第8話 リンデと仮面
「では、一年生からクラスごとの出し物について発表してください」
委員会に出ている一年生はリンデのみ。彼女はすっと立ち、背筋を伸ばして手元の資料に視線を落とす。委員会会長のメリー・クラウンベルは、淀みなく資料を読み上げるリンデの言葉を追い、艶のあるライトブラウンの髪を揺らしながら、黒板に各クラスの出し物を箇条書きにまとめていく。
カカっと、チョークが黒板を叩く心地よい音が、読みやすい力強い文字を刻んでいく。途中、「あ、かぶった」とか「似たり寄ったりになりますよね」などの声が上がるが、学生のできる範囲では、それも仕方のないことだ。
ここは新校舎の一階。非常階段寄りにある会議室だ。一年生から三年生の委員会メンバーが集結し、来月に控えている学園祭にかかる予算の統計と、どこにどれだけ分配するかを話し合っている真っ最中だ。
何度も資料を見直したリンデの頭には、その内容が一字一句逃さず頭にインプットされていた。形だけ資料を手にしているが、その羨望の眼差しはメリーの後ろ姿に注がれていた。
「……以上です」
「ありがとうございます。では、続いて二年生お願いします」
メリーが振り向くことなく先を促した。リンデがスカートに手を掛け静かに着席する。数日前の旧校舎での出来事が脳裏によぎるが、それをおくびにも出さず、すました顔で黒板に向く。入れ替わりで眼鏡をかけた短髪の女子が立ち上がり、同様に二年生の出し物を読み上げていった。
こうして三年生まで発表が終わると、出し物の規模とそれにかかる費用の大まかな内訳が決まった。メリーが、指先を白く染める粉を軽くはたいて、小さく息を吐き、皆の方へ向き直る。
「やっぱり、飲食関係が多いですね」
女子生徒が言った。黒板に書き出された出し物の数々を見ると、定番のものからグラウンドにオブジェクトを作るといった目を引くもの、大道芸などの奇抜なものまであり、今年の学園祭もいい行事になりそうだと、メリーは小さくうなずいた。
その後、三年生を中心に小さなグループを作り、購入が必要な資材や必要経費についてまとめるよう、仕事を割り振った。
「まだ日程に余裕があるので急ぐことはありませんが、今月中には仕上げてください。それでは、会議を終了します」
「クラウンベル。あたしは何したらいーの?」
今まであらぬ方向を凝視していた神学科二年の女子生徒──会議中は遠話端末をいじらないという決まりを守っている──が、まだ名前を呼ばれていないことに声を上げた。
柔らかな膨らみのあるパステルピンクの長い髪。ちょっと眠そうな表情には深い青の瞳。左右に分けた前髪には可愛い髪留め。手首にはカラフルなチェーン状のアクセサリー。指先にはきれいなネイル。着崩した制服にだぶついたソックス。
──ギャルだ。これで神学科だというのだから、神様の懐の広さには感服する。
「あなたにしかできない役目があるわ。学園祭の成功を祈ってください」
メリーが穏やかにそう言うと、彼女はニコっと顔を輝かせて答えた。
「きゃはは! あたし、それチョー得意なんだけど。ペガンズ八柱神総出で祝福するしかないっしょ」
「頼もしいわね。では、解散とします」
◇ ◇ ◇
リンデは坐したまま退出する生徒たちを見送っていた。会議室を出るときは、いつもベル先輩と一緒と決めている。リンデの至高のひととき。そして、この時間になるといつも決まって姿を見せる生徒がいた。
噂をすればほら、会議が終わるのを廊下で待ってたみたい。癖のある赤毛の男子。ベル先輩から「ショー」って呼ばれている人だ。
部外者の中では、一番多く会議室に出入りしている生徒に違いない。ただ、ベル先輩と親しいということ以外、あまり知らない。
その男子は、勝手知ったるなんとやらで、ベル先輩のところに向かっていく。途中、まだ残っている私にちらりと視線を向けるが、気にした様子はない。
「今日はどうする? 忙しいみたいだけど」
気安い物言いが、親しい間柄だと推測できる。きっと、幼馴染とかそんな感じなのだろう。
「今日決まったことを、提出してこないといけないのよ。……そうだわ、リンデこっちに来て」
急に名前を呼ばれてぴくっと体が動く。ベル先輩の言葉はいつも「来てくれない?」ではなく「来て」だ。つまり、既に決定事項であり、こちらに拒否権は無い。
──でも、嫌いじゃない。
リンデは顔を引き締め素直に席を立つと、小走りにメリーの元へ向かった。するとメリーも立ち上がり、ショーとリンデの間に入った。
「こちらは経済科一年のリンデ」
突然の紹介タイムが始まった。心の声が聞こえていたのだろうか。
「リンデです。よろしくお願いします」
彼女はちょこんと頭を下げた。
「それで、こちらは普通科二年のショー」
「よろしく」
彼も右手を上げて短く答えた。
──あれ? 二年生!?
「えっ、……てっきり同学年かと」
ショーは『またか』と諦めの顔をしていると、メリーがリンデとショーの頭の上に手をかざし、身長を測るかのような仕草をした。ショーは、それをうっとうしそうに払いのける。
「ふふっ。リンデ、ショーについて行きなさい。お堅いあなたにとって、いい経験になるわ」
「はい……ん?」
──反射的に返事をしちゃいましたけど、委員会メンバーでもない男について行けとは、一体どういうことですか? あと、お堅いは余計です。皆さんが軽すぎるんです。
「ゲームやるようには見えないけど、大丈夫か?」
「わたくしだってやらないわよ」
「そっか」
──そのやりとりは何ですか。ゲーム? 確かにあまりやったことないですよ。まぁ、ベル先輩の勧めなので行きますけど。
「わたくしも、用事を済ませたら行くわ」
「それで、どこに行くんですか?」
小首をかしげ問いかけるリンデに、メリーとショーは一度顔を見合わせてから、不敵な笑みを返した。
「ワースブレイド」
二人は同時に答えた。それを聞いても、リンデの頭の上に「?」マークが飛び交うだけだった。
◇ ◇ ◇
廊下を歩く二人。ショーの後をリンデが黙々とついていく。ショーは、無言で歩くことに居心地の悪さを感じていた。お互い顔を知っていただけの間柄だ。自己紹介をしたからと言って、話す話題があるわけではない。重い沈黙を破ろうとショーが口を開きかけたそのとき、リンデが先に切り出した。
「ベル先輩と仲がいいみたいですけど」
ショーは、リンデから話を振ってくれたことに、内心助かったと安堵した。
「ああ、腐れ縁なんてもんじゃない、生まれた時からのつきあいだぜ。家が隣同士なんだよ。……って言っても、牧場を挟んでだけどな」
「牧場……そうか、ベル先輩の家って……ベルグループですもんね」
クラウンベル家は歴史が古く、長年バキノア評議会の一員として席を置いてきた名門だ。広大な農地と戦時中に食料を切らすことなく供給したことで民衆からの支持も高く、現在もその信念は守られている。だが、三年連続の不作により評価を落としたことで、議員の座から転落してしまった。このことは大々的に報じられたため、知っている者も多い。
──ベル先輩もいろいろと大変なのかな。バキノア評議会や盟主だなんて、庶民の私には理解できない雲の上の世界。だけど、渦中の人が身近にいるのも不思議。
校舎を出た二人は、偉人タイラス・コードの像が立つ広場へと進んだ。途中、リンデは像を見上げて、タイラスのいた時代にも権力闘争とかがあったんだろうと、思いをはせた。
ショーは広場を抜け、新校舎の裏手へと入っていった。「やっぱり旧校舎なんだ」と、リンデは頭の中に思い描いていた場所と目的地が一致したことで、神妙な顔になる。「呪われた旧校舎」の噂は、生徒なら誰でも知っている話だ。
ショーが旧校舎の入口で立ち止まり、振り返った。
「そんじゃ、入るぜ」
ショーは、当然のように木造の床を鳴らしながら入っていったが、リンデは少し立ち止まり、薄暗く肝試しのような雰囲気を漂わせる廊下に、どこか寂しさと重苦しさを感じて、ためらいがちに足を踏み出した。そして、少し進むと足を止めた。
──現場だ。「激写した無邪気なベル先輩」の姿がリンデの脳裏に現れる。
リンデは床に目を落とし、窓の外へ視線を送った。あのとき自分が立っていた位置はあの辺りだろうか。
──それじゃ、ベル先輩といたかもしれないのって、この男なのでは?
「どうした? ああ、呪いのこと気にしてるのか?」
ショーの声で我に返り、リンデが少し足を速めると、不安を煽るようにギイギイと床がきしんだ。
「……そんなことありませんが、気を失った生徒がいたのは確かじゃないですか」
「そっか、そいつもプレイヤーだよな……」
ショーは一人納得して資料室の前で止まった。
「プレイヤー? 何ですそれ、会話になっていません。随分と勿体ぶりますね」
「そう怒るなって。用があるのはここ」
リンデが疑わしそうに、ショーが指さす扉を見た。ワースブレイドと刻まれた表札に目が留まる。ワースブレイド──古代史の授業で一瞬だけ出てきた、そう呼ばれていた時代の名称だ。単語の意味は分かる。だが、なぜ連れてこられたのかがわからない。そんな彼女の気も知らず、ショーが鍵を開けてドアノブを回した。
「ほら、お先にどうぞ」
にんまりと意味ありげな笑いを見せるショー。いぶかしむリンデを、先に入れと手で促した。
「……私が呪われたら、呪いますからね」
じっとりと横目で睨みながら、渋々部屋に入るリンデ。ショーは「おー、こわっ」と、おどけて降参のポーズをとり、中に入って扉を閉めた。
「はははっ。ある意味、メリーとオレは呪われているのかもな」
「もぅ、なんですそれ」
室内を見回すと、なんてことはない、中央に折り畳みテーブルが置かれた普通の部屋だ。薄暗いだけで、噂で語られるようなオドロオドロしい雰囲気はない。
そう思った矢先、テーブルの上に置かれた白い箱が、ぼんやりと光を発した。リンデの目が見開かれる。
「……あれ、光ってません?」
今見た現象がショーにも見えているかと、リンデが振り返る。すると、ショーが何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げた。
その視線が示す方に向くと──ヒビだらけの顔が浮いていた。薄汚れた陶器のような質感の顔に表情は無く、顎先が鋭くとがっている。
ショーは肝心なことを失念していた。いきなりコレを見せられたら、悲鳴を上げて逃げ出す可能性もある。常人なら、それが当然の反応だ。
すっかり感覚が麻痺していたショーは、この仮面を脅威だと認識していなかった。失態に渋面を作り「落ち着けよ」とリンデに声をかけるが、それより先にワースメーカーが先手を打ってきた。INロールに負けたようだ。
「ようこそ! 新規プレイヤーは大歓迎です!」
「ひっ!?」
超常の存在を前に思考停止していたリンデは、予想だにしないハイテンションな甲高い声に、短い悲鳴を上げてぴょんと飛び跳ねた。そして、意識を失い崩れ落ちる。そうなることを予想していたショーは、すぐに後ろからリンデを抱きかかえた。
──メリーより軽いな。いや、そうじゃない。ずり落ちていくリンデを抱え直し、仮面をジロリと睨みつける。
「ワースメーカー。その登場の仕方、もうちょっとどうにかならないのかよ」
「ふふーん。善処しましょう」
それは善処しない奴のセリフだぞ。全く悪びれないワースメーカーの物言いに、何か言ってやろうとしたが、ショーの意識も剣の時代へと旅立っていた。




