第9話 リンデもアハーンの大地に立つ
リンデは、遠くから歯車の音が響いてくる、ただただ暗い空間を漂っていた。上下の感覚は無く、立っているのか寝ているのか、それすらもわからない。わかっていることは、流れに翻弄される木の葉のように、ある一定の方角へと向かっていることだけだった。
歯車の音がしだいに大きくなり、音のする方へ意識を向けると、小さな点が見えてきた。それが灯りだとわかると、リンデは吸い寄せられるかのように加速して、灯りへ近づいていった。
気づくと足の裏に硬い感触があり、使い古された木の床に立っていた。灯りの正体は、木製の丸テーブルに置かれた太いロウソク。その周りを椅子が囲んでいる。
灯りは丸太を組んだ壁まで、かろうじて届いていた。どうやら木造の小屋の中らしい。天井は高く、闇に隠されていた。
自分の身に何が起きたのか見当もつかないが、心は落ち着いている。不思議と恐怖心はなかった。
「来たな。まぁ座れよ」
テーブルの向かいにショーがいた。リンデは椅子に手をかけ、腰を下ろした。
「何が起きているんですか?」
あまり表情には出ていないが、リンデはかなり驚いている。いや、理解が追い付いていないだけかもしれない。それでも、ショーがいたことで少しは落ち着きを取り戻していた。
「それについては、私がご説明いたしましょう!」
勢いのある声が頭上から聞こえ、闇の中から仮面が姿を現す。リンデは椅子ごとはねて、危うく倒れそうになった。
「あの……気持ち悪いコレが……呪いの正体なんですか?」
リンデが仮面を指さし言った。最初はゾンビのような顔かと思っていたが、よく見れば顔にかぶる仮面だとわかった。それにしても、誰がどう見ても呪いの仮面だ。
「心外です。これは聖者の仮面を模した、由緒正しい仮面ですよ?」
「知るか。実際、犠牲者が出てるじゃんか」
ショーが頭の後ろで手を組み、茶々を入れる。
「私はただ、遥かなる冒険の世界へ招待しただけ。限度を知らずに遊び惚けている方が問題なのです」
「……それは……うーん」
確かにと納得してしまい、言い返せないショー。彼とて時間が許せばいくらでもあの世界に没頭したい。それが遊びたいざかりの少年であればなおさらだ。
「とはいえ、私は失敗から学ぶワースメーカー。過度な精神的負担がかからないように、頃合いを見計らって戻すようにしています。安全です」
何食わぬ顔で仮面と話すショーを見ていると、リンデは、驚いている自分がバカらしくなってきた。
まだ事態が飲み込めていないリンデは、ため息をついて薄暗いこの空間をジロジロと見回し、自信なさげに言った。
「それで……ここが、剣の時代なんですか?」
「ネットゲーで言うところのロビー……そうだな、準備室ってとこか?」
「おお、私としたことが。自己紹介がまだでしたね。私はワースメーカー! 巨大な鋼鉄の騎士が剣を振るい、秘術が飛び交う、ロボットファンタジーロールプレイングゲーム、ワースブレイドの世界へと誘う者! 皆さんはプレイヤーとなって、広大なアハーンの大地を冒険するのです!」
「……プレイヤー、ですか」
リンデは、突然の長台詞に身を引きながら、──プレイヤー──そんなことをさっき言っていたようなと思い出す。
「簡単な話が、剣の時代に行って遊ぼうぜってことよ。RPGとかやったことない?」
「知ってはいますが、ゲーム自体あまりやらないので」
「そっか、まじめなんだな」
ゲームをやらない理由を、まじめの一言で片づけられ、不満顔のリンデ。そういった世界が嫌いなわけではない。本はよく読む。現代劇、ファンタジー、近未来やSFなど、読みながら場面を想像することは好きだ。
頭の中では自由自在。自分だけの世界に没頭できる。少年たちがゲームに夢中になる時間を、リンデは読書に当てている。ただそれだけの違いだ。
◇ ◇ ◇
ショーから一通り説明を受けたリンデ。つまり、ここは夢の中に作られた剣の時代で、それを体感できるゲームということらしい。
「この世界では冒険者のことを、一攫千金を夢見てさまよう者という意味で山師と呼びます。誰かに山師と言われたら、自分たちのことだと考えてください」
ワースメーカーが補足する。
「ゆっくり考えな。オレはちょっと街でも散歩してくるわ」
ショーがそう言い残し、返事を待たずに消えた。
「ちょっとっ……こんなのと二人だけにしないでくださいよ!」
残された椅子と仮面を交互に見て、あたふたするリンデ。「戻り方だってわからないのに」と、消え入りそうな声で抗議する。
「それでは、リンデ。早速、あなたが演じるキャラクターを作りましょう。キャラクターシートをどうぞ」
リンデの手もとにシートが配られた。いつの間にか筆記用具も置かれている。上から順に項目を目で追い、反射的に名前、性別、年齢を書き込んだ。
職業は──学生とでも書けばよいのだろうか。クラスは1-C? 手を止めたリンデに、ワースメーカーが声をかけた。
「よろしいですか? では職業をこちらから選んでください」
職業を紹介する映像が、リンデの前に表示され、勘違いしていたことに気づく。
「職業って……そ、そうですよね。ゲームのキャラクターなんだし」
朱に染まる頬を手で隠し、サンプル映像に向き直る。その中の一つに目が留まった。聖刻の力を操り、あらゆる現象を引き起こす魔法使い──この世界では練法師と呼ばれる存在だ。
ファンタジー小説に幾度か登場してくるので、どういうものかは知っている。操兵と並び、日常からかけ離れた者として描かれていることが多い。
「練法師って、本当にいたのかな」
熱心に映像を見ていたリンデが、ぽつりとつぶやいた。
「いますよ? 皆さんが使っている遠話端末も、練練交社の練法師が創ったものですから」
口に出したつもりはないが、言葉が漏れていたらしい。いや、問題はそこではない。リンデは身を乗り出してワースメーカーを問いただした。
「えっ、今もいるんですか!?」
「それはもちろん……あっ、今のは秘密ですよ? こんなことが世間に知れたら、騒ぎになりますからね」
「すごいことを平然と言うんですね」
「聞かれたら答えるのがワースメーカーですから。答えられる範囲であれば、お答えしましょう」
今その範囲を超えたのではとリンデは思ったが、口を挟まずに我慢した。
「練法師が気になりますか? では、各門派について、特徴を見ていきましょう」
かつて、このアハーン大陸に存在した高位練法師たちの映像が順に流れていく。いずれも仮面で顔を隠し、素顔を知ることはできない。
光と爆発を引き起こす、太陽を象徴とする「陽門」。
金属を自在に操り、電撃を発生させる「金門」。
炎と熱を操る「火門」。
植物と生命力を操る「木門」。
人の精神を操り、幻術を生み出し、闇の空間を操る「月門」。
大気を操り雷を落とす「風門」。
水と冷気を操る「水門」。
土や石を操り、死者や霊体といった負の生物を従える「土門」。
「どんな感じだ?」
しばらくしてショーが消えた時と同様に、突然姿を現した。まだクラッサスの姿を見せていないのは、お互いに出会ってからのお楽しみということにしている。
「……練法師にしようかと思います」
ショーに恨めし気な目線を投げかけ、職業欄に練法師と書きこむリンデ。
「いいじゃん。オレが戦士だから、援護できるキャラがいると助かる」
「そういえば、ベル先輩のキャラクターはどの職業なんですか?」
「あー……そこはほら、オレがばらすのもなんだし。期待していいぜ」
目を輝かせて聞いてくるリンデに、ニヤニヤしながらショーは答えた。
「門によっては、初心者に向かない場合もあるので、使える術を見てから決めるのがよいでしょう」
ワースメーカーがそう言うと、「秘術の書」と書かれた本がリンデの前に出現し、パラパラとページがめくれていく。練法の術が1レベルから12レベルまで書かれており、それが八門分ともなれば、かなりの量になる。
「その数500を超えますからね。キャラクター作成時は、2レベルまでの術しか扱えません。ですので、他は無視してください」
「それでも、多いですね」
「私のおすすめは火門です。初心者でもイメージしやすく、威力も高い。戦闘で活躍できますよ?」
確かに、他の門に比べてダメージの数値が大きい。それでも踏み切れないのは、力押しで何とかするのが、性に合わないからだ。
「うーん……すみません、時間がかかってしまって」
「いいって、ゆっくり考えな。後でやっとけばよかったとか、やだろ?」
「……そうですね」
その後も、各門の特徴や術の使いどころなどを細かく確認していたリンデは、最終的に「月門」を選んだ。
「情報収集において、月門に並ぶものはありません。良い選択です」
「はい」
満足げに頷くリンデ。ショーさんは戦士、私は練法師。ベル先輩はどんなキャラクターなんだろう。
細身の剣を構える麗しき剣士かな?
怪しくも美しい練法師かな?
白装束に身を包む癒しの聖女かな?
機知とテクニックで危険な罠をすり抜ける盗賊かな?
いや、カワイイ系で来る可能性も捨てきれない!
頭の中で、ベル先輩にいろいろなコスプレをさせるリンデ。早く会いたい。ベル先輩のキャラクターなら、どんな格好でも似合いそう。そんな妄想をしていると、ついつい顔がニヤケてしまう。
「次は能力値です。あなたのダイスを出してください。このように、念じればダイスが現れます」
10面体ダイスが、仮面の周りを衛星のように周回しながら浮遊している。それを見て、リンデは10面体の色や形を思い浮かべ、出ろと念じた。
テーブルの上を、クリスタルのように透き通った紫色のダイスが転がり出た。リンデはそのダイスをつまみ上げ、まじまじと見つめた。
「これが……私のダイス?」
「そっちの方がカッコよくねー? オレのはただの赤だぜ」
ショーも、鈍い光沢のある赤いダイスを出して見せた。
「何をおっしゃる。赤いダイスはスタートセットに入っている、正式な色ですよ?」
ワースメーカーが、とんでもないと言わんばかりに顔を寄せてくる。
「初めて見たのがこいつだからなぁ。これはこれで、気に入ってるけどさ」
◇ ◇ ◇
ようやく覚える術が決まり、次は技能の習得だ。練法師のキャラクターポイントは250。他の職業に比べて少ないが、これは練法師が劣っているからではない。むしろ超常の術を使う練法師は、非常に強力な存在といえよう。
技能の種類も豊富で、どれも必要そうに思えてしまう。口元に指を当て「うーん」と唸るリンデ。
「そうですね、汎用性で言えば〈体術〉。次に、出番の多い〈捜索〉でしょうか。意外と〈投げ〉も使えたりしますよ。回避力を上げるために〈防御〉という選択もありますが」
そう言って、ワースメーカーは使用頻度の高そうな技能をアドバイスした。
「残ったポイントが所持金になるから、俺みたいに使い切ると、すっからかんで始めることになるぜ」
ショーが笑いながらワースメーカーの言葉に付け加えた。
「贅沢をしなければ、一日2ゴルダで生活ができます。50ゴルダも残しておけば十分でしょう。革鎧も買えますからね」
「そうそう、ハーフヘルメットもあるといいぜ。マイナスないし」
ショーが、ハーフヘルメットとレザーアーマーを所持品欄から取り出し、テーブルの上に置いた。そんなこともできるんだと驚くリンデ。
──そういえば、身を守ることを考えていなかった。でも、敵とガンガンにやり合う気もないし、必要になったら買うことにしよう。
「交渉を取ります」
「すばらしい! 得意分野を伸ばすということですね? では、残り100がお金になります。山師にしては大金持ちですよ? それでは! アハーンの大地へ、いざ!」
周囲の景色が揺らぎ、薄暗い小屋から宿屋の一階にある広めの待合室に切り替わった。雑多な店内には身なりのいい旅行者、薄汚れた山師の集団、恰幅のいい行商人といった、様々な人種と職種でにぎわっている。
酒と料理の匂いが漂い、それに何かのスパイスや体臭が混ざり合っている。これらが、妙なリアリティを持ってリンデの鼻を刺激した。
「……すごい。本当に剣の時代にいるみたい」
「な? すごいだろ。実際に街の中を歩き回れるんだぜ」
背もたれに腕をかけ、ショー ──クラッサスは窓の外を眺めながら言った。リンデはぎょっとして、その男、クラッサスを凝視する。目の前にいたショーが、突然別人になったのだ。
「あの……ショーさん……ですよね?」
「ここじゃクラッサスって名前なんで、よろしく」
癖のある赤毛と緑の瞳、背は高くがっしりとした体格。新品のレザーアーマーに身を包み、短めの槍がテーブルに立てかけられている。見るからに体力勝負の職業だとわかる出で立ちだ。ショーがそのまま成長したら、こんな見た目になるのかもしれない。
「やっぱり、気にしていたんですね、身長」
リンデがクラッサスの頭に視線を向けて言った。
「いいだろ、ゲームの中くらい。そう言うお前は、制服そのまんまじゃんか。」
「えっ?」
言われてみれば、外見のことは考えていなかった。リンデは自分の服を引っ張って下を向く。
──制服だ。これではまるで、現代人が剣の時代に迷い込んだみたい。
「もしかして、私ってすごく浮いてます?」
「この時代に学校があるのか知らないけどさ、練法師みたいな格好とかなかったのか? キャラクターシート見せてみろよ」
見せろと言われてもと思っていると、目の前にリンデのキャラクターシートが表示された。
「あ、出た」
原因はすぐに分かった。名前と、それに年齢だ。自分のものをそのまま記入していた。おそらく、本人の外見でプレイすると判断されたのだろう。
「あはは、テストじゃないんだから、自分の名前じゃなくていいんだぜ? お前、配られてすぐに名前書いたんだろ。まじめなやつだな」
お返しだとばかりに、ショーがリンデのキャラクターシートをつまんで、ヒラヒラと振った。
「ふーむ。ですからさっき、よろしいですかと聞いたのです。気に病むことはありません、誰なのかすぐにわかっていいじゃないですか。本名プレイをするプレイヤーもいますからね」
仮面がリンデの顔の前まで降りてきて、気休めを言う。リンデはぷるぷると震えながら、その言葉を噛み締めた。確かに言っていた。ゲームのキャラクターになって遊ぶことも聞いた。なのに、なんでこんな単純なミスをしてしまったのか。
自己嫌悪と恥ずかしさのあまり、リンデの顔がみるみる赤くなっていく。行き場のない感情が、その小さな口から言葉にならない唸りとなって絞り出された。
「んーーー!」
腕をブンブン振ってテーブルに突っ伏するリンデの姿は、ショーの頭の中にあるリンデの大人びたイメージがひっくり返り、幼い弟たちを思い起こさせ、思わず笑いが漏れた。
「ははは。なんだよ、けっこー面白いんだなおまえ」
「うーー」
頬を膨らませジト目で顔を上げるリンデ。そこに仮面がフワリと降りて来た。もはや仮面を見ても驚かなくなったリンデは、八つ当たりで唸りながら仮面を睨みつけた。
「たった今、メリー・クラウンベルが来ましたよ? 宿の外で待機しています」
ぐずっていたリンデの顔が、じわじわと晴れやかな笑顔へと変わっていった。目をキラキラと輝かせ「ベルせんぱーい!」と歓喜の声を上げると、飛び跳ねるように立ち上がり、奇異の目に見送られながら外へと走って行った。
「はは……絶望の第二ラウンド、開始ってな」
やれやれと肩をすくめて立ち上がるクラッサス。椅子を元に戻して槍を掴む。ふーと一息つき、悲哀の眼差しを入口に向けて歩き出した。
「それなのにぃい!!」
案の定、リンデの悲痛な叫びが聞こえてきた。




