り締める。


 止めなければならない。


 分かっている。


 それでも――動けなかった。


 目の前で苦しんでいるのは、自分の妹だった。


「姉……さん……」


「……!」


 レイコの瞳が見開かれる。


 クロエが、こちらを見ていた。


 苦痛に歪んだ顔で。


 それでも、僅かに笑っていた。


「これで……私は……」


 声が震える。


「負け……ない……」


 その瞬間──ヴァルキュリアの身体が完全に崩れた。


 赤黒い塊となり、一気にクロエへ流れ込む。


「クロエッ!!」


 レイコの叫びと同時に――


 魔法陣が、強烈な光を放った。


 ドクンッ――!


 最後の鼓動。


 そして、静寂。


「……」


 魔法陣の中心に、一つの影が立っていた。


 ゆっくりと、その影が顔を上げる。


 そこにいたものを見て、エレンは言葉を失った。


「……クロエ……?」


 人間だった面影は、確かに残っている。


 だが、その身体にはヴァルキュリアの装甲が生物の外殻のように融合し、ところどころから赤黒い脈が浮かび上がっていた。


 腕も。


 脚も。


 背中も。


 もはや、どこまでがクロエで、どこからがヴァルキュリアなのか、分からない。


 それは、生命への冒涜だった。


 クロエだったものが、ゆっくりと瞼を開く。


 赤黒く染まった瞳が、四人を捉えた。


「……」


 そして、口元が歪む。


「……コろス」


 掠れた声が、広間に響いた。


「……クロエ」


 杖を握る手に、僅かに力が入る。


 自分が止めなければならない。


 今度こそ、妹から、目を逸らさずに。


「エレンちゃん」


「ええ」


「ルビアちゃん。ハニエルちゃんも」


 二人もレイコを見る。


 レイコはクロエから視線を逸らさないまま、静かに告げた。


「……クロエを、止めるわよ」


 エレンは黒い剣を構える。


 ルビアも剣を握り直す。


 ハニエルは弓を引き絞る。


 レイコは静かに杖を構えた。


「行くわよ!」


 エレンとルビアが同時に駆ける。


 その瞬間、クロエの右腕が、ぐにゃりと音を立てて歪んだ。


 骨も肉も関係なく形を失い、どす黒い血のような盾へと変形する。


 二人の剣を受け止めた次の瞬間、盾の縁が脈打った。


 無数の刃が、生き物の牙のように飛び出す。


「っ!」


 エレンとルビアは咄嗟に飛び退いた。


 その隙を逃さない。


 エレンはクロエの背後へ突撃銃(ライフル)を創造する。


 同時に、ハニエルが実弾の矢を放った。


「みエてル」


 クロエは振り返らない。


 左腕が、関節という概念を無視するように背後へ回る。


 そのまま細長い剣へと変形し、一瞬で突撃銃(ライフル)を貫いた。


 砕けた破片が宙へ散る。


 続けて右腕が跳ね上がる。


 甲高い金属音と共に、ハニエルの矢が弾き返された。


「今!」


 レイコの粒子魔法が起動する。


 爆発。


 衝撃波。


 放電。


 複数の現象が立て続けにクロエを襲った。


 爆炎と煙が、その姿を覆い隠す。


 しかし――


「……きカなイ」


 煙の向こうから、掠れた声が響いた。


 ハニエルが弓を双剣へと変形させる。


 そのまま一気に間合いを詰めた。


 右。


 左。


 斬り上げ。


 薙ぎ払い。


 流れるような連撃がクロエを襲う。


 しかし、クロエの両腕が生き物のように蠢いた。


 右腕が剣へと変形し、ハニエルの斬撃を受け止める。


 同時に、左腕が鋭い槍へと姿を変え、その懐を突いた。


「っ!」


 ハニエルは咄嗟に身を捻る。


 槍の穂先が身体のすぐ脇を通り過ぎた。


 だが、その瞬間、伸びきったはずの槍が、鞭のようにしなる。


「……!」


 軌道を変え、再びハニエルへ襲い掛かった。


 ハニエルは双剣を交差させ、その一撃を受け止める。


 そこへ――


「はぁぁぁっ!」


 ルビアが横薙ぎに剣を振るう。


 クロエは身体を反らし、刃を躱した。


 直後、その背中から何本もの赤黒い刃が突き出す。


「っ!」


 無数の刃が、一斉にルビアへ襲い掛かった。


 ルビアは次々と斬り払う。


 だが、その一本が頬を浅く掠めた。


「くっ!」


 エレンはその隙を逃さない。


 周囲に無数の銃火器を創造する。


「撃て!」


 一斉射撃。


 無数の銃声が広間に鳴り響く。


「オそイ」


 クロエの身体から、赤黒い触手が一斉に伸びる。


 迫る銃弾を次々と弾き飛ばし、残る銃弾も身体そのものを変形させて受け流していく。


 さらに、触手の一部がそのままエレンへ伸びた。


「エレンちゃん!」


 レイコの粒子魔法が炸裂する。


 爆発が触手を吹き飛ばした。


 だが――


「……え?」


 吹き飛んだ赤黒い肉片が、床へ落ちるより先に蠢いた。


 まるで引き寄せられるようにクロエの身体へと戻り、再びその一部となっていく。


 僅かな時間で、傷は跡形もなく消えた。


「……」


 レイコの表情が曇る。


「再生まで……」





 ルビアが魔力流を解放する。


 全身へ魔力が巡り、身体能力が一気に跳ね上がった。


 その姿が掻き消れる。


 一瞬遅れて、クロエの目前へ現れた。


「はぁっ!」


 渾身の一閃。


 だが――


 クロエの右腕が蠢き、赤黒い大剣へと変形する。


 甲高い金属音が響き渡った。


 ルビアの斬撃が、真正面から受け止められる。


「っ!」


 直後、クロエの左腕が槍へと変形した。


 鋭い穂先がルビアの胸元へ突き出される。


 ルビアは咄嗟に身を翻し、紙一重で回避した。


 その光景を見ながら、エレンは黒い剣を強く握り締める。


「……」


 目の前にいるクロエは、もう人間とも魔導機とも呼べない姿になっている。


 レイコは、それでも最後までクロエを助けようとした。


 話を聞こうとした。


 向き合おうとした。


 それでもクロエは、自ら禁術を使った。


(……もう)


 エレンの表情が僅かに歪む。


(殺すしか……ないの?)


 黒い剣を握る手に力が入る。


 クロエを止めたい。


 できることなら、助けたい。


 けれど、このままでは――


 レイコも、ルビアも、ハニエルも、殺されるかもしれない。


(私は……)


 答えを出せないまま、エレンはクロエを見つめる。


 その時だった。


 クロエの右腕が大きく脈打つ。


 次の瞬間――


 腕が裂けるように枝分かれし、無数の刃へと姿を変えていく。


 十本。


 二十本。


 さらに増え続け――その数、五十本。


 続いて、左腕も同じように変形する。


 さらに五十本。


 合計百本もの剣が、クロエの両腕から伸びていた。


 それぞれの刃が、生き物のように蠢く。


「来ます!」


 ハニエルが即座に光の盾を呼び出した。


 淡い光が広がり、巨大な光の盾がハニエルとレイコの前へ展開される。


 直後――


 百本の剣が、一斉に襲い掛かった。


 ――ガガガガガガガガガッ!!


 凄まじい勢いで刃が光の盾へ叩きつけられる。


「……っ!」


 ハニエルは杖を握り締め、必死に盾を維持する。


 次から次へと押し寄せる刃に、反撃する余裕すらない。


 一方、エレンは漆黒の翼を大きく広げた。


 床を蹴り、一気に飛翔する。


 それを追うように、何十本もの剣が軌道を変えた。


「くっ……!」


 急上昇。


 直後に急降下。


 さらに空中で身体を捻り、次々と迫る刃を紙一重で躱していく。


 それでも剣は追ってくる。


 どれだけ避けても、振り切れない。


 エレンは迫る刃を見据えながら、偽剣へ魔力を流し込んだ。


 その周囲へ、無数の偽剣が複製される。


「ルビア!」


 エレンが手を振るう。


 無数の偽剣が一斉に飛翔した。


 ルビアへ迫っていた剣と次々にぶつかり合い、弾き飛ばしていく。


 ほんの一瞬、無数の刃が埋め尽くしていた空間に一本の道が開いた。


「ありがとうございます!」


 ルビアが全身へ魔力を巡らせる。


 床を蹴った。


 その姿が一瞬で掻き消える。


 迫る刃を躱し、斬り払いながら、一直線にクロエへ迫る。


「はあぁぁぁっ!」


 全身全霊の一閃。


 刃がクロエの肩口を深く斬り裂いた。


 赤黒い液体が飛び散る。


「…………」


 だが、クロエは微動だにしない。


 裂けた傷口が、ゆっくりと蠢き始めた。


 肉とも金属ともつかない組織が盛り上がり、傷を覆っていく。


「……っ」


 ルビアが目を見開く。


 僅か数秒。


 深く斬り裂いたはずの傷は、何事もなかったかのように完全に塞がっていた。


「ならっ!」


 ハニエルが光の盾を解除する。


 その手に握られていた弓が形を変え、二本の剣へと変形した。


 床を蹴る。


 一気にクロエの懐へ踏み込んだ。


 右。


 左。


 斬り上げ。


 薙ぎ払い。


 淀みのない連撃が、次々とクロエへ襲い掛かる。


 しかし――


 百本の剣が生き物のように動き、ハニエルの斬撃を一本ずつ正確に受け流していく。


「っ……!」


 さらに数本の剣が、同時にハニエルへ襲い掛かった。


 ハニエルは咄嗟に双剣を交差させる。


 ――ガァンッ!


「くっ……!」


 重い。


 先ほどまでのヴァルキュリアとは、比較にならないほどの力。


 受け止めきれず、ハニエルの身体が押し返される。


 床を滑りながら距離を取り、すぐさま体勢を立て直した。


 再び双剣を構え、クロエを見据える。


(近接攻撃なら通る……)


 だが──


(力が、違いすぎます……)


 それ以上、ハニエルは踏み込まなかった。


 エレンも、ルビアも、レイコも、誰も動かない。


 百本の剣は、クロエの周囲でゆっくりと蠢いている。


 その切っ先は四人へ向けられたまま。


 しかし、襲い掛かってはこなかった。


 静寂。


 先ほどまで大広間を埋め尽くしていた激しい金属音が、嘘のように消える。


 エレンは黒い剣を握り直し、ゆっくりと息を整えた。


 ルビアも剣を構えたまま、クロエとの距離を保つ。


 ハニエルは再びレイコの前へ立ち、双剣を構えたまま警戒を続ける。


 レイコだけは、何も言わず、静かにクロエを見つめていた。


 やがて――


 クロエが、ゆっくりと口を開く。


「……モう、オわり?」


 掠れた声。


 先ほどまでの激しい感情とは違う。


 どこか冷めた響きがあった。


「ソんなモのだッたのネ」


 百本の剣が、ゆっくりと揺れる。


「ねエサンも、オまエラも、けっキョく、コのテいど」


 レイコは静かに一歩前へ出た。


 杖は下ろしたまま、戦う構えは取らない。


「……そうね」


 クロエを真っ直ぐ見つめる。


「今のあなたは、とても強い……きっと、私一人では勝てないわ」


「…………」


 クロエは何も答えない。


 赤黒い瞳だけが、レイコを見据えている。


 レイコは小さく息を吐いた。


「でも……」


 その声は穏やかだった。


「私は、勝ち負けの話をしに来たんじゃない」


 僅かに表情を和らげる。


「……クロエ。さっき、あなたは言ったわね。『私のことを何も知らない、何も分かったような口を聞くな』って……その通りよ」


「……?」


 クロエの瞳が僅かに揺れる。


「私は、あなたのことを何も分かっていなかった」


 レイコは否定しない。


「あなたが何を考えていたのか。何が嬉しかったのか。何が嫌だったのか。何が悲しかったのか。ずっと近くにいたのに……私は、何も知らなかった」


 クロエは黙ったまま、レイコを見ている。


「私は、自分が気にしないことは、あなたも気にしないと思っていた。一族からどう評価されるかなんて、私にはどうでもよかった……だから、あなたにとっても同じだと思っていた」


 レイコは僅かに目を伏せる。


「でも……違ったのよね。あなたは、ずっと見てほしかった。認めてほしかった。一族にも……」


 そして──


「……私にも」


「…………」


「なのに私は、それに気付かなかった」


 レイコは再び顔を上げる。


 目の前にいるのは、かつての妹とはあまりにも違う姿。


 それでも、レイコが見ているのは、クロエだった。


「だから、今度は勝手に分かったつもりにはならない。あなたが何を思っているのか。どうしてそう思うようになったのか……あなたの口から聞きたい」


 少しだけ間を置く。


「私は……クロエのことを、ちゃんと知りたいの」


「…………」


 クロエは何も答えなかった。


 ただ、レイコを見つめている。


 その表情からは、何を考えているのか読み取れない。


 やがて、クロエが小さく口を開いた。


「……いマさら?」


「ええ」


 レイコは否定しなかった。


「今さらよ」


「…………」


「もっと早く、そうするべきだった。あなたが何を思っているのか、ちゃんと聞くべきだった」


 レイコは静かに続ける。


「でも、私はしなかった。だから……ごめんなさい」


 短い謝罪だった。


 言い訳はしない。


 取り繕いもしない。


 ただ、その一言だけを口にした。


「…………」


 クロエは何も言わない。


 けれど、胸の奥が小さく痛む。


「……でもね」


 レイコはもう一歩だけ前へ進む。


「一つだけ、間違っていることがある。あなたが何をしたとしても、どんな姿になってしまっても、世界中の誰があなたを否定しても……」


 レイコは迷わず言った。


「あなたは、私の妹よ。それだけは、何があっても変わらない」





 エレンは静かに前へ出た。


「……クロエ。私は、あなたと似ている」


 クロエが僅かに目を細める。


「私も、人間が嫌いだと思っていた。誰とも関わらない方が楽だと思っていた。一人で全部終わらせればいいって、本気で思っていた」


 黒い翼が静かに揺れる。


「でも……違った」


 エレンは後ろを振り返る。


 そこにはルビアがいる。


 レイコがいる。


 ハニエルがいる。


 三人は何も言わず、ただエレンの背中を見守っていた。


 エレンは小さく笑う。


「私は、一人になりたかったんじゃない。一人になるのが怖かっただけ。だから、誰も失いたくなくて……誰とも近付かないようにしていた」


 クロエの瞳が揺れる。


 エレンは真っ直ぐ見据えたまま続ける。


「でも、この人達は……そんな私を、一人にしなかった」


 少し照れくさそうに笑う。


「本当に、優しい人たちよ。だから……友達になれた」


 ルビアが思わず笑う。


 レイコも苦笑する。


 ハニエルも優しく微笑んだ。


「だから今の私は、一人じゃない」





 ルビアは一歩前へ出る。


「私は、難しいことは分かりません」


 そう言って、小さく笑う。


「でも……」


 エレンを見る。


 レイコを見る。


 ハニエルを見る。


「皆さんといる時間が、私は大好きです。だから、皆さんが苦しんでいたら助けます。皆さんが泣いていたら、一緒に泣きます。皆さんが笑っていたら、私も嬉しいです」


 クロエを真っ直ぐ見つめる。


「それだけなんです」





 ハニエルは静かに一歩前へ出た。


「私は……ルビアとも、レイコとも、まだ、一緒に過ごした時間は長くありません」


 穏やかな瞳で二人を見る。


「ですが……エレンが、お二人と出会えて、本当に嬉しそうだった。その姿を見られただけで、私は幸せでした」


 エレンが少し驚いたように振り返る。


「三百年、私は、ずっとエレンに会いたかったんです。だから、一人ではなく、大切な友達と笑っているエレンを見られて……私は、本当に嬉しかった」


 ハニエルは優しく微笑む。


「そして、短い時間ではありましたが、ルビアも、レイコも、私にとって大切な友達になりました」


 クロエを真っ直ぐ見つめる。


「絆は……長い時間だけで生まれるものではありません。人を大切に想う気持ちが、絆になるのだと私は思います」





 クロエは黙っていた。


 赤黒い瞳が、四人を順番に見つめる。


 レイコ。


 エレン。


 ルビア。


 ハニエル。


 誰も離れない。


 誰も疑わない。


 誰も見捨てようとしない。


「……」


 胸の奥が、小さく痛んだ。


 違う。


 こんなのは違う。


 そんなもの、あるはずがない。


 愛は人を傷付ける。


 絆なんて幻想だ。


 そう思ってきた。


 そう信じてきた。


 なのに、目の前の四人は、それを否定するように立っている。


 クロエはゆっくりと口を開いた。


「……イいナ」


 誰にも聞こえないほど小さな声。


「ソんなノ……」


 視線が四人から離せない。


「……ウらヤまシイ」


 その一言が漏れた瞬間、クロエ自身が目を見開いた。


「ッ……!」


 思わず口元を押さえる。


 言ってしまった。


 今まで一度も認めなかった本音を。


「……チがう。そンなモのハ、ワたシニハ……」


 俯く。


 震える声が漏れる。


「モう、おそイ」


 静かに顔を上げる。


 赤黒い瞳には、涙はない。


 あるのは覚悟だけ。


「ワたシは、コノせカいカら、あいヲ……ナくス。ソレガ……ワたシのエらんダこタえ」


 クロエの赤黒い瞳が静かに細められる。


「……モう、ハナすコトハ……ナイ」


 百本の触手剣が、一斉に四人へ向けられた。


 空気が震える。


「来る!」


 エレンの叫びと同時に、百本の剣が嵐のように襲い掛かった。


 黒剣を振るう。


 金属音が大広間へ響く。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 次々と迫る剣を弾き返す。


 しかし、終わらない。


 弾いた先から別の剣が迫る。


(速い……!だけど――)


 エレンは歯を食いしばる。


(やっぱり、私は……クロエを殺したくない)


 脳裏に、先ほどの言葉が蘇る。


『……ウらヤまシイ』


 あれは嘘ではなかった。


 あの一瞬だけ、クロエは確かに救われかけていた。


(まだ間に合う。まだ止められる。殺すんじゃない……助けたい)


 エレンは叫んだ。


「皆!」


 ルビア達が一斉に視線を向ける。


「クロエを止める方法が一つだけある!」


 黒剣でクロエの剣を弾き飛ばす。


「神器を抜く! それしかない!」


 レイコが即座に頷いた。


「分かったわ!私が援護する!」


 レイコの魔法陣が展開される。


 無数の粒子が空間へ溶け込んだ。


 クロエへ触れた瞬間──


 爆炎。


 氷槍。


 雷撃。


 衝撃波。


 様々な現象が次々と発生し、クロエの動きを僅かに乱す。


 傷は再生する。


 それでも、ほんの一瞬だけ動きが止まる。


 ハニエルが双剣を構えた。


「私が、道を開きます」


 静かな声だった。


 光の盾が淡く輝く。


 光の盾には、受け止めた攻撃の力を蓄える能力がある。


 そして、蓄えた力をハニエルの持つ七つ道具、そのいずれかへ上乗せすることができる。


 これまで仲間を守り、幾度となく攻撃を受け止めてきた光の盾。


 そこに蓄えられていた力が、今――双剣へと流れ込んでいく。


 刀身が、眩い光を放った。


 ルビアは静かに深呼吸する。


 握っていた剣を納める。


 代わりに腰の魔導刀へ手を掛けた。


 柄を握る。


 目を閉じる。


 呼吸が止まる。


 ただ一度、その瞬間だけを待つ。


(お願いします)


 エレンは剣を振るい続ける。


 迫る触手剣を斬り払い、受け止め、弾き、仲間へ一本たりとも近付けさせない。


「今です!」


 ハニエルが地面を蹴った。


 一瞬でクロエの懐へ潜り込む。


 光を纏った双剣が交差した。


 鮮血が舞う。


 クロエの両腕が宙を舞った。


「ッ――!」


 クロエが初めて目を見開く。


 だが、切断面から肉と金属が蠢き始める。


 再生が始まった。


「行きます!」


 ルビアが消えた。


 次の瞬間には、クロエの眼前。


 腰を落とす。


 柄を握る手に、力が籠もる。


 待ち続けていたのは――この一瞬。


 魔導刀が、鞘を走った。


 ――一閃。


 刃の軌跡すら残さない、神速の居合。


 空間そのものを断ち切るかのような一閃。


 一拍遅れて。


 クロエの胸元が、大きく裂けた。


届く、そう思った瞬間。


 しかし──


「ムダ」


 クロエが笑う。


「じんギをまモル、サいごノかべは、けんデも、マほうでモ、こわセナい」


 裂けた胸元がゆっくりと閉じ始める。


 ルビアは目を見開いた。


(やっぱり……これでも……!)


 直後、身体から力が抜ける。


 魔導刀を抜いたことで、残されていた魔力は既に全て使い果たしていた。


 魔力流を維持することもできない。


 ルビアは咄嗟に地面を蹴り、後方へ跳び退いた。


 その瞬間、エレンが駆け出した。


「だったら!」


 左腕を振り上げる。


「剣でも! 魔法でもない力ならっ!!」


──悪魔の腕を解き放つ。


 黒い鱗が左腕を覆った。


 その瞬間だった。


「っ……!」


 全身を貫く激痛。


 まるで左腕そのものを焼かれるような痛みに、エレンの表情が大きく歪む。


 聖域が、悪魔の力を拒絶している。


 黒い鱗は現れた端から崩れ落ち、悪魔化は急速に維持できなくなっていく。


(保たない! 一瞬だけ……!)


 エレンは唇を強く噛み締めた。


 激痛に耐えながら、左腕をクロエの胸元に突き出し、見えない壁へ押し込む。


 ――パキッ。


 神器を守る壁に小さな亀裂が走る。


 さらに力を込める。


 悪魔化は限界を迎えようとしていた。


 それでもあと、一瞬だけ。


 亀裂は大きく広がり、神器を守る壁に穴が穿たれる。


 同時に、黒い鱗は砕け散り、悪魔化は完全に解除された。


 エレンはその一瞬の隙を逃さない。


 左腕を穴へ差し込み、神器を掴む。


「――これで!」


 そして、勢いよく神器を引き抜いた。


 瞬間――


 眩い閃光が大広間を包み込んだ。





 神器がクロエの身体から引き抜かれた。


 その瞬間──


 ――ゴォォォォォォッ!!


 凄まじい衝撃波が大広間を駆け抜ける。


「きゃっ!」


 ルビア達が腕で顔を庇う。


 猛烈な暴風が床を抉り、瓦礫を巻き上げた。


 エレンの身体も後方へ吹き飛ばされる。


「っ……!」


 神器は左手から離れ、宙を舞う。


 何度も床へ跳ねながら、大広間の奥へ転がっていった。


 エレンは背中から床へ叩きつけられる。


「……ぁ」


 荒い呼吸。


 左腕へ鈍い痛みが広がる。


 動かそうとする。


「……」


 動かない。


 指先すら、ぴくりとも動かなかった。


 聖域で悪魔の力を解き放った代償。


 左腕は完全に沈黙していた。


「エレンさん!」


 ルビアが真っ先に駆け寄る。


 続いてレイコとハニエルも駆け寄った。


「大丈夫ですか!」


「左腕が……」


 エレンは動かない左腕を見つめ、小さく息を吐く。


「……大丈夫。神器は、抜けた」


 三人が安堵した、その時だった。


 カタリ。


 小さな音が響く。


 四人が同時に振り向く。


 そこには、胸から神器を失い、全身を焼かれ始めたクロエがいた。


 皮膚は少しずつ灰となって崩れ落ちていく。


 それでも、クロエは震える腕を前へ伸ばした。


 視線の先には、床へ転がった神器。


「……ぁ」


 指先が床を掴む。


 身体を引きずる。


 一歩。


 また一歩。


 燃えながら、崩れながら。


 それでも、神器だけを見つめて、這い続けた。


 クロエは震える指先をゆっくりと伸ばした。


 床へ転がった神器へ。


 ようやく指先が触れる。


 掴もうとする。


 だが、その指にはほとんど力が入らない。


「……っ」


 それでも、残された力を振り絞り、震える指を神器へ絡ませる。


 ゆっくりと、クロエは神器を、その手に掴んだ。


「クロエ!」


 レイコが駆け寄ろうとする。


「……来ないで」


 小さな声。


 しかし、その一言でレイコの足は止まった。


 クロエは苦しそうに息を吐く。


 炎が、クロエの身体を焼いていく。


「クロエ……!」


 レイコは咄嗟に杖を向けた。


 魔法陣が展開される。


 炎を消すため、水を生み出そうとした――その瞬間、魔法陣が崩れた。


「……え?」


 術式がほどけ、魔素となって空気へ散っていく。


 レイコは目を見開いた。


 見間違えるはずがない。


 ヴァルキュリアが、何度も自分達の魔法を消してきた現象。


「クロエ……あなた……」


 炎の向こうで、クロエの赤黒い瞳が微かに光っていた。


 ヴァルキュリアの力は、まだ完全には失われていなかった。


 ほんの僅かに残された魔法分解の力。


 クロエはそれを使って、レイコの魔法を自ら消した。


「……いらない」


 掠れた声が漏れる。


「……姉さん。私……間違ってたのかな……」


 一度、大きく咳き込む。


「姉さんの……家族が殺された時……あの時の私は……姉さんも、奪われる側の気持ちが……少しは分かった、なんて……思ってた」


 呼吸が乱れる。


 言葉を紡ぐだけでも苦しそうだった。


「でも……」


 レイコは静かに首を横へ振る。


「……もう、いいのよ。あなたは間違ってはいない」


 一歩だけ前へ出る。


「でも……正しくもなかった」


 その言葉と同時に、炎が一段と大きく燃え上がる。


 クロエは小さく目を閉じた。


「……そう」


 誰も動かなかった。


 エレンも、ルビアも、ハニエルも、ただ、静かに見守っていた。


 クロエはゆっくりと四人へ視線を向ける。


 エレン。


 ルビア。


 ハニエル。


 そして最後に──姉、レイコ。


(……もし、私も、あそこに居られたら)


 ふっと、小さく笑う。


 幼い頃から比べられ続けた。


 何をしても姉には敵わなかった。


 その劣等感だけが、自分を支配していた。


(もし……最初から比べられていなかったら)


 一瞬だけ浮かんだ思いを、クロエは静かに打ち消すように首を横へ振った。


(そんなことを考えても、もう遅い)


「私は……負けたわけじゃない。でも正直──あんた達が……羨ましい」


 一度だけ息を吸う。


「でも……」


 炎がクロエの身体を完全に包み込む。


 クロエは神器を強く握り締めた。


「これは……誰にも渡さない」


 燃え盛る炎の向こうに、レイコが見えた。


 今まで見たことがないほど、悲しそうな顔をしていた。


「……姉さん」


「なに……?」


「一つだけ……言ってなかったことがある」


 クロエは苦しそうに息を吐く。


「姉さんの夫と娘を殺した犯人……」


 レイコの瞳が見開かれる。


「……私が殺した」


「……クロエ?」


 驚いた表情をする姉の顔を見て、炎の中でクロエの口元が、ほんの僅かに緩んだ。


(……ようやく)


 一度も勝てなかった姉を見つめる。


(姉さんから……一本取れた)


 クロエは静かに目を閉じる。


 炎はやがて、その姿を完全に飲み込んだ。


 そして、炎が消えた時。


 そこに残っていたのは、黒く焼け焦げた跡だけだった。

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