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第10話 リンデとコランとお買い物

 中央広場へと続く大通りを、ガラガラと音を立て荷馬車が通り過ぎていく。左右には競って客を呼び込む宿や飲食店が軒を連ね、周囲には焼いた肉やパンの香ばしい匂いが、風に乗って往来する人々の胃袋を刺激した。


 交易路沿いの都市ということもあり、訪れる人種も様々で、話される言葉も千差万別だ。そんな大通りに、ひときわ目を引く巨漢がいた。その視線の先には、驚愕して固まるリンデの姿があった。


 その女剣士は気品をまとい立っていた。凛とした涼しげな顔。鋭く静かな目。きらめくライトブラウンの髪は風に揺れ、すらりと伸びた手には、みごとな細工の施された細身の剣が握られていた──はずだったのだが。


「あら、リンデはそのままなのね」


 巨漢に名を呼ばれ、目の前の人物がベル先輩のキャラクターだと確信した。


「ベル先輩は……優美な冒険者のはずなのに……」


 盛り上がった太い脚。


「それなのに!」


 荒縄のような腕。


「それなのにぃい!!」


 揺れる大胸筋!


「なんで筋肉もりもりマッチョマンなんですかぁあ!!」


 そこにいたのは、ライトブラウンの髪を後ろで一つに束ね、影のある水色の瞳をした、焦げ茶色の馬に跨る──男!


「お前、馬って50ゴルダもするんだぞ!?」


 そう言いながら馬を撫でるクラッサス。改めて見ると馬はでかい。メリーの牧場にいる馬よりも一回りは大きいだろう。見上げれば、コランの頭が遥か高みにあった。


「ただの馬じゃないわ。軍馬よ」


 野太い声でコランが誇らしげに言った。口調はメリーのままだが。


「なにより、喋り方ぁぁああ!!」


 今日一番の絶望を味わったリンデの叫びが、大通りに響き渡り、雑踏に虚しくかき消されていった。


「あっはっはっは! 軍馬って……150ゴルダじゃんか! この前の儲けが消し飛んでるだろ!」


 軍馬はその名の通り、戦で使う馬のことだ。騒音に包まれても動じず、猛獣と出くわしても怯えることもない。競走馬のような俊敏性は期待できないが、太い脚と逞しい体からは、威圧感がほとばしっている。


 コランは呆然と立ち尽くすリンデを、子猫をつまむように「ひょい」と掴み、自分の前に座らせた。


「リンデは鎧を着ていないのね」


「そういや着てないな。買い忘れたのか? 練法師は何か見るところが多そうだったからな。そんじゃ、ちょっと店に寄っていこうぜ」


              ◇      ◇      ◇    


 三人(一人は放心しているが)は、武具などを扱う中古雑貨店に来ていた。山師相手の商売だけあって、身なりのいい客は一人もいない。店主は白髪交じりの男で、歳は五十を超えているだろう。その男が、手癖の悪い客に鋭く目を光らせていた。


 店主が白い眉毛をぐいと上げた。背の高い槍を持った赤毛の男と小娘を抱えた巨漢が入って来たからだ。今までに見たことのない客だ。


「はっ……え? どこですかここ」


 目を覚ましたリンデは、腰を押さえられ宙吊りにされていることに戸惑い、抜け出そうともがいた。


「ははは、起きたな。ほら、おまえが鎧着てないから、買いに来たんだよ」


「買いに? なん……あっ……そうですか。もう大丈夫なので降ろしてください」


 状況が理解できたリンデが、コランの腕をぺしぺしと叩く。確か、ハーフヘルメットと革鎧レザーアーマーは買った方がいいと言われていたような。


「40ゴルダでしたよね」


 リンデは小さな皮袋を取り出し、中のコインを見せた。レザーアーマーを買うには十分な金が入っている。


「人前で金をじゃらつかせない方がいいぜ。なんたって、治安の悪化が問題になってる街だからな」


「……はい。そうですね」


「ふむ。品ぞろえはいいみたいだな」


 コランが左右に並べられた商品にジロジロと目を向ける。鎧一つとっても様々だ。他店の売れ残り、切り傷や汚れの付いたもの、売れるのか疑問が湧く血の跡さえ残っているものまである。中古屋だが新品も置かれている。ただ、この店に来る客が新品を求めているとは思えない。


 目の肥えた山師を相手にしているだけあって、価格も良心的だ。店側も売れるラインを心得ているらしい。だが、細身のリンデに合いそうなものはなかなか見つからなかった。


「なぁ、こいつに合いそうなレザーアーマーを探してるんだけど、置いてないか?」


 クラッサスがリンデを指さし店主に聞いた。荒事をする連中はたいていガタイがいい。見つからないのも当然である。店主が奥の部屋に声をかけると、若い男が出てきた。


「何だい父さん」


「そこの嬢ちゃんがレザーアーマーをご所望だ。ちょいと見て来い」


 若い男はリンデを一瞥いちべつし、すぐに奥へと引っ込んでいった。しばらくかかりそうだと判断したクラッサスは、木箱に放り込まれていた小型の丸い盾を掴み出し、リンデに差し出した。


「あっ、私、手を開けていないと術が使えないので、盾はいりません」


「そうなのか?」


「練法師は、こうやって術を使うんですよ」


 リンデは両手の指を組み合わせ、術ごとに決められた印を結ぶ「結印けついん」と呼ばれる仕草を見せた。練法師はこれをやらなければ術が使えない。そのため、手ぶらでいる必要があった。


「そんじゃ仕方ないか。まぁ、ハーフヘルメットはかぶっとけよ。オレたちとおそろいだ」

 

 クラッサスが自分の兜を指先でとんとんと叩き、棚に積まれたハーフヘルメットを掴んでリンデの頭に乗せた。すると、面白いことが起きた。


「うおっ!? どうなってんだ?」


 リンデに兜をかぶせると、サイドポニーテールが自動的にほどかれ、ばさりと後ろに降ろされた。兜を持ち上げると、するっとポニーテールが復活する。


「はははっ、すっげーゲーム的」


「もー、遊ばないでください!」


「ほら、出て来たぞ」


 コランがカウンターを指さすと、若い男が小さめのレザーアーマーを持って出てきた。彼は手際よくリンデに着せると、一歩下がって着こなし具合を確認した。


「”男物”だけど、問題ないね」


「……そうですね」


「じゃあ、そのレザーアーマーとハーフヘルメットを買ってくぜ」


 不服そうなリンデをよそに、クラッサスが財布を開くと、コランが脇から傷薬を三つ追加した。


「これも追加だ。お互いまだ傷が癒えていないだろ」


 痛みが消えていたことで忘れていたが、二人とも耐久度の軽傷が半分以上削られている。さらにダメージを受けると重傷となり、このまま冒険に出ては意識を失いかねない。


「あー、そういや……ワースメーカー、ガレ・メネアスの修理とかってどうなってんだ?」


 クラッサスは、ボロボロになった相棒の姿を思い出す。完全な破壊は免れたが、このまま使い続けるのも危険だ。修理できるなら直しておきたいところではある。


「ガレ・メネアスの場合。能力値を1点修理するのに、150ゴルダかかりますねぇ。耐久度は1点当たり10ゴルダになります」


 仮面がフワリと降りてきて、無慈悲に答えた。


「1直すのに150ゴルダ!? そ、そんなにかかるのか……マジか」


「全部でいくらかかるんですか?」


「えーと……能力値だけで600。耐久度は200だな」


 800ゴルダ。とんでもない大金だ。


「こりゃほんとに、一攫千金を狙わないと駄目か?」


「いいことを教えてあげましょう。操兵リュードの一番良い運用方法は、現地で奪って乗り捨てる……これです。まだひよっこのクラッサスでは、維持費も払えませんからねぇ」


「そうは言うけどさ。やっぱ、自分の機体で戦いたいじゃん? 乗り換えるなら、ランクが上の機体が出た時だな」


 クラッサスが言っているのは、ロボットものの「王道」だ。今まで乗っていた機体が大破し、上位の後継機に乗って逆転する。昔から語り継がれるカタルシスだ。それまでは、相棒と運命を共にする。


「わかりますよぉ? ふーむ。では、その希望にお応えできそうなシナリオを用意いたしましょう」


「本当かっ!?」


 クラッサスが希望の光に照らされたような顔を仮面に向けた。そんな彼の肩を、ぽんとコランが叩く。


「会計は済んだ。外に出るぞ」


 クラッサスが話し込んでいる間に、コランが会計を済ませて(クラッサスの財布から)いたようだ。


 早く新しい冒険に出たいと浮足立つクラッサスは、意気揚々と店の外に出て、二人を振り返り、改めてその姿を見た。三人ともハーフヘルメットとレザーアーマーを装備している。


「何だか、チームのユニフォームみたいだな」


 リンデは、この時代にあって自分だけが制服姿だということに違和感を覚えていたが、店内にいたレオタードのような恰好の女戦士を目にしてから、その考えを改めた。そう、ファンタジー世界にありがちな「防御度外視の恰好」である。


 もし、自分もあんな恰好でこの世界に来ていたらと思うと、恐ろしさのあまりに身震いした。


 ──むりむり! 絶対にお断りです。


 しかし、ワースメーカーに見せられた練法師の映像には、和服のような姿の者ばかりが登場していた。いや、中にはぴっちりとしたボディースーツめいた人もいたような。どっちに当たるかは、出てからのお楽しみ。


 ──やっぱり、着慣れた制服が一番ですね。そう結論づけた。


 リンデは無意識のうちに、遠話端末ログフォンを求めてポケットに手を入れていた。三人で記念写真を撮ろうと思ったのだが、そこにログフォンはない。


「ないんだ……写真って撮れないんですか?」


 落胆するリンデがクラッサスに問いかけた。「写真か……」ゲームならスクリーンショットで保存できるが、ここは夢の中の世界だ。考えてもわからなければやることは一つ。クラッサスは指を鳴らし、ワースメーカーを呼んだ。


「ワースメーカー、写真って撮れるのか?」


 仮面がフワリと降りてきて三人の周りをぐるりと一周する。


「ふーむ。できますよぉ? では……そうですね、馬の前に並んでください。彼も立派なパーティーの一員ですからねぇ」


「本当ですか!? ほら、並びましょう」


 リンデが二人をぐいぐい押して、馬の前まで移動した。


「ただの変な奴かと思ってたけど。なんかすごいな、お前」


 どういう理屈で写真が撮れるのかは知らないが、三人は思い思いのポーズでシャッターが切られるのを待った。その周りを仮面が「かしゃ。かしゃ」と言いながら飛び回る。ワースメーカーは、今撮影したばかりの写真を、三人の前に次々と表示させていった。


「改めてみると怪しい集団ですね」


「ふむ。よく撮れているな」


 メリーは、いつの間にか「コラン降ろし」をしたらしく、口調がコランに変わっていた。あまりにも自然な変化だったため、リンデはいつ切り替わったのか気がつかなかった。


「ははは。いいねぇ、この有り合わせのもので準備したってのが。これぞ新人山師って感じだな」


「ご満足いただけたようでなにより。ではでは、時間も押していますので、今回の導入とまいりましょう」


 ワースメーカーがそう言うと、「地図が更新されたらしいぜ」と言う声が聞こえて来た。見れば、明らかに山師の風体をした男たちが、中央広場へと向かって走る後ろ姿があった。


「おっ、何か始まったみたいだな。行こうぜ」


 ゲーム慣れしたクラッサスが、男たちを指さしその後に続いた。「そういうものなんですか?」と首をかしげるリンデは半信半疑でついていこうとしたが、コランにつまみあげられ、再び馬上の人となった。


「見てみろ、他の連中も向かっている。つまり……儲け話だ」


 コランは馬の腹を軽く蹴って馬首を巡らし、クラッサスの隣に並んだ。

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