第二十五話 その時の為に
天界。
天国には今日も無数の魂が集まっていた。
戦火に巻き込まれ命を落とした者。
天使達に斬られた者。
愛する家族を守ろうとして命を散らした者。
その誰もが静かに長い列へ並んでいる。
転生の順番を待つためだ。
列の先には、新たな人生へと旅立つ門がある。
本来なら、それだけの場所。安らぎと希望を与える場所だった。
だが、その列を、高い場所から静かに見下ろす一人の男がいた。
クラディウス。
その瞳に映るのは、哀れみでも慈悲でもない。
ただ、愉悦。
「ふふ……」
小さく笑みが漏れる。
「実に素晴らしい」
列はいつもより長い。
今日だけで何千、何万という魂が天国へ辿り着いていた。
クラディウスは満足そうに頷く。
「よく集まってくれた。今日は豊作だ」
静かに列を眺める。
一人一人。
魂の輝き。
生前の記憶。
積み重ねてきた人生。
その全てを見定めるように目を細めた。
「さて……今日はどれを頂こうか」
まるで果実を選ぶように。
あるいは極上の料理を選ぶように。
クラディウスはゆっくりと列を歩き始める。
何も知らない魂達は、自分の順番を静かに待ち続けていた。
「今回の働きは見事だった」
クラディウスは小さく笑う。
「ルシファー。ラファエル。ペリエル。ウリエル。何か褒美を与えねばなるまい」
そして、少しだけ笑みを深くした。
「エレンまで連れて来てくれれば、なお良かったが……」
それでも十分だ。
今日だけでも、極上の魂が数多く集まっている。
クラディウスは満足そうに頷き、一つの魂へゆっくりと手を伸ばした。
「さて、いただくとしよう」
◆
爆煙の中から、青黒い影が姿を現す。
六枚の翼を広げたルシファーは、何も語らぬまま聖剣を構えた。
次の瞬間、二人の姿が掻き消える。
甲高い金属音だけが空へ響いた。エレンの黒い剣と聖剣がぶつかる。
押し負ける前に鍔迫り合いを解き、身を翻す。
その瞬間、左手の剣が伸びた。
「っ!」
翼を捻り、紙一重で躱す。
伸びた刃はエレンの頬を掠め、そのまま虚空を切り裂いた。
距離を取る暇はない。
ルシファーは既に眼前にいた。
聖剣が閃く。
エレンも黒い剣を振るう。
互いの刃が触れ合う寸前、二人は同時に軌道を変えた。
エレンは聖剣を受ければ終わる。
ルシファーは瘴気の剣を受けたら終わる。
だからこそ、お互いに一撃が届かない。
静寂すら感じるほど、研ぎ澄まされた攻防だけが続いていく。
「エレン!」
ハニエルが二人へ向かって飛ぶ。
だが、その距離は縮まらない。
速すぎる。追いつけない。
「……」
ハニエルは追うことをやめた。
双剣を重ねる。
二本の剣が一つの弓へと姿を変えた。
光が集まり、一本の矢を形作る。
ハニエルの視線は、ルシファーだけを見てはいない。
聖剣。
左手の剣。
翼の傾き。
身体の向き。
僅かな重心の移動。
観察を積み重ねることにより、次の一手を組み立てていく。
(そこです)
光の矢が放たれた。
直後、エレンを追っていたルシファーが、まさにその空間へ現れる。
聖剣が光の矢を弾いた。
光が空へ散る。
その一瞬、エレンが黒い剣を振り抜く。
ルシファーは半歩だけ身を逸らした。
瘴気の刃が青黒い胸元のすぐ前を通り過ぎる。
再び距離が開く。
「ラファエルは堕ちたか」
ルシファーが静かに口を開く。
「……はい」
ハニエルは弓を引いたまま答える。
「そうか」
それだけだった。
感情はない。怒りもない。ただ事実を受け入れたように呟く。
再び、ルシファーが消える。
エレンも同時に動いた。
空で何度も剣戟が交差する。
ハニエルは追わない。
追えないからではない。追う必要がないからだ。
視線は剣を捉える。
翼を捉える。
身体の僅かな動きを捉える。
(次は右)
矢が放たれる。
ルシファーは進路を変える。
(次は上)
二射目。
再び進路が変わる。
ほんの僅か。
その僅かな遅れだけで十分だった。
エレンが懐へ踏み込む。
黒い剣が閃く。
ルシファーは左手の剣を伸ばし、エレンを下がらせる。
攻め切れない。
だが、ルシファーもまた踏み込み切れない。
エレンの瘴気の剣。
ハニエルの光の矢。
その二つは、ルシファーにとっても確かな脅威だった。
空には、いつの間にか薄い雲が流れ始めていた。
「……二対一か」
ルシファーは事実を確かめるように呟き、六枚の翼を広げた。
その周囲に無数の魔法陣が浮かび、炎、氷、光、風が一斉に放たれる。空を埋め尽くし、逃げ道そのものを消し去るような密度だった。
エレンが片手を掲げると、周囲に複数の銃火器が創り出された。突撃銃、機関銃、多弾頭誘導弾が同時に火を噴き、無数の弾丸が迫る魔法と空中で激突する。
炎が弾け、氷が砕け、光と風が爆ぜた。
それでも弾幕を抜けた魔法が二人へ迫る。
エレンは身を翻してかわし、そのままルシファーへ斬り込んだ。瘴気を纏った剣を、ルシファーは聖剣で受け止める。触れた瞬間に瘴気が削り取られていくが、エレンは横薙ぎ、切り上げ、突きと攻撃を繋げた。
ルシファーはすべてを聖剣で捌きながら、左手から伸びる剣でエレンを狙う。エレンがその切っ先を避けた瞬間、斜め後方から光の矢が飛来した。
狙いは翼の付け根。
ルシファーは振り向かずに矢を斬り払う。
その一瞬の遅れを逃さず、エレンが剣を振り下ろした。だが、聖剣はそれすらも受け止める。
激突の衝撃が空を走り、エレンは弾かれるように距離を取った。
同時に、ハニエルが二本の矢を続けて放つ。
どちらも寸分違わず同じ場所を射抜いていた。
一射目を斬り払った直後、そのまったく同じ位置へ二射目が届く。ルシファーが再び聖剣を振るった隙に、エレンが横から迫った。
左手の剣が伸びる。
エレンはその軌道を読んで身を沈め、下から剣を振り上げた。だが、やはり聖剣が間に入る。
瘴気の刃は、ルシファーへ届かない。
聖剣が振り抜かれ、エレンは即座に後退した。ハニエルも同時に距離を取り、三人の間に大きな間合いが生まれる。
ルシファーは追わず、聖剣を構えたまま二人を見据えていた。
エレンの隣へ並んだハニエルは、視線を外さぬまま小さく尋ねる。
「……何か考えが?」
「ええ」
それだけで、ハニエルは頷いた。
「……わかりました。時間を稼ぎます」
弓が光の粒子となって消え、その手の中へ新たな光が集まる。
細長く伸びた光は、一本の槍へと形を変えた。
次の瞬間、ハニエルは翼を広げ、ルシファーへ向かって一直線に飛び込んだ。
光の槍が一直線に突き出される。
ルシファーは聖剣でそれを受け止めた。
甲高い音が響き、ハニエルは弾かれる。だが、翼で姿勢を立て直すと間髪入れずに再び踏み込み、左手から伸びる剣を紙一重でかわしながら槍を繰り出した。
速さで避けたのではない。
肩の動き。
腕の角度。
翼の傾き。
それまでの戦闘で積み重ねた情報から、攻撃の軌道を読み切っていた。
突き、薙ぎ払い、切り上げ。
連続する槍撃をルシファーは聖剣で捌き続ける。
だが、一撃、また一撃と重ねるたび、槍に宿る光は強さを増していく。
最初は容易く弾いていた槍が、次第に重い衝撃となって聖剣へ伝わり始めた。
ルシファーの左手の剣が伸びる。
ハニエルは半歩だけ身をずらしたが、刃は脇腹を浅く裂き、青い血が空へ散る。
それでも彼女は止まらない。
傷を意に介さず槍を振るい続け、その威力はなお増していく。
その背後に、複数の銃口が現れた。
エレンが創り出した銃火器。
放たれた弾頭は瘴気を纏い、異なる角度から一斉にルシファーへ襲い掛かる。
一発たりとも受けることはできないルシファーは即座に聖剣を返し、迫る弾頭を次々と切り払った。
その僅かな隙へ、ハニエルが再び踏み込む。
光の槍が胸元を狙う。
左手の剣で軌道を逸らす。
そこへ横から瘴気弾が飛ぶ。
聖剣が閃く。
さらに槍。
さらに弾頭。
攻撃は途切れることなく続き、ルシファーは聖剣と左手の剣を駆使して、そのすべてを捌き続けた。
しかし、戦いが長引くほど槍の威力は増していく。
ついには左手の剣で受けた一撃が、その腕を僅かに弾き返した。
直後、瘴気を纏った弾頭が死角から迫る。
ルシファーは聖剣でそれを斬り払うが、その瞬間にはハニエルの槍が目前まで迫っていた。
聖剣が受け止める。
轟音とともに衝撃が空へ広がる。
ハニエルの肩へ浅い傷が走り、青い血が滲む。
それでも槍は止まらない。
振るうたびに強くなり、エレンの弾頭もまた休むことなくルシファーを追い続ける。
聖剣は瘴気を消し去り、光の槍を弾き返す。
二人の攻撃は確実にルシファーを追い詰めていた。
だが、そのすべてを防ぎ切る聖剣は、なお揺るがない。
ルシファーは静かに二人を見据え、小さく呟いた。
「……厄介だな」
エレンは歯を食いしばる。
(このままじゃ……)
二人掛かり。
それでもルシファーを崩せない。
聖剣は瘴気を退け、光の槍すら受け止める。
攻撃を重ねるほど威力を増すハニエルの槍も、エレンの瘴気を纏った弾頭も、一撃たりとも届かない。
ルシファーは二振りの剣を振るい続ける。
一切の無駄がない。
一切の隙がない。
その剣は二人を寄せ付けることすら許さず、攻め込むたびに押し返されていく。
その時だった。
ポツッ。
エレンの頬に、一滴の雫が落ちる。
――雨。
エレンだけが、その小さな変化に気付いた。
視線を空へ向ける。
先程まで青く澄み渡っていた空。その一角に、小さな灰色の雲が静かに広がり始めていた。
エレンは小さく息を吐く。
(……来た)
ポツッ。
一滴だった雨は、やがて二滴、三滴と数を増やしていく。
灰色の雲は静かに空を覆い始め、青空は少しずつその姿を隠していった。
冷たい雨粒が、エレンの頬を濡らす。
黒い翼にも。
ハニエルの白い翼にも。
そして、ルシファーの身体にも。
ルシファーは二振りの剣を振るいながら、僅かに空を見上げた。
「……雨か」
低く呟く。
やがて雨脚は強まり、灰色の雲は空一面へと広がっていく。
昼間とは思えないほど辺りは薄暗くなり、降り注ぐ雨が三人の身体を打ち続けた。
ルシファーは静かに聖剣を構え直す。
「見よ」
その声は、どこまでも冷静だった。
「空すら、クラディウス様の怒りに呼応している」
降り続く雨を見上げながら、ルシファーは静かに告げる。
「反逆者を裁くには、相応しい舞台だ」
エレンは何も答えない。
ただ小さく息を吐き、空を見上げる。
(……あと少し)
雨はさらに激しさを増していく。
ゴロ……
遠くで、小さな雷鳴が響いた。
ハニエルが思わず空を見上げる。
「雷……」
ルシファーも僅かに視線を向けるが、すぐにエレンへ戻した。
「天すら、我らに味方している」
そう言い放つと、二振りの剣が再び唸りを上げる。
「っ!」
エレンは黒い剣で受け流す。
だが受けた瞬間、左手の剣が伸びて退路を塞ぎ、さらに聖剣が間髪入れずに襲い掛かる。
回避しても、また伸びる剣。
受ければ、すぐに聖剣。
終わることのない猛攻に、エレンもハニエルも防戦一方となる。
一歩攻めれば、一歩押し返される。
ルシファーは歩みを止めない。
一歩、また一歩と二人との距離を詰めていく。
雨は激しく降り続ける。
ゴロゴロ……
先程よりも近くで雷鳴が響く。
エレンは攻撃を受け流しながら、静かに空を見上げた。
厚い雨雲は、すでに空を覆い尽くしている。
その口元が、ほんの僅かに緩んだ。
「……ようやく」
ルシファーの聖剣を受け流しながら、エレンは静かに右手を空へ掲げる。
「完成」
――ゴォォォォォンッ!!
轟音が空を震わせた。
眩い雷光が雲を裂き、一直線にルシファーへと落ちる。
「――っ!」
咄嗟に身を引く。
しかし、雷は容赦なくその身を貫いた。
激しい閃光。
耳をつんざく轟音。
白い稲妻がルシファーを呑み込み、衝撃が周囲へと弾け飛ぶ。
やがて光が消える。
ルシファーはなお空中に立っていた。
全身から白い煙を上げながらも、その瞳はエレンを真っ直ぐ見据えている。
「……運が良かったな」
静かな声だった。
「まさか、この瞬間に雷が落ちるとは」
右腕に残る痺れを確かめながら、小さく息を吐く。
「だが、その幸運もここまでだ」
六枚の翼が大きく広がる。
「これ以上戦う意味はない。一度退く」
その瞬間。
(逃さない)
エレンの瞳が鋭く細められる。
ルシファーの左右の空間に、二つの弾頭を放つ銃火器が創造され、展開された。
「行け」
次の瞬間、左右から瘴気を纏った巨大な弾頭が同時に放たれる。
ルシファーは即座に迎え撃つ。
右の剣で右側を。
左の剣で左側を。
二方向から迫る弾頭を、それぞれ迎撃しようと剣を振るう。
その刹那だった。
「今です!」
ハニエルの放った一矢が雨を切り裂く。
光の矢はルシファーの肩を掠め、その身に遅鈍化の力を刻み込んだ。
「……っ!」
一瞬だけ、身体が重くなる。
剣速がわずかに鈍る。
左右の弾頭へ意識を向けた、その一瞬。
エレンは静かに右手を空へ掲げた。
「――落ちろ」
雲の奥が黒く輝く。
先ほどとは違う。
白銀の雷光に、瘴気が絡みついていた。
ルシファーは反射的に空を見上げる。
(避ける)
そう判断した。
だが、一撃目の雷で残った痺れ。
そして、ハニエルの遅鈍化の光の矢。
二つの拘束が、その判断を僅かに遅らせた。
「しまっ――」
黒き雷が天を裂く。
轟音とともに、瘴気を纏った雷は聖剣を握る右腕へと一直線に落ちた。
激しい閃光が辺りを包み込む。
轟音が大地を震わせる。
瘴気を纏った黒き雷は、ルシファーの右腕へと直撃した。
「ぐっ……!」
雷撃が肉を焼き、骨を震わせる。
その衝撃は右腕を駆け抜け、握られた聖剣へと流れ込んだ。
――パキッ。
小さな音だった。
ルシファーの金色の瞳がわずかに揺れる。
「……?」
聖剣の刀身に、一本の黒い亀裂が走っていた。
あり得ない。
傷一つ付くことのなかった聖剣。
クラディウスより授かった、絶対の剣。
その刃に、確かに亀裂が刻まれている。
「……まさか」
次の瞬間だった。
パキッ。
パキパキパキッ――!!
亀裂は一気に刀身全体へと広がっていく。
そして。
――ガァァァンッ!!
激しい破砕音とともに、聖剣は無数の光となって砕け散った。
雨空に煌めく破片が舞う。
その光景を、ルシファーは静かに見つめていた。
右手には、柄だけが残されている。
「……聖剣が」
その声には、初めて隠し切れない動揺が滲んでいた。
エレンは黒い剣を構える。
「今だ!」
左右の瘴気の弾頭が再びルシファーへ襲い掛かる。
ハニエルも間髪入れずに矢を放つ。
だがルシファーは即座に意識を切り替えた。
残された左の剣だけで攻撃を受け流し、大きく距離を取る。
六枚の翼が力強く羽ばたいた。
エレンが追おうとした、その瞬間、ルシファーは静かに口を開く。
「……目的は果たせなかった」
砕けた聖剣へ一度だけ視線を落とす。
「だが、これ以上の戦闘は無意味だ」
その瞳は、すでに次を見据えていた。
「この借りは、必ず返す」
そう告げると同時に、翼を大きく広げる。
爆風が吹き荒れ、雨粒が四方へと弾け飛ぶ。
「待て!」
エレンは瘴気の弾頭を放つ。
ハニエルも光の矢を重ねる。
しかしルシファーは左の剣だけでその全てを弾き、さらに高度を上げる。
やがて黒い影は雨雲の向こうへ消えていった。
激しい雨だけが、その場に降り続いていた。
ルシファーが雨雲の彼方へ姿を消す。
それを見届けた天使達は、互いに顔を見合わせる。
「ルシファー様が退かれるぞ!」
「全軍、撤退!」
号令が響く。
街の各所に残っていた天使達は次々と戦いを止め、白い翼を羽ばたかせながら空へと飛び立っていく。
激戦の末に包まれていた街は、ようやく静寂を取り戻し始めていた。
◆
張り詰めていた緊張が解けた瞬間だった。
「ふぅ……」
エレンは大きく息を吐く。
その途端、全身から力が抜ける。
黒い翼がふらりと揺らぎ、エレンの身体は支えを失ったようにゆっくりと落下し始めた。
「エレン!」
ハニエルは慌てて飛び出し、その身体を抱き留める。
「大丈夫ですか!」
「……なんとか」
苦笑いを浮かべながら答える。
だが、その顔色は決して良くなかった。
全身の傷。
聖気によって受けた傷の痛み。
そして、天候を創造するために消耗した膨大な精神力。
立っていることすら、やっとだった。
「その顔では、とてもそうは見えません」
ハニエルは困ったように微笑みながら、エレンの身体をしっかりと支えた。
しばらくの間、二人は雨音だけを聞いていた。
やがてハニエルが、小さく口を開く。
「……これから、どうするんですか?」
エレンは少しだけ考え、優しく微笑んだ。
「友達のところへ行く」
「友達……?」
ハニエルは不思議そうに首を傾げる。
エレンはどこか照れくさそうに笑った。
「人間界へ戻ってからね……二人、友達が出来たの」
「……!」
ハニエルは目を見開く。
「エレンに……友達が」
その一言を、まるで宝物を確かめるように静かに呟く。
やがて、その表情は自然と綻んでいった。
「良かった……」
その笑顔には、心からの安堵が滲んでいた。
三百年前。
友達が欲しいと願い続けていたエレン。
その願いを、ハニエルは誰よりも知っている。
だからこそ、その一言が何より嬉しかった。
エレンはそんなハニエルを見つめ、小さく笑う。
「あとで、紹介するね。二人とも、本当に優しい人なんだ」
ハニエルは何度も頷く。
「はい。お会い出来るのを、楽しみにしています」
その言葉を聞き、エレンも嬉しそうに笑った。
「きっとハニエルとも仲良くなれるよ」
「そうだと嬉しいです」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべる。
三百年という長い時を経ても、その空気は何も変わっていなかった。
ふと、エレンは街の方へ視線を向ける。
そこでは、自分が創造した魔獣達が静かに佇み、主であるエレンを見つめていた。
エレンは優しく微笑む。
「ありがとう。もう大丈夫」
エレンの言葉を聞いた魔獣達は、小さく頷くように頭を垂れる。
次の瞬間、魔獣達の足元へ黒い魔法陣が浮かび上がる。
ゆっくりと身体が沈み込むように魔法陣へ呑まれていき、一体、また一体と地獄へ帰っていく。
最後の一体が姿を消すと、黒い魔法陣も静かに消え去った。
雨は少しずつ弱まり始めている。
厚い雲の切れ間から、一筋の光が静かに街へ差し込んだ。
エレンはゆっくりと翼を広げる。
「行こう、ハニエル」
「はい、エレン」
三百年ぶりに再び肩を並べた二人は、崩れた街並みを越え、仲間達の待つ場所へ向かって静かに飛び立った。




