第二十六話 束の間の休息
街に響いていた剣戟は、いつしか止んでいた。
空を埋め尽くしていた天使達も次々と翼を翻し、天へと帰っていく。
その光景を見届けると、レイコは張り詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「……終わったみたいね」
「レイコさん!」
聞き慣れた声に振り返る。
そこにはルビアが駆け寄って来ていた。
「ご無事だったんですね!」
「ええ」
レイコは優しく微笑む。
「ルビアちゃんも無事で安心し……」
そう言いかけたレイコの表情が、ふと変わる。
「……って、ちょっと!」
ルビアの身体を見回し、思わず目を見開いた。
「どうしたの、その怪我!?」
服は裂け、腕や頬には無数の切り傷が走り、乾いた血があちこちにこびり付いている。
「え? あっ、大丈夫です!」
ルビアは慌てて笑ってみせる。
「大丈夫じゃないわ」
レイコは少し呆れたように息をつくと、そっとルビアの肩へ手を添えた。
「じっとしていて」
柔らかな光がルビアの身体を包み込む。傷口はみるみる塞がり、血に染まっていた肌も元の綺麗な肌へと戻っていく。
「はい、これでよし」
ルビアは自分の腕を見つめ、ぱちぱちと瞬きをした。
「ありがとうございます、レイコさん!」
「無茶をするのはエレンちゃんだけで十分よ」
苦笑しながらそう言うレイコに、ルビアは少し照れくさそうに笑った。
「私は大丈夫です! それより……エレンさんは?」
レイコは少し離れた場所へ視線を向ける。
「あそこよ」
ルビアもその先へ目を向けた。
崩れた街並みの中。
黒い翼を畳み、その場に腰を下ろしているエレンの姿が見える。
その隣には、一人の少女が静かに寄り添っていた。
「……あの人は?」
ルビアが思わず呟く。
レイコもその姿をじっと見つめ、小さく目を細めた。
「敵ではなさそうね」
その言葉にルビアも小さく頷く。
「行きましょう」
「はい!」
二人は崩れた石畳を踏み締めながら、エレンの元へ歩き始めた。
道中には、崩れた建物や砕けた石壁が無残な姿を晒している。
怪我人の手当てをする者。
瓦礫を片付け始める者。
街は深い傷を負いながらも、少しずつ日常を取り戻そうとしていた。
ふと空を見上げる。
先程まで街を覆っていた雨雲は、いつの間にか姿を消していた。
そこには、どこまでも澄み渡る青空が広がっている。
レイコはその空を見つめ、小さく微笑んだ。
「……本当に、凄い子ね」
誰に聞かせるでもない呟きだった。
その意味を理解したルビアは、嬉しそうに頷く。
「はい! 私も、そう思います!」
二人はそのまま歩みを進め、エレン達の元へ辿り着いた。
「あ、レイコ、ルビア」
二人に気付いたエレンが、小さく笑みを浮かべる。
その顔を見たルビアは、ようやく肩の力を抜いた。
「エレンさん……本当に無事で良かったです」
「うん……なんとかね」
少し照れくさそうに笑うエレン。
その隣では、一人の少女が静かに立ち上がった。
エレンはその少女へ視線を向ける。
「あ、紹介するね」
まずはルビアを見る。
「ルビア。私に『友達』を教えてくれた……大切な友達」
ルビアは照れくさそうに頬を掻いた。
続いてレイコへ視線を向ける。
「レイコ。私に、大切なことを気付かせてくれた……大切な友達」
レイコも少しだけ照れたように笑う。
そして今度はハニエルへ微笑みかけた。
「それで、この娘がハニエル。三百年前、天国で出会った……私の大切な友達」
一瞬だけ静かな空気が流れる。
ハニエルは一歩前へ出ると、柔らかな笑みを浮かべながら丁寧に一礼した。
「初めまして。ハニエルと申します。エレンには三百年前、とてもお世話になりました。これから、よろしくお願いいたします」
その丁寧な挨拶に、ルビアは慌てて頭を下げる。
「こちらこそ!ルビアです!よろしくお願いします!」
その様子にレイコは小さく笑みを零した。
「私はレイコよ。よろしくね、ハニエルさん」
ハニエルも穏やかに微笑み返す。
「はい。よろしくお願いいたします」
◆
穏やかな空気が流れる。
先程まで命を懸けた戦いが繰り広げられていたとは思えないほど、静かな時間だった。
ルビアはハニエルを見つめ、嬉しそうに笑う。
「エレンさんのお友達だったんですね」
ハニエルは柔らかく微笑み、小さく頷いた。
「はい三百年前、天国でエレンと出会いました」
その言葉に、ルビアは目を輝かせる。
「そうだったんですね! エレンさんが、また大切なお友達と会えて本当に良かったです!」
その真っ直ぐな笑顔に、エレンは少し照れくさそうに笑った。
「……ありがとう」
その様子を見つめるハニエルも、どこか嬉しそうに微笑む。
三百年前。
友達が欲しいと願い続けていたエレン。
その願いが叶い、自分以外にも大切な友達ができた。
それが、何より嬉しかった。
レイコはそんな三人の様子を見て、小さく微笑む。
「ふふっ。何だか安心したわ。エレンちゃんの周りには、本当に優しい人ばかり集まるのね」
その言葉に、エレンは苦笑いを浮かべた。
「私もそう思う」
四人の間に、小さな笑いが広がる。
しばらく穏やかな時間が流れた後、レイコは表情を少しだけ引き締めた。
「……でも、聞きたいことがあるの」
その視線がエレンへ向く。
「エレンちゃん、少しだけ、話を聞いてもいいかしら?」
エレンは静かに頷いた。
「うん。私に答えられることなら」
レイコは静かに口を開く。
「まず、一番気になっていることから聞かせて」
エレンは頷く。
「うん」
「今回、どうして天使達はこの街を襲ったの? エレンちゃんを狙うだけなら、こんな街ごと巻き込む必要はなかったはずよ」
ルビアも真剣な表情で頷く。
「私も、それが気になっていました」
エレンは少し考え込む。
「……正直、私にも分からない。天使側の考えは、私よりハニエルの方が詳しいと思う」
三人の視線がハニエルへ集まる。ハニエルは静かに頷き、ゆっくりと口を開いた。
「おそらくですが……目的は二つあったのだと思います」
その一言で、場の空気が引き締まる。
「一つ目は、エレンの戦力を確認することです。クラディウスにとって、三百年後のエレンがどれほど強くなっているのかは未知数だったはずです。だからこそ、この街へ天使達を送り込み、実際に戦わせたのでしょう」
レイコは腕を組み、小さく頷く。
「なるほど……」
ハニエルは続ける。
「そして、もう一つ。もし可能であれば、エレンを天国へ連れ戻すこと」
エレンは苦笑した。
「……失敗したけどね」
ハニエルも小さく笑みを浮かべる。
「はい。ですが、それだけでは終わりません。 今回の襲撃では、多くの人が命を落としました。 その魂の大半は、すべて天国へ送られます」
一瞬、沈黙が流れる。
ルビアはゆっくりと拳を握り締めた。
「……だから街まで」
「はい」
ハニエルは静かに頷く。
「エレンを捕らえられれば最善。 捕らえられなくても、人々の魂は天国へ集まる。クラディウスにとっては、どちらに転んでも利益のある作戦だったのでしょう」
レイコは深く息を吐く。
「本当に……迷惑極まりない話ね」
誰も、その言葉を否定しなかった。
しばらく考え込んでいたレイコが、小さく息を吐いた。
「もう一つだけ。これは純粋に、私個人の興味なんだけど……」
エレンは苦笑する。
「レイコらしいね」
「否定はしないわ」
レイコも笑みを返した。
「空で使っていた、あの大量の銃火器。あれは一体何なの?」
エレンは静かに頷く。
「創ったの」
「……創った?」
「うん。シルヴィアから、エリザベードと似たようなことが出来るって聞いていてね」
「……え?」
それまで黙って話を聞いていたハニエルが、突然目を見開いた。
「今……シルヴィア様と、エリザベード様と仰いましたか?」
エレンは不思議そうに頷く。
「うん。どうかした?」
ハニエルは言葉を失う。
「ご無事……だったのですか……」
震えるような声だった。
エレンはそこで初めて気付く。
「あ、そうか。ハニエルは知らなかったんだ」
少し申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、普通に話しちゃった」
ハニエルはまだ驚きが収まらない様子で、小さく頷いた。
「はい……」
エレンは続ける。
「それでね。シルヴィアとエリザベード、それと終焉神アウローラ様とも友達になったの」
一瞬、時が止まる。
「……え?」
ハニエルは固まった。
「終焉神アウローラ様とも……ですか?」
エレンは何でもないことのように頷く。
「うん。みんな、本当に優しかったよ」
ハニエルは思わず口元へ手を当てる。
しばらく言葉が出なかった。
そんなハニエルの様子を見て、エレンは困ったように笑う。
「本当に、ごめんね。びっくりさせちゃった」
ハニエルは我に返ると、小さく首を振った。
「い、いえ……少し驚いただけです」
そう答えながらも、その表情には驚きが色濃く残っている。
エレンは苦笑しながら、話を戻した。
「……だから試しに、剣や銃を創ってみたら……出来たの」
ルビアは目を丸くする。
「創るって……」
エレンは苦笑いを浮かべる。
「魔法も創れるし、私も最初は驚いたよ。でも、出来ちゃったから」
レイコは腕を組み、静かに考え込む。
「……つまり、その力は、武器や魔法だけじゃない」
独り言のように呟きながら、先程の戦いを頭の中で思い返す。
大量の銃火器。
莫大な数の魔法。
そして――。
突然現れた雨雲。
激しく降り始めた雨。
空を裂いた雷。
そこまで思い至った瞬間、レイコはゆっくりと顔を上げた。
信じられない。
そんなことが出来るはずがない。
だが、もし本当に”創造”なのだとしたら。
「……まさか、天候も?」
エレンは少しだけ驚いたように目を瞬かせる。
「……気付いたんだ」
レイコは苦笑いを浮かべる。
「確証はなかったわ。でも、そう考えれば全部繋がるもの」
エレンは静かに頷いた。
「うん。あの雨雲も、雷も、全部私が創った」
一瞬、その場に静寂が流れる。
ルビアは思わず空を見上げる。
「でも……そんなことまで出来るんですか?」
エレンは少しだけ考え、静かに答えた。
「知識はある。天候の仕組みも知っているし、構造もわかる。だから、試してみたの。そしたら……出来た」
レイコは空を見上げ、小さく息を吐く。
「本当に……あなたって子は、どこまで規格外なの」
◆
レイコは静かに口を開く。
「そういえば、その力って、どこから来ているの?普通なら、あれだけ力を使えば限界が来てもおかしくないはずよ」
エレンは頷く。
「神器・偽のおかげ。シルヴィアとエリザベードに造ってもらったの」
ルビアとレイコは顔を見合わせ、小さく頷く。
「ああ、前に話していた神器ね」
一方、ハニエルは聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「あの……神器とは、何なのですか?」
「あ、そっか。ハニエルは知らないんだね」
エレンは少し考えてから口を開く。
「簡単に言うと、永続的に莫大な力を供給し続ける装置だよ。持っているだけで、膨大な力を使い続けられるの。クラディウスも持ってるわ」
ハニエルは驚いたように目を見開く。
「そんなものが……」
「うん。それで、私が使ってるのはその模造品……なんだけど」
エレンは少しだけ笑う。
「シルヴィアとエリザベードが、私のために創ってくれたの。だから、神器・偽」
「なるほど……そういうものだったのですね」
ハニエルは納得したように頷いた。
ルビアはそんな二人を見比べ、思わず苦笑した。
「今日は、本当に驚いてばかりですね」
「私もよ」
レイコも肩を竦めながら笑う。
「もう何を聞いても驚かないと思っていたけれど……まだまだ甘かったみたい」
その言葉に、四人の間へ小さな笑いが広がった。
やがてレイコは辺りを見回し、静かに口を開く。
「さて、話の続きは、場所を変えましょうか」
崩れた街並みへ視線を向ける。
「ここでゆっくり話せる状況じゃないもの」
エレンも頷く。
「そうだね」
レイコは三人へ微笑みかけた。
「私の家へ行きましょう。幸い、家は無事だったみたいだから」
「お邪魔するね」
エレンがそう言うと、ハニエルも小さく一礼する。
「よろしくお願いいたします」
「ええ」
レイコは優しく頷いた。
「それじゃあ、行きましょう」
四人は並んで歩き出す。
崩れた街並みの中、怪我人の手当てや瓦礫の撤去に追われる人々を横目に、レイコの家へと向かった。
◆
レイコの家へ着くと、四人はようやく一息つくことが出来た。
レイコは三人の姿を改めて見回す。
ルビアの服は戦いで裂け、あちこちが乾いた血に染まっている。
エレンとハニエルも、戦いの最中に降り続いていた雨ですっかり濡れていた。
「……まずは、お風呂にしましょうか」
レイコがそう言うと、ルビアは自分の姿を見下ろした。
「そうですね……」
「私も、このままでは少し……」
ハニエルも濡れた服へ視線を落とす。
エレンも自分の服を摘まみ、苦笑した。
「私も入りたい」
「決まりね」
レイコに案内され、四人は屋敷の大浴場へ向かった。
広々とした浴場で身体を洗い、戦いで付着した血や汗、埃を綺麗に洗い流していく。
それから四人で大きな湯船へ身体を沈めた。
「はぁ……」
ルビアの口から、思わず息が漏れる。
「気持ちいいです……」
「今日は色々あったものね」
レイコも身体の力を抜き、ゆっくりと湯に浸かる。
エレンは隣にいるハニエルへちらりと視線を向けた。
三百年ぶりに再会した友達が、こうしてすぐ傍にいる。
それだけで、どこか安心した。
しばらくの間、四人は戦いの疲れを癒すように、静かな時間を過ごした。
風呂から上がると、今度はエレンとレイコが傷んだ服を魔法で修復していく。
裂けた箇所を元へ戻し、汚れた服は魔法で洗浄する。
最後に水分を飛ばして乾燥させれば、四人の服はすっかり元通りになった。
着替えを済ませた四人は、ようやく落ち着いて身体を休める。
しばらく休憩した後、エレンはふとハニエルへ視線を向けた。
「そういえば、さっき戦っていた時の武器。私が知らないものばかりだったね」
ハニエルは小さく頷く。
「はい。三百年の間に、少し色々ありまして……ある日、不思議な本を見つけたんです。その本がきっかけで、『光の七つ道具』という武器を扱えるようになりました」
エレンは聞き慣れない名前に首を傾げる。
「光の七つ道具?」
「はい」
ハニエルは静かに頷いた。
「私が今扱える武器の総称です。弓や双剣、槍や鎖など、全部で七種類あります」
エレンは納得したように頷く。
「なるほど……だから、あんなに色々な武器を使えたんだ」
ハニエルは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。少しでもエレンのお力になれて、本当に良かったです」
ハニエルの話を聞き終えたその時だった。
「あっ」
ルビアが何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば、エレンさん! 私にも見ていただきたいものがあるんです!」
ちょうどその時、レイコがお茶を運んできた。
四人は席へ着く。
ルビアは嬉しそうにエレンを見る。
「私、魔力流が使えるようになったんです!」
その一言だった。
エレンの表情が固まる。
「…………え?」
思わず聞き返す。
「今……何て言ったの?」
「魔力流です! 使えるようになりました!」
エレンはしばらくルビアを見つめたまま動かなかった。
「……見せて」
静かな声だった。
ルビアは頷く。
「はい!」
目を閉じる。
静かに呼吸を整え、体内の魔力を巡らせていく。
部屋の中は静まり返る。
しかし、見た目には何一つ変化はない。
やがてルビアは目を開いた。
エレンは驚いたまま小さく呟く。
「……本当に出来てる。嘘でしょ……」
その表情には隠しきれない驚きが浮かんでいた。
「私も昔、修行の一環で挑戦したことがある。知識もある。仕組みも理解している。でも……構造だけは今でも、いくら考えても理解できない。それに、とてもじゃないけど、人間が到底出来るようなものじゃないわ」
エレンは信じられないものを見るようにルビアを見つめる。
「……どうやったの?」
その問いに、ルビアは少し困ったように笑う。
「えっと……まず、自分の中にある魔力へ意識を向けました。ずっと集中して、どう動いているのかを感じようとして……」
そこで一度、言葉を止める。どう説明すればいいのか、自分でも分からないらしい。
「それから……」
ルビアは僅かに首を傾げた。
「気合と、根性……でしょうか?」
「……」
エレンは目を瞬かせる。
「気合と根性?」
「はい……多分」
ルビアは自信なさそうに頷いた。
「私にも、どうして出来たのかはよく分からないんです。ただ、ある天使との激闘の中で少しずつ魔力の流れが分かるようになって……その時、レイコさんの言葉を思い出したんです」
エレンは何も言わず、ルビアを見つめる。
三百年前。
人間だった頃の自分も、同じように魔力流の習得を試みた。
知識はあった。
仕組みも理解していた。
それでも、とてもではないが身につけられるものではなかった。
それをルビアは、気合と根性で習得したという。
「なるほど……本人もよくわかってないんだ。でも……すごい」
やがて、エレンの口から素直な言葉が零れた。
「本当に、すごいよ。ルビア」
ルビアは一瞬驚いた後、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、エレンさん!」
エレンはしばらく考え込んでいた。
「……そうか。ありがとう、ルビア」
ルビアは嬉しそうに笑う。
「はい!」
少し間を置いて、エレンは今度はレイコへ視線を向けた。
「それで、今度はレイコに聞きたいことがある」
レイコは静かに頷いた。
「何かしら?」
「一番気になっていたんだけど、人間の魔法は、天使には効かない。それを、どうやって切り抜けたの?」
レイコは小さく笑う。
「やっぱり、そこを聞くのね」
「ええ」
「まず、人間の魔法が天使に効かない理由から説明するわ」
三人は静かに耳を傾ける。
「クラディウスの加護は、人間の魔法そのものを拒絶している訳じゃない。拒絶しているのは――人間界の魔素だけ」
その場が静まり返る。
「……え?」
ハニエルは目を見開いた。
「人間界の魔素だけ……ですか?」
レイコは頷く。
「ええ、そうよ……つまり、人間の魔法が効かないんじゃない。人間界の魔素を使った魔法だから、加護に弾かれてしまうの」
ハニエルは驚きを隠せない様子で呟く。
「そんな仕組みだったのですね……私も、初めて知りました」
レイコは静かに微笑む。
「私も最初は分からなかった。だから、一つずつ仮説を立てて、検証したの。加護が何を判定しているのか。魔法の構造。魔素の性質。考えられる可能性を、一つずつ潰していった」
そこから先は、レイコの独壇場だった。
楽しそうに理論を語るレイコ。
その一つ一つへ頷きながら真剣に耳を傾けるエレン。
二人の間では、専門的な話が次々と交わされていく。
しばらく話を聞いていたエレンは、ふと横へ視線を向けた。
そこではルビアとハニエルが楽しそうに笑いながら話をしている。
どうやら難しい理論より、お互いの話の方が楽しいらしい。
その様子を見て、エレンは小さく微笑んだ。
再びレイコへ向き直る。
しばらくして、レイコの話が一区切りついた。
エレンは静かに息を吐く。
「……なるほど。魔力流を習得したルビア。そして、人類初の魔法を生み出したレイコ……」
苦笑しながら二人を見る。
「本当、二人とも規格外ね」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「いやいや」
ルビアが苦笑する。
「天候を創造して、雷まで落とす人の方が、よほど規格外ですよ」
レイコも肩を竦める。
「ええ、私も同感ね。どう考えても、あなたの方が規格外よ」
エレンは困ったように笑った。
「そうかな……」
そんな三人のやり取りを見ていたハニエルは、嬉しそうに微笑む。
「やはり、エレンの友人は皆さん凄いです」
その一言に、部屋には穏やかな笑い声が広がった。
その空気が少し落ち着いたところで、エレンがふと思い出したようにレイコへ視線を向けた。
「そういえば、レイコ。早速なんだけど、魔導具のことを教えてほしい」
レイコは嬉しそうに微笑む。
「もちろん。ちょっと待ってて。今、持ってくるわ」
そう言って部屋を出て行く。
数分後、両腕いっぱいに何かを抱えたレイコが戻ってきた。
「お待たせ」
テーブルの上へ一つずつ丁寧に並べていく。
首飾り。
一振りの剣。
一振りの刀。
そして、一つの腕輪。
どれも一見すると普通の装飾品や武器にしか見えない。
しかし、それらからは僅かに魔力が感じられた。
エレンは興味深そうに一つ一つ眺める。
「これ全部……レイコが作ったの?」
レイコは照れくさそうに笑った。
「ええ。全部、私が作った魔導具よ」
その言葉にエレンは思わず苦笑する。
「本当に、どこまで規格外なの……」
ルビアも感心したように頷いた。
「レイコさん、本当に凄いです……」
ハニエルも驚いた様子で並んだ魔導具を見つめる。
「人間が、このような物を……」
レイコは少し照れながら咳払いをした。
「そ、それじゃあ、順番に説明していくわね」
そう言って最初に手に取ったのは、一振りの剣だった。
レイコは一振りの剣を手に取ると、エレンへ差し出した。
「まずはこれね」
エレンは剣を受け取る。
普通の剣より少しだけ短い。
短剣ほどではないが、片手で扱いやすそうな長さだった。
柄には見慣れない文字が刻まれており、淡い光を放っている。
「これは?」
レイコは嬉しそうに微笑んだ。
「その剣の名前は、『偽剣』。私が作った魔導具の一つよ」
エレンは剣をじっと見つめる。
「偽剣……」
「ええ。使用者の魔力に反応して、剣を複製する魔導具なの」
その言葉を聞き、エレンは少しだけ目を細めた。
「……少しだけ、私の創造と似てる」
レイコは嬉しそうに頷く。
「流石ね。考え方は少しだけ近いわ。でも、出来ることは全然違うの。エレンちゃんは神器・偽で、一から武器を創造している。これは、あくまで一本の剣を複製しているだけよ」
エレンは納得したように頷いた。
「なるほど、だから、どこか似ている感じがしたんだ」
レイコは微笑む。
「試してみる?」
エレンも笑って頷いた。
「うん」
静かに魔力を流し込む。
次の瞬間、剣全体が淡く輝いた。
すると――。
エレンの周囲へ、同じ姿をした剣が五本、音もなく現れる。
「……!」
エレンは思わず目を見開いた。
何もなかった空間から、剣が現れたように見えたからだ。
「すごい……」
思わず呟く。
レイコは得意げに笑う。
「その剣は、使用者の魔力量に応じて複製されていくわ。しかも、複製された剣は全部自由に操れるの」
「へぇ……」
エレンは興味深そうに剣を眺める。
もう一度、魔力を流した。
剣はさらに増える。
「面白い……」
今度は少しだけ魔力を強く流してみる。
十本。
二十本。
五十本。
百本。
気付けば部屋の中には無数の剣が静かに浮かんでいた。
「エ、エレンさん……?」
ルビアが恐る恐る声を掛ける。しかし、本人は夢中だった。
「まだ増える……」
純粋な好奇心のまま、さらに魔力を流す。
二百本。
三百本。
五百本――。
「ちょ、ちょっと待って!」
レイコが慌てて制止した。
「流石にそこまで増やすとは思わなかったわ!」
エレンはようやく我に返る。
「あ」
周囲を見回す。
部屋中を埋め尽くす無数の剣。
思わず苦笑した。
「……ごめん。ちょっと楽しくなっちゃった」
その一言に、ルビアとハニエルは思わず笑みを零す。
レイコも呆れたように肩を竦める。
「やっぱり、規格外はエレンちゃんの方だったわね」
レイコは浮かんでいた無数の剣を眺めながら、小さく苦笑する。
「その辺で終わりにしてもらえるかしら?」
エレンは少し照れくさそうに笑うと、魔力を止めた。
浮かんでいた無数の剣は一振りへと戻り、静かにその手へ収まる。
「ごめん。つい夢中になっちゃった」
「ふふっ。気持ちは分かるけどね」
レイコは偽剣を受け取ると、今度はテーブルの上に置かれていた首飾りへ手を伸ばした。
「次は、これね」
そう言って手に取ったのは、細長い赤い宝石があしらわれた首飾りだった。
一見すれば、美しい装飾品にしか見えない。
だが、エレンには、その内側に緻密な魔力の流れが組み込まれていることが分かった。
「首飾り?」
「ええ」
レイコは首飾りを両手で持ちながら、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「名前は『オリヴィエの御守』。私が作った魔導具の中でも、最高傑作の一つよ」
その言葉に、エレンは改めて首飾りを見つめる。
「どんな効果があるの?」
「装着者に作用する、あらゆる外的要因を遮断するの」
レイコはそこで一度言葉を区切り、エレンを真っ直ぐに見つめた。
「もちろん、聖気も例外じゃないわ」
エレンの表情が変わる。
「……聖気も?」
「ええ。これを身に着けていれば、堕天使であるエレンちゃんでも、聖域の中を行動出来るはずよ」
エレンはしばらく言葉を失ったまま、レイコの手にある首飾りを見つめていた。
聖気は、堕天使となった自分にとって明確な弱点だった。
その弱点を、人間であるレイコが作った魔導具によって補えるという。
「……本当に、そんなものを作ったの?」
「理論上はね」
レイコは僅かに苦笑する。
「ここには聖気がないから、今すぐ確認することは出来ないけれど……仕組み自体は完成しているわ」
エレンは慎重に首飾りを受け取った。
「着けてみてもいい?」
「もちろん」
エレンは『オリヴィエの御守』を首へ掛ける。
だが、すぐには何の変化も感じられなかった。
レイコの家には、遮断すべき聖気など存在していない。
エレンが首飾りへ指を触れていると、レイコの表情が僅かに引き締まった。
「ただし、一つだけ大きな欠点があるの」
「欠点?」
「装着している間、エレンちゃん自身も力を外へ出せなくなるわ」
エレンは首を傾げた。
「それは……魔法が使えなくなるってこと?」
「ええ」
レイコは静かに頷く。
「魔法だけじゃないわ。神器・偽の力も使えなくなるはずよ」
「……神器・偽も?」
驚きを浮かべながら、エレンは右手を前へ掲げた。意識を集中させ、一振りの剣を創造しようとする。
しかし、何も現れなかった。
「……」
もう一度試す。
それでも、開かれた掌には何も生まれない。
「創造出来ない……」
エレンは自分の右手と、胸元の首飾りを交互に見つめた。
神器・偽の力は、魔力を介したものではない。
神器そのものが持つ力だ。
それすら、この小さな首飾りは外へ出ることを許さなかった。
「神器・偽まで……」
ハニエルも驚きを隠せない様子で、アミュレットを見つめている。
レイコは小さく頷いた。
「この魔導具は、魔法だけを封じるものじゃないの。装着者へ外から作用するものを遮断し、同時に装着者の内側から外へ出ようとする力も封じ込める。 だから聖気から身を守れる代わりに、エレンちゃん自身も力を使えなくなるのよ」
エレンは静かに息を吐いた。
「つまり、これを着けている間は……魔法も、神器・偽も使えない」
「そういうことね」
レイコは真剣な表情で答えた。
聖気を完全に防げる。
だが、その代償として、エレンは自らの力の大半を失う。
決して小さな欠点ではなかった。
「でも、安心して」
レイコはそう言うと、首飾りを指差した。
「外せば、すぐに元へ戻るわ」
エレンは留め具を外し、アミュレットを首から離した。
そして、もう一度右手を掲げる。今度はその掌に黒い剣が創造された。
「……本当だ。外せば問題なく使える」
「ええ。だから、状況に応じて使い分けて。聖気から身を守る必要がある時は身に着ける。 戦うために力が必要なら外す。 両方を同時に得ることは出来ないけれど、選ぶことは出来るわ」
エレンは創造した剣を消すと、手の中のアミュレットを静かに見つめた。
シルヴィアとエリザベードが造った神器・偽。
その力すら、一時的とはいえ完全に封じ込める魔導具。
それを、一人の人間が生み出した。
「……凄い」
エレンは素直な感嘆を口にする。
「神器・偽まで封じるなんて……レイコ、本当にとんでもないものを作ったわね」
レイコは少し照れたように笑った。
「ありがとう。でも、これだけは覚えておいて」
その声が、少しだけ柔らかくなる。
「これを着けたエレンちゃんが、一人で戦う必要はないの」
エレンが顔を上げる。
「魔法が必要なら、私がいる。 剣なら、ルビアちゃんがいる。 それに、ハニエルさんもいるでしょう?」
ルビアは力強く頷いた。
「はい。エレンさんが力を使えない時は、私達が戦います」
ハニエルも穏やかに微笑む。
「エレンは、私達がお守りします」
エレンは三人の顔を順番に見つめた。
力を使えないことは、以前なら何より恐ろしかったはずだ。
だが今は、その不足を補ってくれる者達がいる。
エレンはアミュレットをそっと握り締め、小さく笑った。
「……そうだね。今は、私一人じゃない」
レイコは満足そうに頷く。
「ええ。だからこれは、エレンちゃん一人のための魔導具じゃない。私達全員で戦うための魔導具よ」
レイコはエレンから『オリヴィエの御守』を受け取ると、大切そうに一旦ケースへ戻した。
「さて、次は……」
テーブルの上へ置かれていた一本の刀へ手を伸ばす。
黒い鞘。
華美な装飾はない。
だが、その静かな佇まいには、不思議な存在感があった。
エレンは自然と刀へ視線を向ける。
「これは?」
その問いを待っていたかのように、レイコの口元が少しだけ緩んだ。
「ふふ。これはね、『魔導刀』っていうんだけど……」
少しだけ間を置く。
「空間を斬ってみたいと思わない?」
部屋の空気が止まる。
「……え?」
エレンは思わず聞き返した。
ルビアも目を瞬かせる。
「空間……ですか?」
ハニエルも首を傾げる。
「空間を……斬る?」
レイコだけが真剣な表情だった。
「ええ。一度は考えたことがあるでしょう? 本や物語では、空間を斬り裂く剣士って時々いるじゃない?」
エレンは苦笑する。
「物語では、ね。現実では無理でしょう」
レイコはにやりと笑った。
「そう思うじゃない?だから……理論上なら出来るかもしれないと思って、作ってみたの」
エレンはしばらく黙ってレイコを見つめる。
そして、小さく笑った。
「レイコ……そういうところ、本当に好き」
レイコは照れ笑いを浮かべる。
「褒めてるのよね?」
「もちろん。普通なら『出来ない』で終わる。でもレイコは、『じゃあ出来る方法を考えよう』になる……そこがレイコらしい」
その言葉に、レイコはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、この刀の理論を説明するわね」
レイコは刀をゆっくりと鞘から抜く。
静かな金属音が部屋へ響いた。
美しい刀身だった。
エレンは思わず見惚れる。
「綺麗……」
「ありがとう」
レイコは嬉しそうに笑う。
「でも、本命は見た目じゃないわ」
そう言って刀身を軽く撫でる。
「この刀はね、空間そのものを斬るんじゃない」
エレンは静かに耳を傾ける。
「え?」
「正確には、空間が斬れたように見える現象を起こす刀よ」
「……」
エレンは少し考え込む。
「つまり、錯覚?」
レイコは首を横へ振った。
「いいえ、錯覚でもない。現象としては、本当に空間が裂けたように見える。ただ、空間そのものを斬っている訳じゃない。でも、実際には斬っている。理論上、その現象を再現出来るように設計したの」
そこから先は、レイコの独壇場だった。
魔力の流れ。
術式。
刀身へ刻まれた魔法陣。
空間へ干渉するための理論。
次々と専門的な説明が続いていく。
エレンも真剣な表情で何度も頷きながら話を聞いていた。
時折質問を挟み、レイコも嬉しそうに答える。
そんなやり取りがしばらく続いた後、レイコは刀を静かに鞘へ収めた。
「……という理論よ」
エレンは感心したように息を吐く。
「なるほど、発想自体は理解出来た。でも……」
少し苦笑する。
「普通、その発想には辿り着かないと思う」
レイコは肩を竦めた。
「そう? 私は面白そうだから作っただけなんだけど。」
その一言に、エレンは思わず笑う。
「やっぱりレイコはレイコだね」
ルビアとハニエルは顔を見合わせる。
「……」
「……」
二人とも、理論はほとんど理解出来なかったらしい。
ルビアは苦笑しながら小さく呟く。
「難しい話でしたね……」
ハニエルも困ったように微笑む。
「はい……お二人とも、とても楽しそうでした」
エレンとレイコは顔を見合わせ、小さく笑った。
レイコは刀を鞘へ戻すと、最後にテーブルの上へ置かれていた腕輪を手に取った。
銀色の細い腕輪。
派手な装飾はなく、一見すると普通のアクセサリーにしか見えない。
エレンは首を傾げる。
「最後は腕輪?」
「ええ」
レイコは頷いた。
「これは今までと違って、戦うためというより補助用の魔導具ね」
「補助用?」
「着けてみる?」
「うん」
エレンは腕輪を受け取ると、右手首へ装着した。
驚くほど自然に腕へ馴染む。
「軽い……邪魔にもならないわね」
「でしょう?」
レイコは嬉しそうに笑う。
「その腕輪には、小さな異空間が繋がっているの」
エレンは目を瞬かせた。
「異空間?」
「ええ。物を収納して、必要な時に取り出せる魔導具よ」
一瞬、部屋が静まる。
「……」
「……」
「……」
最初に口を開いたのはエレンだった。
「ちょっと待って……今、すごいことを普通に言わなかった?」
レイコはきょとんとする。
「そう? 物を仕舞えるだけよ?」
「だけ、じゃないわよ」
エレンは苦笑する。
「私の場合は、自分の服を地獄にある自分の部屋に仕舞ってあるの。 エリザベードから教えてもらった魔法を使えば、そこにある服を呼び出して、一瞬で着替えることが出来る」
そう言ってから、エレンはレイコの魔導具へ視線を落とす。
「でも、これは違うでしょう? 異空間そのものへ物を収納して、必要な時に取り出せる。そんなこと、人間の技術で出来ることじゃないわよ?」
レイコは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう。でも、作るのは本当に大変だったのよ。空間を安定させる術式と、魔力回路が特に難しくて……」
そこから先は、また専門的な話になっていく。
エレンは真剣に聞いていたが、ルビアとハニエルは揃って苦笑していた。
「また始まりましたね」
「はい。お二人とも、本当に仲が良いです」
その言葉に、エレンとレイコも思わず笑う。
しばらくして説明が一区切りすると、エレンは腕輪を見つめながら呟いた。
「便利な魔導具だね。でも……誰が持つのが一番いいかしら」
レイコも頷く。
「それを今決めましょう」
エレンは部屋を見回した。
ルビア。
ハニエル。
そして自分。
一人ずつ戦い方を思い浮かべる。
やがて、その視線はハニエルで止まった。
「ハニエル。この腕輪は、ハニエルが持って」
突然名前を呼ばれ、ハニエルは少し驚く。
「私ですか?」
エレンは静かに頷いた。
「うん。ハニエルが一番、この腕輪を活かせると思う」
ハニエルは少し不思議そうに腕輪を見つめた。
「分かりました。大切に使わせていただきます」
レイコも満足そうに微笑む。
「ええ。きっと、その時が来れば役に立つわ」
エレンも小さく頷いた。
「うん。そういう気がする」
ハニエルは腕輪を両手で受け取ると、大切そうに胸元へ抱いた。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
エレンは優しく頷く。
「うん。きっとハニエルが一番活かせる」
レイコも満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ、残りも決めましょう。」
エレンはテーブルへ視線を向ける。
残っているのは、偽剣、『オリヴィエの御守』。
そして刀。
エレンはまず偽剣を手に取った。
「これはルビア」
ルビアは両手で受け取り、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
柄を握り、軽く振ってみる。
手に吸い付くような感覚だった。
「凄く扱いやすそうです」
エレンは微笑む。
「ルビアなら、この剣を一番使いこなせると思う」
「頑張ります」
嬉しそうに頷くルビア。
次に、エレンは『オリヴィエの御守』へ手を伸ばいた。
「これは私が預かる」
レイコは静かに頷く。
「ええ。エレンちゃんが持つのが一番いいと思うわ」
エレンは首飾りを受け取ると、大切そうにしまった。
そして最後に残った一振りの刀へ視線を向ける。
レイコは三人を見回した。
「さて……この中で刀を使える人はいる?」
ハニエルは申し訳なさそうに微笑む。
「私は弓が専門ですので……」
エレンも苦笑する。
「私も剣は使うけど、刀は専門外かな」
ルビアが少し遠慮がちに手を挙げた。
「一応……使えます」
レイコは嬉しそうに微笑む。
「それなら決まりね」
そう言いかけて、レイコは少しだけ表情を引き締めた。
「ただし、一つだけ覚えておいて。この刀を一度抜けば、その時ルビアちゃんに残っている魔力を強制的に全て使うわ」
「全て……ですか?」
「ええ。その全てを使って、初めてこの現象を成立させられるの。だから使えるのは魔力を回復しない限り、一度の戦闘で一度きり。文字通り、一撃必殺のための魔導具よ」
刀を両手で持ち、ルビアへ差し出した。
「この刀は、ルビアちゃんに託すわ」
ルビアは少し驚いたように目を見開く。
「私に……ですか?」
「ええ。きっと、この刀を一番活かせるのはルビアちゃんだから」
ルビアは静かに刀を受け取る。
鞘ごと胸の前で抱え、小さく頷いた。
「……はい。大切に使わせていただきます」
エレンは三人を見渡した。
それぞれの手には、それぞれに託された魔導具がある。
誰か一人が全てを担うのではない。
それぞれが、自分にしか出来ない役割を持つ。
エレンは自然と笑みを浮かべた。
「これで決まりだね」
三人も微笑みながら頷いた。
四人は少しずつ、一つの仲間として歩み始めていた。
◆
「後は魔力の補充ね」
エレンが小さく息を吐いた。
「レイコ、悪いんだけど食事をお願い出来る?」
「あっ、そうだったわ。すっかり話し込んじゃった」
レイコは笑いながら立ち上がる。
すると、ハニエルも席を立った。
「私も、お手伝いします」
レイコは少し驚いたように振り返る。
「え?いいの?」
「もちろんです。一人より二人の方が早いでしょう?」
レイコは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。それじゃあ、ハニエルさん。こっちお願い」
「はい」
二人は並んでキッチンへ向かっていく。
料理を作りながら他愛のない話を交わしているうちに、少しずつ距離は縮まっていった。
そして、いつの間にか。
「ハニエルちゃん、そのお皿お願い」
「はい」
レイコの呼び方は自然と変わっていた。
ハニエルもその変化に気付いたのか、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見ていたエレンも、小さく笑みを浮かべる。
そんな二人を見送りながら、ルビアがふと口を開いた。
「そういえば、魔力って、食事で回復するんですか? 魔力流を使えるようになってから、少し気になって」
エレンは頷く。
「ああ、そこね。食べ物には『魔素』が含まれているの。その魔素を体へ取り込み、自分の魔力へ変換することで回復しているのよ。だから戦いの後は、まず食事。それが一番効率がいいわ」
「なるほど……」
ルビアは納得したように頷いた。
しばらくすると、料理が完成する。
食卓には温かな料理が並び、四人は席へ着いた。
「いただきます」
食事が始まる。
エレンは次々と料理を口へ運び、ハニエルも負けじと食べ進める。
レイコも同じくらいの勢いで料理を平らげていた。
三人の食べっぷりを見て、ルビアは思わず目を丸くした。
「み、皆さん凄い量ですね……」
エレンは苦笑する。
「今日は特にね。私は試練でだいぶ魔力を消耗したから」
ハニエルも小さく頷く。
「私も先ほどお話しした光の七つ道具を使ったので、魔力をだいぶ消耗しました」
レイコも笑いながら頷く。
「私は魔法を使い過ぎちゃったから、お腹が空いて仕方ないの」
ルビアも自分の皿へ目を落とす。
「私も今日は、いつもより食べられそうです」
エレンは優しく微笑んだ。
「魔力量は少なくても、魔力流を維持し続けていたでしょう? 使った分はちゃんと補充しないとね」
「はい!」
ルビアは笑顔で頷き、料理をもう一口頬張った。
穏やかな食卓には、自然と笑顔が溢れていた。
◆
食事を終え、四人は温かいお茶を飲みながら一息ついていた。
レイコがエレンへ微笑みかける。
「エレンちゃん。どう? 魔力は回復出来た?」
エレンは湯飲みを置き、小さく頷いた。
「ええ、おかげさまで。すっかり元通りよ」
「それなら良かった」
二人は顔を見合わせて微笑む。
その様子を見ていたルビアは、少し考え込むような表情を浮かべていた。
「あの……エレンさん」
「ん?」
エレンが振り向く。
ルビアは少し照れくさそうに笑った。
「私、今の自分がどれくらい強くなったのか、少し気になってしまって……能力を調べるような魔法って、ありますか?」
エレンは少し考え込む。
「あるにはあるけど……どうして急に?」
「魔力流を覚えてから、自分がどれくらい変わったのか知りたくなったんです」
「ああ、なるほど」
エレンが納得したように頷いた、その時だった。
「それなら……」
レイコが楽しそうに口を開く。
「魔法じゃなくて、魔導具ならあるわよ」
「え?」
ルビアだけでなく、エレンとハニエルもレイコを見る。
「能力を測定出来る魔導具を作ったの」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……」
「……」
エレンは思わず苦笑した。
「また、とんでもない物をさらっと言ったわね」
レイコは照れたように笑う。
「そう? 便利だから作っただけなんだけど……」
「いや、その『便利だから』で済む話じゃないでしょう……」
ルビアの表情がぱっと明るくなる。
「ぜひ見てみたいです!」
「ちょっと待っててね」
レイコは席を立ち、部屋を出ていった。
数分後、戻ってきた彼女の手には、小さな水晶玉と一枚の白紙があった。
テーブルへ静かに置く。
「これが能力測定用の魔導具。使い方は簡単よ。水晶に手を置くだけ。 後は、この紙へ自動で結果が表示されるわ」
ルビアは興味津々に水晶玉を見つめた。
「まずはルビアちゃんから」
「はい」
ルビアは静かに手を乗せる。
水晶玉が淡く輝き始めた。
数秒後、光は静かに収まり、隣の紙へ文字が浮かび上がっていく。
⸻
名前:ルビア・ノア
種族:人間
年齢:16歳
性別:女
能力値(最大)
体力:5520/5630
魔力:800/840
筋力:1414
耐久力:1503
敏捷性:15112
精神力:2530
技能:【魔法】 無属性
【スキル】《魔力操作 Lv2》《剣術 Lv最大》《気配察知 Lv最大》《魔力感知 Lv2》
【その他】《魔力流 Lv1》
【称号】神速の剣姫
⸻
レイコは紙を見ながら頷いた。
「へぇ、敏捷性がかなり高いわね。それに、《魔力流》もしっかり記録されてるわ」
エレンも嬉しそうに笑う。
「魔力流を覚えた成果がちゃんと出てる。凄いじゃない、ルビア」
ルビアは少し照れながら笑った。
「ありがとうございます」
「次は私ですね」
ハニエルが静かに前へ出る。
水晶へ手を置くと、再び柔らかな光が部屋を照らした。
⸻
名前:ハニエル
種族:天使族
年齢:482歳
性別:女
能力値(最大)
体力:13050/14200
魔力:27500/28500
筋力:4550
耐久力:6350
敏捷性:5390
精神力:30250
技能:【魔法】光属性、聖属性
【スキル】《魔力操作 Lv最大》《剣術 Lv最大》《気配察知 Lv最大》《魔力感知 Lv最大》《弓術 Lv最大》
【その他】《光の七つ道具 Lv最大》
【称号】天国の謎を解き明かし者
⸻
ルビアは思わず息を呑む。
「やっぱり……天使って凄いんですね……」
エレンは優しく微笑んだ。
「さすが、ハニエル」
ハニエルは少し照れながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
レイコも興味深そうに紙を眺めていた。
「やっぱり人間とは基礎能力が違うのね。面白いわ」
続いてレイコ自身も水晶へ手を置く。
⸻
名前:レイコ・オリヴィエ
種族:人間
年齢:28
性別:女
能力値(最大)
体力:8800/9600
魔力:100200/105000
筋力:980
耐久力:2350
敏捷性:3040
精神力:8500
技能:【魔法】火属性、風属性、水属性、土属性、雷属性、光属性、闇属性
【スキル】《魔力操作 Lv最大》《気配察知 Lv最大》《魔力感知 Lv最大》
【その他】《再現魔法 Lv2》
【称号】魔導を極めし者
⸻
「じゅ……十万?」
エレンが思わず声を漏らした。
ルビアも目を丸くする。
「魔力が……十万も?」
レイコは苦笑する。
「研究ばかりしてたら、こうなっちゃったの」
「それで済ませる数字じゃないと思うけど……」
エレンは呆れ半分、感心半分で笑った。
「本当に規格外ね」
「いやいや」
レイコは苦笑しながら首を振る。
「天候を創造して雷を落とす人には言われたくないわ」
部屋に小さな笑いが広がる。
そして最後、レイコは水晶玉をエレンの前へそっと置いた。
「最後はエレンちゃん」
「仕方ないわね」
エレンは静かに水晶へ手を置く。
その瞬間だった。
水晶玉が、これまでとは比べものにならないほど強く輝いた。
眩い光が部屋を包み込む。
「わっ……」
ルビアが思わず目を細める。
やがて光はゆっくりと収まり、一枚の紙へ文字が浮かび上がっていく。
⸻
名前:エレン・クリエイド
種族:人間/天使/堕天使
年齢:316歳
性別:女
能力値(最大)
体力:58360/63000
魔力:85835/85963
筋力:7085
耐久力:8510
敏捷性:9800
精神力:987420/1510008
技能:【魔法】火属性、水属性、風属性、土属性、雷属性、光属性、闇属性
【スキル】《魔力操作 Lv最大》《気配察知 Lv最大》《魔力感知 Lv最大》《剣術 Lv最大》
【称号】堕天の覇者
【その他】《創造 Lv???》《神器・偽 Lv???》《地獄の召喚術 Lv???》《地獄の魔法 Lv???》 《瘴気操作 Lv???》
⸻
一瞬、誰も言葉を発さなかった。
「……」
ルビアの視線が、一つの数字で止まる。
「せ、精神力……百五十万……?」
ハニエルも驚きを隠せない。
「こんな数値……見たことがありません……」
当の本人だけが首を傾げた。
「そんなにあるの?」
レイコは思わず苦笑する。
「そこじゃないのよ、エレンちゃん」
紙の下の方を指差す。
「ここ」
エレンが視線を向ける。
そこには。
《創造 Lv???》
《神器・偽 Lv???》
《地獄の召喚術 Lv???》
《地獄の魔法 Lv???》
《瘴気操作 Lv???》
と表示されていた。
「……え?何これ?」
レイコの表情が少しだけ真剣になる。
「測定出来なかったの。この魔導具でも解析出来ない能力。だから”???“と表示されているのよ」
ルビアとハニエルは驚いた表情でエレンを見る。
エレンだけは小さく苦笑した。
「……まあ、《創造》なんかは、測れなくても仕方ないか」
レイコも静かに頷く。
「ええ。人の技術で解析出来る領域を超えている。そういうことなんでしょうね」
部屋には、しばらく静かな空気が流れていた。
◆
ステータスを記した紙をレイコは丁寧にまとめると、水晶玉と共に机の上から片付けた。
部屋に静かな空気が流れる。
その空気を切り替えるように、エレンがゆっくりと口を開いた。
「さて、そろそろ、次の戦いについて話しましょう」
三人の表情が自然と引き締まる。
レイコも静かに頷いた。
「ええ」
エレンはハニエルへ視線を向ける。
「ハニエル。おそらく次に私達が戦う相手はクロエ。そして――魔導機よ」
ハニエルは首を傾げた。
「クロエ……とは?」
レイコが静かに答える。
「……私の妹よ」
その一言に、ハニエルはわずかに目を見開く。
「妹……」
「ええ」
レイコは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「今は事情があって敵対しているけれど、あの子を止められるのは、きっと私達だけだから」
ハニエルは静かに頷く。
「……分かりました」
エレンは話を続けた。
「そして――魔導機ヴァルキュリア」
ハニエルはわずかに眉をひそめる。
「魔導……機?」
「人間が造り出した戦闘兵器よ」
レイコが静かに答える。
「莫大な魔力を原動力として動く、主の命令だけを遂行する魔法仕掛けの人形」
ハニエルは驚きを隠せなかった。
「人間が……そのような物を……」
エレンは頷く。
「しかも、かなり厄介なの」
レイコは机へ一枚の紙を置きながら説明を始めた。
「まず一つ。ヴァルキュリアの視界に入っているクロエへ向けた魔法は、自動で消滅させられるわ」
ハニエルが息を呑む。
「魔法を……消す?」
「ええ。だから普通に魔法を撃っても意味がないの」
レイコは続ける。
「二つ目。損傷しても、自動で修復する機能を持っている。三つ目。装甲そのものが非常に硬い。そして最後。全身を自在に変形させることが出来るわ」
ハニエルは静かに頷いた。
「……かなり厄介ですね」
「ええ。正面から戦うには、あまりにも相性が悪い相手よ」
少しの沈黙。
その時だった。
レイコがふと考え込む。
「でも……」
三人がレイコを見る。
「一つ、思いついたことがあるの」
エレンが頷く。
「何?」
レイコはゆっくりと言葉を選ぶ。
「天使に対抗する魔法を、一から作ることは出来た。だったら……ヴァルキュリアに対抗する魔法だって、一から作れるはず」
ルビアが目を丸くする。
「そんなことまで……」
レイコは苦笑した。
「まだ仮説だけどね。まずは、ヴァルキュリアが何をしているのか……そこを考えてみたの」
一呼吸置く。
「私の仮設では……あれは魔法を消しているんじゃない。おそらく、術式そのものを分解している」
エレンの目が僅かに見開く。
「……分解?」
「ええ。そう考えると、今まで見た現象は全部説明がつく」
レイコは静かに頷いた。
「だから、その分解を突破出来る術式も理論上は存在するはず」
少しだけ笑う。
「まだ頭の中だけだけど……出来そうな気がするの」
エレンも自然と笑みを浮かべた。
「レイコなら出来るわ。期待してる」
「任せて」
二人は笑い合う。
その時だった。
「あ」
エレンが何かを思い出したように声を上げる。
「そうか、ハニエル。さっき渡した腕輪。あれの本当の使い道がある」
ハニエルは首を傾げる。
「本当の……使い道ですか?」
エレンは頷いた。
「ヴァルキュリアは魔法を分解する。つまり、光の矢は消される可能性が高い」
ハニエルも納得したように頷く。
「確かに……」
「でも……」
エレンは自分の胸へそっと触れる。
「神器・偽で創造した実体のある矢なら、魔法じゃない。だから分解されないはず」
「……!」
レイコも思わず息を呑んだ。
「なるほど……!」
エレンは続ける。
「戦う前に、私が実体のある矢を大量に創造しておく。全部、腕輪へ収納。戦闘中は必要な分だけ取り出して撃って」
ハニエルは腕輪へ視線を落とし、静かに微笑んだ。
「だから、私にこの腕輪を託したんですね」
「うん」
エレンも優しく笑う。
「最初から、そのつもりだった」
「ありがとうございます。必ず役立てます」
ルビアも静かに口を開く。
「それなら、前衛は私とエレンさんですね」
エレンは頷く。
「ええ。私達でヴァルキュリアを抑える。ハニエルは後方支援。レイコは新しい魔法の完成を優先して」
レイコも力強く頷いた。
「任せて。必ず間に合わせるわ」
ハニエルも胸へ手を当てる。
「はい。実体のある矢にも慣れておきます」
エレンは三人を見回し、小さく微笑んだ。
「これで作戦は決まりね」
それぞれが自分の役割を胸へ刻む。
勝つための準備は、少しずつ整い始めていた。
◆
対策会議を終える頃には、すっかり夜も更けていた。
レイコは椅子から立ち上がる。
「今日はここまでにしましょう。部屋は余ってるから、好きに使ってね」
エレンはハニエルを見て笑う。
「それなら、今夜はハニエルと同じ部屋で寝てもいい?三百年も会えなかったんだもの」
ハニエルの表情がぱっと明るくなる。
「もちろんです。私も、その方が嬉しいです」
そのやり取りを見ていたレイコとルビアは、思わず顔を見合わせて微笑んだ。
「ふふ。積もる話もあるでしょうしね」
四人はそれぞれ部屋へ向かう。
◆
部屋へ入ると、窓の外には静かな夜空が広がっていた。
エレンとハニエルは並んでベッドへ腰を下ろす。
三百年ぶりとは思えないほど、不思議と落ち着く空気だった。
しばらく他愛のない話を交わした後、エレンがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、ハニエル……三百年間、どうしてたの?」
ハニエルは少しだけ考え込む。
「えっと……」
そう呟くと、胸元を小さくごそごそと探り始めた。
「……?」
エレンは不思議そうに見つめる。
次の瞬間、ハニエルは胸元から一冊の古びた本を取り出した。
「ありました」
「……」
その光景を見たエレンは、一瞬だけ目を丸くする。
(……あ)
思わず、地獄での出来事が頭をよぎった。
シルヴィアも、よく同じように胸元から色々な物を取り出していた。
(似てる……)
エレンは思わず小さく吹き出す。
「ふふっ」
ハニエルは首を傾げた。
「エレン?」
「ううん。何でもない」
エレンは笑みを浮かべながら首を振る。
「ちょっと思い出しちゃって」
ハニエルは不思議そうな表情のまま、本を両手で抱える。
「これです。『光の七つ道具』という本なんです」
そう言って、静かに最初のページを開いた。




